33 ラウンドール王国の流儀
トニーとシーナには昼食時にも会えなかったが、午後からサミュエル叔父と青年アダムが鉢植えの苺の苗を持って僕の部屋に尋ねてきた。
当面、自室から出られないならここで苺の成長を促進させろ、という事だろうか?
僕達とすっかり打ち解けたバーニーが慌ててベッドからお尻を離すと、非番なんだから座っていなさい、とサミュエル叔父が声をかけた。
「駝鳥の盗賊団の仕業だとほぼほぼ確定したようだ。本陣を叩くまで私は滞在期間を延長することになるだろう」
どうやら現場検証で駝鳥の盗賊団に繋がる決定的な証拠品が見つかったようだ。
「駝鳥の盗賊団の本陣はここから近いのですか?」
セドリックの疑問にサミュエル叔父は首を横に振った。
「南方諸島に本拠地があると言われているが、大陸北西部の本陣に心当たりがあるシーナ殿が探している」
さすがシーナ様、とサイラスは頷いているが、絶対精霊達からの情報なのに、心当たりがある、で誤魔化しちゃうんだ!
まあ、聞く方は緑の一族の情報網だと勝手に勘違いするもんね。
「駝鳥の盗賊団の本陣の規模を確認できるまで屋外に出るな、となってしまったので、滞在が伸びたのに畑作りができない」
サミュエル叔父の嘆きに青年アダムは頷いた。
青年アダムのまで外出禁止になったのは王族の愛人だからではなく、他人の魔法にバフをかけられる(青年アダムが興味を示す魔法だけ)能力に希少価値があるからだろう。
「療養所の皆さんが温泉水をたくさん飲んで頑張ってくださっていますが、昨日のように次々と畑を広げることができないそうです」
「だから、私は鉢植えの作物の成長を早めて種を取るようにしようかと考えたんだ」
「なるほど。鉢植えでは食用にするほど収穫できないから種から苗を育ててそてから畑に植えるのですね」
サイラスの説明に、食べないの?と口をへの字にしたセドリックに、たくさん食べられる方がいいだろう?とサミュエル叔父が笑いながら言った。
「それはいいと思うけれど、午前中に死を覚悟するほどの魔力奉納をして午後から苺を急成長させようとするのはどうかと思うよ」
僕の突っ込みに青年アダムはサミュエル叔父を凝視した。
まさか、何も話していなかったのか。
「いや、だってアダムが入れない部屋なんだから多少無茶をするのは仕方がないだろう?シーナ殿の魔術具でトニー殿の魔力も効率よく奉納できたし、魔力奉納と祝詞を同時に行えば奉納する魔力量も制御できた。何より、王子達が温泉水を振りかけながら応援してくれたから奇襲にも耐えられたんだ。トニー殿と一緒に温泉にも入ったからもう体は何ともない!」
心配し過ぎたせいのか、トニーと温泉に入った事に嫉妬したのか、青年アダムは唇をわなわなと震わせた。
「サミュエル殿下は本日は見学だけです!」
それはそうだ、と僕達は頷いた。
「私が開発した呪文とアルフレッド殿下の魔法の杖を組み合わせたら二年分成長させられるのでは?と考えたのです」
二年?とサイラスとセドリックが首を傾げると、バーニーが苺の収穫には二年かかるんです、と小声で教えてくれた。
「興味はあるけれどシーナがいない時に魔法の杖をたくさん使うのは後で叱られそうです」
苺の成長にどれだけ魔力が必要なのかわからない上、この場で一番魔力が多そうなサミュエル叔父の魔力を借用するのは今日は止めた方がいいだろう。
潜在的に希死念慮傾向のあるサミュエル叔父だから精神的負担が大きかったのに無理してここに来ていそうだ。
掌の精霊達が淡く二回光った。
バーニーの増毛はバーニーの魔力を使用したように、温泉水と集めた精霊素と苺の苗自体の魔力で成長できるところで留めておいた方がいいだろうか?
「一回くらい大丈夫だろう?」
「一回くらいなら大丈夫です。バーニーの時は呆れられたけれど叱られませんでした」
無茶をしなければお咎めなしのはずだ。
僕の掌から新米精霊がフラフラと抜け出しサミュエル叔父の左手の甲で淡く光った。
「サミュエル叔父上左手に何か握っていますか?」
「ああ、これか。これはお守りだよ。魔法学校に入学した時に母が作ってくれたもので、効能のほどは定かじゃないが握っていと安心するんだよ」
サミュエル叔父が左手を広げるとミニトマトくらいの大きさの装飾が施された魔石があった。
「国王陛下の末っ子だけど、私の母はそれほど魔力が多くないから、息子の私が王族として期待される魔法を披露する時に少しでも足しになれば、と母が持たせてくれたものだ。今日、お前たちの応援を聞いていた時にふと収納ポーチに入れっぱなしだったことを思い出したんだ」
礼拝室で家族関係について考える機会があったから究極に魔力が必要になった時に思い出したのだろう。
サミュエル叔父上から離れた新米精霊は、苺の苗の鉢植えに向かった。
ああ、鉢植えの土は地面から離れてしまったから、今日、本格的の起動した守りの魔法陣の魔力の恩恵を直接受けないのか。
掌が二回淡く光った。
畑から切り離された鉢植えの苺の苗に魔力を直接足してあげなければまらないのか……。
「苺の苗の鉢植えにもお呪いのように小さな魔石を置いてみるのもいいかもしれませんね」
「くず魔石ならたくさんありますよ!」
バーニーがモケットから取り出した巾着袋に米粒よりも小さな魔石がたくさん入っていた。
「子供の頃から魔昆虫や小魔獣の魔石を集めるのが趣味だったのでたくさん持っています」
バーニーの半生の聞き取りの中に、キラキラした物が好きで烏のように収集していた、という話があったな。
「分けてもらってもかまわないのかい?」
「もちろんです。集めるだけで使用したことがないので王都の騎士団の寮にもたくさんありますし、実家にはそれどころではない量のくず魔石があります!惜しみなく使ってください」
バーニーの申し出でを喜んで採用した僕達は最高の条件下で苺の苗の成長検証を始めた。
僕が魔法の杖を振り青年アダムが呪文を唱えると苺の苗はみるみると成長し五枚花弁の真っ白な花を咲かせた。
やったー!と僕達は興奮したが、とある疑問が脳裏をよぎった。
無風状態の僕の部屋でどうやって受粉させるんだ!
「可憐な花が咲いたところで一つ疑問があります!風もなく虫一匹さえ入って来られない完璧な守りの結界が施されている僕の部屋でどうやって受粉させたらいいでしょうか!」
受粉?と聞きなれない言葉に首を傾げるサイラスとセドリックに、サミュエル叔父と青年アダムは、受粉か、と顔を見合せた。
「人間だって男の子と女の子が結婚して成すべき事しなければ子どもが生まれないように、植物も次世代に繋ぐ種を作るためにお花を咲いた後に結婚の儀をしなければならないのですよ」
田舎育ちのバーニーが受粉の説明をわかりやすく例えると、セドリックは、お花の結婚!と理解したが、お年頃のサイラスは赤面した。
「植物の結婚はお花が咲いた後、風や昆虫が男の子の大事な花粉の女の子の大事なところに運びますが、そういった条件が整わない環境では、人の手でお花の結婚式をしてあげなければいけません」
バーニーはおしべとめしべの話を幼児でもわかりやすいようにメルヘンチックに説明した。
筆先でこちょこちょっと雄しべと雌しべをまんべんなく擦ればいいだけなのに、毛筆文化じゃないこの世界でちょうどいい道具が思い浮かばない。
「髪の毛の先のような物でこしょこしょっとお花を触るだけでいいんだけど、何かいい道具はないかな?」
僕の例えが悪かった。
髪の毛の先、という言葉に伸びすぎたバーニーの前髪に全員注目した。
「要するに、刷毛ですよね。……そうですよね。今、誰も刷毛なんて持っていませんよね。前髪をこのくらい切ればいいんですよね」
せっかく生えそろった前髪を一房掴んだバーニーに、そこまでの献身を求めていない!と僕達は慌てて止めに入った。
「芸術を愛する私は画家を支援するために最高級絵筆をなぜか今持っている」
サミュエル叔父が収納ポーチから絵筆を取り出すと僕達は、おおー!と言って拍手をした。
詳しく聞けば金銭的援助をしたら全てのお金をギャンブルにつぎ込む画家のに援助品を現物支給するために買い漁っていた物を偶々持っていたらしい。
むらなく受粉させないと苺の形がいびつになる!と言うバーニーの指導の元、絵筆で花をコチョコチョした。
僕が魔法の杖を使用するのは一度だけという約束だったので、受粉後は青年アダムの呪文だけで苺の成長を促した。
「本当にできましたね!」
小鉢から垂れ下がる大粒の苺が赤くなると、バーニーの口は、そんな馬鹿な、と声に出さずに動いたが、僕達は素直に大喜びした。
「なるほどね。それで、種の部分をこそいだ、この白っぽい果実が苺なんですね」
夕食の席でシーナは事の顛末を聞いても叱責することなく興味深そうに赤い部分を削がれた苺を見て感心した。
凄いでしょう!と自慢したいところだが僕達は、テーブルの上のメインデッシュに目が釘付けになっていた。
「この巨大な卵焼きは、駝鳥の卵でしょうか?」
サイラスの質問にトニーとシーナは頷いた。
「右頬を打たれたら相手の顎を粉砕する一撃をお見舞いするのがラウンドール王国の流儀です」
トニーの説明に僕達は駝鳥の盗賊の大陸北西の本陣をトニーがもうすでに打ち取った事を悟った。
「駝鳥の盗賊団を唆した連中を取り逃がしてしまったけれど、これ以上駝鳥の盗賊団が砦を襲うことができなくなるくらいコテンパンにしてきたわ」
トニーとシーナの仕事が早すぎて、僕達は、そうですか、としか言えなかった。




