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悪役令嬢が断罪されそうだったので観察していたら、国家レベルの陰謀だった ― 二つの婚約破棄  作者: 智信
第一部

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第04話 シスコン

「妹の入学後の様子を観察して、報告してほしい」

―― シスコンの依頼

 十三歳の頃の話だ。


 ダグと二人で引き受けた調査依頼があった。

 南部の街道沿いで商隊の荷物が連続して消える。

 モンスターか、山賊か、それとも別の原因か。

 調べてほしいという指名依頼だった。


 ロイドは現場を歩き回り、痕跡を拾った。

 そして、荷物が消えた場所の共通点を見つけた。

 地面に残る車輪の跡の不自然さ。

 さらに——荷物が消えたはずの場所に、なぜか新しい車輪の跡が残っていること。


「ダグ、これ、モンスターじゃない。人の仕業だ」


「だろうな。俺も街で聞き込んできた。最近、見慣れない商人が出入りしてるらしい」


 結論は単純だった。

 偽の商人達が本物の商隊に紛れ込み、荷物をすり替えていた。

 ロイドが発見した痕跡から手口を特定し、ダグが情報でその手口を裏付けた。

 ギルドに報告書を提出し、依頼は無事に完了する——


 ——はずだった。


「素晴らしい仕事だ」


 依頼の報告が完了した直後、ギルドの受付で声をかけられた。

 振り向くと、見知らぬ青年が立っていた。


 年齢は十六、七だろうか。

 仕立ての良い衣装。整った顔立ち。穏やかな笑顔。

 明らかに、冒険者ではない。

 貴族だ、とロイドの目は即座に判断した。

 その貴族は、ギルドの受付から報告書を奪い取ると、その内容を確認した。


「十三歳でこの調査力か。報告書の内容も論理的だ。いい目を持っている。なるほど、報告通りだな」


「……どちら様ですか」


「ヴィクトル・シルト・ブレンハルト。北方辺境伯の息子だ」


 北方辺境伯。

 名前は知っている。

 国境防衛を担う四つの辺境伯の一つ。

 格で言えば、男爵家の三男とは雲泥の差だった。


「なぜ辺境伯の息子が南部に?」


「野暮用でね。——ところで、少し仕事を頼みたいのだが」


 その笑顔には、断る余地がなかった。


---


 それが、ヴィクトル・シルト・ブレンハルトとの出会いだった。


 以来、ヴィクトルからの依頼が定期的に入るようになった。

 内容は調査系が多かった。


 ある商人の動きを追え。

 ある屋敷への出入りを記録しろ。

 ある人物の行動パターンを報告しろ。


 依頼内容は具体的で、報酬は相場より高い。

 調査系は報告書が必要な依頼だが、ヴィクトルの依頼は特に報告書の質にうるさかった。


「事実だけを書け。推測は推測と明記しろ。時系列順に。私情は入れるな」


 面倒だったが、おかげで報告書の書き方が身についた。

 冒険者としては悪い仕事ではなかった。


 問題は——依頼主の人格だった。

 依頼の内容によっては報告書ではなく口頭での報告を求められるのだが……


「ロイド、妹が構ってくれないんだが、なぜだと思う」


「それ、依頼の報告とは関係ないですよね?」


「関係なくてもいい。そんな報告より妹との関係の方が大事なのだ。考えてくれてもいいだろう?」


「……知りませんよ、そんなの」


 ヴィクトルは有能だった。

 政治的な判断力、情報の扱い方、交渉術。

 十代にして、すでに大人の貴族と渡り合える手腕を持っていた。


 だが、妹の話になると——目がおかしくなる。


「妹が最近、剣術の稽古を始めたらしい。もっとお淑やかにしてほしくはあるが、一生懸命に剣を振る姿も可愛くてなあ」


「知りません。ていうか、それを俺に聞かせて、どうしたいんですか?」


「妹の可愛さを語りたいだけだが? お前も知りたいだろ、私の妹の可愛さを」


「別に知りたいとは思っていませんよ」


 ダグが巻き込まれたのは、それから半年後だった。


「なんで俺まであの辺境伯の息子に使われてるんだ」


「俺のせいじゃない」


「お前のせいだろ! お前が目をつけられたから、俺まで手駒にされてるんだよ!」


「あの日、お前もギルドにいただろ?」


「それでも俺のことは半年間放置された。絶対にお前が俺を売った!」


「……否定はしない」


「否定しろよ!」


「まあ、報酬は良いだろ?」


「それだけが救いだ。——しかし、あのシスコンっぷりは何なんだ。この前も会うなり『妹が風邪を引いたらしいが、俺はどうすればいい』って聞かれたぞ。俺が知るわけないだろ」


「俺もだ。毎回聞かれる」


「あれは病気だな」


「病気だな」


 二人で頷いた。

 だがヴィクトルの依頼そのものは的確で、報酬も確実に支払われた。

 不満はあるが、信頼はしていた。

 面倒な依頼主だが、仕事には嘘のない男だ。

 少なくとも、依頼に関しては。


---


 十五歳。

 学園への入学が決まった。


 貴族の子女にとっては当然のことだった。

 ロイドにとっても例外ではない。

 冒険者活動は続けるつもりだったが、学園に通うのは義務だ。


 ——問題は、ヴィクトルからの依頼だった。


「ロイド。学園に入るんだろう?」


「なぜそれを?」


「依頼をするのにお前の背後を確認しないわけがないだろ?」


「そう、でしたか。はい、一応、私も貴族の端くれではありますので、義務として学園には入学する予定です」


「うちの妹も同じ年に入学する。名前はクレアだ。そこで妹の護衛を依頼したい。護衛内容は、妹の入学後の様子を観察して、報告してほしい」


「……それ、護衛ですか?」


「護衛だ」


「護衛に"観察して、報告してほしい"とは言わないと思いますが」


「護衛だと言っているだろう」


 ヴィクトルの笑顔は完璧だった。

 だがロイドには分かる。

 この男の依頼に、拒否権はない。


「……報酬は?」


「学園在学中の寮費は持つ。それから、冒険者としての依頼を行い、報告毎に報酬を支払う。つまり収入と君の冒険者としての成果が保証される」


 三年間の寮費。

 男爵家の三男にとっては、無視できない条件だった。

 家からの仕送りはある。

 しかし、男爵家の三男への仕送りなど知れている。

 寮費や学園で必要なあれこれを支払えば、手元にはほとんど残らないだろう。

 冒険者として依頼をこなしたとしても、学園に通いながらだと時間が限られる。

 そう考えると、学園生活そのものが依頼になるこの話は悪くなかった。


「……」


「引き受けてくれるか?」


「選択肢、あるんですか?」


「もちろんある。断ってもいい」


 嘘だった。

 この男が「断ってもいい」と笑顔で言うときは、断った後にさらに断れないようにしてくる。

 三年間つきあってきた経験が、そう教えてくれる。


「……分かりました」


「妹を頼む」


 ロイドは天を仰いだ。


「このシスコンが……」


「何か言ったか?」


「いえ、何も」


---


 依頼を引き受けた日、ヴィクトルは二つのことを教えた。


 一つ目。


「王都での連絡は、うちの執事を通せ」


 ハンス・ベルク。

 ブレンハルト家の執事で、ヴィクトルの個人的な外交担当だという。

 二十代前半。真面目そうな顔。淡々とした物腰。


「よろしくお願いします、ロイド殿」


「……よろしく」


「定期的に会って、報告を受け取る。場所と頻度は追って連絡する」


「ギルドへの報告は私が行います。また、ヴィクトル様からのご指示書もお渡しすることになります」


「指示書?」


「はい。妹君に関する確認事項が中心かと」


 ロイドは嫌な予感がした。

 確認事項というのは、十中八九「妹は元気か」「食事はちゃんと取っているか」の類だろう。


 二つ目。


「ついでに一つ教えておく」


「また"ついで"ですか」


「インクの見分け方だ」


 ヴィクトルが一枚の紙を取り出した。

 二か所にインクで文字が書かれている。


「どちらがブレンハルト家のインクか、分かるか?」


 ロイドは紙を見た。

 色はほぼ同じ。

 だがよく見ると、片方はわずかに光沢が違う。


「……こっちですか」


「正解。さすが、目が良い」


 ヴィクトルが満足そうに頷いた。


「ブレンハルト家では、サイン入り書簡に秘伝の特殊インクを使う義務がある。製造方法は家の秘伝で、家の外には出ない」


「なんでそんなことを俺に?」


「護衛に必要な知識だ。私からの書簡が偽造されたら困るだろう?」


「偽造なんてされるんですか」


「政治の世界では、何が起きてもおかしくない。覚えておけ——このインクの違いが分かる人間は、ブレンハルト家の関係者以外にはほとんどいない」


 ロイドは深く考えなかった。

 護衛の一環として、知識を共有されたのだと思った。


---


 ——そして、今。


 朝の並木道。

 目の前を歩く、背筋の伸びた令嬢。

 侍女を一人連れた、近寄りがたい空気の持ち主。


 ——クレア・ブレンハルト。

 あのシスコンの妹。

 三年間、観察し続けなければならない相手。


 堅い。だが、悪い奴には見えない。


「……面倒くさい依頼を引き受けちまったな」


 ロイドは小さく呟いて、校舎に向かって歩き出した。

初日は5話連続掲載中で、5話目は20時に公開予定となっています。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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