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悪役令嬢が断罪されそうだったので観察していたら、国家レベルの陰謀だった ― 二つの婚約破棄  作者: 智信
終幕

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第39話 一枚の地図

 すべての糸を、ほどいてみよう。

 誰もが、自分の正しさで動いていた——その地図を、上から眺めるように。


---


【側妃の工作】


 始まりは、ずっと前のことだった。


 王妃マルグリットが、第二子——姫君を出産した時期。

 産後のひだちが悪く、王妃は、二年ほど、公務を離れていた。


 その隙を、側妃ベアトリスは、見逃さなかった。


 王太子アルベルトが、まだ若かった頃。

 側妃は、自身の影響力が及ぶ家門——出身家や、王妃関係の家——の中から、政治的影響力の小さい家の母と娘たちを、王宮の茶会へと呼び出していた。

 偶然を装い、王太子に、引き合わせる。


 二年の間に、何度も、何度も、繰り返した。

 何人もの娘と、王太子は、引き合わされていった。

 誰が選ばれるか——それは、運次第。

 ただ、運良く王太子が靡く娘が、一人でも現れれば、それで良かった。


 その中に、エミリア——リンデン子爵家の次女がいた。

 王太子は、彼女に、惹かれた。


 側妃の狙いは、隣国の影響を、王太子から排除することだった。

 王妃の血筋を通じて入ってくる、隣国系の政治圧力。

 それを、本国の小家門出身の娘で、薄める——長く、静かな策謀。

 側妃自身は、聖女計画の細部までは、知らなかった。

 ただ、二年の間に、種を、撒き続けた。それだけだった。


---


【王妃の手紙】


 王妃マルグリットも、動いていた。


 二年の公務離脱の間、王妃は、王太子の権力が強まることに、不安を感じていた。

 自身が公の場から離れている間に、王太子周辺の政治勢力、ひいては政治基盤が、自分の影響圏外で組み直されていく——その流れを、放っておくわけにはいかなかった。


 王妃は、王に相談し、王太子の側近と婚約者を求めた。

 純粋な、政治的判断だった。

 その結果——

 側近としては——コンラート・ヴェルナー、オスカー・ケスラー、ルドルフ・エンゲル、そして、レオン・フェルス・シュタイナーが、選ばれた。

 婚約者としては——シャルロッテ・ヴァイスベルクが、選ばれた。

 

 時が経ち、王太子が学園に入学する頃、王妃は、隣国ノルドライヒ帝国出身の血筋を通じて、北方辺境伯領の、いくつかの家門に、直接親書を送った。

 表向きは——子弟の学園入学への激励、親睦。

 実質は——自分の派閥、隣国系の影響圏への、取り込み。


 グリューネン家への手紙は、その一部だった。

 ナディア・グリューネンを、王太子の手駒として活用する、下地作り。

 北部の地に、隣国系の影響を、深く根付かせる試み。


 しかし、王妃自身は、側妃が王太子をエミリアに引き合わせていた事実は、知らなかった。

 王妃と側妃——二人の女性が、互いに知らぬまま、別々の方向から、王太子の周辺の盤面を、動かしていた。


---


【教会の聖女計画】


 もう一つの動きは、教会から来ていた。


 大凶作の年、教会は、隣国に政治干渉力を奪われていた。

 失われた影響力を、取り戻したい——その思いから、聖女の転生という、長く眠っていた概念を、引っ張り出した。


 司祭マティアスが、計画を立案。

 大司教グレゴリウスが、承認。

 マティアスが、実行に移した。


 接点は、シュタイナー家の執事——ギルバート。

 ギルバートは、教会から派遣された代理人だった。

 表向きは、シュタイナー家の忠実な執事として。

 実態は、レオンを、教会の聖女計画へと、誘導する役割。


 そしてもう一人——王太子の執事、ヨハン・トロイ。

 隣国出身で、国内の繋がりが弱く、教会勢力に突かれて、王太子と教会をつなぐパイプにされていた。


 二人の執事を経由して、側近と王太子を聖女計画の盤面に誘い込んでいた。


---


【王太子の心】


 王太子アルベルトの動機は、単純だった。

 エミリアへの——恋情。


 偶然装って引き合わされた娘に、惹かれてしまった。

 婚約者シャルロッテへの感情よりも、エミリアへの想いの方が、強かった。

 聖女として擁立される話が、教会経由で持ち上がった時、王太子は、迷わず、乗った。


 ただし、王太子は、聖女計画の全容までは、知らなかった。

 教会が裏で、何を狙っているのか。

 側妃が、どんな盤面で動いていたのか。

 ヨハン執事が、誰の手駒として動いていたのか。

 それらは、王太子の視界の外にあった。


 王太子は、ただ、惚れた女と、共にいたい——それだけだった。


---


【シュタイナー家とレオンの独断】


 シュタイナー家は、王権派の中でも、本国派の家門。

 王太子の政治力強化には、肯定的だった。

 ただし、王妃の政治力増大と、王太子に隣国からの圧力が来ることは、阻止したかった。

 北部貴族が、隣国側に取り込まれることも、本心ではなかった。


 そこに——レオンが、独断で、計画を立案した。


 北部貴族——クレア・ブレンハルトに、瑕疵を作る。

 そうすれば、北部貴族と、王妃・王太子の間の距離を、開けることができる。

 さらに、シュタイナー家の、北部貴族への影響力を、得たままにできる。

 戦略的な、北部貴族操作計画——それが、レオンの独断だった。


 家としては、その計画に、追従する形で、追認した。

 家の方針と、整合する範囲で。


 ただし、レオンは、家の計画を、超えた。

 ギルバートを通じて、聖女計画への協力も、独自に申し出た。

 その見返りとして、レターベースを受け取った。

 入手したレターベースでの捏造文書の作成——これらは、レオン独自の暴走。


 レオンは、知らなかった。

 ギルバートが、教会の代理人として、自分を誘導していたことを。

 自分が、教会の盤面の駒だったことを。


 誰もが、自分が盤面を動かしていると、信じていた。


---


【ヴィクトルの暗躍】


 北の辺境から、別の盤面が、動いていた。

 ブレンハルト辺境伯の次期当主——ヴィクトル・シルト・ブレンハルト。


 すべての始まりは、もっと前——クレアとレオンの婚約が、成立した直後だった。

 ヴィクトルは、妹を、シュタイナー家に嫁がせる以上、内側に目を置いておく必要があると、判断した。


 冒険者ダグの周辺を、調査していたときに、ダグの幼馴染リタを、発見した。

 内偵としての適性を見込んで、スカウト。

 シュタイナー伯爵家の、ハウスキーパーとして潜入させた。


 窓口構造は、慎重に設計された。

 リタからの情報は、ダグを経由して、ヴィクトルへ。

 辺境伯家とリタの、直接の繋がりは、絶対に表に出さない。

 ダグ自身も、リタが内偵だとは、知らされていない。

 ダグが知らなければ、外部に漏れる可能性も、ない。


 そして、ロイド。

 ハイデン男爵家の三男、冒険者として、観察と記録に長けた男。

 ヴィクトルは、ロイドを、学園に、置いた。

 表向きは、妹の護衛。

 実態は——学園内の盤面の、観察者。


 ロイドは、自力でダグに依頼し、自力でリタに辿り着いたと、信じていた。

 しかし、すべては、ヴィクトルの盤面の上で、組まれていた。


 ヴィクトルは、王妃マルグリットからの手紙の存在も、察知していた。

 自領の家門に潜り込ませているスパイから、入手した情報だった。

 手紙の内容までは、届かなかった。

 ただ、「王妃が辺境伯領の家門に、直接手紙を送る」という政治的異例から、「何かが起きている」と、感じ取っていた。


 ただし、ヴィクトルにも、限界はあった。

 まさか、妹を陥れる工作にまで、繋がるとは——予想外だった。


 ヴィクトルは、王都来訪時に、ロイドに「学内全体を見てほしい」と、追加指示を出した。

 表向きは、妹の様子確認。

 ロイドへの本当の本命は、学内監視の強化指示。

 ロイドにも明かさない、裏向きの本命は——手紙を受け取った家門の子弟の学園内での動きの把握と、王都での内偵ネットワークの現地確認。

 一回の王都訪問で、複数の目的を達成する——典型的なヴィクトルの動きだった。


---


【王の本音】


 国王ヴィルヘルムは、すべてを、把握していた。

 王家の影——王直属の情報機関を通じて。


 聖女計画は、追えていた。

 教会の動き、王太子の心、ヨハンとギルバートの繋がり——すべてが、王の目に、映っていた。


 しかし、王は、動かなかった。

 聖女計画のみなら、容認する判断だった。

 政治的駆け引きの範囲内——隣国との関係も、教会との均衡もある。

 政治とは、すべてを清廉に裁くことではない。

 時には、汚いものを、汚いままに、置いておくことも、必要だった。


 ただし、王家の影にも、限界はあった。

 レオンは、王太子の側近の、一人に過ぎなかった。

 監視の優先度は、低かった。

 その盲点を——レオンがすり抜けてきた。


 その結果、公の場で、王太子が、虚偽の冤罪を、追認した。

 これは、一線を越えた。

 政治の汚さの中にも、超えてはならない一線は、ある。

 王太子としての信頼を、根本から損ねる——それは、王として、見過ごせない事態だった。


 王は、動かざるを得なかった。


---


【そして、ロイド】


 すべての盤面の、結節点で——男爵家の三男が、進み出た。


 観察者として、記録を取り続けた男。

 ヴィクトルの手駒として、配置された男。

 しかし、最後の一歩だけは——自分の足で、踏み出した。


 あの場で、進み出る判断は、ヴィクトルの計算を、超えていた。

 王の動きを、引き出したのは、ロイド本人だった。


 誰もが、ロイドを、ただの観察者として、見過ごしていた。

 王太子も、レオンも、教会も、王妃も、側妃も。

 ヴィクトルでさえ、最後の進み出までは、読めていなかった。


 ただ、ヴィクトルだけは——ロイドが、その瞬間に、何かを選ぶかもしれないという、わずかな可能性を、信じていた。


 しかし、ロイド一人で、ここまで辿り着いたわけでは、なかった。


 冒険者仲間のダグは、学園外の調査を担い、決定的な書簡を入手した。

 幼馴染の悪友ルーシーは、エミリアの日記を入手した。

 学園の友ニックは、第三者の証言で、断罪の場の空気を、確かに変えた。


 それぞれが、それぞれの場所で、それぞれの役割を、果たした。

 冒険者ギルドの仲間と、幼馴染と、学園の友と。

 ロイドという観察者の周りで、一つの結節を、織り上げていった。


---


【一枚の地図】


 すべての糸を、ほどいてみると——一枚の地図が、浮かび上がる。


 王妃マルグリット——王太子の政治基盤を整えたかった。

 側妃——王妃や隣国の影響を、王太子から排除したかった。

 教会——失われた政治干渉力を、取り戻したかった。

 王太子——惚れた女と、共にいたかった。

 シュタイナー家——王太子強化と、北部貴族を隣国側に取られないことを、両立させたかった。

 レオン——家の計画を超えて、自分の盤面を動かしたかった。

 ヴィクトル——妹を守り、家門の政治的価値を、上げたかった。

 王ヴィルヘルム——政治の汚さを抱えつつ、王太子の信頼喪失だけは、見過ごせなかった。

 ロイド——ただ、観察していただけだった。そして、最後に、進み出た。


 誰もが、自分の正義で、動いていた。

 自分にとっての正しさを、信じていた。

 誰一人として、悪意だけで動いた者は、いなかった。


 だが——犠牲になったのは、ただ正しいだけの、一人の令嬢だった。


 クレア・ブレンハルト。

 北方辺境伯家の長女。

 「悪役」として組み立てられ、断罪されかけた——その令嬢を、観察していた男爵家の三男が、進み出た。


 地図の中央には——その一人の令嬢と、進み出た男が、立っていた。

 他のすべての糸は、その二人の周りで、絡まり、ほどけ、流れていった。


---


 真実を探すことを、あきらめなかった。

 冤罪を阻止することを、あきらめなかった。

 責任を取らせることを、あきらめなかった。


 ——冒険者は、あきらめなかった。

これにて本作は本当に終了となります。

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

投稿4作目で、悪役令嬢モノに挑戦してみましたが、またも変化球的な政治ミステリー作品になってしまいました。

ただ、それでも、少しでも、面白い・気になったと思ってもらえる作品となっていれば嬉しい限りです。

今後の参考になりますので、評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。


そして、「冒険者はあきらめない」シリーズの第5弾として新作の連載がはじまっています。


 「十七人目の冒険者 ― 私への道」

 https://ncode.syosetu.com/n7254mj/


新作の方も引き続き応援していただけると、とても嬉しいです。

どうぞよろしくお願いします。

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