第03話 ロイド・ハイデン
「腐れ縁ってのは、切ろうとしても切れないから腐れ縁なのだ」
―― 腐れ縁の悪友
「目が良い奴は、生き残る」
―― 冒険者の観察眼
ロイド・ハイデンは南部の男爵家の三男として生まれた。
三男坊は暇だった。
長男は家督を継ぐための教育を受ける。
次男は長男の傍で同じ教育を受ける。
しかし、三男には、それがなかった。
最低限の読み書きと礼儀作法は教えられた。
だが、それ以外の時間は自由だった。
自由すぎて、やることがなかった。
だからロイドは外に出た。
屋敷の裏の森に入り、動物の足跡を追い、鳥の巣を探し、植物の違いを観察した。
誰に教わったわけでもない。
暇だから見ていた。
見ていたら、分かるようになった。
「ロイド、また森に行ってたのか」
長男が呆れた顔で言った。
「うん」
「何が楽しいんだ、あんなところ」
「色々分かる。この前、鹿の群れが南に移動してるのを見つけた。たぶん北側に狼が来てる」
「……それ、猟師が言ってたのと同じことだぞ」
「へえ」
ロイドは特に感心しなかった。
見れば分かることだった。
八歳の頃、近所の農家の子供が行方不明になった。
大人たちが必死に探したが、見つからなかった。
ロイドは一人で森に入った。
子供の靴の跡を追い、折れた枝を辿り、半日かけて古びた小屋の近くで子供が蹲っているのを見つけた。
転んで足を捻り動けなくなっていたが、無事だった。
「なんで見つけられたんだ?」
報告を聞いた父が訊いた。
「足跡が残ってたんで」
「……他の者も探していたが、見つけられなかったぞ」
「そうなんですか。足跡は残っていたし、枝も折れていたのに」
父はしばらく黙っていた。
「お前には、他の人間には見えないものが見えるのかもしれんな」
ロイドには、父の言葉の意味がよく分からなかった。
ロイドとしては、それは見れば分かることだったからだ。
ただそれだけのことだと思っていた。
ただ、父がそんな顔をしたのは、初めてだった。
---
そんなロイドにも夢があった。
「冒険者になりたい」
九歳のロイドがそう言ったとき、父は呆れた顔をした。
母はため息をついた。
長男は大笑いだった。
次男は「好きにすればいい」と呆れていた。
貴族家の子弟が冒険者。
一般的な貴族の価値観からすると、世間体は良くない。
だが地方貴族の男爵家の、それも三男。
世間体はそれほどの問題ではなかった。
「……好きにしろ、ただし家名は出すな」
父の許可は、諦めの一言だった。
---
冒険者ギルドに登録したのは十歳の時だった。
最初の依頼は、森に逃げた家畜の捜索だった。
報酬は銅貨数枚。
誰もやりたがらない仕事だった。
森に入り、足跡を追った。
途中で足跡が消えた。
普通なら、そこで諦めて帰る。
ロイドは地面をじっと見た。
土が不自然に柔らかい場所がある。
枝が折れている方向が、風の向きと合わない。
草の倒れ方が、獣の通った痕跡を示していた。
目で追えるものを、一つずつ拾い上げた。
家畜は崖下の窪地にいた。
怪我をして動けなくなっていたが、無事に連れ帰った。
「よく見つけたな」
依頼主が感心した。
「足跡が途中で消えてたんで、別の痕跡を追いました」
「……十歳にしては、目がいいな」
それが最初だった。
次の依頼では、薬草の採取を請け負った。
指定された薬草は、似た種類の毒草と混在して生えている。
これも誰もやりたがらない仕事だった。
しかし、ロイドは一つも間違えなかった。
「葉脈の走り方。毒の方は、少しだけ太いって書いてありました」
ギルドの受付が目を丸くした。
「大体の冒険者は選別を諦めて、とりあえず全部を持ち帰ってくるんですけどね」
以来、「目が良い奴」という評判が、少しずつ広がり始めた。
ランクが低いこともあり、指名料の安さから、多くの指名依頼があった。
捜索系、調査系、鑑定の補助。
観察力で食べていく冒険者になっていった。
---
冒険者としての日々は楽しかった。
依頼を受けて、森に入り、モンスターを討伐し、素材を採取し、報酬を受け取る。
分かりやすくて、自分の力が直接結果に繋がる。
その単純さがロイドの性格に合っていた。
そして——腐れ縁がいた。
「ロイド、次の依頼、一緒に行くわよ」
「勝手に決めるな」
「あんたが一人で行ったら、また報告書を書き忘れるでしょ」
「……うるさい」
ルーシー・ブルーメ。
同郷の男爵家の娘。
なぜか冒険者ギルドに出入りしていた。
正式な登録はしていないが、ロイドの依頼についてくることが多かった。
「お前、なんで冒険者にならないんだ?」
「別になりたくないわけじゃないわよ。ただ、長女だから家の都合でなるわけにいかないのよ」
「面倒なんだな。でも、じゃあなんで俺についてくるんだ?」
「暇だからよ」
嘘ではなかった。
南部の田舎町で、貴族の娘にできることは限られている。
刺繍か、読書か、社交の真似事か。
しかし、どれもルーシーには合わなかった。
「それに、あんたが一人で行くと心配なのよ」
「心配されるようなことはしてない」
恋愛感情は双方になかった。
あるのは遠慮のない信頼だけだった。
末端だけど貴族であることには変わりないので、遠慮のない関係を築ける人間は限られている。
だから腐れ縁になった。
そして、腐れ縁ってのは、切ろうとしても切れないから腐れ縁なのだ。
---
十二歳の頃には、ロイドの冒険者としての腕はそれなりに知られていた。
戦闘力ではない。
その類まれなる観察力でだ。
例えば……モンスターの巣の位置を、痕跡から特定する。
例えば……罠の仕掛けられた場所を、地面の違和感から見抜く。
例えば……依頼人が嘘をついているかどうかを、表情の微妙な変化から読み取る。
「目が良い奴は、生き残る」
ギルドの先輩の上級冒険者がそう教えてくれた。
ロイドはその言葉を、素直に受け取り、目を磨き続けていた。
そして、もう一人の腐れ縁ができた。
「よお、お前がロイドか? 噂は聞いてるぜ」
ダグ。
同い年の冒険者。
ロイドとは違い、貴族ではない。
街育ちで、口が達者で、人の懐に入るのが上手い。
酒場の親父から行商人まで、誰とでもすぐに打ち解ける。
情報収集にかけては、大人の冒険者にも引けを取らなかった。
「噂?」
「目が良い冒険者がいるって。足跡から何でも分かるとか、嘘を見抜くとか。俺は耳が良いんだ。組んだら最強だろ?」
「……勝手に組むな」
「まあまあ、試しに一回やってみようぜ。損はさせないからさ」
「……一回だけだぞ」
「おう、一回だけ!」
その一回が、気づけば常連の組み合わせになっていた。
ロイドが現場を観察し、ダグが街で情報を集める。
役割分担は自然にできた。
「お前の目と俺の耳で、大体のことは分かるな」
「大体のことが分かっても、それだけじゃどうしようもない依頼もあるけどな」
「まぁ、冒険者なんてそんなもんだろ? 結局は腕っぷしがなけりゃ冒険者じゃない、ってな」
ダグは楽天的だった。
だが、やると決めたら手を抜かない。
ロイドが依頼の現場で痕跡を観察している間、ダグは街中を駆け回って裏付けを取ってくる。
帰ってきたときには、依頼書にはまったく書かれていない情報まで掴んでいた。
「どこでそんな情報を仕入れてくるんだ」
「人脈だよ、人脈。お前には無理だろうけどな」
「……否定はしない」
嫌味を言われても嫌な感じを受けない。
ダグは信頼できる男だった。
言葉は軽いが、肝心なところでは絶対に手を抜かない男だった。
---
目で見ること。
痕跡を追うこと。
人の嘘を見抜くこと。
そして——面倒でも、引き受けたことは最後までやること。
観察力と義理堅さ。
森で培った目と、仲間から学んだ責任感。
それが、ロイド・ハイデンという冒険者を形作っていた。
森で獣の動線を追い、街で人の動きを観察する——その目で、人間の社会を見ることになるとは。
まさかそれが、貴族の学園で——しかも政治の渦の中で必要になるとは、このときのロイドには、まだ知る由もなかった。
初日は5話連続掲載中で、4話目は18時に公開予定となっています。
今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、
評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。




