表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢が断罪されそうだったので観察していたら、国家レベルの陰謀だった ― 二つの婚約破棄  作者: 智信
第三部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/39

第34話 王の裁定

 広間が、静かだった。


 書簡の読み上げが、終わった。

 レオンは、答えなかった。

 ロイドの語りが、終わった。

 王太子は、何かが、決壊しかけていた。

 誰もが、息を、潜めていた。


 次の、声を、待っていた。

 しかし、誰も、口を、開けなかった。

 ここから、誰が動けるのか——その答えは、たった、一人だけだった。


---


 その時——国王陛下が、椅子から、わずかに、身を、起こした。


「この件について——余が、裁定する」


 声は、静かだった。

 しかし、その静かさが、広間の隅々まで、確実に、届いた。


 貴族たちが、一斉に、頭を、下げた。

 ロイドも、王太子も、レオンも、クレア嬢も——頭を、下げた。


---


 国王陛下は、ゆっくりと、立ち上がった。

 その動きに、皆が、頭を、上げた。

 卓の前へと、歩み寄る。


 二枚の書簡を、手に取った。

 次に、捏造文書を、手に取った。

 最後に、ロイドが提示した、観察記録の束を、手に取った。


 王の指が、それぞれの紙の上を、ゆっくりと、確かめるように、なぞった。


 そして、ゆっくりと、口を、開いた。


「ロイド・ハイデンの、提示した、証拠は——すべて、信頼に足るものと、認める」


 王の声に、重みが、宿っていた。


「秘伝のインクの違い。観察記録の積み上げ。証人たちの証言。そして——書簡という、物的証拠」


 王は、卓の上の、二枚の書簡を、もう一度、見た。


「これらは、いずれも、明白な事実を、示している」


 広間が、わずかに、ざわめいた。


「ゆえに——」


 王は、視線を、上げた。


「クレア・ブレンハルト辺境伯令嬢に対する、殺傷の罪状——」


 王の声に、初めて、わずかな、重みが、加わった。


「——これを、事実無根と認める。捏造文書は、証拠としての、価値を、認めない。罪状は、すべて、取り消す」


 広間が、ざわめいた。

 しかし、すぐに、また、静まった。

 王の言葉が、続くと、誰もが、知っていた。


「ただし——」


 王は、王太子の方を、わずかに、見た。


「この場における、断罪の経緯。そして、それを、追認した、判断。これらの沙汰は——後日と、する」


 王太子の顔から、すべての血の気が、引いた。


「また、レオン・フェルス・シュタイナーの関与。シュタイナー伯爵家の方針。それに連なる、ナディア・グリューネン、ソフィア・シュタイナー、ベス・ブラントの動き。これらも——後日、改めて、調査と裁定の対象とする」


 王の声が、響いた。

 該当する者たちが、それぞれ、わずかに、身を、強張らせた。


---


 ロイドは、王の言葉の、一つ一つを、追っていた。


(——事実無根。罪状は、取り消し。沙汰は、後日)


 ロイドの中で、その認識が、形を取った。

 クレア嬢の名誉は、ここで、回復された。

 そして、王太子の追認の責任は——後日、別の場で、問われる。


 この場での、決着は——クレア嬢の、勝利だった。


 ロイドは、静かに、息を吐いた。


---


 王太子は、まだ、立ったままだった。

 しかし、その姿勢は、もう、堂々とした、王太子のものでは、なかった。

 視線は、卓の上を、彷徨っていた。

 父王の前で、虚偽の冤罪を、追認した——その事実が、記録に、残った。

 王太子の、未来に、消えない、傷として——刻まれた。


 断罪の場で、「聖女に対する、このような所業は——看過、できない」と、堂々と、追認した、あの瞬間が——今、ここで、彼を、追い詰めていた。

 あの時の、追認は、聖女を守るための、政治的判断のはずだった。

 しかし、その判断が——逆に、自分を、追い詰める結果と、なった。

 貴族たちの、さらには国王の前で、高位貴族への冤罪を、詳しく調べることもせず、追認した。

 それは、王太子としての信頼を、根本から揺るがす事実だった。


---


 その時——王太子の隣で、シャルロッテが、視線を、わずかに、王太子の方へと、向けた。


 婚約発表の場で、婚約者の位置から、降ろされて以来——彼女は、完璧な所作で、表情を、保ち続けていた。

 頬の白さも、目の奥の影も、組んだ両手の指の強張りも、ロイドにしか、見えない、微細な動揺の中に、収めていた。


 しかし、今、初めて——その表情が、わずかに、変わった。


 それは、冷めた目だった。

 もはや、婚約者ではない、一人の侯爵令嬢として——国王陛下の前で、虚偽の冤罪を追認した、王太子の姿を、ただ、距離を置いて見ていた。


 愛情も、憎しみも、なかった。

 ただ、物でも見るような——そんな、冷静さが、その目の奥に、宿っていた。


 幼い頃から、王太子の婚約者として育てられてきた——その教育の、最後の感情解放が、今、この瞬間に訪れた。

 完璧な所作の向こうにあった、シャルロッテという一人の女性が——改めて、自分の目で、王太子という男を評価した。

 その評価は——もう、戻らない。


---


 ロイドの視線は、ゆっくりと、壇上の、もう一方の隅へと、移った。

 そこには——聖女エミリア・リンデン嬢の姿が、あった。

 青ざめたまま、立ち尽くしている。

 殺傷の対象者として、震えていた彼女——その罪状も、王の裁定で、事実無根と、認められた。

 しかし、その表情には、安堵は、なかった。

 自分の知らないところで、聖女として、擁立された——その立場の、複雑さが、滲んでいた。


---


 壇上の奥では、王妃が、視線を、伏せていた。


 怒り、でも、悲しみ、でもなかった。

 ただ——すべてを、諦めた、顔、だった。


 息子の失態を、母として、見届ける、諦め。

 王太子としての信頼が、根本から揺らいだ——その事実を、母として受け入れる、諦め。

 幼い頃から、王太子にすべてを注いできた——その政治的な結末を、ここで見届ける、諦め。


 王妃の口元には、もう、何の表情も、浮かんでいなかった。


---


 クレア嬢は、まだ、立っていた。

 背筋は、伸びたまま。


 しかし、その表情が、初めて——崩れた。


 涙では、なかった。

 ただ、長い、息が、ゆっくりと、漏れた。

 安堵の、吐息。

 北方辺境伯の長女として、長く、保ち続けていた、緊張が、ここで、初めて、わずかに、緩んだ。


 悪役令嬢として、組み立てられた、虚像。

 その像が、王の裁定で、公的に、否定された。

 クレア嬢の名誉は——ここで、確かに、回復された。


 壁沿いで、メルの目から——ようやく、涙が、こぼれた。


 堪える必要は、もう、ない。

 お嬢様の名誉が、回復された。

 虚偽の冤罪は、王の裁定で、無効と、された。

 侍女として、ここまで来た——それだけで、十分だった。

 涙は、悲しみでは、なかった。

 深い、深い、安堵の、涙だった。

 主の傍に、いられた。

 主のために、証言できた。

 侍女として、果たすべき役目を、果たした——その満足が、涙の、奥に、確かに、あった。


---


 ロイドは、視線を、ゆっくりと、王へと、向けた。

 王は、もう、ロイドを、見ていなかった。

 王太子への沙汰、関係者の処遇——その先を、見ているようだった。


 ロイドの役目は——終わった。


 ロイドは、静かに、足を、引いた。

 広間の中央から、壁際の柱の影へと——来た道を、戻った。


 誰も、ロイドを、止めなかった。

 誰も、ロイドに、声を、かけなかった。

 しかし、いくつかの、視線が、ロイドの背中を、追っていた。


 壁際の柱の影に、戻ったロイドは、低く、息を、吐いた。


「面倒くさかった、な」


 いつもの、口癖。

 しかし、その奥には——確かな、達成の、感覚が、宿っていた。


 観察者から、調査者へ。

 調査者から、盤面を、動かす者へ。

 そして、今——役目を、終えた者へ。


 ロイドは、また、観察者に、戻った。

 ただし、もう、以前の観察者では、なかった。

 盤面の動かし方を、知った観察者へと——変化していた。

 ただ、今回のロイドの戦いは、ここで、終わった。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ