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僕の異世界生活はどうにも波瀾万丈なようです。  作者: 有木苫占
第三章 男児はつらいよ ~僕とおじさん

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36 背徳の朝食

「甘味の誘惑が効いたのか農地化計画が着実に進んでいます。有志の騎士団員達が仕事上がりに砦の周辺の土づくりに励んでいます」


 早朝稽古の合間にトニーが牧草地の開墾が進んでいることを教えてくれた。


 外出禁止が続く中どこで早朝稽古を始めたかといえば露天風呂の片隅だ。


 三人の男児がが身を持て余しているのを見かねた護衛騎士達が露天風呂の奥を整備してくれたのだ。

 賊の狙いが温泉水だったこともあり、今一番警備が厳しい箇所だから、ここが一番安全なのだ。


「生クリームは生乳をたくさん使うから牛さんがほしいです」


 セドリックはショートケーキの味を思い出してうっとりとした表情を浮かべたが、トニーの一撃をかわした。


「よく体が動いていま……おっと!」


 トニーは背後をねらっら僕の木刀を蹴り上げた。

 うーん。これは当たったうちに入らないな。


「十分な広さの牧草地を確保できるまで開墾した地を放置しておくのももったいないから、とシーナが草花の種を蒔いたのです」


「なるほど!養蜂が先になるんですね!」


 サイラスがトニーの背後から打ち込みながら声を上げたので不意打ちに失敗した。


「ええ、そうです。シーナが養蜂家を迎えに行きました」


 トニーの言葉に姿を消してる精霊達が歓喜の舞をしている気配がした。

 シーナはさぞかし蜂蜜を欲する精霊達にせかされていたのだろう。


「昨晩の夕食後にシーナ様は出かけられたのですか!」


 シーナ推しのサイラスが顔色を変えた。


「この砦の周辺は浄化が済んだばかりだから死霊系魔獣の発生は皆無だ。だから危険はないのですよ」


 サイラスがトニーの関心を引いている間にトニーの脛を狙ったノンの一打もかわされてしまった。


 三人と一匹で打ち込んでいるのにトニーに一撃も入れられないなんて、僕達の体はすっかりなまっている。


 見張り塔の旗が要警戒の赤に代わりトニーが木刀を降ろすと僕達も打ち込みを止めた。

 だが、大浴場に戻ろうとすると白旗に代わっていた。


「砦の訪問者がシーナと養蜂家だと確認が取れたのでしょう」


 シーナはアップウの呪文で転移魔法を使えるが、転移魔法が使用できることがラウンドール王国でバレると行動規制がかかるらしい。

 おそらくシーナは見張りの塔から目視できないところで転移魔法を使ったのだろう。


 精霊達がシーナ達を迎えに行くように砦の門に向かって流れて行く気配がした。


 蜂蜜か。蜂蜜の胡桃漬けとか、ハニートーストとか、ホットケーキにたっぷり蜂蜜をかけるのもいいよね。


 厚切りトーストにアイスクリームを載せてたっぷり蜂蜜をかけるハニートーストが大好きだけど……牛乳が足りない。


「それでは、片付けをして各人を迎え入れる準備をしましょうか」


 トニーの言葉に僕達は頷いた。




「蜂を連れて世界中を旅をする養蜂家のローラです。ラウンドール王国の王族が四人もいらっしゃると、灰まみれの死地がこんなに早く緑が蘇るのですね」


「ええ、そうです。でも、土づくりを始めた傷痍騎士達を助ける騎士達が大勢いるから、ここまで緑が広かったのですよ」


 シーナが連れてきた養蜂家は二十代半ばの緑の一族の女性だった。


 初対面の女性が畏まらない場所がいいだろう、と考えて食堂で面会すると、ローラを一目見たい騎士達が廊下まで溢れた。


「皆さんお優しい方ばかりなのですね」


 騎士達は嬉しそうに頷いた。


「分蜂の時期を過ぎているので、ここに居ついてくれる確証がなかったのですが、非常に条件が整っているのでたぶん上手くいきそうです」


 ローラの全身に精霊達が張り付いている気配がするから、整っている条件とはおそらく精霊達か精霊素の量だろう。


「うちの蜂蜜を味見してください」


 ローラは蜂蜜が入った箱をトニーに手渡した。


 もちろん箱にはローラさん以上にびっしり精霊達が張り付いている気配がする。僕の新米精霊も張り付いている。

 蜂蜜は精霊達にとって抗えない誘惑のようだ。


『アルとトニーはは精霊達が光らなくても気配がわかるようになったでしょう?』


 精霊言語でのシーナの問いに僕とトニーとノンは小さくいなずいた。


『ローラはこれだけ精霊達を引きつれていながら精霊達の気配を感じず、干渉を受けていないのよ。まさに奇跡の人なのよ』


 肉襦袢か着ぐるみかというほど精霊達を身に纏っているローラは精霊達の存在を気にすることなく並べた蜂蜜の瓶の紹介をしていた。


『精霊達に愛されているのにローラは自身の情熱を全て蜜蜂に注いでいるから、数多いる精霊達の事を蜜蜂が定住する環境要因としか考えていないのよ!』


 蜜蜂が定住するための条件を切々と語るローラに温泉から精霊達がどんどん集まってきているのに本人は全く気付いていない。


『精霊達を集めるだけ集めるローラがいたら、上級精霊様にも先が読めないこの先の事態に備えになるはずよ』


 教皇に問い合わせをしても事態が好転せず外出禁止が続いていたのは上級精霊様にも温泉地の未来が見えなかったからなのか。


『大聖堂島の古代魔術具研究所内で研究している魔術具に関しては上級精霊様でも感知する事ができないの。黒焦げになった上級魔導士は大聖堂島内の記録ではとっくのとうに死亡していて、市民カードも破棄されているの』


 えっ!

 金融資産の全てが登録してある市民カードが破棄されてしまえば、経済活動は現金決算か物々交換しかできないじゃないか!


『あの上級魔導士は、どうやら別人の市民カード使い生活していたようなの』


 市民カードを発行している教会関係者なら他人に成りすます事などお茶の子さいさいだろう。


『あの上級魔導士と同時期に死亡登録された上級魔導士が深手を負いながらも生きながらえているのなら、必ずここに来るはずなの。私達が連れてきた以外の精霊達は生まれたての精霊でしょう。毎日、数こそ増えているけれど、新米ばかりだから本物の精霊使いだとしたら太刀打ちできないので、熟練の精霊達を呼んだのよ』


 ローラさんを慕う精霊達なら同胞のシーナを敵視しないから、僕のアップウの呪文が効きやすいかもしれない。


「薔薇の蜂蜜ですか!」


 ローラさんの手土産の蜂蜜の味見をしていたサミュエル叔父は青年アダムと薔薇の蜂蜜を試食して恍惚な表情を浮かべていた。


 精霊達は味の違いがわかる二人を好意的に感じているような和やかな雰囲気を纏っている。


 うん。

 不確定な未来で僕が確実に生き残るためには、ローラさんを慕っている精霊達を確実に味方につけるべきだ。


 蜂蜜を堪能した新米の精霊が掌に戻ってきた。


 ……ハチミツノクルミヅケ……ハニートースト……ホットケーキ……。


 なるほど、蜂蜜のアレンジレシピなら古参の精霊達も虜になるかもしれないのか!


「みんなが所望していた牛乳も大量購入してきたんだけど、苺のケーキ以外に何かいい調理法はないでしょうか?」


「はい!それなら、背徳の朝食ハニートーストを作りましょう!氷結魔法の使い手さんは手を上げろ!」


 成分未調整の濃厚牛乳で作るアイスクリームに蜂蜜をかけたらさぞ美味しいに違いない。


「料理長!フワフワパンはまだ残っていますか!……あるのね。ダチョウの卵は?……ある。よし!ローラさんのための特別な朝食作りに力を貸してください!」




 氷結魔法の使い手にキンキンに冷やしてもらった材料を力自慢の騎士達が攪拌すると目論見通りにアイスクリームが出来上がった。


 分厚く切った食パンをトーストにしてアイスクリームを載せると、冷たいクリームが溶けるじゃないか!とみんなの視線が訴えていたが、蜂蜜をたっぷりかけると、どこからともなく生唾を飲む音が聞こえた。


「最高の蜂蜜を提供してくださったローラさんに背徳の朝食を作ってみました。さあ、冷たいクリームが溶けてしまう前にお召し上がりください!」


 サミュエル叔父が切り分けたハニートーストを口に入れたローラさんは満面の笑みになった。


「今まで食べたものの中で一番おいしい朝食です!」


 ローラさんに張りついていた精霊達が光ってこそいないけれが、食堂中を狂喜乱舞している気配がする。


 うんうん。上手くいったようだ。


 手伝ってくれた騎士達にも取り分けると一人分は一口しか食べられないのだが、甘味の誘惑の虜になった騎士達は涙を流して喜ぶ人もいた。


『これで、最強の布陣が出来上がったわ。誰が来ても私達は負けないわよ!』


 精霊達や騎士達の心を、いや、胃袋を鷲掴みにして不測の事態に備えるのがシーナの神の策略だったようだ。

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