第33話 書簡が語る
「すべては、一人の令嬢を、『悪役』に、仕立てるための——計画でした」
―― 冤罪の逆転
ロイドは、内ポケットに、手を、入れた。
指先に、紙の感触が、確かに、伝わった。
二枚の紙を、取り出した。
書簡の写しと、失敗した下書き。
ダグから、受け取った——リタが、シュタイナー伯爵家の本宅で、密かに、入手したもの。
そして、今——その時の書簡が、最後の一手として、ここに、ある。
「アルベルト殿下」
ロイドの声が、低く、響いた。
「最後の、証拠が、残っております」
広間が、また、静まった。
「最後の」という言葉に、緊張が、走った。
---
ロイドは、二枚の紙を、王太子の前に、置いた。
(——この二枚で、すべての像が、組み立て直される)
ロイドの中で、低く、形を取った認識だった。
「これは、シュタイナー伯爵家の本宅と、レオン・フェルス・シュタイナー殿の間で、交わされた、書簡です。一枚目は、写し。二枚目は、書き損じの、下書きです」
王太子が、二枚の紙を、見た。
「一枚目の、写しを、読み上げます」
ロイドは、低く、文面を、追った。
「『婚約解消の準備、滞りなく進めている』
『お前の提案、公の場で、辺境伯家の長女を、明確に退ける——家門の方針として認める』
『時期は、お前の提案通り、卒業記念パーティの場が、最も適切と判断した』
『クレア・ブレンハルト辺境伯令嬢を、どう退ける形にするか——その筋書きは、お前の裁量に委ねる』」
ロイドは、視線を、上げた。
「この写しの、日付は——聖女発表の、ずっと、前。退学事件の時期です」
---
広間の空気が、変わった。
聖女発表の前、退学事件の時期。
その時点で、すでに、シュタイナー家として、婚約解消が、計画されていた——
「次に、二枚目。失敗した下書きを、読み上げます」
ロイドは、二枚目に、視線を、移した。
「『卒業記念パーティの段取り、最終確認しておく』
『お前の側の準備は、滞りないか』
『ソフィアからの報告では、噂は、想定以上に広がっている。ホフマン子爵令嬢の件も、噂の累積に貢献している』
『家門としての準備は、完了している。あとは、お前の最後の仕掛けだ』」
ロイドは、紙を、卓に、戻した。
「この下書きは、つい先日——卒業記念パーティの直前に、書かれたものです。シュタイナー伯爵家の当主、ご自身の、筆跡で」
---
「ここで、一つ、補足、いたします」
ロイドは、息を、低く、整えた。
「下書きに、『ホフマン子爵令嬢の件』と、ございます。世間では、ホフマン子爵令嬢が、退学された——と、噂されておりますが、事実は、異なります」
広間が、わずかに、ざわめいた。
「ホフマン子爵令嬢は、隣国——ノルドライヒ帝国へと、海外留学されました」
ロイドは、視線を、レオンへと、向けた。
「そして——その留学手続きを、整えたのは、シュタイナー殿、ご本人です。我が方の調査で、明らかになっております」
ざわめきが、また、別の質を、帯び始めた。
「退学事件は——『悪役令嬢クレア嬢の被害者』として、ホフマン子爵令嬢を、噂の材料に使うための、仕込みでした。ご本人は、留学先で安全に過ごしておられます」
レオンは、答えなかった。
しかし、その沈黙が、すでに、ロイドの言葉を、肯定していた。
---
ロイドは、視線を、レオンへと、戻した。
「シュタイナー殿。お聞かせいただきたい」
レオンは、答えなかった。
冷たい視線は、もう、ロイドに、向けられていなかった。
ただ、卓の上の、二枚の紙を、見ていた。
その目の奥には、追い詰められた、自負心の——亀裂を超えた、何かが、見え始めていた。
「『辺境伯家の長女を、明確に退ける』——これは、何を、意味するのですか」
レオンは、答えなかった。
「『家門の方針として認める』——これは、どう、読むのですか」
レオンは、答えなかった。
「『卒業記念パーティの場が、最も適切と判断した』——なぜ、その場、だったのですか」
レオンは、答えなかった。
沈黙が、答えだった。
書簡という、物的証拠の前では——どんな反論も、貴族の論理として、成立しない。
レオンの口は、固く、結ばれていた。
もはや、悪あがきも、できなくなっていた。
---
ロイドは、王太子を、向いた。
「アルベルト殿下。整理を、お聞きください」
「……申せ」
王太子の声は、もう、震えていなかった。
しかし、その奥には、別の、硬さが、宿っていた。
「誰が——工作を行ったか。ソフィア・シュタイナー嬢と、その侍女ベス・ブラント、そして、レオン・フェルス・シュタイナー殿。観察記録と、ニックの証言で、明らかになっております」
ロイドは、息を、低く、整えた。
「何を——行ったか。クレア嬢のレターベースを、ナディア嬢を介して盗み出し、捏造文書を作成。さらに、噂を組み立て、人物像を歪めた。秘伝のインクの違いと、メル・クレア嬢の証言で、明らかになっております」
ロイドは、書簡の二枚を、指で、指し示した。
「そして——なぜ行ったか。婚約解消の計画です。聖女発表のずっと前から、シュタイナー伯爵家として、卒業記念パーティの場での婚約解消が、家門の方針として決定されていました」
広間が、また、静まった。
「すべてが、仕組まれていた、ということです」
ロイドの声は、淡々と、しかし、確実だった。
「お茶会での、噂。ホフマン子爵令嬢の、退学事件。聖女様への、誹謗中傷。命を狙う、噂。そして——卒業記念パーティの場での、婚約破棄と、殺傷の冤罪」
ロイドは、視線を、ゆっくりと、広間に、巡らせた。
「すべては、一人の令嬢を、『悪役』に、仕立てるための——計画でした。事実の反映、ではありません。組み立てられた、像です」
貴族たちの、息を呑む音が、低く、走った。
誰もが、自分が、つい先程まで、頷いていた「悪役令嬢」の像が、組み立てられたものだった、と知った。
その認識が、広間の隅々まで、静かに、行き渡った。
---
クレア嬢は、まだ、立っていた。
背筋は、伸びたまま。
しかし、その表情に、初めて——わずかな、揺らぎが、混じった。
自分が、いつから、「悪役」として、組み立てられていたのか。
お茶会の、前から。
退学事件の、前から。
聖女発表の、前から。
すべては、最初から、決まっていた——
その認識が、クレア嬢の中で、形を、取り始めていた。
自分が、誰かに、何かを、しでかしたから——「悪役」になったのでは、ない。
最初から、誰かが、自分を、「悪役」と、決めていた。
その事実が、クレア嬢の中で、ゆっくりと、沈殿していった。
壁沿いから、メルが、その主を、見つめていた。
涙は、もう、堪える必要が、なかった。
しかし、こぼれもしなかった。
ただ、目には、深い、安堵に、近い、何かが、宿っていた。
お嬢様の名誉が、ここで、回復された——侍女として、それだけで、十分だった。
---
レオンは、まだ、答えなかった。
冷たい視線も、もう、なかった。
ただ、卓の上の、二枚の紙を、見ていた。
書簡という、物的証拠は——口先の反論を、許さない。
貴族の論理として、認めるしか、なかった。
追い詰められた、自負心の——その先に、ある、ものは、もう、見えなかった。
ロイドの目には、レオンの中で、何かが、終わったように、見えた。
---
王太子も、二枚の書簡を、見つめていた。
顔から、血の気は、もう、引ききっていた。
自分が、追認した、冤罪。
その根拠が、すべて、崩れた。
そして、この場には——父である王が、いる。
母である王妃も、いる。
王太子の中で、何かが、決壊しかけていた。
ロイドの視線は、王へと、向いた。
王の表情は、まだ、変わっていなかった。
静謐のまま。
しかし、その目の奥に、宿っているものが——わずかに、形を、取り始めていた。
もうすぐ、王が——動く。
今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、
評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。




