29 砦の地下
「新設した魔術具の結界の作動を確認できました。お仕事が早くて助かります。ありがとうございました」
トニーは大浴場をキャンセルし清掃魔法で身ぎれいにしだけで夕食の席に着いたサミュエル叔父に声をかけた。
「うむ。アダムは手慣れてしまえば仕事が早い。それでも今回は殊の外、上手くできた。アダムはシーナー殿の魔法補助をしてから調子が上がったようなんだ」
苺の発芽には時間がかかったが、傷痍騎士達との畑作りには大活躍した青年アダムの実力を知る僕達は頷いた。
キラキラした瞳でサイラスがシーナを見ている。
青年アダムの能力が向上したのはシーナの魔法のお陰というより、僕があの時に精霊素を呼び寄せたからアダムは精霊素の感覚をなんとなく掴んだのだろう。
まあ、ファンが多いシーナならサイラスがいくら心酔しても軽くいなせるだろう。
「教会の護りの魔法陣も起動していました。まだ、仮の物でしたがなかなかしっかりしていましたよ」
教会に供物を献上しに行ったシーナはちゃっかり教会の護りの魔法陣を確認していた。
「それでは、ここの礼拝室の魔術具を起動させても大丈夫だな」
新国境沿いの守りの魔術具を設置してからこの砦に守りの結界を強化する手筈が整った。
「明日に魔術具を起動させる。シーナ殿にはこれほど協力していただいたが礼拝室への立ち入りは遠慮してもらうことになる」
「心得ております」
「僕達は見学してもいいのでしょうか!」
「ああ、アルフレッドと従者セドリックと護衛見習のサイラスはいい勉強になるから見ておきなさい。……トニーは代官になるんだから魔力供給の補助をする立場ですよ」
他人事のようにサミュエル叔父から目を逸らしたトニーにこの砦の最高責任者になるのだという立場を思い出させた。
「畑作りが気に入ったから私はしばらくここに滞在する。魔術具への魔力供給は任せておきなさい」
ハハハハハ、とサミュエル叔父は豪快に笑った。
サミュエル叔父が滞在を延長するのは青年アダムに作物の成長を促す魔法を取得させたいのだろう。
「こんなおいしい匂いを食堂中に漂わせて、自分達しか口にできない状況は改善せねばならないな」
食堂中にスパイスの香りが漂っているのにカレーライスが食べられるのは僕達が連れてきた分隊と成り行きで同席したサミュエル叔父と青年アダムだけだった。
サミュエル叔父の護衛部隊にはカレーライスは残っていない。
サミュエル叔父がが畑作りに躍起になったのはお世話になっている騎士達のためなのか。
そうだよね。
働き盛りの男達にモリモリ食べさせてあげたいよね。
「揚げた豚肉を載せるカツカレーやフワフワの卵焼きを載せるオムカレーを食べたいから、養豚や養鶏もできるようにしたいです!」
初耳の料理名でも肉と卵の言葉に反応したセドリックは期待に目を輝かせた。
「守りの結界の強化が済んだ、明日以降でしたら砦の周辺を牧草地にする検証を始めても大丈夫です」
トニーの言葉に新芽のサラダ(ドレッシング抜き)を食べていたノンが嬉しそうに頷いた。
夕食後、僕達子どもとシーナは自室に下がったが大人達は酒の席になった。
「シーナ様はお酒をたしなまれないのですか?」
「お酒は好きだけど、今日はいくつか作りたい魔術具がありますから遠慮しました。みなさんは明日に備えてしっかりお休みください」
僕達は見学だけで魔力奉納はしないはずだけど、シーナがあえて、休め、と口にしたという事は何かあるのかもしれない。
「いい感じに疲れているから早く休みます!」
サイラスは僕とセドリックの頭を撫でながらシーナに返答した。
自分達の部屋に入ったはずなのに、僕のベッドにはセドリックとサイラスがいた。
セドリックはノンと一緒に爆睡していたが、サイラスはひたすらシーナを褒めちぎっていた。
僕は微睡みながらサイラスに生返事をした。
シーナに離婚歴があり成人した娘がいる事は本人から聞いた方がいいよね、と思いながら僕も深い眠りに落ちた。
目覚めるとセドリックはいつも通り僕のベッドにいたけれどサイラスはいなかった。
身支度を済ませた僕とセドリックはシーナの部屋に行き製作中の魔術具の進展状況を聞いた後、トニーと約束している訓練場に行こうとする頃サイラスと合流した。
どうやら昨夜は僕が寝落ちしたところで部屋付きの護衛騎士達にドア越しに自分の部屋に戻るようにと言われたらしい。
護衛騎士達に助言したのはおそらくシーナだろう。
早朝の稽古は軽めにしたので柔軟と打ち込み稽古だけだった。
僕とノンとセドリックで交互にサイラスに打ち込んでいったので、僕達には軽かったがサイラスに休む隙を与えなかった。
疲労回復に大浴場に行くとライオンの像の下で薄毛の騎士達が順番待ちをしていた。
精霊素をたっぷり含んだ温泉水を浴びたらきっと効果があるよ。
朝食は庶民派なところをアピールするつもりで他の騎士達と同じメニューのパンとスープと焼きベーコンで済ませた。
干し肉をじっくり戻して柔らかく煮たスープの味は悪くない。
サミュエル叔父達も同じ朝食だった。
「教会の寄宿舎では全員同じ食べ物だったなぁ。ただ、配膳の順が寄付付近の多くて上の学年の寮生から順になるので、後になるとどうも量が少なかった」
「サミュエル殿下はいつも一番最後になる寮生たちのテーブルにいって聖典の質問をするので、殿下が寮にいらっしゃった間はあれでいてかなりましな配膳だったのですよ」
ぬるっと気になるテーブルに向かう若き日のサミュエル叔父を想像した僕達は笑った。
立場の弱い新入生をさり気なく気遣うサミュエル叔父の行動を面白くないと思う連中に、年下の男児好き、と噂されたんだろうな。
「まずは全員でサラダが食べられるくらいに畑を広げたいですね」
備蓄食料にないのは新鮮な葉物野菜だ。
「ああ、畑の前に一仕事終わらせよう!」
サミュエル叔父の仕事は王族しか動かせない魔術具を設置する事だ。
立ち入り制限のある扉の前でノンを抱えたシーナに見送られ僕達は砦の地下に入った。
真っ暗な廊下にサミュエル叔父が一歩踏み込むと廊下の壁に埋め込まれている魔石が光った。
「王族と責任者しか立ち入れない場所なのに簡素ですね」
「見栄を張る必要のない場所を華美にする必要はないだろう」
サイラスの感想にサミュエル叔父は素っ気なく言った。
王族でないトニーは責任者用の魔術具のブレスレッドを装着している。
「要塞都市として発展したらもう少し整備できるでしょうか?」
土壁にほんのりと光る魔石の灯だけでは薄暗いどころか不気味な廊下に肩を竦めたセドリックが弱々しい声で言った。
「……発展したとしても後回しになるだろうね」
サミュエル叔父は装飾に興味のなさそうなトニーを見遣って言った。
移築した砦という事はここは戦争の歴史をそのまま残しているのだから変えてしまうのはもったいない。
それにこの暗い廊下はもうすでに何らかの作動している魔法陣の中だ。
壁や天井に精霊素が吸い込まれている感じがするのだ。
握った掌の内側で精霊達が二回淡く光った。
「サミュエル叔父上。壁に触れてもいいですか?」
許可を得ないで物に触れてはいけない、とシーナに念を押されていたのでサミュエル叔父に尋ねると、いいよ、と簡単に許可を出してくれた。
立ち止まった僕は精霊素が多く吸い込まれているような気配がする場所に向かってジャンプした。
ちょうどトニーの頭の高さくらいの壁に両手で触れると緻密な魔法陣の光の線が廊下中に広がった。
「明るくなったね!」
何か仕掛けがある、と踏んでいた僕はそれほど驚かなかったが、サイラスとセドリックは辺りを見回して絶句し、トニーとサミュエル叔父は魔法陣を読み取ろうと目を凝らしていた。
「アルフレッドはどうしてジャンプしてそこを触ろうと思ったんだい?」
サミュエル叔父は僕が触れた場所が魔法陣を光らせるためのピンポイントの場所だったことに気付いたのか僕に尋ねた。
「勘です!この廊下に入った時に何かが作用しているような気配がしました。何かの力が向かっている方角にジャンプして見ただけです」
嘘はついていない。精霊素の話をしていないだけだ。
「この砦の一部は神罰の時代間前の古代魔術具を使用している……」
サミュエル叔父の言葉に僕とトニーとサイラスの肩がビクッとなった。
言葉も文字も魔法陣も使用したら神罰の雷撃を食らい消し炭にされてしまうヤバい時代の魔術具じゃないか!
「ああ、問題の箇所は厳重に封印されて上書きされているから問題ない。まあ、この魔法陣の書き換えにどれだけの人数が犠牲になったのか成人後に閲覧できる王家の歴史書を見ればわかる。尊い犠牲の上に我々は暮らしているんだ」
サミュエル叔父の言葉に僕とセドリックとサイラスは無言で頷いた。
僕達は自分たちの暮らしのためにどれほどの努力と犠牲があったのかを真摯に向き合う必要がある。
「ラウンドール王国王家は自分達に都合の悪い事でも記録して残している方だと思うが、それでも文書化せず口伝で継承していた事の中に失われてしまった伝承がある」
「もしかしてこの廊下には照明の魔術具があるのに起動させる場所と方法を失念していたのですか?」
サイラスの突っ込みにサミュエル叔父は頷き入り口の扉に戻った。
扉を開けると、おかえりなさいませ!と護衛騎士達に出迎えられ、僕達全員が、違う違う、と首を横に振った。
「アルフレッド、どこかわかるかい?」
「サミュエル叔父上ここです!」
扉の横の壁にジャンプしてるれると土壁の中から魔石がはめ込まれた不死鳥の像が出てきた。
「ああ、これか」
サミュエル叔父が魔力を流すと扉の奥が明るくなった。
「照明をつけ忘れていたのですね」
絶対この結果を事前に知っていたはずのシーナが白々しく驚いてみせた。
いってらっしゃい、と再び見送られた僕達は再び礼拝所に向かった。




