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悪役令嬢が断罪されそうだったので観察していたら、国家レベルの陰謀だった ― 二つの婚約破棄  作者: 智信
第二部

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第22話 王太子の影

「すべてのルートが、一人の人物を指していた」

―― 王太子の影

 ダグからの返信は、手紙を出してから十日ほどで届いた。

 短い文面には、酒場の名と、次の休日の時刻——それだけが書かれていた。

 ただし、筆跡には、前回までとは違う色があった。

 走り書きの線が、いつもより、わずかに、深く強く刻まれていた。

 書き手の、緊張の名残のような形。


 その週末の朝、ロイドは、いつもの道のりを辿った。

 学園の回層から外へ、最外層の冒険者ギルド支部近くへ。

 一月の初旬、王都の朝の冷気は、肌を刺す鋭さに変わっていた。


---


 ダグは、酒場の隅の卓に、すでに座っていた。

 ロイドが向かいに座ると、ダグは、低く言った。


「来たな」


「急な依頼に答えてもらい、すまない」


「ああ。で、今回のは——」


 ダグは、大きく息を吸った。


「想像以上に——深い」


 ロイドは、わずかに、眉を上げた。

 ダグが「深い」と言うのは、調査の手応えが、彼の感覚で「冒険者の領域を、また一段、超えた」時の言葉だった。


「聞こう」


「先に、結論からだ」


 ダグは、帳面の一冊を開いた。

 走り書きの文字が、頁いっぱいに並んでいる。


「グリューネン家の祖母——ナディアの祖母だな。これが、隣国の出身だった」


「……隣国の?」


「ノルドライヒ帝国。北東の大国だ。祖母は、若い頃、縁談でこの国に嫁いできた。表向きは、ただの婚姻だが——」


 ダグは、帳面の頁を、指で示した。


「祖母の実家筋は、今でも、隣国の貴族社会と繋がりを保ってる。商人、外交官、それから——王族の側近と縁がある親族も、いるらしい」


「王族の側近?」


「ああ。隣国の王族の側近だ」


---


 ロイドは、しばらく、黙った。

 頭の中で、バラバラだったかけらが、一気に、一つの像に組み直されていく。


 ナディアの祖母が隣国出身——それ自体は、北部貴族には、それほど珍しくない。

 しかし、その繋がりが、細いとはいえ、隣国の王族の側近にまで伸びている。

 それだけでも、グリューネン家は、ただの北部貴族ではなかった。


「だが、それだけじゃない」


 ダグは、二冊目の帳面を開いた。


「グリューネン家には、もう一つ、特別な繋がりがある」


「言ってみろ」


「この国の——王妃マルグリット様」


 ロイドの動きが、止まった。


「王妃様も、隣国の出身だ。知ってるな?」


「……ああ」


 貴族の子弟なら、誰もが知っていた。

 王妃マルグリットは、隣国ノルドライヒ帝国からの輿入れだった。

 政略結婚として、現王に嫁ぎ、王太子を産んだ。

 しかし、王妃の出身が「隣国」であることは、この国の貴族社会では、しばしば、不安の種になっていた。


「王妃様は、グリューネン家の祖母を——同郷の縁で、目をかけている」


 ダグは、帳面の頁を、指で押さえた。


「王妃の茶会への招待。私的な書簡の往復——いずれも、他の北部貴族の家門と比べて、頻度が高い」


「他の家門より多い、ということか」


「ああ。特別、と言うほど目立つわけじゃない。だが、他派閥との血筋の繋がりを持つ家門としては、まあ妥当な範囲——とも、解釈できる程度の差だ。ただ、こうやって他の情報と並べて見ると、別の意味を持つ」


 ロイドの頭の中で、別の像が、輪郭を持ち始めていた。


 隣国——王妃マルグリット——グリューネン家。

 この三角形が、見えてきた。

 そして、王妃マルグリットの息子は——王太子アルベルト。


 ナディアの祖母は、王妃と同郷の縁で目をかけられている。

 その王妃の息子が、王太子。

 退学事件の承認書類には、王太子の判が押されていた。

 レオンは、王太子の側近。


(——待て)


 ロイドの中で、もう一つの線が、形を取った。

 ヘルガが留学した先は——ノルドライヒ帝国。

 そして、ナディアの祖母が出身の隣国も——ノルドライヒ帝国。

 同じ国だ。


 レオンが手配した留学先と、ナディアの祖母の出身が、同じ国。

 これが、偶然であるはずがない。

 レオンも、グリューネン家も、王妃も——

 すべての糸が、ノルドライヒ帝国を経由して、一本に束ねられている。


「全部、繋がるな」


 ロイドは、低く呟いた。


「……だろ?」


「隣国——王妃——王太子。そのラインに、ナディアが乗っている」


「俺の見立てでは、ナディアは、王太子の手駒だ」


 ダグは、帳面を閉じた。


「クレア嬢の隣にいて、味方の顔をして、何かを集めている。

 集めた情報を、王妃か王太子か——どちらかに、流している。

 そういう構図に、見える」


---


 ロイドは、卓の上で、指を組んだ。

 頭の中で、すべての糸が、一つの結び目に向かって、収束していく。


 ソフィアが、噂で「悪役」のレッテルを作る。

 レオンが、「仲裁」でクレアの口を封じ、味方を遠ざける。

 退学事件の承認書類に、王太子の判が押される。

 そして、ナディアが、味方の顔をして、クレアの近くで何かを集めている。


 ソフィア、レオン、ナディア——

 それぞれが、別々の動きをしているように見えていた。

 しかし、それぞれの糸を辿れば、行き着く先は、同じ場所だった。


(——すべてのルートが、一人の人物を指していた)


 黒幕は、王太子。

 レオンは側近、ソフィアはその妹、ナディアは祖母経由で王妃と繋がる手駒。

 退学事件も、噂工作も、すべて、王太子の意思の延長線上にある。

 動機は、まだ、見えない。

 しかし、構図そのものは——揺るぎなく、見えた。


---


 ダグは、頬を掻いた。


「お前、納得したか?」


「した」


「ただ、俺が王族の家門の内側まで踏み込むのは、ここまでだ。これ以上、王族の身辺を嗅ぎ回るのは、こっちの首が危ない」


「分かってる」


「だが、外に出てる動き——貴族家門同士の表向きの関係とかなら、引き続き俺の人脈で追える。それと——」


 ダグは、帳面を軽く叩いた。


「先のシュタイナー家の調査も、引き続き継続してるが——その中で、もう一つ、気になる動きが見えてきた。シュタイナー家の執事——ギルバートだ」


「ギルバート?」


「そうだ。ただ、まだ詳しくは追えてない。今回の報告に含めなかったのは、確証がなかったからだ。だが、どうもアイツの動きは気になる。お前も気になるなら、もう少し見てみるが、どうする?」


「すまんが、頼む」


「了解。何かわかったら、また連絡する」


 ダグは、ニッと笑った。


「ただし——」


 ダグの目が、ふと、真剣になった。


「気を抜くな。お前は、王族絡みの調査に、もう片足を突っ込んでる。学園の中でも、もう、ただの観察者じゃない」


 ロイドは、頷いた。


---


 酒場を出た後、ロイドは、王都の街並みを歩いた。

 王都の最外層には、冬の冷気が、上から下へと滞っていた。

 頭の中の像は——もう、整理しきれていた。


 すべてのルートが、王太子を指している。

 その確信が、肩の上に、確かな重さで、乗っていた。


 動機は、まだ、見えない。

 なぜ、王太子が、辺境伯の長女を「悪役」に仕立てようとするのか。

 なぜ、側近のレオンに、ここまでの工作を担わせるのか。

 なぜ、グリューネン家の手駒を、わざわざ味方の顔で潜り込ませるのか。

 そのなぜが、まだ、見えない。

 しかし——構図そのものは、もう、見えた。

 あとは、その構図の上で、王太子が何を狙っているか——それを、見極めるだけだ。


「面倒くさいな」


 ロイドは、低く呟いた。


 いつもの口癖。

 しかし、今回は——黒幕の輪郭が、はっきりと、見えた重さを、含んでいた。

 観察を始めた頃には、想像もしなかった輪郭だった。

 義妹の不自然さから始まった糸が、辿った末に、王族の影に行き着く。

 冒険者の罠が、領主の館を越えて、王宮の門の前まで来ていた。


 冬の風が、最外層の路地を、抜けていった。

 足元の石畳には、真冬の冷気が、まだ濃く残っていた。

 ロイドは、学園への道へと、足を向けた。


 明日からの観察には、新しい目で、向き合わなければならない。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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