35 苺のケーキの連帯感
僕達が苺に夢中になっている間にシーナは教会に出入りしていた。
駝鳥の盗賊団に依頼した上級魔導士に効能あらたかな温泉の噂を聞きつけるだけの情報網があったので教会内に仲間がいるとシーナは踏んでいた。
首謀者が死亡しているのにもかかわらずシーナがまだ食い下がるのは、死亡した上級魔導士の動向をシーナを慕う精霊達が太陽柱の映像の中から探し出せなかったからだ。
シーナに協力する一般の精霊達では中級精霊が引き起こす出来事を予測できない。死亡した上級魔導士の協力者は精霊使いならばその行動は追いきれないのだ。
「いい感じに角が立ちました。ここに振るった小麦粉を入れてざっくりと混ぜてください」
料理長と仲良くなった僕達が食堂の厨房に入り浸ってスポンジケーキを焼こうとしていた僕達を探しに来たサミュエル叔父に、いいところに来た!と声をかけた。
面倒だったメレンゲ作りを詠唱魔法で泡だて器を電動ミキサーのように高速で動かしてもらった。
サミュエル叔父が泡だて器に手を添えているだけで泡だて器が勝手に動いてサクッとメレンゲを作ってしまった。
サミュエル叔父が来る前に卵黄と麦芽糖を白っぽくなるまでかき混ぜていたサイラスは、詠唱魔法って便利ですね!と羨ましげに言った。
「溶かしバターを途中で半分入れます。ざっくりと混ぜてから残りの半分を入れます。いい感じに混ざったところで……ああその型に入れてください」
「型に油を塗りました!」
簡単な作業だけ手伝うセドリックがサミュエル叔父の前に四角いバットを差し出した。
ケーキを焼くための道具を一から作ってもらったのだ。
丸い型も作ってもらったけれど試作品の味見を楽しみにしている騎士達のために切り分けやすいように四角い方を選んでいた。
生地をオーブンで焼く火加減は料理長に任せ、シーナに頼んで作ってもらった生乳から生クリームを作る魔術具からクリームを取り出した。
生クリームさえあれば苺ケーキを作ってくれると思ってシーナに依頼したのに、出来上がった苺ケーキが二枚のビスケットに間に生クリームと苺を挟んだ物だった。
正直、これがケーキか?と思ったけれど、美味しかったし、味見をした騎士達には大好評だった。
いや、いいんだよ。美味しいのだから。
でもね、あの時、僕のお口は苺のショートケーキのお口になっていたから、残念な気持ちが拭えなかった。
シーナにスポンジケーキの焼き方をざっくりと教えたら、自分で焼きなさい、となり、忙しいのに道具だけ作ってくれたのだ。
「ほう。今度は冷やしながらかき混ぜるのか」
サミュエル叔父は氷魔法の魔法陣が浮かび上がるボールで生クリームをかき混ぜるサイラスの手元を覗き込んだ。
「叔父上!詠唱魔法をお願いします!」
身体強化をしても辛いのかサイラスがサミュエル叔父に頼んだ。
「おう!任せておけ!……」
サミュエル叔父がごにょごにょと祝詞を唱えるとサイラスが持つ泡だて器が高速で動いた。
「そういえばアダムさんはどこに行ったのですか?」
魔法の補助といえば青年アダムだと思い出したセドリックの質問に、詠唱を止められないサミュエル叔父は窓の方を指さした。
「畑作りの支援に行ったんですよね?ああ、もう、ちょうどいい頃合いです!完成した生クリールは食品保存庫に入れておきましょう」
僕の指示で手を止めたサイラスは泡だて器についた生クリームをすくって口に入れると満面の笑みで頷いた。
サミュエル叔父も人差し指ですくって口に入れると、うんうん、と頷いた。
僕とセドリックも味見した。
うん。ばっちりだ。
「このままでも美味しいのに焼きあがったケーキに載せたら間違いなくさらにおいしいだろうね」
「焼きあがったケーキが冷えてから仕上げますよ。夕食のデザートになるでしょうね」
「アダムが戻ってくる前にできるかと思ったのに結構時間がかかるんだな」
「アダムさんだけ外出許可が出てズルいです」
砦内の指定された範囲内でしか動けないセドリックがぽろっとこぼした。
「アダムは実績を作って恩赦を賜らなくてはいけないから、今、目一杯働かなきゃならん事情があるんだ」
ちょっと前まで青年アダムに反感心を持っていたセドリックは小さく頷いた。
青年アダムだけが可移出許可が下りたのにはちょっとした事情があった。
美味しい苺を作るために食堂に居合わせた騎士達に苺の試食をしてもらっているうちに青年アダムは騎士達の信頼を得るようになっていた。
そうなると現在、処分保留の青年アダムが王都に戻る前に実績を作れるように非番の騎士達が交代で傷痍騎士達を手伝うという名目で戦闘力のない青年アダムの警護をする申し出たのだ。
騎士達の目論見は、青年アダムだけでも畑作りに参加できればたくさんの苺が食べられるようになるとでも考えたのだろう。
シーナの苺ケーキの試食会で苺を一口も食べられなかった騎士達も食堂のメニューに日々新鮮な野菜が増えていくと青年アダムの協力者がさらに増えていった。
食材が増えるたびに僕は厨房に潜り込んで調理方法と追加の調味料を料理長に差し入れしてた。麦芽糖の作り方を教えてダチョウの卵のプリンが出た日は食堂から雄叫びが上がった。
食いしん坊の支持を集めた青年アダムは、非番の騎士達が率先して警護するので日の高いうちはいつも畑に出ていた。
青年アダムは興味がないことにはてんで魔法補助の役目を果たせないポンコツな側面があるが、畑が増えたら花を植えてもいい、とシーナが提案したことで、がぜん張り切っている。
いや、張り切っているのは青年アダムだけではない。
厨房の壁を透過して新米精霊が掌に戻ってきた。
毎日消費する野菜が十分足りるようになったら畑の一部を花畑にして、親族の養蜂家から分蜂してもらい養蜂を始める事になっている。
生れたての精霊は、先輩の精霊達の大好物の蜂蜜に初めてありつける、と張り切っているようで毎日畑へ応援に出かけていたのだ。
温泉水が湧きだした直後だから、精霊達が多少干渉して植物が急成長しても、神々の恩恵のうちだろうと解釈されるだろうという事でシーナは放置している。
そんなわけで、それぞれの思惑が上手く噛みあって畑作りは順調に進んでいた。
僕が直接畑にかかわれない事は残念だけど、王子達がぞろぞろと畑に行くより、種苗の品種改良に勤しんでいる方が体裁的には良いようで、おおむね好意的に受け止められていた。
焼きあがったスポンジを冷ます間に蒸留酒を使った苺のリキュールを作り、スポンジにたっぷりと塗った。
未成年用に一か所だけフランベしたリキュールを塗り、目印にノンを模った魔地盤を置きセーフティーゾーンを作った。
「アルフレッド殿下!美味しいです!人生で一番おいしい食べ物です!」
青年アダムは苺ケーキを食べたフォークを持ったまま小刻みに震え恍惚な表情を浮かべた。
はいはい。
サミュエル叔父が仕上がりの時間を気にしていたのは味見の段階で青年アダムに試食させてこんな表情を人目に晒したくなかったんだね。
「甘いお酒がしみ込んだ生地の美味しさに負けずに苺の甘酸っぱさが際立っている。ああ、苺の上で光っているこの透明な膜が苺の美味しさをさらに引き立てているのか!」
味見の段階ではリキュールシロップを塗ったスポンジと生クリームの味を確認しただけだったから、ゼリーがけした苺が合わさった美味しさにサミュエル叔父は唸った。
最後の仕上げを担当した粉ゼラチンを完成させた張本人の料理長が満足そうに頷いた。
苺果汁入りのシロップを塗ったお子様ゾーンのケーキを食べたサイラスとセドリックも、美味しい!と感動している。
ノンは兎仕様に小麦小や乳製品を排除した牧草クッキーと食べてご満悦だ。
トニーとシーナも美味しいと太鼓判を押してくれた。
試食した騎士達の中には涙を浮かべている人さえいた。
効能あらたかな癒しの温泉以外、娯楽のないこの砦に勤務していたら食の楽しみは貴重だろう。
こんなに美味しい苺のケーキを次に作れる目途が立たないのは、新鮮な牛乳の入荷を待たなくてはいけないからだと誰もが理解していたが口に出さなかった。
牧草地を確保して乳牛を飼育するぞ!
食堂内の声にならない数多の声を聞いたような気がした。
何はともあれ、砦の守りを厳重にすることを怠ることなく農地を増やすべし!と食堂内は連帯感に包まれた。




