第29話 光に満ちた大広間
「光に満ちた大広間で、二つの婚約が、解かれた」
―― 二つの婚約破棄
卒業記念パーティの当日。
その夜、学園の大広間は、光に、満たされていた。
高い天井から、無数の灯りが、吊るされている。
磨き抜かれた大理石の床に、その光が、反射する。
壁際には花が並び、甘い香りが、空気を、満たしていた。
どこかから、弦楽器の、低い音色が、流れてきた。
貴族としての、成人を祝う宴。
上級生の卒業を祝う、全学年参加の行事である。
王と王妃が、出席する——次世代の貴族を、見守る、公務として、これが通例である。
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ロイドは、広間の隅、壁際の柱の影に、立っていた。
視線を、何度か、人々の中に、走らせた。
メル——壁沿いの控えの位置に、立っている。
学園のパーティでは、侍女と執事は、壁沿いに控え、主人のサポートに当たる慣例だ。
ニック——会場の中ほど、いつもの友人達に、紛れている。
ヴィクトル様は——いない。
学園の代々の慣例で、王族と学園関係者以外は、出席することは、できない。
しかし——ヴィクトル様は、王都の、別の場所で、別の盤面を、動かしている。
王家への報告ルートが、すでに、動いている、はずだ。
そう、ただ一人で立っているわけではない。
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上級生たちが、卒業の正装で、広間の中央に、集まっていた。
深い緋色、紺、銀の刺繍——それぞれの家門の格を示す装い。
その周りに、下級生たち。
一年生のロイドは、その輪の、さらに外側にいた。
視線を、改めて、クレア・ブレンハルト辺境伯令嬢へと、向けた。
深い青の、夜会服。
胸元には、ブレンハルト辺境伯家の、家門の意匠を刻んだ、銀の留め飾り。
背筋は、伸びていた。
表情は、変わらない。
いつもと、同じだった。
彼女の周りに、誰も、近づかなかった。
広がり続ける噂の数々が、彼女に近づこうとする足を、止めていた。
それは、北部辺境伯系列の家門の子弟でも、だ。
本来であれば、このようなパーティでは、派閥で纏まるものだ。
しかし、それすら、できないほどに、噂は、彼女を、孤立させていた。
それでも、クレア嬢自身は——誰の視線にも、応じず、ただ、まっすぐに、前を、見据えていた。
自分が「悪役」と思われていることを、知ってか、知らずか——その立ち姿には、変わらない、北方辺境伯の長女の、誇りが、あった。
視線の先に、壁沿いのメルが、いた。
メルの目には、これまでとは、別の覚悟が、宿っていた。
ロイドは、視線を、わずかに、メルへと、走らせた。
メルも、視線を、返した。
一瞬の、目線の交差。
言葉は、要らなかった。
次に、視線を、ニックの方へ。
ニックも、ロイドを、見ていた。
低く、一度、頷いた。
それだけ、だった。
しかし、それで、十分だった。
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時刻が、進んだ。
壇上に、ヴィルヘルム・シュタルク・ハイリヒ・クラウゼン・エーヴェンガルド国王陛下と、マルグリット・クラウゼン・エーヴェンガルド王妃殿下が、姿を現した。
その瞬間、広間が、静まった。
全員が、一斉に、頭を、下げた。
王は、椅子に、腰を、下ろした。
王妃も、その隣に、腰を、下ろした。
王の表情は、いつもの、読みにくい、静謐だった。
王妃の表情は——どこか、別の方向を、見ているようにも、感じられた。
ロイドの中で、一瞬、ヴィクトル様の声が、蘇った。
——「王家へのルートも、これから動かす」
王妃が、何かを、知っている可能性。
ヴィクトル様の手は、すでに、王家にも、届いているはずだ。
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アルベルト・クラウゼン・エーヴェンガルド王太子殿下が、壇上の中央に、進み出た。
堂々とした佇まい。
王太子として、この場にふさわしい威厳を、纏っていた。
その隣、壇上の端には、シャルロッテ・ヴァイスベルク侯爵令嬢が、立っていた。
その凛とした佇まいは、王太子の婚約者にふさわしいものだった。
「本日は卒業記念の席にお集まりいただき、感謝する」
王太子の声が、大理石の壁に、反響した。
広間が、静まる。
「この場を借りて、一つ発表がある」
間を、置く。
視線が、壇上に、集中した。
「教会の認定により、リンデン子爵家のエミリア・リンデンが聖女の転生者であると確認されたことは、皆存じているであろう」
ざわめきが、わずかに、走った。
聖女認定は、既出の事実。
しかし、王太子が、ここで、それを口にする意味——誰もが、その先を、待っていた。
「そこで——余は、エミリアを新たな婚約者に迎えることとした」
広間が、ざわめいた。
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シャルロッテは、壇上の端で、微動だにしなかった。
表情は、崩れない。
侯爵家の娘として、完璧な所作を、最後まで、保っていた。
ロイドの目には、見えた。
彼女の頬の、わずかな白さ。
目の奥の、ほんの少しの、影。
組んだ両手の、指の、わずかな、強張り。
その動揺から、この発表をシャルロッテが知らされていなかったことが、窺えた。
しかし、それに気がつく者でなければ——侯爵家の娘は、最後まで、完璧だった。
誰も、彼女の中で、何かが、崩れている、とは、思わなかった。
彼女は、まっすぐ、前を、見据えていた。
涙の一筋も、見せなかった。
幼い頃から、王太子の婚約者として、育てられてきた——その教育の、最後の、結晶が、今、この場に、あった。
聖女発表のあの日、すでに予感されていた構造が、今、現実化した。
婚約発表は、公式に、行われた。
シャルロッテ・ヴァイスベルクは——婚約者の位置から、一気に、降ろされた。
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大広間では、ざわめきが、いつまでも、収まらなかった。
誰もが、シャルロッテ侯爵令嬢の方を、何度も、見た。
しかし、シャルロッテは、まっすぐ、前を、見据えていた。
その視線は、誰の目とも、合わさらなかった。
ロイドは、息を、静かに、整えた。
視線を、わずかに、クレア嬢の方へと、走らせた。
クレア嬢は、変わらず、背筋を伸ばして、立っていた。
その隣に、婚約者の姿は——なかった。
広間の人混みの中にも、レオンの姿は、まだ、見えなかった。
ここまでが、聖女と王太子の盤面。
しかし、本命は——ここからだ。
レオンが、必ず、動く。
書簡の中で、書かれていた、卒業記念パーティの場での、最後の仕掛け——
それが、今、来る。
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その時、ざわめきの中から、一人の青年が、壇上に向かって、進み出た。
レオン・フェルス・シュタイナー。
伯爵家の次期当主にして、王太子の側近。
「アルベルト殿下。恐れながら、進言がございます」
ロイドの中で、息が、止まった。
(——始まった)
盤面が、動き出した。
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王太子が、頷いた。
「申せ」
「このめでたい席にふさわしくない人物が、おります」
広間が、しん、と、静まった。
ひそひそ声すら、消えた。
レオンの視線が、広間の隅に、向けられた。
「クレア・ブレンハルト」
名前が、呼ばれた。
誰もが、視線を、そちらへ、向けた——広間の隅で、一人、静かに立つ、北方辺境伯の長女に。
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クレア嬢が、ゆっくりと、前に、出た。
背筋は、伸びたままだった。
表情は、変わらない。
メルが、一歩遅れて、ついてきた。
壁沿いの控えの位置から、主の傍へと、寄り添うように。
レオンが、口を、開いた。
「クレア・ブレンハルト。貴女はこの学園において、ふさわしくない行いをしたと報告を受けている」
——ああ、やはり。
その二語が、誰の口からともなく、広がった。
声には、出ない。
だが、表情が、視線が、わずかな身じろぎが、全員の共通認識を、物語っていた。
やはり、あの令嬢は——
クレア嬢が、口を、開いた。
「私は……何のことか、分かりません」
しかし、レオンにとって、クレア嬢の言葉は、意味を、持たなかった。
「——よって」
レオンは、続けた。
「クレア・ブレンハルトとの婚約を、破棄する」
光に満ちた大広間で、二つの婚約が、解かれた。
本日から第三部になります。
婚約破棄の行方がどうなるか…
王太子やレオン、エミリアやシャルロッテ、そしてクレアがどうなるのか…
今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、
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