第05話 学園の空気
「ここでは、誰もが何かの代理人なんだ。家の代表、派閥の駒、婚約の繋ぎ」
―― 学園の空気
食堂は広かった。
木製の長いテーブルが並び、天井からは吊り下げ式の灯りが下がっている。
昼時で、すでに多くの学生で賑わっていた。
ロイドは食事を受け取り、ニックの後についていった。
「あの辺は王権派が多い。あっちは中立派。そっちは北部貴族の集まり、とかな」
「よく知っているな」
「卒業した兄貴からの受け売りだけどな」
「そうか。しかし、席にも派閥があるのか」
「正式には決まってない。だが、自然とそうなる。目をつけられたくない俺たちは……あの辺だな」
ニックが指したのは、隅に近い席だった。
他の男爵家・子爵家の生徒が数人、すでに席についている。
誰もが控えめで、声を抑えて会話していた。
「上級貴族の前では、こうなる」
「面倒くさいな」
「面倒くさいぞ。だが、これが学園だ」
二人は席につき、食事を始めた。
上位貴族にとっては質素なのかもしれないが、男爵家の三男にとっては十分すぎる食事だった。
「料理は家格に関係ないんだな」
「学費に含まれてるからな。だが、上位貴族は料理人を派遣したり、学園に寄付したりして、豪華な食事らしいぞ」
「面倒なことだ」
「貴族にとっては、食べるものも『何を口にしているか』のメッセージなんだよ」
---
食事中、視線がふらりと会場を彷徨った。
中央のテーブル群。
そこには、明らかに格の違う一団がいた。
高位貴族の子弟だろう。
その中に——王太子の姿があった。
昨日の入学式で見たアルベルト殿下。
周囲に数人の側近が控えている。
その隣には、侯爵家の令嬢、シャルロッテ・ヴァイスベルク。
完璧な所作で食事をしている。
婚約者として、王太子の傍にいる。
そして——少し離れたところに、レオン・フェルス・シュタイナーの姿があった。
昨日も観察した、王太子の側近の一人。
穏やかな笑顔で、王太子と何かを話している。
「あれが王太子か」
ニックが小声で言った。
「ああ」
「俺たちには遠い世界だな」
ロイドは頷いた。
遠い世界。
その通りだった。
——本来であれば。
依頼さえ引き受けていなければ。
視線をさらに広く流す。
王太子の側近グループの中で、レオンは少しだけ位置が特殊だった。
他の側近たちより一歩前。
王太子の言葉を引き出す立場にも、纏める立場にも見える。
「あの金髪の人物、誰だ?」
ロイドが小声で訊いた。
「小シュタイナー伯爵。シュタイナー伯爵家の次期当主。レオン・フェルス・シュタイナー。卒業年の三年生。王太子の側近で、確か北方辺境伯の令嬢の婚約者だ」
「……北方辺境伯」
「そう。伯爵家と辺境伯家の縁組みだから、政治的には大きい話だな」
---
「ところで」
ニックが声をひそめた。
「お前、誰か知り合いいるのか? この学園に」
「腐れ縁が一人。同郷の女だ。侍女コース」
「ほう。婚約者か?」
「違う。本気で違う」
「ならいいんだ。学園内の人間関係は面倒だからな」
「何が面倒なんだ?」
ニックは少しだけ声を低くした。
「ここでは、誰もが何かの代理人なんだ。家の代表、派閥の駒、婚約の繋ぎ。下手に女と話すと、どこかの家との関係に誤解されたりもする」
「……面倒くさい」
「だから言っただろ。覚悟しておけって」
ニックの声には、半分の冗談と半分の本気が混ざっていた。
ロイドは食堂を見回した。
誰もが食事をしながら、誰かを観察していた。
誰が誰と話し、誰が誰と一緒にいる。
その全てが、何かの記録になっている。
学園の空気——というよりも。
それは、自由な学び舎の空気ではなかった。
貴族社会という、一つの政治の舞台の空気だった。
---
午後は、訓練場での顔合わせだった。
武官コースの新入生たちが、訓練場の石畳の上に整列した。
一人一人が木剣を持って、自分の体格や体力を申告していく。
それは、初日の手続きに過ぎない。
しかし——ベルガー教官の視線は、すでに生徒一人一人を測っているようだった。
「冒険者か」
ベルガーがロイドの手を見て、短く言った。
「はい」
「実戦経験は?」
「五年です」
「型は?」
「冒険者としてしか」
「明日からの実技では忘れろ」
ベルガーは短く言って、次の生徒に視線を移した。
褒められたのか貶されたのか、ロイドにはどうにも判断がつかなかった。
隣でニックが小さく口笛を吹いた。
「お前、目をつけられたな」
「悪い意味で?」
「いい意味でだ。ベルガー教官、つまらん奴には何も言わない」
---
顔合わせが終わり、ロイドはニックと並んで訓練場を出た。
「目をつけられたって、本当か」
「あぁ。お前、たぶん明日が一番きついぞ」
「面倒くさい世界だな」
ロイドが小声で呟いた。
「ようこそ、武官コースへ」
ニックが満面の笑みで返した。
---
初日が終わり、寮に戻る並木道を歩いていた。
夕方の空気が、朝とは違って柔らかかった。
学生たちの足音と話し声が、並木の間を抜けていく。
ふと、ロイドの視線が止まった。
並木道の先に、あの令嬢が歩いていた。
朝と同じ侍女を一人連れて、背筋を伸ばして。
クレア・ブレンハルト。
依頼の対象。
その後ろを、少し離れて歩く別の集団がいた。
北部貴族の子弟たちだろう。
クレアと話すでもなく、ただ後ろを歩いている。
近すぎず、遠すぎず——ちょうど距離を測っているような歩き方。
「あの先頭の令嬢、知ってるか?」
ニックに訊いた。
「ああ、北方辺境伯ブレンハルトの長女だ。さっき話した、小シュタイナー伯爵の婚約者の」
「……同じ学年なのか」
「一年生だな。俺たちと同じだ」
ロイドは黙って頷いた。
依頼の対象は、北部貴族の派閥の頂点にいる令嬢だった。
ロイドは目を細めた。
「……観察か」
ニックには聞こえない、小さな呟き。
すでに依頼は始まっている。
初日の5話連続掲載の5話目となります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
2日目は4話連続掲載の予定で、6話目は12時に公開の予定となっています。
今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、
評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。




