第28話 判断と準備
翌朝、ロイドは、最優先でハンスへ連絡を行った。
『至急。
ヴィクトル様にご報告があります』
その日の夜には、ハンスから、返信が、届いた。
使用人が、書状を、寮に運んできた。
——『ヴィクトル様が、お時間を取られました。明後日、タウンハウスにて』
——『取次状を、同封します』
ロイドは、頷いた。
明後日——三月の中旬。
卒業記念パーティまでの残り時間は、いよいよ数日となっていた。
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タウンハウスの応接間。
ヴィクトルは、応接卓の向こうに、すでに座っていた。
ハンスが、ロイドを部屋に通し、卓の脇に控えた。
「待たせたな、ロイド」
ヴィクトルの口調は、いつもの、シスコン口調だった。
しかし——
その目の奥には、これまでとは、別の温度の鋭さが、宿っていた。
「ヴィクトル様、お時間を、ありがとうございます」
ロイドは、頭を下げた。
そして、座って、すぐに、二枚の紙を、卓の上に置いた。
「これが、シュタイナー伯爵家の本宅と、レオン・フェルス・シュタイナーの間で交わされた書簡の——写しと、失敗した下書きです」
ヴィクトルは、二枚を、静かに、手に取った。
しばらく、頁を、見つめた。
「……これは」
ヴィクトルの声が、低くなった。
「婚約解消の計画。聖女発表の、ずっと前から」
「はい」
「そして、それはレオンが計画し、シュタイナー伯爵家として動いていた、と」
「……はい」
「さらには、王太子の指示ではなく、独自に動いていた、と」
ヴィクトルは、しばらく、黙った。
そして、長く、息を吐いた。
「クレアを、いや、我がブレンハルト辺境伯家を舐めてるな」
ヴィクトルの声が、さらに低くなった。
「お前の調査は——王太子という結節点から、別の結節点が、見えるところまで届いた。よくやった」
「……ありがとうございます」
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ヴィクトルは、書簡を、卓の上に戻した。
「ここで、私からも、一つ、共有しておく」
「はい」
「王太子殿下や教会の動きを、私の方で、調べていた」
ロイドの動きが、止まった。
あの日、ヴィクトル様が言った「お前は、知らなくていい」——その「私の方でも、動く」の中身が、今、明かされる。
「その中で一つわかったことがある。教会は、長らく、政治干渉力の回復を狙っていた。お前も知っているように、二十年前に起きた大凶作の時に、ノルドライヒ帝国が我が国へ積極的に支援を行なった」
「はい、その結果、現在の王妃であらせられるマルグリット殿下が、帝国より我が国に嫁がれてきた、そう学んでおります」
「ああ、その通りだ。そのとき、教会は我が国への支援に躊躇してしまった。結果、王国内で帝国の発言権が強まり、反対に教会の発言権は、確実に、低下した」
「その回復のために?」
「ああ。聖女認定は、王太子と組むことで、教会が政治介入の機会を取り戻す動きだ。教会自身の動機は——そこにある」
ロイドの中で、また、糸が、繋がった。
王太子は、なんらかの思惑でエミリアを聖女に擁立したいと思っていた。
教会は、聖女の認定を行うことで、王太子と協力関係を作り、政治干渉力の回復を狙った。
利害が、一致した。
そして、レオンの婚約解消計画も、その流れに——重なった。
「しかし、なぜ、王太子殿下はエミリア嬢を、聖女に擁立したかったのでしょうか?」
「……お前も、本当は気がついているのだろう。婚約者の変更だ」
「婚約者の変更……」
ロイドの中で、過去の観察が、繋がった。
王太子の視線がエミリアを追っていた、あの中庭の場面——
「距離感が異様だ」と感じた、あの時の記録。
「……これで、三つ——三つの思惑が、揃いました」
「ああ。これで、像は、完成だ」
ヴィクトル様の口調には、もう、シスコンの軽さは、残っていなかった。
政治家としての顔だけが、そこにあった。
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ヴィクトルは、卓の上に、両手を組んだ。
その目が、ロイドを、まっすぐに、見つめた。
「ロイド。今後の方針を伝える」
「はい」
「教会と王太子の聖女擁立の件は、私が引き受ける。王家へのルートも、これから動かす」
「はい」
「レオンの婚約解消計画——学園内の戦いは、お前に任せる」
ロイドは、頷いた。
学園内の戦い——それは、最初から、自分の領分だった。
「ただし、一つ、伝えておく」
ヴィクトルの目が、低くなった。
「私は、卒業記念パーティには、出席できない」
「わかっています」
「学園の代々の慣例で、王族と学園関係者以外は出席することは、できない。私が出てしまうと、それだけで、別の意味を持ってしまう」
「分かります」
「だから、現場での対応は、お前に託す」
ロイドは、しっかりと、頷いた。
「かしこまりました」
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学園に戻ったロイドは、寮の裏手の、人気のない場所で、メルを呼び出した。
ハンスから、「メルに今回のことを伝え、ロイド殿の正体も明かしておきます」と、伝えられたからだ。
昼の鐘の少し後、メルは、静かに、現れた。
「ロイド・ハイデン様」
メルの目には、すでに、何かが、宿っていた。
ハンスからの事前連絡を、受け取っている目だった。
「メル。クレア嬢を、救いたい。協力してほしい」
メルは、しばらく、黙った。
そして、目を、わずかに、潤ませた。
クレア嬢の侍女として、傍で見続けてきた日々の重さが——メルの肩の上に、確かに、乗っていた。
主が「悪役」のレッテルを貼られていく中で、何もできなかった侍女の無力感。
その無力感が、今、解放される瞬間だった。
「……お嬢様を、お願いいたします」
その短い言葉の中に、メルがこれまで耐えてきた日々の重さが、すべて、込められていた。
「卒業記念パーティの当日、お前にしか、できないことがある」
「はい」
「具体的なことは、当日までに、伝える。今は、ただ——心の準備を、しておいてくれ」
「承知いたしました」
メルは、深く、頭を下げた。
ロイドの心の中で、また、一つの駒が、確かな位置に、置かれた。
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次の日、ロイドは、ニックを呼び出した。
学園内の片隅、いつもの並木道。
「ニック。一つ、頼みがある」
「なんだ。お前が、そんな顔で、頼みごとをするのは、珍しいな」
「卒業記念パーティの当日、もし——クレア嬢に、不当な何かが、起きたら」
ニックの目が、低くなった。
「証言してほしい。学園の空気が、どう変わってきたか。クレア嬢が、何もしていないのに、噂だけで、悪役にされていったか——お前の言葉で」
ニックは、しばらく、黙った。
そして、低く、頷いた。
「分かった。俺は、最初から、クレア嬢を、悪人とは思っていない。そう、お前にも、何度も、言ってきた」
「ああ」
「俺が、俺の言葉が、必要なら、好きなだけ使ってくれ。それで、クレア嬢の、何かが変わるなら」
「ありがとう」
ロイドは、低く、答えた。
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その夜、ロイドは、寮の窓から、夜空を見上げた。
春の入り口の夜空。
月は、低く、わずかに、暖かみを含んでいた。
準備は、整いつつあった。
一人では、ここまで来られなかった。
それぞれの場所で、それぞれの目が、同じ盤面を、追っている——
その実感が、ロイドの肩の上に、確かに、乗っていた。
「面倒くさいな」
ロイドは、低く呟いた。
いつもの口癖。
しかし、今回は——
覚悟の重みが、その言葉の奥に、確かに、込められていた。
観察者から、調査者へ。
調査者から、ヴィクトル様と共に、盤面を動かす者へ。
そして、今——盤面の、最後の一手を、自分の手で、打つ者へ。
春が、もうすぐ、本格的に始まる。
その春の手前で、すべての糸が、結節点へと、集まる。
卒業記念パーティ。
断罪の日。
その日まで、あと二日。
「あとは——あの場で、すべてを、叩きつけるだけだ」
これにて第二部は終了となります。
第二部もお付き合いいただき、ありがとうございます。
すべての背景が繋がりました。
これからプロローグの場面に向かっていきます。
プロローグのその後が、どうなっていくのか、黒幕たちはどうなっていくのか、その流れは第三部で確認してみてください。
そして、明日からは、その第三部となります。
引き続き、第三部もよろしくお願いします。
今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、
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