第17話 仲裁という毒
「仲裁じゃない。これは——毒だ」
―― 仲裁という毒
翌日。
ロイドは通常通り、ソフィアとベスの動きを追った。
二人の動線は前日までと変わらず、新たな発見は得られなかった。
ただ——昼休みに、別の場面を目撃した。
食堂の一角で、レオンが、王権派の令嬢たちに声をかけている。
穏やかな笑顔。
短い会話の後、令嬢たちが深く頷いて去っていく。
以前にも目撃した、いつもの「仲裁」。
しかし、今日のロイドの目には——別の意味で映った。
ソフィア工作が確定した今、レオンの「仲裁」も、改めて見直す必要がある。
その思いが、ロイドの中で、低く立ち上がった。
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その夜、自室。
ロイドは三冊目の手帳を開いていた。
傍らには、これまで書き留めてきた一冊目と二冊目も、すでに広げてあった。
レオン・フェルス・シュタイナー。
ソフィアの兄。
そして——クレアの婚約者。
ソフィアが動いているなら——兄であるレオンは知っているのか?
シュタイナー家の伯爵令嬢が、義姉となるべき北方辺境伯の長女を、侍女まで動員して陥れている。
これは、家門の意思決定があってもおかしくない動きだった。
ソフィア個人の独断でも、ベスを工作の手駒として動かすことはできるだろう。
しかし、ベスは本質的にはシュタイナー家に仕えている侍女だ。
侍女は家門に仕える存在であり、その活動の内容を家門に報告するのが妥当だ。
それは家門の主——あるいは次期当主——に届くはず。
その次期当主は——レオン。
学園に在籍していても、シュタイナー家の情報を把握し、そして、シュタイナー家としての意思決定を行える人物。
ロイドは、ペンを取った。
新しい頁に、書き出す。
『レオンの行動を、時系列で並べ直す』
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茶会でクレアがヘルガを正論で粉砕した、その数日後。
レオンは、中央棟の人気のない踊り場で、クレアに声をかけた。
「もう少し——優しい言い方を、相手を気遣った言い方を、心がけられてはいかがでしょうか」
婚約者の立場からの、控えめな助言。
ロイドは、当時、それを善意の仲裁として記録していた。
婚約者として、クレアの今後を案じての言葉、と。
しかし——
今になって振り返ると、その「助言」の効果は、明白だった。
助言を受けたクレアは、その後、正論で反撃することを控えた。
もとから言葉数の少ないクレアは、より慎重に言葉を選ぶようになったのだろう。
さらに口数が減った。
弁明もせず、何も語らない姿は、周囲に「高慢な令嬢」という印象を刻みつけてしまった。
そして、それはヘルガの退学により、彼女を追い込んだ「冷酷な令嬢」という像を生む土台になっていた。
助言は、クレアの口を、静かに封じていた。
しかも、クレア自身は「婚約者の善意を受けた」と感じていたはずだ。
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ロイドは、別の頁を辿り直した。
茶会以降、レオンが北部貴族の数人に声をかけた場面。
並木道の少し離れた場所で、レオンが控えめに告げた言葉。
「しばらく彼女を、そっとしておいてあげてくれ」
当時、ロイドは、それを「過剰な反応を抑える仲裁」として記録していた。
婚約者として、クレアが落ち着くまでの猶予を求めた、と。
しかし——
言われた北部貴族たちは、その後、クレアと距離を取った。
数日のつもりが、数週間に伸び、数ヶ月になった。
距離が、常態化した。
常態化した後、戻る理由が、誰にもなくなった。
声をかけ直すきっかけが、すでに消えていた。
「そっとしておく」と言われた相手に、いつ近寄ればよいのか、誰も判断できない。
相手から声をかけてくれれば、近寄り直す気にもなれるだろう。
そもそも問題の発端となった家格というものもある。
さらに、高位貴族としての立場を重んじているクレアからは、声を掛けることはしないだろう。
そして、判断できないまま、時間だけが過ぎていく。
時間が過ぎれば過ぎるほど、距離が確定していく。
北部貴族派閥は、徐々に崩壊した。
最初に消えたのは、家門の若手数家。次に中堅家門。最後に派閥の中心にいた数家。
今では、ナディア一人を残して、ほぼ空席になっている。
声掛けは、クレアの味方を、静かに遠ざけていた。
しかも、声を掛けられた北部貴族たちは「婚約者からの依頼を尊重した」と感じていたはずだ。
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ロイドは、ペンを止めた。
二つの「仲裁」を、並べて眺めた。
クレアへの「助言」——クレアの口を封じる。
北部貴族への「声掛け」——クレアの味方を遠ざける。
どちらも、第三者から見れば、善意の仲裁。
婚約者として、過剰な反応を抑える行動。
誰も、レオンを責められない。
しかし、結果として——
クレアは反撃の手段を奪われ、味方を奪われ、孤立した。
ソフィアの工作と、合わせて見ると——
ソフィアが、噂で「クレアは悪役」のレッテルを作る。
レオンが、「仲裁」でクレアの反撃と味方を奪う。
二人で、外側と内側から、クレアを潰している。
しかも、二人の手口は、互いに補完している。
ソフィアの噂が「悪役」の像を作っても、クレア自身が正論で反撃できれば、像は崩れる。
レオンの「助言」がクレアの口を封じることで、反撃の機会が奪われる。
ソフィアの噂が「孤立する令嬢」の像を作っても、北部貴族の味方が残っていれば、孤立は完成しない。
レオンの「声掛け」が味方を遠ざけることで、孤立が完成する。
二人がいなければ、片方だけでは成立しない構造だった。
兄妹で動いて初めて、「悪役令嬢」の像が、揺るがず固定される。
ロイドは、低く呟いた。
「仲裁じゃない。これは——毒だ」
声に出した瞬間、頭の中で、像が一つに繋がった。
シュタイナー家の兄妹が、揃って、クレアを陥れている。
婚約者であるはずのレオンが、婚約者を潰す側に立っている。
そして、誰も——クレア自身ですら——その構造に気づいていない。
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しかし——なぜ?
婚約者を潰す動機が、まだ見えない。
婚約解消したいなら、家門間で合意すればよい。
わざわざ「悪役というレッテル」を作る必要は、ない。
むしろ、家門の名誉を傷つけてまでクレアを陥れることは、シュタイナー家自身にも返り血を浴びるリスクがあるはずだった。
それでもなお、リスクを冒して兄妹で動いている。
あるいは——悪役というレッテルを作ることに、別の意味があるのか。
婚約解消だけが目的ではない、何か別の目的があるのか。
悪役というレッテルが、クレアの婚約解消の「正当な理由」になる以外に、何か他の機能を果たすのか。
ロイドの頭の中で、問いが渦を巻いた。
しかし、答えは、出ない。
学園内で見える範囲は——ここまでだった。
ソフィアが噂を流し、レオンが「仲裁」で孤立を助長している。
工作の実行者と、共犯者は、確定した。
兄妹で連動する構造も、見えた。
しかし、動機は——学園内では、見えない。
シュタイナー家の事情、王都の貴族社会の動き、そして、レオンの政治的立場——
学園の外を、調べる必要がある。
学園の中で見える「結果」の裏にある、シュタイナー家の、そして王都の「事情」を。
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ロイドの脳裏に、ダグの顔が浮かんだ。
ダグなら、王都の冒険者ギルドの人脈で、シュタイナー家の出入りの流れを追える。
外から見える形のものは、ダグの方が、圧倒的に上手い。
学園内はロイド、学園外はダグ。
冒険者の経験則からすれば、当然の役割分担だった。
学園の中で固まった像を、学園の外の事情と突き合わせる。
二つを重ねた時に、初めて、動機の輪郭が浮かぶはずだ。
ただし、ダグへの依頼は、慎重に切り出す必要がある。
あのシスコンからの仕事だと誤解されると、ダグは「またか」と渋い顔をする。
今回は、自分の判断だ、と明確に伝える。
冒険者の仕事として、ロイドが、ダグに、頭を下げる依頼だ、と。
ダグなら、断らないだろう。
文句は言うだろうけれど、最終的には引き受ける——あいつはそういう男だから。
ロイドは、手帳に書き加えた。
『次の段階:
ダグへの依頼を、本気で切り出す。
シュタイナー家の動き、外部への書簡や使者の流れ、政治的背景——すべて』
ペンを置いた。
「面倒くさいな」
いつもの口癖。
しかし、今回は——
獲物が、義妹一人から、兄妹二人へと広がった重みを、含んでいた。
そして、その背後に、シュタイナー家が控えている可能性も、含んでいた。
窓の外で、晩秋の風が、夜の学園を、抜けていった。
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