第2話「百人いれば勝てるわけじゃない」
五十二人。
強化率、七十二パーセント。
クラン《奪還》の二度目の攻略は、驚くほど簡単に終わった。
「これ、いけますね」
藤原が言った。
「いけますね」
悠真も答えた。
人数を増やす。《強化》が強くなる。攻略が楽になる。実績ができる。そして参加希望者が増える。
最初は単純な思いつきだった。でも、結果が出ている。
《アーク》についていけなくなった自分でも、別の方法なら故郷へ近づける。
いや。
本当に、行けるかもしれない。
その流れは止まらなかった。
一か月後。
「百三人です」
藤原が言った。
悠真は仮設拠点の外を見る。
探索者があふれていた。十を超えるパーティ。剣士、盾役、魔法使い、斥候、治療役。
百人を超えた。
「いけますね」
悠真が言った。
「何が?」
「攻略」
「無理です」
「え?」
即答だった。
「百三人ですよ?」
「見れば分かります」
藤原が外を指した。
悠真は見た。
人が多い。
「……多いですね」
「そうです」
「でも強いですよ?」
百三人に《強化》を使えば、百二十三パーセント。全員が普段の二倍以上になる。
戦力だけなら圧倒的だった。
「強いです」
藤原も認めた。
「でも、多いんです」
◇
ダンジョンへ入って一時間。
藤原の言っていた意味が分かった。
「止まって! 前、止まって!」
指示が届かない。
先頭は魔物と戦っている。中央は進もうとしている。後方は、なぜ止まったのかすら分かっていない。
「第三班どこ!?」
「前です!」
「第四班は!?」
「分かりません!」
「誰か探して!」
通路で人が詰まる。交代しようにも、後ろのパーティが前へ出られない。負傷者を下げようとすると、逆方向へ進む人間とぶつかる。
それでも戦闘だけは圧倒的だった。
魔物が現れれば倒せる。百二十三パーセント。全員が普段の二倍以上に強化されている。
負ける気はしない。
なのに、進めない。
昼には別の問題が起きた。
「食料が足りません」
「百人分用意したんじゃ?」
「用意しました! でも予定より攻略が遅いんです!」
夕方。
「今日どこで寝るんです?」
「この広間」
「全員?」
「無理です」
「ですよね」
悠真は広間を見た。
百人以上が座り込んでいる。
強い。間違いなく強い。五十二人のときより、ずっと強い。
なのに、攻略隊としては五十二人のときより弱かった。
◇
夜。
悠真と藤原は地図を広げていた。
予定では、今日だけで三つ先の広間まで進んでいるはずだった。実際には、一つ目にすら届いていない。
「……人数、減らします?」
悠真が言った。
藤原は少し考えてから頷いた。
「それが一番簡単です」
「ですよね」
「五十人くらいまで戻せば、今日みたいな混乱はかなり減ると思います」
五十二人では成功した。
なら、そこまで戻せばいい。
悠真もそう思った。
「じゃあ――」
「相沢さん」
声をかけられた。
今日、後方で戦っていた剣士だった。悠真も名前は知っている。《奪還》が大きくなってから参加した探索者だ。
「どうしました?」
男は少し迷ってから聞いた。
「俺は残れますか?」
悠真は答えられなかった。
百三人から五十人を選ぶ。
強い者。経験のある者。役に立つ技能を持っている者。
そうやって選ぶなら、目の前の男を残すとは約束できない。
「……まだ、何も決めてないです」
「ですよね。すみません」
男はそれだけ言って離れていった。
その背中を見ていた別の探索者が、小さく笑った。
「俺も多分、落ちるな」
責めるような言い方ではなかった。仕方ない。そう納得している声だった。
だから余計に、悠真は何も言えなかった。
五十人なら動かせる。
三十人なら、もっと簡単だ。
強い者だけを選べば、攻略はさらに楽になる。
でも、それを続けた先にできるのは何だ?
少人数の強いパーティ。
それなら《アーク》と同じだった。
しかも、自分には隼人も、大吾も、千尋も、玲奈もいない。
《アーク》についていけなくなった自分が、《アーク》の劣化版を作ってどうする。
悠真は地図を見る。
人数が増えるほど強くなる。それが、自分の《強化》だった。
だから別の道を見つけたと思った。
でも、その人数を動かせないなら。
結局、この道も故郷までは続いていないのかもしれない。
「人数が多いから失敗したんじゃないですよ」
突然、声がした。
悠真が顔を上げる。
少し離れたところに座っていた男が立ち上がった。四十代くらいの探索者だった。
「え?」
「百人を、二十人と同じように動かしたから失敗したんです」
男が近づいてくる。
「元自衛官です。大人数の移動なら多少経験があります」
「でも、ダンジョンですよ?」
「場所が違っても、人間が百人いることは同じです」
今度は別の男が手を上げた。
「俺、物流会社で配車やってます」
「はい?」
「食料が足りなかったんじゃないです。どこに何があるか、誰も管理してなかった。補給品の管理、俺にやらせてください」
さらに声が上がる。
「治療役を一か所にまとめません?」
「各パーティのリーダーを班長にしましょう」
「伝令を固定した方がいい」
「先頭班と交代班も決めよう」
一人、また一人と立ち上がる。
悠真は周囲を見た。
百人いる。
剣が得意な人間だけではない。
元自衛官がいる。物流会社で働く人間がいる。人をまとめた経験のある者がいる。
それぞれが、探索者になる前から生きてきた。
「藤原さん」
「はい」
「人数が多いのが問題じゃない?」
藤原が笑った。
「多いのは問題ですよ」
「ですよね」
「でも、解決できる問題かもしれません」
悠真はもう一度、地図を見た。
道が消えたわけではない。
まだ、作り方を知らなかっただけだ。
◇
翌朝。
十人前後で班を作った。各班に班長を置く。
先頭、予備、護衛、治療、補給、伝令。
役割を決め、休憩場所も先に決めた。
誰かが怪我をしたときの経路。前衛を交代する場所。補給品を置く場所。
昨日まで各パーティがそれぞれ考えていたものを、一つにまとめる。
全員が好き勝手に動く百人ではない。百人で一つの攻略隊を作る。
「行きますか」
藤原が聞いた。
悠真は百人以上の探索者を見る。
昨日、半分に減らそうとした人たちだ。
「行きましょう」
再攻略が始まった。
「第一班、交代!」
指示が伝わる。
先頭が下がり、別の班が前へ出る。負傷者は決められた経路を通って後方へ。治療役が待っている。
補給品は班ごとに管理され、必要な場所へ届く。
狭い通路では隊列を分け、広い場所で合流する。
昨日、人が詰まった通路を、今日は流れていく。
「これだ」
悠真が呟いた。
魔物が現れる。
百二十三パーセント強化された前衛が押し返す。倒したら交代。また進む。
《アーク》のような速さではない。一撃で敵を倒して走り抜けることもできない。
でも、止まらない。
誰かが疲れれば次がいる。誰かが傷つけば下げられる。
戦える人間が、まだいる。
百人いる。
悠真は後ろを振り返った。
昨日は、百人の探索者がばらばらに動いていただけだった。
今日は違う。
百人が、一つの攻略隊として動いている。
「前進!」
巨大な攻略隊が、止まることなくダンジョンの奥へ進んでいった。
◇
三日後。
「コア!」
声が響いた。
前衛が魔物を押し返し、後衛から魔法が飛ぶ。負傷者が下がれば、すぐに次の探索者が穴を埋める。
最後まで止まらなかった。
最後の魔物が倒れる。
「行け!」
武器と魔法が一斉にコアへ叩き込まれた。亀裂が走り、続く攻撃でコアが砕ける。
一瞬の静寂のあと、百人以上の歓声が響いた。
悠真は壁にもたれた。体から力が抜ける。
昨日まで、百人は多すぎると思っていた。半分に減らそうとした。
でも、誰も減っていない。
百三人で勝った。
「相沢さん!」
声をかけられて振り返る。
昨夜、「俺は残れますか」と聞いてきた男だった。
「俺、残れましたね!」
男が笑っている。
悠真も笑った。
「全員残ったよ!」
周囲から、また歓声が上がった。
自分の道は間違っていなかった。
人数を減らす必要はない。大人数には、大人数の戦い方がある。それを作ればいい。
藤原が隣に来た。
「疲れた……」
悠真が言う。
「魔法使ってただけでしょう」
「百人に使ってるんですよ」
「私は百人動かしてるんですよ」
「すみません」
二人で笑った。
「藤原さん」
「はい」
「百人でも動きましたね」
「動きましたね」
「じゃあ、何人まで増やせます?」
藤原が露骨に嫌な顔をした。
「今それ聞きます?」
「だって、百人で終わる理由ないでしょう」
「まず百二十人にしてください」
「いけるいける」
「その言葉、嫌いになりそうです」
百人を超えても進める。
だったら、クラン《奪還》はまだ大きくなれる。




