19 青年アダムの魔法
「終わりました」
青年アダムがそう言った時、十二回も書き続けていたので僕の手はペンを持ったままの形で強張っていた。
左手で右手の指を反らすストレッチをしても指先の感覚がおかしい。書いている最中は夢中になっていて全く気付かなかった。
「お疲れ様でした」
僕を労ったシーナは口元を隠して僕に回復魔法をかけてくれた。
「ありがとうございました!予想以上にたくさん書けたので嬉しいです!」
青年アダムに両手を差し出して握手した。
一枚の紙にたくさん書けるようになった喜びと、シーナなら一瞬で終わる詠唱魔法をじっくりと見せてもらえたので、僕は興奮状態だった。
「たくさん書けるようになったのはシーナ様の魔法で、僕はインクを沈めて重ねるお手伝いをしただけです」
「ああ、うん。シーナが凄すぎて詠唱魔法をじっくり目にする機会がなかったから、初体験で楽しかったです!」
青年アダムの呪文はごにょごにょ言っているだけで聞き取れなかったけれど、手元で魔法が発動する様子を体感すると気付いたことがあった。
「アルフレッド様。お湯を沸かし直したのでこちらでお茶を召し上がってください」
従者見習になりきっているセドリックが領城の使用人が用意したお茶を僕に勧めた。
「毎回こんなに時間がかかるならあまりいい魔法じゃないですよ」
待たされたセドリックは小言を言う時の家庭教師を真似て左眉を上げた。
「お待たせして申し訳ありません殿下。私が修得しましたから次は短い呪文で済みますよ」
「うーん。やっぱりアダムが介入するとシーナ様には解読されちゃうかぁ」
シーナが従者見習い役のセドリックに対して口にした言葉にサミュエル叔父が反応した。
セドリックは、簡単にまねされちゃうんだ、と言いたげな視線を青年アダムに向けた。
「もともとシーナ様の魔法なので解読されて当然です」
「他人の魔法に介入できる魔法が希少なのです」
シーナはセドリックに、青年アダムの能力を侮らないように、と釘を刺していた。
僕はといえば甘いクリームをたっぷり入れたお茶を飲んで脳に栄養をあげたくなるほどまだ興奮していた。
だって、たぶん、青年アダムの魔法をアップウの呪文で僕も使えるようになったんだもん。
これで、僕一人でも紙がインクを沁み込める限度量ぐらいの文字を書き込めるだろう。
他にも青年アダムの魔法についての気付きがあった。
後でトニーとシーナに質問しよう。
従者見習いセドリックがどこまでもついてくる。
食事の席では従者見習いではなく王子セドリックとして領城の従業員たちにお世話されるが、入浴では僕の世話をしたがり、妥協案として結局一緒にバスタブに入ることになった。
だってね。
バスタブに入る前に清掃魔法をかけてノンと一緒に入るんだよ。セドリックにタオルを持たせているだけなんて楽しくないもん。
未来の侯爵という事で主寝室をあてがわれ、従者見習いセドリックの部屋はなぜか僕の寝室と扉一枚で繋がっている部屋だった。
その部屋は僕の未来の妻の部屋だよね。
セドリックは毎晩、お泊り会よろしく僕の寝室でお喋りしながら寝落ちして朝までぐっすり眠ってしまうのだ。
幼児二人で寝ても広すぎるキングサイズのベッドだから、スペース的には問題ないけれど、アップウの呪文の内緒話ができない。
効能が薄くなった温泉水で癒されているとはいえ僕の日課に付き合うとセドリックにはハードスケジュールだからバタンキューなんだよね。
すやすやと眠るセドリックのほっぺたを突いても全く気が付かないほど熟睡している。
「内緒話をしてもいいかな?」
「「待ってました」」
「……!」
三人と一匹は窓際のサイドテーブルのソファーに集まった。
アップの呪文を唱えると精霊達が煌めいて僕の座るサイドテーブルの周りの音を遮断した。
「いい感じにできていますよ」
「精霊達が出現した方が強固で正確な魔法が行使できるんだよね」
「目くらましの魔法を重ね掛けしておくわ」
トニーと僕とシーナは打ち合わせをしていなかったのにもかかわらず精霊達を隠す方向で手際よく動いた。
「アダムさんの魔法は時間がかかった分、じっくりと観察できたんだ。それでね、気付いたことが二つあるんだけど」
「あの興奮ぶりから後で質問があるだろうと踏んでいたよ。それで?」
シーナが話の先を促した。
「一つは、アダムさんの魔力干渉ってアダムさんの魔力が僕達の魔力と混ざるのではなく、僕達の魔力が魔法になる時に滑らかになるようにしているだけなんじゃないのかな?」
僕の疑問にトニーとノンは、そうなのかい?とシーナを見た。
「うわー、そう感じたんだ。あの祝詞はね簡単の言うと、私の魔法でお力を借りている神々にアダムの魔力を神々の捧げ、私の魔法が効率よく作用するように祈った言葉なの」
「効率よく魔法が作用するように応援しているだけなのか?」
「……!」
トニーとノンはあんなに長い祝詞の内容が神頼みだったことに驚いた。
「いつも通りの精霊達が僕の魔力でインクを沈める魔法で……神通力みたいな存在を感じる事はなかったんだ。だけど、精霊達じゃない何かが、こう、指先に集まって、ペン先のインクの滑りがよくなったんだよね」
「うん。正解!神々がいちいち人間の願いを叶えてくれるわけないでしょう?私達だって神々の意向は上級精霊様を通して知ったように、神様の名前とその神々にまつわる逸話を交えて魔力を捧げて祈ると神々が応えてくれわけじゃないのよ。ただ、精霊の元みたいな存在が集まってくるのよ」
精霊の元?と僕達の頭に疑問符が浮かんだ顔をしていると、寝室にいる精霊達は、正解!と二回点滅した。
「魔法陣の魔法だろうが、詠唱魔法だろうが、使用者の魔力以外に、精霊の元、族長は、精霊素、と呼んでいる存在があるのよ」
僕とトニーとノンは部屋中を漂っている精霊達の間に、もっと細かい存在があるのか、と視力強化で探してみた。
「ハハハハ。空気が目に見えなくても存在しているように精霊素もそこら中にあるのよ。ただ、精霊素が濃い場所があって魔法を行使しやすいから聖地なんて呼ばれるのよ」
「じゃあ、アダムさんの祝詞で精霊素が集まって魔法効果が高まったの?」
「そうよ。ニーナもそうなんだけど精霊素が溜まるポイントを無意識に把握してそこに行くことが多いから精霊の誕生の瞬間に普通の人より多く立ち会うから、精霊達に好かれやすいのよ」
精霊たちが二回点滅した。
「精霊魔法を行使するほどではないけれど精霊素を集めて魔法効果を高めていたのか」
なるほどね、とトニーは感心したが、僕は納得がいかなかった。
「それなら自分の魔法も効果抜群になるんじゃないの?」
アダム自身の魔法が他の人より抜きんでるはずじゃないか、と指摘するとシーナは首を横に振った。
「アルだって、アップウの呪文に苦戦しているからわかるだろう?まず、アダムさんがそこら辺にいる精霊達が協力したいと思うような人物かい?」
うーん。
青年アダムの人柄なんてわからないけれど、精霊達の情報では噂に惑わされやすいM気質の中級魔導師か……。
「積極的に精霊達が干渉していないのはアダムさんにとっては幸いなんだよ。トニーが精霊達の干渉で男性機能を失ってしまったように、理解していないのに精霊達の干渉を受けるとろくなことにならない」
シーナの指摘にトニーの周りの精霊達が、申し訳ない、と弱々しく光った。
「長い祝詞でようやく精霊達が精霊素を集めて魔法効果を高めた、ということかい?」
「ええ、そうよ。今回は紙とインクの限界まで文字を書き込めたの」
「あれ?素材の限界まで魔法を行使してしまったなら、もしかして、劣化が早くなっちゃうかな?」
「私もやったことがないからわからないわ。大事な記録は劣化防止の魔術具で保管して、そうじゃないメモ紙でどこまでもつか試してみましょう」
検証は必須だよね。
ああ、もう一つやってみたいことがあったんだ。
「それでね、もう一つ相談したいことなんだけど、僕も精霊素を集められると思うんだよね」
「「何だって!」」
トニーとシーナとノンが僕を凝視した。
「そんなに驚かないでよ。今回は勝手に試してみないでちゃんと相談したじゃないか」
僕は先に集まる何かの存在を感じてから、おいでおいで、と呼びかけたら集まってきた感じがしたんだもん。
あれ?
もしかして、僕が精霊素を集めたから青年アダムの予想より多く文字を書き込む回数が増えたのかな?




