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悪役令嬢が断罪されそうだったので観察していたら、国家レベルの陰謀だった ― 二つの婚約破棄  作者: 智信
第一部

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第07話 定期連絡

「観察できた項目を答えていただければ、それで十分かと」

―― 定期連絡

 休日。


 ロイドは学園を出て、王都の繁華街に向かっていた。

 学園のある回層から一つ外の回層に抜けると、街の空気がぐっと変わる。

 貴族の子弟ばかりの学園内とは違い、この回層の街路は商人、職人、冒険者、官吏、行商人——あらゆる人種で賑わっている。


 ロイドにとって、こちらの方がまだ馴染みのある光景だった。

 学園の作法と社交の世界より、市井の喧噪の方が呼吸しやすい。


「定期連絡か」


 小さく呟きながら、街角のカフェへ向かった。


---


 待ち合わせの場所は、北広場から少し外れた静かな通りのカフェだった。

 目立たないが、裕福な市民や貴族家の使用人——例えば下位貴族の子弟が出入りするには十分に上品な店。

 窓際の席に、すでに黒い装いの男が座っていた。


「お久しぶりです、ロイド殿」


 ハンスは立ち上がり、そして穏やかに頭を下げた。


「……どうも、ハンスさん」


 ロイドは向かいの席に腰を下ろした。

 店の従業員に飲み物を注文し、軽い世間話で時間を整える。

 貴族社会の作法に倣って、いきなり本題には入らない。


 飲み物が届いた頃、ハンスが淡々と切り出した。


「では、本題に入りましょう。まず、報告書をお預かりします」


 ロイドは封筒を取り出して渡した。


 ハンスは封を開け、一読する。

 目の動きから、内容を素早く把握しているのが分かった。

 黙って読み進め、最後まで目を通すと、軽く頷いた。


「事実と所見の区別が明確で、時系列も整理されている。これならヴィクトル様も満足されるでしょう」


「あの人、報告書だけはまともに読みますよね」


「報告書だけは、ですね」


 ハンスが微かに笑った。

 淡々とした顔の奥に、共犯者めいた小さな笑み。

 ロイドは少しだけ気が楽になった。


---


「では、こちらをお渡しします」


 ハンスが封筒を差し出した。


「指示書です」


 ロイドは封を切り、中身に目を通した。


 そして——げんなりした。


『妹の食事は偏っていないか?

 妹は睡眠は十分に取れているか?

 妹に心配事や悩みはないか?

 妹が寒暖の変化に体調を崩していないか?

 妹の寮の部屋の換気は十分か?

 侍女のメルが妹の負担になっていないか?

 以上を次回の定期連絡までに観察し、報告すること』


「……護衛とは」


「ヴィクトル様のお気持ちです」


「気持ちでしか動いてないですよね、この人」


「否定はしません。しかし、指示書は指示書ですので」


 ハンスは淡々と説明した。

 涼しい顔の奥にある、長年の業務経験を感じさせる物言いだった。


「これ、全部を調査して報告する必要がありますか」


「努力義務です」


「……努力義務、ですか……」


「クレア様に支障のない範囲で、観察できた項目を答えていただければ、それで十分かと」


「いや無理でしょ!」


 ロイドはため息をついた。

 封筒を懐にしまう。

 観察対象は一人だけ——だけなのだけれど、観察だけでは調査することができない項目が積み重なっていっている。


---


「ところで、ヴィクトル様から口頭で二点」


 ハンスが付け加えた。


「一点目ですが、ダグ殿にも依頼を行うとのことです」


「まぁ、驚きはしませんが……依頼内容を聞いても?」


「私もまだ詳細は聞かされておりませんので、あしからず」


「……ろくでもない依頼なんでしょうけどね」


 ロイドは苦笑いを浮かべながら呟いた。


「二点目。ご公務の都合がつき次第、ヴィクトル様が王都に来られます。そのときに直接お会いしたいとのことです」


「……王都に?」


「公務の用件で。ついでに、というご様子でしたが」


「そのついでが、本命ですよね」


「だと思われます」


 ハンスは表情を変えなかった。


「直接ということは、面会の場所は?」


「学園の一階、実務用来客室を予定しております。事前にこちらで予約済みです」


「学園内で、しかも三階ではなく一階ですか」


「学外で会うと余計な詮索を招きますので。実務用来客室なら、執事と学園での打ち合わせということで自然に通ります」


 ハンスは抜かりなかった。

 学園の建物配置と運用慣習まで把握した上での選択だ。


「分かりました」


 ロイドは短く答えた。

 あのシスコンが直接来る。

 間違いなく面倒なことが追加される。


「では、本日はここまでです。次回の定期連絡は二週間後、同じ場所で」


「了解です」


「あと——余計なお世話かもしれませんが」


 ハンスが少しだけ声を落とした。


「ヴィクトル様は、報告書の質には大変こだわられます。今のままで十分ですので、無理に報告内容を増やそうとなさらないように」


「……なるほど」


「淡々と。事実だけを。それが、あの方が最も信頼する形式です。たとえ依頼した情報が書かれていなかったとしても、です」


 ロイドは頷いた。

 ハンスからの私的な助言。

 あの指示書に対する、業務の枠を少しだけ越えた、人間的な親切心からだった。


 ハンスは立ち上がり、丁寧に頭を下げ、先に退席をした。

 その立ち居振る舞いには無駄がなく、一切の隙がなかった。

 冒険者の目から見ても、貴族の端くれとしての目から見ても、ただの執事ではない動きだった。


---


 カフェを出たロイドは、北広場から乗合馬車に乗り、王都の最外層を目指した。

 2つの門を抜け、乗合馬車から降りると、貴族の子弟を見かけることのない、完全な市井の喧噪が広がっていた。

 しがらみから解放され、街中を歩くだけで身体が軽くなる。


 ギルドの扉を開けると、見慣れた喧噪が迎えた。


「お、来たな」


 カウンター近くに、ダグが立っていた。


「悪い、待たせたか」


「いや、そんなに待ってはいない。で、いつもの執事との会合か?」


「ああ」


「やっぱりか。その顔を見ればわかるよ。まぁ、今回もシスコンはシスコンだったか?」


「はぁ、悪い意味で全開だ」


 ダグは盛大にため息をついた。


「お前のせいで俺まであのシスコンに使われてるんだぞ」


「俺のせいじゃない」


「お前のせいだ。前にも言ったろ」


 二人で苦笑した。

 ギルドの空気は、学園とは何もかも違う。

 ここには派閥もなければ、息苦しい人間関係も、家格もない。

 あるのは依頼書と報酬と、生き残るための腕——そして、ここまで生き残ってきたという実績と自信だけ。

 ロイドは、この空気に心が深く癒されていた。


---


 今日の依頼は短いやつだった。

 王都の最外層で発生したスライム駆除。

 報酬は微々たるもの、しかも日が暮れる前に早々に終わる簡単な依頼。


「お前、剣の腕落ちてないか? 学園で型ばっかりやってるんだろ?」


「型はまだ始まったばかりだ。慣れる慣れないの以前に、座学のせいで型の訓練にも十分な時間が取れていないんだよ」


「座学? あのお前が座学?」


「俺だって貴族の端くれだからな」


「冗談だろ」


 軽口を叩きながら、二人は依頼の現場に向かった。

 徐々にロイドの動きが冒険者のものに戻っていく。

 観察し、痕跡を追い、剣を抜く。

 学園の作法など必要ない世界。


 草むらに転がる小さな粘液の塊を一体、二体と片付けていく。

 ダグは慣れた動きで横から斬りかかり、ロイドが残りを引き受ける。

 以前のコンビ感は健在だった。


「お前、動きは鈍ってないな」


「冒険者の癖は身体に染みついてる。座学では消えないさ」


「そりゃ良かった。学園で骨抜きにされてないか心配したんだぞ」


「俺を何だと思ってる」


「面倒くさがりの三男坊」


「……否定はしない」


 ダグが笑い、ロイドも口の端を上げた。


 数体目のスライムを片付けた頃、夕日が差し始めていた。

 ダグが汗を拭いながら言った。


「やっぱりお前は、こっちの方が向いてるよ」


「……だろうな」


 ロイドは頷いた。

 貴族学園の派閥や代理人ごっこより、こうしてモンスターを叩き伏せる方が、よほど性に合っている。

 モンスターは派閥を作らない。

 代理人にもならない。

 ただ生き残るための戦いがあるだけだ。


 しかし——


「ところで、お前にも依頼がいくらしい」


 ロイドが思い出したように言った。


「あのシスコンからだぞ。詳細は分からないけどな」


 ダグはため息をついた。


「……また巻き込まれるのか」


「初めて巻き込まれるわけじゃないだろ」


「それもそうだ」


 学園に通っていなくても、シスコンに冒険者の手駒として使われる。


「面倒くさい世界だな」


 ロイドは小さく呟いた。

 夕日が、王都の城壁を一面、赤く染めていく。

2日目は4話連続掲載で、第8話は18時に公開予定となっています。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

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