第23話 教会の影
「三つの糸が、教会で結ばれていた」
―― 教会の影
ダグからの次の手紙は、酒場での会話から、約二週間後に届いた。
文面はいつも通り、短かった。
待ち合わせ場所としての酒場の名と、次の休日の時刻。
しかし、ロイドはその短さの中に、前回より一段、深い気配を感じ取った。
ギルバートの件で「動きが掴めた」——その合図だった。
一月の下旬。
王都の最外層には、まだ真冬の冷気が残っていた。
いつもの道のりを辿り、いつもの酒場へ。
ロイドの足取りは、もう、迷いがなかった。
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ダグは、酒場の隅の卓に、すでに座っていた。
ロイドはダグの向かいに座った。
「ギルバートの件、動きが掴めた」
「聞こう」
ダグは、帳面を開いた。
「シュタイナー家の執事ギルバート・キルヒ——あいつ、教会に頻繁に通ってる」
ロイドの動きが、止まった。
「……教会?」
「ああ。中央教会だ。週に二、三度、決まった時刻に出入りしてる」
「ただの礼拝、ではないのか」
「ただの礼拝でも、そんなに通うやつはいない。しかもギルバートは伯爵家の執事だ。執事の身で、個人の礼拝にそこまで足を運べるはずがない」
ダグは、頁を指で示した。
「でだ、ギルバートが会ってる相手だが——教会関係者だ」
「教会関係者?」
「ああ、それも、特定の高位の聖職者と、毎回」
「……特定の聖職者と毎回、しかも高位の聖職者か」
「そうだ。ギルバートは、シュタイナー家の用件を、その聖職者に伝えに行ってる——そう見える」
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ロイドは、しばらく、黙った。
頭の中で、像が、また別の形に組み直されていく。
シュタイナー家の執事が、特定の高位の聖職者と頻繁に接触している。
シュタイナー家——レオン——そして、王太子。
その繋がりに、なぜ、教会が割って入ってくるのか。
(——なぜ、教会だ?)
ロイドの心の中で、その疑問が、形を取った。
「教会の方は、もう少し追えるか?」
「実は、もう調べはじめている」
ダグは、ニッと笑った。
「教会の周辺の監視は、王都のストリートチルドレンに頼んだ。あいつらは教会の出入りを毎日のように見てる。それにある程度なら中に入っても怪しまれないからな。司祭が誰と会ってるか、どの貴族の使者が出入りしてるか——金を渡せば、ちゃんと調べて教えてくれる」
「結果は」
「まだだ。だが、面白い情報が手に入った」
ダグは、頁をめくった。
「教会に、もう二人——足繁く通ってる人物がいる」
「誰だ」
「一人は——王太子アルベルト殿下、本人だ」
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ロイドの肩が、強張った。
「……王太子自身が、教会に?」
「ああ。週に数度、教会へ足を運んでる。理由は、誰も知らない。表向きは『祈りのため』とされてるが、それにしては頻度が異常に高い」
ダグは、頁を押さえた。
「それだけじゃない。もう一人、王太子の執事——ヨハン・トロイも、王太子とは別のタイミングで、教会関係者と接触してる場面が、何度か目撃されてる」
「王太子の執事も……教会に」
「ああ。ただ、ギルバートの相手とは、別の聖職者だがな」
ロイドは、ゆっくりと、息を吐いた。
頭の中で、糸が、もう一本、王太子のところへ束ねられていった。
レオンの執事ギルバート——教会関係者と接触。
王太子の執事ヨハン——教会関係者と接触。
そして、王太子自身——教会へ足繁く通う。
三つの糸が、教会で結ばれていた。
そして、その三本すべてが、王太子という人物に繋がっていた。
(——全部、王太子だ)
ロイドの心の中で、その確信が、さらに、強いものになった。
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ダグは、帳面を閉じた。
「俺の見立てでは、教会も、この件に関わっていると思う」
「ああ、そう見るのが正しいな。ただ、教会が何をしているのかは——まだ、見えてこない」
「俺が追えるのは、外から見える動きだけだ。学園から見えてくるものも、あるんじゃないか?」
「分かってる」
ダグは、頬を掻いた。
「ただし——」
ダグの目が、ふと、真剣になった。
「お前、いよいよ、本当に深いところに踏み込み始めてるぞ。学園内の観察と、王族の調査と、教会の動向と——全部、繋がってる」
「分かってる」
ロイドは、低く答えた。
「それでも、調べなきゃいけないのか?」
「ああ」
ロイドは、頷いた。
冒険者として、いや一人のロイドという人間として、目の前の罠を放置できない——その性格は、もう、変わらなかった。
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酒場を出た後、ロイドは、ハンスとの待ち合わせのカフェへと向かった。
今日の報告は、長くなる。
——ナディア・グリューネンの祖母とマルグリット・クラウゼン・エーヴェンガルド王妃の繋がり。
——ノルドライヒ帝国を経由するレオン・フェルス・シュタイナー、グリューネン家、王妃、王太子の繋がり。
——シュタイナー伯爵家の執事ギルバート・キルヒと教会の繋がり。
——王太子の教会通いと、王太子の執事ヨハン・トロイと教会の繋がり。
すべてを、まとめて、伝える必要があった。
ハンスは、いつもの席で、すでに待っていた。
ロイドが座ると、ハンスは、いつも通りに近況の確認を始めた。
「先日の続報——いくつか、まとめて、お伝えします」
「……お聞きします」
ロイドは、順序立てて伝えた。
まず、ナディア・グリューネン嬢の祖母が、王妃マルグリット様と同郷の縁を持つこと。
次に、シュタイナー家、グリューネン家、王妃、さらに王太子が、ノルドライヒ帝国を経由して繋がっていること。
そして今回——王太子殿下本人が教会に足繁く通い、シュタイナー家の執事ギルバート、王太子の執事ヨハン、両者ともに教会と接触していること。
ハンスは、聞きながら、何度か息を呑んだ。
いつもの淡々とした表情の奥に、別の色が、はっきりと、走った。
「王太子の判」を報告した時よりも——さらに、深い色だった。
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ロイドが話し終えると、ハンスは、しばらく、黙った。
長い、沈黙だった。
「……ロイド殿」
ハンスが、ようやく口を開いた。
その声は、いつもよりも、はっきりと低かった。
「この件は——」
ハンスは、わずかに、間を置いた。
「それは……ヴィクトル様に、直接、お話しした方がよいかと存じます」
ロイドの目が、ハンスを見た。
ハンスの目には、いつもの執事の冷静さの奥に——別の色が、確かに、宿っていた。
主への忠誠と、事態の重大性を秤にかけた末の、判断の色。
「直接、ですか」
「はい。私からもヴィクトル様にお伝えしますが、ロイド殿から直接、お話ししていただく必要があるかと」
「……分かりました」
ロイドは、頷いた。
いつもなら「ヴィクトル様にお伝えします」で済んでいた報告が、今回は——「直接お話しください」になった。
ハンスの判断は、明確だった。
ヴィクトルが直接動かなければならない段階に、事態が踏み込んだ。
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カフェを出た後、ロイドは、王都の街並みを歩いた。
真冬の風が、最外層の路地を、低く吹き抜けていった。
退学事件の判、ナディアの祖母の繋がり、そして今回の教会。
三つの方向から伸びた糸が、すべて王太子へと繋がっている。
しかし——
動機は、まだ、見えない。
なぜ、王太子が、ここまでして、辺境伯の長女を陥れようとするのか。
なぜ、教会という場所が、その計画の一部になっているのか。
答えは、まだ、霧の向こう側にあった。
「面倒くさいな」
ロイドは、低く呟いた。
いつもの口癖。
しかし、今回は——
政治の深みに、自分が、もう片足以上、踏み込んでいる実感を、含んでいた。
観察者の枠を、はるかに超えた領域。
先日までは、冒険者の罠が、領主の館を越え、王宮の門の前まで来ていた感覚だった。
今回は——その王宮の門の中にまで、視線が届き始めていた。
真冬の風が、ひときわ強く、最外層の路地を抜けていった。
ロイドは、学園への道へと、足を向けた。
ヴィクトルに直接報告する——その重さを、肩の上に、確かに乗せて。
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