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仲間を集めていたら、国まで仲間になった  作者: よみなぎ


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第3話「ダンジョンを壊したい人たち」

「金が足りません」


藤原が言った。


悠真は黙って帳簿を見た。


クラン《奪還》は百二十人を超えていた。


百人を動かす方法は分かった。班を作り、指揮系統を整え、補給と治療を専門化する。人数が増えても、組織として動けるようになった。


だから増やした。


増やした結果。


「金が足りません」


「二回言わなくても分かります」


食料、水、車両、燃料、装備、医薬品、宿泊場所。百人を超える探索者が数日間ダンジョンへ入れば、それだけで大量の物資が動く。


参加費や攻略報酬だけでは、拡大する《奪還》を支えきれなくなっていた。


「人数減らします?」


悠真が聞いた。


藤原が睨んだ。


「前回それで何が起きたか忘れました?」


「言ってみただけです」


「スポンサー探しましょう」


「スポンサー?」


「金を出してくれる人です」


「そんな人います?」


「探します」


三日後。


いた。



「西川です」


五十代の男が名刺を差し出した。国内の機械メーカーで役員をしているという。


「旧青葉工業区域をご存じですか?」


「名前だけなら」


悠真も知っていた。


十五年前、ダンジョン発生によって封鎖された地域の一つだ。工場や倉庫が集中していた地域で、今も中心部にダンジョンが残っている。


西川は地図を広げた。


「ここに、うちの工場がありました」


ダンジョンから二キロほど離れた場所だった。


「ありました?」


「十五年放置です。建物はもう使えないでしょう」


「じゃあ、取り戻しても……」


「土地が戻ります」


即答だった。


西川は地図を指した。


「高速道路まで近い。幹線道路にも接続できる。工業用地としては今でも価値がある。新工場を建てるなら候補に戻せます」


「会社として、取り戻したい?」


「会社として、取り戻す価値がある」


西川はそこで少しだけ黙った。


「個人的にも、返してほしいですがね。二十二年、あそこで働きました」


悠真は地図を見る。


工場。その周囲には住宅地もある。


十五年前まで、そこで人が働いていた。


「《奪還》なら攻略できますか?」


西川が聞いた。


「ダンジョンを見ないと断言はできません。でも、攻略可能な規模なら」


「費用を出します」


「え?」


「攻略費用です」


悠真は藤原を見た。藤原も西川を見ていた。


「全部?」


「全部は無理です」


西川はあっさり言った。


「弊社にも株主がいますから。ただ、相応の金額は出せる。それと、機材関係なら協力できます」


スポンサー。


本当にいた。


しかも。


「車両が足りない?」


西川が聞いた。


「今、一番困ってます」


「それなら、うちより欲しがる会社がありますよ」


「欲しがる?」


西川は笑った。


「旧青葉を取り戻したいのは、うちだけじゃありません」



翌週。


今度は物流会社の担当者が来た。


挨拶を終えると、いきなり地図を広げた。


「この道路です」


旧青葉工業区域を横断する県道だった。十五年前から封鎖されている。


「ここが通れないので、うちのトラックは全部こっちを走っています」


指が大きく迂回する。


「年間で何キロ余計に走ってると思います?」


「分かりません」


「うちだけで百七十万キロです」


悠真は数字を聞き返した。


「百七十万?」


「年間です」


担当者の指が地図を叩く。


「十五年ですよ。燃料代、人件費、タイヤ、車両の消耗。配送時間が延びるから必要なトラックの台数まで増える」


「……それは」


「邪魔なんですよ」


担当者はダンジョンの印を指した。


「これが」


あまりにも率直だった。


「ここ、消してくれるんでしょう?」


「攻略できれば」


「じゃあ車両は出します。運転手も出す。攻略中の輸送計画もうちで組みます」


「いいんですか?」


「よくないから出すんですよ」


「え?」


「これ以上、迂回したくない」


藤原が隣で笑いを堪えていた。


悠真は分かってきた。


この人たちは、《奪還》を助けたいわけではない。


ダンジョンを壊したいのだ。



三社目は、探索者向けの装備メーカーだった。


担当者は《奪還》の人数を確認すると、目を輝かせた。


「装備、統一しませんか?」


「なんで?」


「百二十人ですよ?」


「百二十人ですね」


「百二十人の探索者が、うちの装備を使って封鎖区域を解放するんですよ?」


悠真にはまだ分からなかった。


担当者は笑った。


「広告費だと思えば安いです」


「ああ」


分かった。


「防具と携行装備を提供します。消耗品も一部持ちます」


「壊れたら?」


「現地で交換します」


「整備は?」


「整備員を置きます」


「そこまで?」


「だから百二十人なんです」


担当者は楽しそうだった。


「十人に使ってもらっても広告にならない。百二十人だから価値があるんですよ。しかも《奪還》は今後もっと増えるんでしょう?」


悠真は藤原を見る。


「増やします?」


「今その人の前で聞かないでください」


担当者がさらに笑った。


人数が多い。それは今まで、戦闘力の話だった。


人数が増えれば《強化》が強くなる。


次に、組織の話になった。


人数が増えれば、できることが増える。


そして今。


人数そのものに、金を出す会社が現れた。



旧青葉工業区域の攻略が始まった。


百二十人を超える探索者がダンジョンへ向かう。だが、以前とは違った。


集合地点まで物流会社の車両が人員と物資を運んでくる。必要な食料と水は班ごとに分けられ、補給計画まで作られていた。


装備メーカーの整備員が待機し、破損した装備をその場で交換する。西川の会社が費用の一部を負担し、攻略に必要な機材も提供していた。


藤原が呟いた。


「楽ですね」


「楽ですね」


「前まで私たちで全部やってたんですよ」


「よくやってましたね」


「誰のせいですか」


「俺?」


「あなたです」


悠真は周囲を見る。


探索者だけではない。運転手がいる。整備員がいる。会社員がいる。


彼らはダンジョンへ入らない。魔物とも戦わない。それでも、全員が同じものを邪魔だと思っている。


攻略は四日で終わった。


コアが砕け、ダンジョンが消える。安全確認が終われば、十五年間閉ざされていた旧青葉工業区域が戻ってくる。


外へ出ると、西川が待っていた。


「終わりました」


悠真が言った。


西川はしばらく何も言わなかった。遠くを見る。封鎖区域の向こうに、かつての工場がある。


「そうですか」


それだけ答えた。


そしてスマートフォンを取り出した。


「社長。西川です。取締役会に上げてください。旧青葉、新工場候補地として再調査します」


早い。


悠真は思った。


十五年待っていた人間は、動き出すのも早かった。



旧青葉の攻略から二週間。


《奪還》の事務所がおかしくなった。


「相沢さん、また来てます」


「誰?」


「市役所」


「昨日も来なかった?」


「昨日とは別の市です」


机の上には資料が積まれている。


旧住宅地。工業団地。観光地。農地。道路。


封鎖された土地を持つ企業からも連絡が来た。十五年前に避難した住民からも来た。


「うちの町もできますか」


「この道路を開けられませんか」


「工場跡地を取り戻したい」


「旅館街が残っているんです」


「土地はまだうちの会社名義です」


攻略してほしい場所が、次々に持ち込まれる。


金を出すという企業がいた。宿泊場所を用意する自治体がいた。重機を出す建設会社がいた。攻略後の道路補修を前提に、調査を始める会社まで現れた。


悠真はようやく気づいた。


ダンジョンを攻略したかったのは、探索者だけではなかった。


十五年間、戻れなかった人がいる。使えなかった土地がある。通れなかった道路がある。動かせなかった工場がある。失われた商売がある。


みんな、壊してほしかったのだ。


ただ、壊せる人間がいなかった。


そこへ《奪還》が現れた。



「相沢さん。また依頼者が来ました」


藤原が分厚い資料を持ってきた。


悠真はもう驚かなかった。


「今度はどこ? 会社? 市役所?」


「国です」


「……国?」


「国です」


悠真は藤原の顔を見た。


冗談を言っている顔ではなかった。


「何を取り戻したいって?」


「説明に来るそうです」


「国が?」


「国が」


その日の午後。


事務所に数人の職員が来た。


挨拶が終わると、机の上に大きな地図が広げられた。


悠真は思わず立ち上がった。


今まで見てきた攻略候補とは規模が違う。一つの町ではない。複数の県に、いくつもの印がついている。


「こちらをご覧ください」


担当者が最初の印を指した。


「この区域を解放できれば、国道の分断区間を復旧できます。こちらは鉄道です。現在は封鎖区域を挟んで運行系統が分断されています」


次の印へ指が動く。


「こちらは工業地域です。周辺を含め、複数企業が再進出に関心を示しています。こちらは旧市街地。避難した住民から帰還希望が出ています」


まだある。


悠真は地図を見回した。


「……多くないですか?」


「多いです」


担当者は即答した。


「十五年分ですから」


その言葉で、悠真は黙った。


物流会社は年間百七十万キロ余計に走っていた。


西川の会社は工場を失った。


自治体は町を失った。


なら、国は。


「道路が切れています。鉄道が切れています。企業活動が止まり、住民が戻れず、自治体は税収を失っています。復旧工事以前の問題です。ダンジョンが存在する限り、我々は手を付けることすらできない」


淡々とした説明だった。


それなのに、悠真には今まで会った誰より欲張りに見えた。


「全部、取り戻したいんですか?」


担当者は少しだけ笑った。


「当然です。国土ですから」


即答だった。


「《奪還》には、継続的に攻略をお願いしたいと考えています。一か所で終わられては困ります」


担当者が次の資料を開いた。


「今後、国が指定する攻略については、事前調査を含む攻略活動に必要な費用を全額負担します。それとは別に、ダンジョンの危険度と解放によって得られる効果に応じた成功報酬を設定します」


「全額?」


悠真が聞いた。


「はい」


「食料とか燃料も?」


「必要経費です」


「車両は?」


「必要なら手配します」


「宿泊場所は?」


「国または自治体で確保します」


悠真は藤原を見る。


藤原も黙っていた。


担当者はまだ終わらなかった。


「攻略地域までの人員・物資輸送については、必要に応じて自衛隊とも調整します。現地では周辺警戒、立入規制、交通整理、救助、医療、通信などの後方支援を行います。自治体、警察、消防との調整もこちらで引き受けます」


「……そこまで?」


「足りませんか?」


「逆です」


担当者は頷いた。


「十五年間、取り戻せなかった地域を取り戻せる可能性があるんです」


別の資料が出てきた。


攻略候補ごとに、道路、鉄道、住宅地、工業用地など、解放によって復旧可能になるものが整理されている。


「一つ攻略すれば、道路が戻る。もう一つ攻略すれば、鉄道が戻る。その次は町が戻る。工業団地が戻れば企業が戻り、住民が戻れば自治体も戻ります」


さらに、攻略後の復旧計画まで書かれていた。


道路調査。


電力設備の確認。


上下水道の復旧。


通信設備の再整備。


建物の安全確認。


悠真は資料の厚さを見る。


ダンジョンを壊した後にやることまで、もう考えている。


「早くないですか?」


「十五年遅れています」


担当者は真顔だった。


悠真は何も言えなかった。


「我々からすれば、攻略費用も成功報酬も大きな問題ではありません」


担当者の指が、分断された国道をなぞる。


「道路一本を新しく造るだけでも、どれだけ費用がかかると思います?」


今度は鉄道。


「鉄道が十五年間分断される損失は?」


工業地域。


「この土地が十五年間生み出せなかった経済活動は?」


旧市街地。


「住民が戻れないことで失われ続ける税収は?」


指が地図の中央へ戻った。


「百人、二百人の探索者を動かす費用で、これらを取り戻せるのであれば」


担当者は言った。


「安いものです」


悠真は思った。


熱い。


この人たち。


ものすごく熱い。


「だから、一か所で終わられては困る?」


「はい」


「次も、その次も?」


「攻略可能な限り」


担当者は迷わなかった。


「壊してください」


悠真は笑いそうになった。


西川は工場を返せと言った。


物流会社は道路を返せと言った。


自治体は町を返せと言った。


国は違った。


全部返せと言っている。


「ですから、相沢さん」


「はい」


「どこから取り戻せますか?」


悠真は顔を上げた。


どこを攻略してほしい、ではなかった。


候補地がいくつもある。その中から、《奪還》が攻略できる場所を選べと言っている。


少し前まで、自分たちは金が足りないと言っていた。車両が足りない。装備が足りない。百人を維持するだけでも大変だった。


今は企業が車両を出す。メーカーが装備を出す。自治体が場所を用意する。そして国が、活動費も成功報酬も後方支援も用意して、地図を広げている。


悠真は窓の外を見る。


駐車場には物流会社のトラックが並んでいる。倉庫には提供された装備が積まれている。事務所では藤原たちが次の攻略計画を作っている。


《奪還》は、もう探索者だけの集まりではなかった。


ダンジョンのせいで困っている人間がいる。取り戻したい土地がある。通したい道路がある。動かしたい工場がある。帰りたい町がある。


その全部が、《奪還》を前へ押している。


悠真は地図へ戻った。


赤い印の向こうに、まだ遠いけれど確かに自分の故郷もある。


「藤原さん」


「はい」


「これ、全部やったら」


「はい」


「故郷まで行けますね」


藤原は地図を見た。


「行けますね」


悠真は笑った。


最初は五人だった。


その五人についていけなくなった。


次は二十人。


五十人。


百人。


そして今。


企業も、自治体も、国もいる。


クラン《奪還》は、いつの間にかクランという言葉だけでは収まらないものになっていた。


十五年間止まっていたものが、動き始めている。


取り戻したい人間は、こんなにもいた。


だったら。


全部まとめて、取り戻せばいい。


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