最終話「十五年ぶりの、ただいま」
「……何だこれ」
岩崎大吾が呟いた。
黒田隼人にも、同じ感想しかなかった。
攻略前日。悠真の故郷へ続く封鎖区域の手前には、巨大な仮設拠点ができていた。
大型トラックが何台も入ってくる。探索者用の装備、食料、水、医療物資、交換用の武器。簡易宿泊施設、通信設備、発電機。自衛隊車両までいる。
少し離れた場所には救護所。自治体の職員、企業の担当者、装備メーカーの整備員、物流会社の作業員。建設会社の重機まで待機している。
「戦争でも始めるの?」
千尋が言った。
「ダンジョン攻略」
悠真が答えた。
「知ってるわよ」
「じゃあ聞くなよ」
「規模がおかしいって言ってるの」
玲奈が周囲を見回す。
「何人いるの?」
「探索者?」
「全部」
「知らない」
「知らない?」
「数えたことない」
四人が悠真を見る。
「いや」
悠真が言う。
「探索者は把握してるぞ」
「それ以外だよ!」
大吾が叫んだ。
その横を、自衛隊員が数人通る。輸送担当らしい。さらに国の担当者が藤原と話している。
隼人は悠真を見る。
半年前、五人パーティの後ろで《強化》を使っていた男。本人は何も変わっていない。軽装で、弱い。魔物に殴られれば危険。
なのに、周りだけが狂ったように大きくなっている。
「悠真」
「ん?」
「お前」
隼人はもう一度周囲を見る。
「何やっちゃったの?」
「人数増やしただけ」
「嘘つけ!」
悠真が笑った。
◇
「相沢さん!」
藤原が資料を持ってくる。
「最終確認です」
「はい」
「探索者百七十二名」
「はい」
「攻略班、治療班、護衛班、補給班、すべて配置完了」
「はい」
「自衛隊は区域外の輸送、警戒、緊急搬送を担当」
「はい」
「自治体側、解放後の調査班待機」
「はい」
「電力、通信、道路、建設各社も安全確認後に入ります」
「……早くない?」
「十五年待ってますから」
藤原が答える。
国も、自治体も、企業も、旧住民も待っている。ダンジョンコアが壊れる瞬間を。
十五年間止まっていた土地が、再び動き出す瞬間を。
悠真は封鎖区域の向こうを見る。
あそこに、自分の家がある。
十五年前、七歳だった。母に手を引かれて逃げた。三日くらいで帰れると思っていた。
十五年経った。
「悠真」
隼人が隣に立つ。
「行くか」
「ああ」
大吾、千尋、玲奈。六年間一緒だった仲間たちもいる。
その後ろには百人を超える探索者。さらに後ろには、その百人を支える大勢の人間。
悠真は右手を上げた。
「行こう」
故郷を取り戻す。
◇
攻略が始まった。
最初に走るのは《アーク》。
隼人が斬る。大吾が受ける。千尋が焼く。玲奈が駆ける。
その後ろから、《奪還》が進む。
「第一班、前へ!」
魔物の群れに十人がぶつかる。
「第二班、左! 第三班は右を押さえろ!」
さらに二十人が広がった。
魔物が来る。
倒す。
さらに来る。
「第一班、交代!」
疲れた者が下がる。その横を、次の十人が駆け抜ける。
「まだ来るぞ!」
誰かが叫んだ。
前方を埋め尽くすほどの魔物が押し寄せてくる。
それを見て、別の探索者が笑った。
「何体でも来い!」
武器を構える。
「こっちは百七十人いるぞ!」
声が上がった。
「押し返せ!」
「十五年分、取り返すぞ!」
《奪還》が前へ出る。
ある程度以上のダンジョンは、物量がおかしい。
でも、今はこちらも物量がおかしい。
しかも、ただ人数が多いだけではない。
前衛が戦い、後衛が支え、疲れれば交代する。怪我人が出れば治療班へ送り、その穴には次の班が入る。
そして、その全員に悠真の《強化》がかかっている。
《アーク》が道を切り開く。
《奪還》が、その道を二度と押し戻させない。
止まらない。
昨日まで、この場所は十五年間、人間が入れなかった土地だった。
今日。
百七十人を超える探索者が、その十五年を押し返していた。
◇
「見えたぞ!」
最深部。
魔物の群れの向こうに、青白い巨大な結晶が見えた。
ダンジョンコア。
悠真の足が止まりかける。
十五年間。
あれがあったから、帰れなかった。
「悠真!」
隼人の声で我に返る。
《アーク》が前へ出る。
「道を開けろ!」
《奪還》が続く。
第一班が魔物を押さえ、第二班がその横を抜ける。第三班がさらに前へ出る。
百七十人が、一つの方向へ進む。
コアまでの道が開いた。
「悠真!」
「何!」
「最後、来い!」
「俺?」
「お前の町だろ!」
悠真は走った。
護衛とともに、仲間たちが開いた道を進む。
やがて、青白い結晶が目の前にあった。
十五年間、夢にまで見た元凶。
悠真は右手を上げる。
自分には、これしかない。
《強化》。
でも、これでいい。
「壊してくれ!」
隼人が剣を構える。
大吾も、千尋も、玲奈も。
《奪還》の探索者たちも武器を構えた。
「やれ!」
無数の攻撃が、コアへ叩き込まれた。
亀裂が走る。
広がる。
そして。
十五年間、悠真を故郷から遠ざけていた青白い結晶が、砕けた。
光が弾ける。
一瞬の静寂。
次の瞬間、歓声が最深部を揺らした。
百人を超える探索者が叫び、武器を掲げ、隣にいる仲間と抱き合っている。
悠真だけが、動かなかった。
砕けていくコアを見ていた。
終わった。
本当に、終わった。
頬を何かが伝った。
触れてみて、初めて涙だと分かった。
十五年前。
母に手を引かれて町を出た。
三日くらいで帰れると思っていた。
ずいぶん遅くなった。
「悠真」
隼人が隣に立った。
悠真は涙を拭って、笑った。
「帰れる」
隼人も笑った。
「ああ」
帰れる。
それだけでよかった。
◇
数週間後。
「悠真」
父に呼ばれて、足を止めた。
「あれだ」
十五年ぶりに入った町。
その道の先に、家が残っていた。
屋根は傷み、庭は草に覆われている。窓も何枚か割れていた。
それでも、悠真には分かった。
七歳まで暮らした家だった。
母が隣に立つ。
「残ってたね」
「ああ」
悠真は門を開けた。
錆びた音がした。
玄関の扉を開ける。
埃っぽい空気が流れてくる。
悠真は、一歩だけ中へ入った。
そして笑った。
「ただいま」




