23 叔父と甥
「父上の寝室に忍び込んだみたいでワクワクしますね」
キングサイズのベッドを撫でながら偽コンラッドのサイラスは言った。
「ですよね!コンラッド兄上」
自分のベッドさながらにベッドに飛び乗ったセドリックに、サイラスはアハハハハとサイラスは笑った。
「この部屋で私をコンラッドだと思っているのはセドリックだけだよ。ノンだって入れ替わっているのに気付いていたでしょうね」
サイラスの問いにノンは頷いた。
セドリックは僕とトニーとシーナを順番に見回した。
精霊達から聞いているシーナはとっくに知っているだろうが、トニーの笑顔は双子の入れ替わりを今知ったのに調子を合わせているだけのように見える。
「ええ!兄上は入れ替わっていたのですか!ええ?何でそんな面倒な事を!サイラス兄上として騎士見習いになればいいじゃないですか!」
セドリックのもっともな指摘に僕達は頷いた。
「双子の弟は何かと気を使うんですよ。騎士見習いとしての初の遠征はコンラッドの方が跡継ぎ候補として見栄えがいいでしょう?」
サイラスの説明にサミュエル叔父のように控えめに有能になる事を目指しているセドリックはそうか、と頷いた。
「コンラッドは留学試験の試験勉強のために王都に残ったんですよ。父上は試験の成績次第で留学先を決めるので、コンラッドが希望する留学先に進学するために、今頃死に物狂いで勉強していますよ」
ブライアン伯父上は子ども達の適正に合わせて育てる教育方針だったな。
王族の地位で教師に忖度させずに実力で合格基準に達しないとブライアン伯父上は認めないのだろう。
「コンラッド兄上はどこの国に留学なさるのですか?」
「それはまだ内緒ですね!」
「サイラス様は留学しないんですか?」
「王族は留学我を推奨されていますが、私は……短期留学しか検討していません。シーナ様はどちらの国の魔法学校に進学されたのですか?」
サイラスは僕の質問をはぐらかしシーナに話を振った。
「私が魔法学校を選んだ理由は、欲しかった薬草の群生地が近かったから、という単純な理由ですから殿下の参考になりませんよ」
シーナらしい選択基準に僕達は笑った。
「コンラッド様と入れ替わってまで騎士団に潜り込んだのはなぜですか?」
単刀直入にサイラスに尋ねた。
「アルフレッド様とセドリックが心配だからですよ。まあ、シャオ王国からトニー殿とシーナ様だけを伴って旅をしてきたアルフレッド様は大丈夫でしょうが、付け焼刃の修行しかしていない従者見習いのセドリックが夜泣きでもしているんじゃないかと気が気じゃなかったのです」
「夜泣きなんてしていません!」
力いっぱい否定するセドリックの頭をサイラスはぐりぐり撫でまわした。
「王都の魔法学校の寮の怪談話に、真夜中にすすり泣く少女の声が聞こえる、という話があるのですが、実際は声変わりする前の寮生の夜泣きです。毎年誰かかれが夜泣きをするので、三階のマリーちゃんと呼ばれていますよ」
サイラスの話にトニーは笑いながら頷いた。
「「三階のマリーちゃん?」」
「……!!」
「新入生は寮の三階があてがわれているから、自宅が恋しくて泣く子をまとめて、マリーちゃん、と呼んでいるのです」
「初級魔法学校から寮に入る生徒は田舎では相当期待されているでしょう。だから、誰が泣いたのかを特定せずに、今夜もマリーちゃんが出たね、とぼかして言う習慣があるのですよ」
トニーの説明にセドリックは納得した。
「サイラス兄上!僕は洗礼式前ですが、毎日が楽しくて夜泣きをする暇がありません」
「ああ、大叔父上から話を聞いて納得したしましたよ。三人と一匹でトニー殿から一本取れるようになるまで稽古をしていたら毎晩ぐっすり眠れるでしょうね」
汚いやり方で一本取っている僕達は、ハハハ、明日は出発日だから稽古はしません、と笑って誤魔化した。
「それで、セドリックの部屋はどこなのですか?」
ベッドからはね起きたセドリックが、ここです!と続き部屋の扉を開けるとサイラスは爆笑した。
「アハハハハ。アルフレッド様が主寝室でセドリックが本妻の部屋なのか!毎晩セドリックが押しかけてきて、アルフレッド殿下のベッドで寝落ちしていそうですね」
「はい。自分のベッドで寝た日も朝起きたらここで一緒に寝ています!」
「セドリック、それでは従者見習いじゃなくて妻候補じゃないか!」
サイラスに突っ込みにトニーとシーナが噴き出した。
「サイラス殿下。実は私がアル様の乳母の役目もあるでは、との気遣いで、当初、私があの部屋をあてがわれていましたが、アル様は自立なさっていますからセドリック様をアル様のおそばにした方がいいと助言させていただきました」
内情を暴露したシーナの発言に、そうだったの!と僕とセドリックは驚いた。
「そうでしたか。そういえば私も幼いころはコンラッドの部屋に忍び込んで一緒のベッドで寝ていましたね」
サイラスの打ち明け話にセドリックは、兄上達も同じでしたか、と喜んだ。
その晩、身内にはバレているのにコンラッドのふりをするセドリックの本意は明かされなかったが、兄弟仲の良い姿を見て僕達は和んだ。
大勢の領民たちに見送られて僕達は出立した。
沿道で見送る観衆たちは王家と公爵領の騎士団の合同での遠征をまるでパレードを見送るかのように盛大な声援で送り出した。
正式に騎士団に所属しておらず僕個人の護衛であるトニーが代官になる新領土は、未来の公爵の僕の飛び地の領地だ、と斜め上の解釈をした大叔父の策略せいだった。
出世欲のないトニーは将来的には公爵領になればいいとでも考えているのか、公爵領の騎士団員の人数が増えても気にしていなかった。
「サミュエル叔父上に功績を横取りされないように手を打ってくださったのでしょう」
騎士見習いのはずのサイラスは従者見習いのセドリックと共に僕の馬車になぜか同乗していた。
どうやら弟に同行したくて騎士見習いになったのは事実のようだ。
「サミュエル叔父様は出過ぎた真似はしない人です!」
セドリックは青年アダムにはまだ警戒しているがサミュエル叔父にはすっかり心酔している。
「うわー。セドリックもやられたか。サミュエル叔父上が私達に悪意を持って接していない事は理解していますし、私自身も強烈な悪意を持っていないのですけれど、どうも苦手なんですよ。つい先日まで敵意はないけれど警戒を怠らなかった人物が、ある日突然、サミュエル叔父上を称賛し始める事が、多々あるんですよ!」
サイラスが警戒していたのはサミュエル叔父が僕達に与える影響力だったようだ。
「うーん。のらりくらりとした方ですが信念がしっかりしていて、そこのところは信頼が置けるのですよ」
僕の言葉に、確かに父上も信頼している、とサイラスは頷いた。
「サイラス様はご自身の家族をもっと誇りに思っていいと思います。父の側室に殺されかけて逃げ出した僕には、皆さんは眩しいぐらいの人格者ですよ」
悔しそうな表情だったサイラスはハッとして僕を見た。
「尊敬するのは国王陛下夫妻ですね。両陛下が子ども達を自身の後継者だという視点を度外視しする場を設けて、平等に愛情を注がれたから異母兄弟の争いがないのですよ。僕はですね、両陛下が自分の祖父母だという事実が嬉しくてたまりません」
この場で詳しくサイラス達に説明できないが、僕と異母兄弟の関係からは考えられないくらい、サミュエル叔父とブライアン伯父上一家は信頼関係がある。
生さぬ仲の兄弟が僕の母を巡りそれなりの確執がありながらもお互いがお互いを気遣っている。
前世の記憶を思い出す前の僕は異母兄弟を歯牙にもかけていなかった。
離宮の遠い部屋に住んでいる男の子だけど、男の子のお母さんが怖い人だから気にしない方がいい、としか考えていなかった。
今はといえば、僕の身代わりにされたのだって本人の意思じゃないだろうから罪に問われなければいい、と考える程度だ。
「僕の異母兄弟の母親は犯罪者ですけど、弟には罪がないです。僕の母上は、子どもには罪がない、と言っていたらしいですね。だからといって僕が弟とこれから交流を持ちたいとは思わないです。誰かが間に立ってとりなしてくれない限り会いたいとも思いません。ラウンドール王家がこうなっていないのは両陛下の心配りのお陰でしょうね」
僕の説明に、話の半分でも理解していればいい方なセドリックが大きく頷き、サイラスは複雑そうな笑みを浮かべた。
あれ?
もしかして、サイラスが心配しているのは、年下好きの(それは誤解)男色家のサミュエル叔父上の毒牙に僕とセドリックがかかると思って心配していたのかな!
ヘンタイサディスト未満の叔父は本物のヘンタイになる前に軌道修正ができたんだよ!
僕の新米精霊さん!
ほんの少しだけサイラスに癒しをかけてあげて!
おっと、他の精霊達は手を貸さなくていいよ。
ほんの少しだけサイラスの心労が癒されればいいんだ。
小さな精霊がよろよろとサイラスの方に行く気配がした。
……ぜんぜん癒されていないよ。
ノンがつぶらな瞳で僕に言った。
それでいいんだよ。
事実はサイラスがサミュエル叔父に会えばわかる。
今はサイラスが不自然に絶対的な安心感が湧くより、どことなく不安な気持ちを抱いたまま馬車に同乗していてほしくないから、ほんの少し心を軽くなってほしいだけなんだ。




