表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢が断罪されそうだったので観察していたら、国家レベルの陰謀だった ― 二つの婚約破棄  作者: 智信
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/39

第23話 教会の影

「三つの糸が、教会で結ばれていた」

―― 教会の影

 ダグからの次の手紙は、酒場での会話から、約二週間後に届いた。

 文面はいつも通り、短かった。

 待ち合わせ場所としての酒場の名と、次の休日の時刻。

 しかし、ロイドはその短さの中に、前回より一段、深い気配を感じ取った。

 ギルバートの件で「動きが掴めた」——その合図だった。


 一月の下旬。

 王都の最外層には、まだ真冬の冷気が残っていた。

 いつもの道のりを辿り、いつもの酒場へ。

 ロイドの足取りは、もう、迷いがなかった。


---


 ダグは、酒場の隅の卓に、すでに座っていた。

 ロイドはダグの向かいに座った。


「ギルバートの件、動きが掴めた」


「聞こう」


 ダグは、帳面を開いた。


「シュタイナー家の執事ギルバート・キルヒ——あいつ、教会に頻繁に通ってる」


 ロイドの動きが、止まった。


「……教会?」


「ああ。中央教会だ。週に二、三度、決まった時刻に出入りしてる」


「ただの礼拝、ではないのか」


「ただの礼拝でも、そんなに通うやつはいない。しかもギルバートは伯爵家の執事だ。執事の身で、個人の礼拝にそこまで足を運べるはずがない」


 ダグは、頁を指で示した。


「でだ、ギルバートが会ってる相手だが——教会関係者だ」


「教会関係者?」


「ああ、それも、特定の高位の聖職者と、毎回」


「……特定の聖職者と毎回、しかも高位の聖職者か」


「そうだ。ギルバートは、シュタイナー家の用件を、その聖職者に伝えに行ってる——そう見える」


---


 ロイドは、しばらく、黙った。

 頭の中で、像が、また別の形に組み直されていく。


 シュタイナー家の執事が、特定の高位の聖職者と頻繁に接触している。

 シュタイナー家——レオン——そして、王太子。

 その繋がりに、なぜ、教会が割って入ってくるのか。


(——なぜ、教会だ?)


 ロイドの心の中で、その疑問が、形を取った。


「教会の方は、もう少し追えるか?」


「実は、もう調べはじめている」


 ダグは、ニッと笑った。


「教会の周辺の監視は、王都のストリートチルドレンに頼んだ。あいつらは教会の出入りを毎日のように見てる。それにある程度なら中に入っても怪しまれないからな。司祭が誰と会ってるか、どの貴族の使者が出入りしてるか——金を渡せば、ちゃんと調べて教えてくれる」


「結果は」


「まだだ。だが、面白い情報が手に入った」


 ダグは、頁をめくった。


「教会に、もう二人——足繁く通ってる人物がいる」


「誰だ」


「一人は——王太子アルベルト殿下、本人だ」


---


 ロイドの肩が、強張った。


「……王太子自身が、教会に?」


「ああ。週に数度、教会へ足を運んでる。理由は、誰も知らない。表向きは『祈りのため』とされてるが、それにしては頻度が異常に高い」


 ダグは、頁を押さえた。


「それだけじゃない。もう一人、王太子の執事——ヨハン・トロイも、王太子とは別のタイミングで、教会関係者と接触してる場面が、何度か目撃されてる」


「王太子の執事も……教会に」


「ああ。ただ、ギルバートの相手とは、別の聖職者だがな」


 ロイドは、ゆっくりと、息を吐いた。

 頭の中で、糸が、もう一本、王太子のところへ束ねられていった。


 レオンの執事ギルバート——教会関係者と接触。

 王太子の執事ヨハン——教会関係者と接触。

 そして、王太子自身——教会へ足繁く通う。


 三つの糸が、教会で結ばれていた。

 そして、その三本すべてが、王太子という人物に繋がっていた。


(——全部、王太子だ)


 ロイドの心の中で、その確信が、さらに、強いものになった。


---


 ダグは、帳面を閉じた。


「俺の見立てでは、教会も、この件に関わっていると思う」


「ああ、そう見るのが正しいな。ただ、教会が何をしているのかは——まだ、見えてこない」


「俺が追えるのは、外から見える動きだけだ。学園から見えてくるものも、あるんじゃないか?」


「分かってる」


 ダグは、頬を掻いた。


「ただし——」


 ダグの目が、ふと、真剣になった。


「お前、いよいよ、本当に深いところに踏み込み始めてるぞ。学園内の観察と、王族の調査と、教会の動向と——全部、繋がってる」


「分かってる」


 ロイドは、低く答えた。


「それでも、調べなきゃいけないのか?」


「ああ」


 ロイドは、頷いた。

 冒険者として、いや一人のロイドという人間として、目の前の罠を放置できない——その性格は、もう、変わらなかった。


---


 酒場を出た後、ロイドは、ハンスとの待ち合わせのカフェへと向かった。

 今日の報告は、長くなる。

 ——ナディア・グリューネンの祖母とマルグリット・クラウゼン・エーヴェンガルド王妃の繋がり。

 ——ノルドライヒ帝国を経由するレオン・フェルス・シュタイナー、グリューネン家、王妃、王太子の繋がり。

 ——シュタイナー伯爵家の執事ギルバート・キルヒと教会の繋がり。

 ——王太子の教会通いと、王太子の執事ヨハン・トロイと教会の繋がり。

 すべてを、まとめて、伝える必要があった。


 ハンスは、いつもの席で、すでに待っていた。

 ロイドが座ると、ハンスは、いつも通りに近況の確認を始めた。


「先日の続報——いくつか、まとめて、お伝えします」


「……お聞きします」


 ロイドは、順序立てて伝えた。

 まず、ナディア・グリューネン嬢の祖母が、王妃マルグリット様と同郷の縁を持つこと。

 次に、シュタイナー家、グリューネン家、王妃、さらに王太子が、ノルドライヒ帝国を経由して繋がっていること。

 そして今回——王太子殿下本人が教会に足繁く通い、シュタイナー家の執事ギルバート、王太子の執事ヨハン、両者ともに教会と接触していること。


 ハンスは、聞きながら、何度か息を呑んだ。

 いつもの淡々とした表情の奥に、別の色が、はっきりと、走った。

 「王太子の判」を報告した時よりも——さらに、深い色だった。


---


 ロイドが話し終えると、ハンスは、しばらく、黙った。

 長い、沈黙だった。


「……ロイド殿」


 ハンスが、ようやく口を開いた。

 その声は、いつもよりも、はっきりと低かった。


「この件は——」


 ハンスは、わずかに、間を置いた。


「それは……ヴィクトル様に、直接、お話しした方がよいかと存じます」


 ロイドの目が、ハンスを見た。

 ハンスの目には、いつもの執事の冷静さの奥に——別の色が、確かに、宿っていた。

 主への忠誠と、事態の重大性を秤にかけた末の、判断の色。


「直接、ですか」


「はい。私からもヴィクトル様にお伝えしますが、ロイド殿から直接、お話ししていただく必要があるかと」


「……分かりました」


 ロイドは、頷いた。


 いつもなら「ヴィクトル様にお伝えします」で済んでいた報告が、今回は——「直接お話しください」になった。

 ハンスの判断は、明確だった。

 ヴィクトルが直接動かなければならない段階に、事態が踏み込んだ。


---


 カフェを出た後、ロイドは、王都の街並みを歩いた。

 真冬の風が、最外層の路地を、低く吹き抜けていった。


 退学事件の判、ナディアの祖母の繋がり、そして今回の教会。

 三つの方向から伸びた糸が、すべて王太子へと繋がっている。


 しかし——

 動機は、まだ、見えない。

 なぜ、王太子が、ここまでして、辺境伯の長女を陥れようとするのか。

 なぜ、教会という場所が、その計画の一部になっているのか。

 答えは、まだ、霧の向こう側にあった。


「面倒くさいな」


 ロイドは、低く呟いた。


 いつもの口癖。

 しかし、今回は——

 政治の深みに、自分が、もう片足以上、踏み込んでいる実感を、含んでいた。

 観察者の枠を、はるかに超えた領域。

 先日までは、冒険者の罠が、領主の館を越え、王宮の門の前まで来ていた感覚だった。

 今回は——その王宮の門の中にまで、視線が届き始めていた。


 真冬の風が、ひときわ強く、最外層の路地を抜けていった。

 ロイドは、学園への道へと、足を向けた。

 ヴィクトルに直接報告する——その重さを、肩の上に、確かに乗せて。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ