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悪役令嬢が断罪されそうだったので観察していたら、国家レベルの陰謀だった ― 二つの婚約破棄  作者: 智信
第一部

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第02話 入学

 エーヴェンガルド王立学園。

 唯一、国名を冠することを許された貴族の子女たちのための学園。

 貴族の子女が集い、三年間で社交と統治、あるいは武官・文官、執事・侍女としての素養を身につける。


 その校内に、ロイド・ハイデンは立っていた。


 周囲を見回す。

 整列する貴族の子弟たちは、一人残らず仕立ての良い衣装に身を包んでいた。

 背筋を伸ばし、顎を引き、視線は正面。

 作法を叩き込まれた動作が、骨の髄まで染みている。


 それからロイドは自分の出で立ちを確認した。

 一応、実家から送られてきた正装ではある。

 だが昨日まで剣と泥にまみれていた身体に、この衣装はどうにも馴染まなかった。


「……まあ、三年間だ。我慢するか」


 小声で呟いた。

 学園に通うのは貴族の子女の義務だ。

 だが、どうしても感じてしまうこの場違い感だけはどうにもならなかった。


---


 入学の式典は壮麗だった。


 高い天井。磨き抜かれた床。

 壇上では学園長が祝辞を述べている。

 内容は頭に入ってこなかった。


 ロイドの意識は、別のことに向いていた。

 ……冒険者としての癖。

 五年も冒険者として活動していると、周囲を観察する習慣が身体に染みついてしまう。

 退屈な場所では、なおさらだった。


 普段はお目にかかることもできない来賓たち。

 上級生の代表。

 在校生の列。


 そして——あれが王太子か。


 壇上の一角に、ひときわ目立つ人物がいた。

 金色の髪。堂々とした佇まい。

 隣には、同じ年頃の令嬢が控えている。

 侯爵家の令嬢だろう。婚約者と聞いたことがある。


 王太子と令嬢の後ろには、数人の青年が控えていた。

 あれが王太子の側近だろう。

 王権派の家から選ばれた取り巻き。

 政治の道具であり、同時に王太子の政治の基盤でもある。


 その中の一人に、ロイドの視線が引っかかった。

 端正な顔立ちの青年。

 王太子のすぐ傍に立ち、周囲を見渡す目つきが鋭い。

 側近の中でも、一つ格が上に見えた。


 ロイドは内心でため息をついた。


 面倒くさい世界だ。

 自分には関係ない——そう思いたかった。


---


 式典が終わり、ロイドは自分の教室、武官コースの教室の一つへと向かった。


 武官コース。

 騎士爵の取得を目指す、実戦寄りのコースだ。

 周囲は騎士を志す貴族の子弟ばかりだった。

 体格の良い者、引き締まった顔つきの者、すでに剣術の心得がありそうな者。


 ロイドは彼らを眺めた。

 作法に裏打ちされた仕草。

 冒険者として市井で過ごしていた自分とは、根本が違う。


「隣、いいか?」


 声をかけられた。

 振り向くと、気さくな顔の男が立っていた。


「ニック・ヴェーバー。東部の男爵家の次男だ。よろしく」


「ロイド・ハイデン。南部の男爵家の三男」


「三男か。俺は次男。お互い家は継げないな」


 ニックは屈託なく笑った。

 悪い奴ではなさそうだ。


「お前、冒険者だろ?」


 ロイドは少し驚いた。


「なんで分かる?」


「仕草を見りゃ分かるよ。周囲への視線の向け方が騎士と違う。あとは雰囲気かな」


 なかなか目が良い。

 ロイドは少しだけ、この男に好感を持った。


「しかし、冒険者から武官コースか。まあ、実戦経験があるなら騎士爵は楽勝だろ」


「だといいがな。お前は?」


「俺は次男だから家は継げない。騎士爵でも取って、仕官するのが現実的な線だ」


「それは堅実な道だな」


「堅実しか取り柄がないからな」


 ニックは肩をすくめた。


「しかし、この学園は面倒だぞ。派閥が多い」


「派閥か……」


「王権派、貴族自治派、中立派……。男爵家の俺たちには直接関係ないが、空気は読まないといけない。特に上級生が厄介でな」


「……考えたくないな」


「そうだな。しかし、そうはいかないからな。面倒くさいぞ。覚悟しておけ」


 ニックが苦笑した。

 どうやら本気で忠告してくれているらしい。

 ロイドはげんなりした。

 冒険の方がよっぽど単純で楽だ。

 モンスターは派閥を作らないし、政治もしない。

 討伐すれば依頼は完了だ。

 ここではそうもいかないらしい。


「寮はどこだ?」


「西棟の三階。部屋番号は329号」


「お、俺の隣じゃないか。よろしくな、ロイド」


 ニックが手を差し出した。

 ロイドはその手を握り返した。

 家を継げない男爵家の息子同士。

 気楽な関係になれそうだった。


---


 しばらくして、教室の前方の扉が開いた。

 入ってきたのは、四十代後半の男だった。

 事務官のような落ち着いた立ち居振る舞い。

 手には書類の束を抱えている。


「ハインリヒ・ヴィーゼ。武官コース一年生の担任を務める」


 簡潔な自己紹介だった。

 続いて、食堂の利用方法、学園内の主要施設の位置、明日以降の時間割などが淡々と説明されていく。

 必要なことだけが、必要な順番で伝えられた。

 武官コース1年生の指導はベルガー教官が明日から行うとのことだった。


「以上だ。今日は寮で休むように」


 その淡々としたオリエンテーションは、三十分ほどで終わりを告げた。


---


 ロイドは寮の自室に向かった。

 寮の部屋は実に質素だった。

 男爵家の三男ともなれば、部屋のランクは最低限だ。

 ベッドと机と衣装棚。

 冒険者の宿に比べれば上等だが、上級貴族の部屋とは比べものになるはずがない。

 まあ、寝られればいい。


 運び込まれていた荷物を紐解き、一息つきに学内の散歩に向かった。


「——ロイド?」


 聞き慣れた声に呼び止められた。

 振り向くまでもない。


「……お前もかよ」


「お互い様でしょ」


 ルーシー・ブルーメ。

 同郷の腐れ縁。

 男爵家の娘だが、ロイドに対する遠慮は生まれてこの方ゼロだった。


「なんでお前がここにいるんだ」


「それは貴方と同じでしょ」


「それはそうだ」


「侍女コースに入ったんだけどさ。最低限の教養は身につけてこいって」


「お前が侍女? 務まるのか?」


「喧嘩売ってる?」


「事実を言っただけだ」


「まぁ、自分でも多少は自覚はあるけどさ。っで、あんたは武官コース?」


「まあな。騎士爵でも取っておけば、後々困らないだろ」


「あんたにしては堅実じゃない。何か裏があるでしょ」


「……別に」


「ふーん?」


 ルーシーの目が光った。

 こいつは勘が鋭い。

 あのシスコンからの依頼のことは、話すわけにいかない。

 深入りされる前に話題を変えた。


「寮はどこだ?」


「東棟の二階。男爵家だからそんなもんよ。あんたは?」


「西棟の三階」


「遠いわね。まあ、同じ学園にいるんだから、何かあったら声かけなさいよ」


「お前に声かけたら、面倒が増えるだけだろ」


「失礼ね。あたしがいなかったら、あんた友達ゼロで三年間過ごすことになるわよ」


「一人の方が気楽だ」


「はいはい。——じゃ、また」


 ルーシーは手を振って去っていった。

 ロイドはその背中を見送り、小さくため息をついた。


 腐れ縁というのは、どこまでもついてくるものだ。

 だが——正直に言えば、知った顔がいるのは少しだけ安心した。

 ……少しだけだ。


---


 翌朝。

 冒険者時代の癖で早く起きてしまった。

 授業が始まるまでにはまだ間がある。

 朝の空気を浴びたくなり、ロイドは寮から校舎に向かう並木道を歩いていた。

 周囲には、少人数ではあるが、同じように登校する貴族の子女たちが行き交っていた。


 ——そのとき、視線が止まった。


 並木道の先に、一人の令嬢が歩いていた。

 侍女を一人連れている。


 背筋を伸ばし、正面を見据え、一切の隙がなかった。

 周囲の新入生たちがまだ慣れない様子で歩く中、その令嬢だけが微動だにしない。

 まるで、そこだけ空気が違っていた。


 衣装の仕立ては明らかに上等だった。

 男爵家のロイドとは比べものにならない。

 だがそれ以上に目を引くのは、纏っている空気だった。

 近寄りがたい。

 壁がある。

 同じ新入生のはずなのに、周囲との間に見えない線が引かれていた。


「……堅いな」


 それが、ロイドの最初の印象だった。


 堅い。

 だが——悪い奴には見えない。


 冒険者の勘だった。

 悪意を隠している人間は、どこかに違和感が残る。

 獲物を狙う目、計算する表情、わざとらしい笑顔。

 あの令嬢にはそれがなかった。

 ただ真っ直ぐに、正面を見ているだけだった。


 傍らの侍女は、どこか不安そうに周囲を窺っていた。

 対照的に、主人の足取りは一切揺るぎがない。


 ——彼女か。


 あのシスコンの顔が、脳裏に浮かんだ。

 にこにこと笑いながら、とんでもない依頼を押しつけてくる男の顔が……

初日は5話連続掲載中で、3話目は16時に公開予定となっています。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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