表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢が断罪されそうだったので観察していたら、国家レベルの陰謀だった ― 二つの婚約破棄  作者: 智信
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/13

第12話 退学という罠

「退学は事実。しかし、その上に「悪役のレッテル」が誰かによって置かれた」

―― 退学という罠

 季節は深まり、秋が学園に染み始めていた。

 並木道の葉は、深い黄色に染まりつつあった。

 朝晩の風には、もう冷たさが混じっている。


 ロイドの観察対象は、学園全体に広がっていた。

 クレア・ブレンハルトの周辺だけでなく、王太子グループ、エミリア・リンデン、教官たちの動き、派閥の流れ。

 ヴィクトルの「学内全体の動きを注意深く見ていてくれ」という指示に従い、ロイドの観察記録は二冊目の半ばまで埋まっていた。


 数週間が、淡々と過ぎていた。

 目立った異変はなく、クレアの悪評だけが、ただただ緩やかに蓄積していく、そんな日々だった。


 しかし、その日常が——突然、崩れた。


---


 その日の夜。


 夕食を済ませた後の、共有談話室。

 ロイドとニックは、いつもの日課でお茶を飲んでいた。

 窓の外で、秋風が並木の葉を揺らしている。


 ふと、ニックが茶を飲む手を止めて、声を低くした。

 その表情には、いつもの軽口とは違う、わずかに緊張した色があった。


「お前、聞いたか?」


「いや。何かあったか」


 ニックは、誰もいない談話室を一瞥してから、それでも声を落とした。


「ヘルガ嬢、退学だってさ」


 ロイドが、茶を口に運ぶ手を止めた。

 ニックの言葉が、頭の中で意味を結ぶまで、わずかな間があった。


「……ホフマン子爵家の?」


「ああ。入学直後の茶会で、クレア嬢に正面から黙らされた、あの令嬢だ」


 ロイドの記憶に、あの茶会の光景が一瞬、蘇った。

 扇で顔を隠して呟いたヘルガの嘲笑。クレアの完璧な反撃。

 あの後、ヘルガは学園での目立った活動を控えていた。


「退学? 正式に?」


「ああ。今日、家門からの正式な発表があったらしい。理由は——明確には公表されていない」


「家門の事情、というやつか」


「らしい。ただし——」


 ニックが、わずかに眉を寄せた。


「噂の方は、もう、決まり切ったような勢いで広まってる。一日かけて、学園中に染み渡った」


「どんな噂だ」


「『クレア嬢に追い詰められて、退学に追い込まれた』」


 ロイドは、思わず低い声を漏らした。


「……何を、馬鹿な」


「だろ?」


 ニックは、首を振った。


「俺もそう思う。茶会の件、確かに『言い方がキツい』とは言ったよ。でも、あの一件で人を退学に追いやるなんて、飛躍しすぎだ」


「だな」


「だが——皆、もう、その噂を信じ始めてる」


 ロイドは、しばらく茶を見つめた。

 湯気が、ランプの光の中で、ゆらりと揺れていた。


 昨日まで緩やかに蓄積していた評判悪化が——一気に、別の段階へ跳ね上がろうとしていた。


---


 翌朝。


 寮を出て並木道を歩くロイドの耳に、すれ違う女子学生たちの会話が、聞こえてきた。


「あのクレア嬢に追い詰められたんですって」


「茶会の件、覚えてる? あれは確かに……ちょっとひどかったわ」


「人を退学に追いやるなんて、相当よ」


(昨夜の話のとおりだ)


 ロイドは、心の中で呟いた。

 一日も経たないうちに、噂は形を変えながら、誰の口からも自然に発せられるものになっていた。


---


 ロイドは、噂の出元を探していた。

 しかし、はっきりとした出元は、見えなかった。


 あちこちで令嬢たちが似た言葉を口にしているが、誰が最初に言い始めたのか、誰も覚えていない。

 まるで霧のように、噂は学園全体を覆っていた。

 誰かが意図的に流しているのか、自然発生なのか——その判別すら、できない。


 ロイドの冒険者の勘が、再び反応した。

 森の中で、罠の気配を感じ取る、あの感覚。

 しかし——罠を仕掛けた者の姿は、まだ見えなかった。


---


 数日後。


 噂は、もう、止められない速度で広がっていた。


 ——クレア嬢に追い詰められて、ヘルガ様は学園を去った

 ——派閥を私物化して、邪魔者を排除している

 ——正論で人を黙らせる、冷酷な令嬢


 茶会のあとに「ちょっと高慢」と言われていた印象が、今や「人を追い出すほど酷い」に跳ね上がっていた。


 退学という事実が、レッテルに重みを加えていた。

 「ちょっと言い方がキツい」程度なら、笑い話で済む。

 しかし、人が一人、学園を去ったとなれば、話の重さが違う。

 しかも、当人不在で、本人の口から真実が明かされることはない。

 噂は、ヘルガの不在を「動かぬ証拠」として確定する形で、広がり続けた。


 学園全体の空気が、確定した。


 クレア・ブレンハルトは——「悪役」になった。


---


 クレアは、いつも通りだった。


 朝、誰よりも早く登校。

 昼、ナディア・グリューネンと隣の席で食事。

 休み時間、教室で読書。


 噂が学園を駆け巡っているにもかかわらず、表情も態度も、何一つ変わらない。

 弁解もしない。

 反論もしない。

 ただ、いつも通り。


 しかし——廊下ですれ違う生徒たちの視線は、明らかに変わっていた。

 以前は単に距離を置く程度だったのが、今は、明確な敵意を含むような、蔑むような視線になっていた。

 ささやかな冷笑、避けるような身体の向き、あからさまな目配せ。

 どれも、ヘルガの退学以降に増えた反応だった。


 クレアは、それらすべてを受け流していた。

 反応せず、ただ前を向いて、自分の道を歩く。

 完璧な作法を保ったまま。


 メルが、その傍らで、唇を強く噛んでいた。

 主の孤立を間近で見ているが、侍女の立場では、何もできない。


---


 ある日のお茶の席。

 ニックは、視線を落としながら、ぽつりと呟いた。


「もう完全に悪者扱いだぞ、クレア嬢」


「だな」


「噂が事実みたいに、皆が口にしてる」


「そうだな……でも、クレア嬢は、何も変わってない」


 ロイドは、茶を一口飲んでから、静かに答えた。


「変わってない。前から何一つ、変わっていない」


 ニックが顔を上げ、ロイドを見た。


「変わったのは、周りの方だ」


 ロイドが続けた。


「俺たちが見てるクレア嬢と、噂が伝えているクレア嬢が、もう完全に違う。森の方が変わったんだ」


「森?」


「比喩だ」


 ニックは、首を傾げただけだった。


---


 その夜。


 ロイドは、寮の自室で観察記録を開いていた。


 二冊目のページに、新しい項目を書き加える。


『観察期間: 五ヶ月+。

 観察結果:

  ヘルガ・ホフマン、退学。理由は家門公表の範囲では明確でない。

  退学事件をクレア・ブレンハルトの影響として、学園全体に噂が広がっている。

  学園全体に「悪役のレッテル」が確定。

  クレア・ブレンハルトは、入学初期から行動パターンに変化なし。

 所見:

  退学は事実。しかし、その上に「悪役のレッテル」が誰かによって置かれた。

  誰かが、空気を作り、レッテルを貼った。

  ただし、その「誰か」は、まだ特定できていない。

  ヘルガ・ホフマンの退学理由そのものについても、要追跡』


 ペンを止めた。

 紙を、しばらく眺めた。


(観察だけでは——もう、止められない)


 ロイドは、心の中で呟いた。


 クレアは変わっていない。

 だが、レッテルは確定した。

 このまま観察を続けても、レッテルはもっと深く色濃く彼女に貼り付くだけだ。


 護衛とは名ばかりの依頼。

 観察報告だけで、依頼は満たされる。

 ヴィクトル様への報告書を書き、ハンスへ渡す。

 それだけで、ロイドの仕事は終わる。

 冒険者として受けた仕事の範囲は、それで完結する。


 しかし——


(このまま観察するだけで、いいのか?)


 冒険者の頭が、答えを返してきた。


 森が変わったなら、森の方を見る。

 誰かが森を変えたなら——


(誰が、森を変えたのか。それを、突き止める必要がある)


 観察対象を救うための仕事ではない。

 しかし、観察対象が誰かの罠に嵌められ続けるのを、黙って見ているのも違う。

 義理堅い、と父によく言われた。

 巻き込まれると投げ出せない、と兄たちにもよく揶揄われた。


 ロイドの目が、ゆっくりと、変わった。

 観察者の目から、冒険者のものへ。


「面倒くさいな」


 ロイドは、小さく呟いた。


「だが——もう、放っておけない」


 声に出した瞬間、心の奥で、自分の意志が、確定した。

 森を変えた者を、見つけ出す。

 観察者から、冒険者へ。

 自分の意志で踏み込む、次の一歩だった。

これにて第一部は終了となります。

お付き合いいただき、ありがとうございます。


とうとう物語が大きく動き出しました。

これから、どういう流れでプロローグに繋がっていくのか、その流れは第二部で確認してみてください。

そして、明日からは、その第二部となります。

引き続き、第二部もよろしくお願いします。


今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ