第1話「最強パーティを離れる日」
「悠真。次のダンジョンには連れていけない」
黒田隼人がそう言ったとき、相沢悠真は驚かなかった。むしろ、とうとう言わせてしまったと思った。
探索者協会の医務室。ベッドに腰掛けた悠真の脇腹には、まだ厚い包帯が巻かれている。
三日前、ダンジョンの深部で魔物の攻撃を受けた。
正確には、受けてすらいない。隼人が斬り払った魔物の爪が、悠真の脇腹をかすめただけだ。それだけで肋骨が二本折れた。
「分かってる。次は、これじゃ済まない」
「……ああ」
隼人は否定しなかった。
隣では重戦士の岩崎大吾が腕を組み、魔法使いの水野千尋と斥候の高瀬玲奈も黙っている。
六年間、一緒に戦ってきた仲間だった。
日本でも数えるほどしかない最高位パーティ《アーク》。その五人目が悠真だった。
ただし、悠真自身は強くない。高難度ダンジョンの魔物からまともに攻撃を受ければ、一撃で死ぬ。
悠真が《アーク》にいる理由は、一つだけだった。
《強化》。
仲間の能力を一定時間引き上げる支援魔法。それが悠真に与えられた唯一の戦闘用魔法だった。
「せっかく《強化》が成長したばかりなのにな」
大吾が残念そうに言った。
「タイミング悪すぎるだろ」
「俺に言うなよ」
悠真は笑った。
《強化》は一か月前に成長した。それまでの効果は単純で、対象の能力を二十パーセント上昇させる。六年間ずっと、それだけだった。
ところが長年使い続けたことで、効果が変化した。
基本二十パーセント。さらに、現在《強化》が付与されている人数一人につき、一パーセントが加算される。
隼人、大吾、千尋、玲奈。四人なら二十四パーセント。
「四パーセントでも、結構違ったけどね」
千尋が言う。
「特に隼人と大吾は」
「そりゃそうだ。元が強いからな」
大吾が笑った。
「三日前も、玲奈がお前を助けるために索敵を中断した」
隼人が言った。
「その穴を千尋が埋めた。大吾も前線を下げた。今ならまだ何とかなる。でも次は無理だ」
「分かってる」
「悠真が悪いわけじゃない」
「それも分かってる」
誰も間違っていない。
隼人たちは、さらに危険なダンジョンへ進む。悠真は、そこでは生き残れない。ただそれだけだった。
問題があるとすれば、悠真にはどうしても先へ行きたい理由があった。
十五年前、日本各地に突然ダンジョンが出現した。
ダンジョンが存在する地域では魔物が発生する。当初、政府は自衛隊を投入したが、魔力を持たない通常兵器は魔物にほとんど通用しなかった。
その後、一部の人間が魔力に適応し、技能を発現することが判明した。彼らが探索者になった。
誰が適応するか。どんな技能を得るか。それを人為的に再現する方法は、十五年経った今も見つかっていない。
現在、自衛隊は封鎖区域の警戒、避難、救助、輸送などを担当する。ダンジョン内部の攻略は、魔力に適応した探索者の仕事になっていた。
七歳だった悠真も、十五年前の避難民の一人だった。
自宅を離れ、町を離れた。十五年経った今も帰れていない。
ダンジョン最奥のコアを破壊すれば、ダンジョンは消える。魔物の発生も止まる。そうやって日本は十五年間、一つずつ土地を取り戻してきた。
だから悠真は探索者になった。いつか、自分の故郷を取り戻すために。
そして《アーク》に入った。
こいつらについていけば、いつか故郷まで行ける。そう思っていたし、実際、その距離は年々縮まっていた。
「俺の故郷まで、あといくつだ?」
玲奈が端末を確認した。
「今の攻略予定なら、三区域」
「三つか」
近い。十五年待ったことを考えれば、すぐそこだった。
「俺たちは進む」
隼人が言った。
「うん」
「お前の故郷も解放する」
「頼む」
胸の奥が少し痛んだ。本当は、自分で取り戻したかった。
だが、それで仲間を危険にさらすわけにはいかない。
「コア壊したら連絡する」
「その前に写真百枚送ってやるよ」
大吾が言った。
「嫌がらせかよ」
「お前が来られない場所の写真だからな」
「性格悪いな」
「今知ったの?」
千尋が笑う。玲奈まで笑った。
六年間の終わりとしては、悪くない。
悠真は右手を出した。隼人が握る。
「先に行ってろ」
「ああ」
大吾が横から言った。
「追いついてきてもいいぞ」
「無茶言うなよ」
「お前、そういうの好きだろ」
悠真は笑った。
「じゃあ、追いつけそうなら追いつくよ」
「待っててやらねえからな」
「それでいい」
道が一本なくなっただけだ。目的地まで消えたわけじゃない。
◇
一か月後。
悠真は旧富士川区域合同攻略隊の仮設拠点にいた。
探索者を辞めるつもりはなかった。だが、新しい少人数パーティに入っても、いずれ同じ問題が起きる。
なら、違うことを試す。
そこで見つけたのが、中堅探索者を集めた二十人規模の合同攻略だった。
責任者の藤原和也が確認する。
「本当に十九人全員に使えるんですか?」
「使えます」
「同時に?」
「はい」
「効果は?」
「そこを試したくて来ました」
悠真自身も、成長後の《強化》を大人数へ使ったことはなかった。
成長前ならある。新人研修、緊急討伐、複数パーティによる合同攻略。何人に使おうと二十パーセントだったから、特別なことは起きなかった。
だが、今は違う。
「一人増えるごとに、一パーセント追加されます」
藤原が十九人を見る。
「じゃあ十九人なら?」
「三十九パーセント」
周囲が静かになった。
「全員?」
「全員です」
「……やってみましょう」
悠真は一人ずつ《強化》をかけた。
五人、十人、十五人。
十九人。
最後の一人に付与した瞬間、前衛の男が声を上げた。
「うわ。これ、マジで三十九?」
剣を握り直している。
「そのはずです」
「全然違うぞ」
別の探索者も自分の体を確認する。
「軽っ。俺、こんな動けたっけ?」
藤原が悠真を見る。
「相沢さん。これ、五十人なら?」
「七十パーセント」
「百人なら?」
悠真は答えようとして、止まった。
基本二十。百人なら。
「……百二十パーセント」
二人とも黙った。
百人全員が、普段の二倍以上。
「いや」
藤原が首を振った。
「まず十九人ですね」
「ですね」
計算上できることと、実戦で使えることは違う。
合同攻略隊はダンジョンへ入った。
◇
結果は、想像以上だった。
「押せるぞ!」
「そのまま前へ!」
盾役が魔物を止める。左右から剣士が斬り込み、後方から魔法が飛ぶ。
一人一人は《アーク》の四人より弱い。比較にもならない。
それでも全員が三十九パーセント強くなっている。しかも十九人いる。
一人が疲れれば交代できる。一人が失敗すれば別の誰かが補える。
初日の予定地点を昼過ぎに突破した。
翌日も進んだ。
三日目。
「コア!」
藤原が叫んだ。
十九人が一斉に動く。悠真は全員へ《強化》をかけ直した。
最後の魔物が倒れ、藤原の剣がコアへ突き刺さる。
亀裂が走った。
青白い光が弾け、ダンジョンが消えていく。
歓声が上がった。
悠真はその場に座り込んだ。戦っていない。それでも体から力が抜けた。
十九人。三十九パーセント。
勝った。
《アーク》についていかなくても、自分の魔法で一つのダンジョンを終わらせた。
「相沢さん」
藤原が隣に座った。
「次、どうします?」
「次?」
「十九人でこれですよ」
藤原が笑う。
「もっと集めたくなりません?」
悠真も笑った。同じことを考えていた。
「五十人」
「いきなり?」
「それで行けるなら百人」
「百人をどうやって動かすんです?」
「……そこは藤原さんが」
「嫌ですよ」
「じゃあ一緒に考えましょう」
藤原は呆れたように笑った。
「その人数になるなら、もう合同攻略隊じゃないですね」
「じゃあ何です?」
「クランでも作ります?」
冗談のような言い方だった。
でも、悠真は少し考えた。
自分がやりたいことは、十五年前から決まっている。
故郷を取り戻す。それだけだ。
「《奪還》」
「はい?」
「クラン名」
藤原が一瞬黙り、そして頷いた。
「分かりやすい」
「でしょ?」
二十人から始まった、まだ小さなクラン。
だが、人数が増えるほど自分たちは強くなる。
悠真はダンジョンが消えた空間を見た。
隼人たちは先へ行った。だったら、自分も別の道で進めばいい。
クラン《奪還》。
ここから故郷まで、追いかける。




