9 王家からの褒賞
ヘンタイサディスト未満の叔父はすました表情で愉快な想像をする人だ。
「世界中で女児の出生率が低下しているままなので、私は身の安全のために男装の技術が向上してしまいました」
シーナの軽口にみんなが笑ったので僕とノンは心置きなく腹筋を揺らした。
「そうなんだ。それこそ此度の褒賞について様々な検討したのだが、緑の一族出身のシーナ殿は貴族の地位も土地も受け取らないだろう、という事で国宝級の魔術具の貸し出しにしたらどうだろう、という話になったんだ」
「シーナ様に直接お尋ねするのがいいでしょう、と話を止めていたのです」
祖父母の話にシーナは、はあ、と曖昧に相槌を打った。
「この度の叙勲でラウンドール王国で貴族相当の扱いをしていたける勲章を賜りましたから、私はそれで十分です」
「そうおっしゃるだろうから、シーナ様がご興味を持ちそうな品を用意しましたのよ」
祖母の言葉に合わせて侍従が前世のゲームで見るような豪華な装飾が施された宝箱を運んできた。
「変装のマントです。シーナ様の変装の魔法は一部に人間には効果がないようなので、こちらの魔術具のマントでしたらどのような人間にも変装した姿で見えるので、重宝なさるかと思いますわ」
精霊魔法で男装しているシーナは精霊達をぞろぞろと引き連れている僕達には初見から変装の魔法が効いていなかった。
祖母が宝箱から取り出して見せたマントをシーナが着用したら精霊達の干渉を排除できるのだろうか?
そのような貴重な品を借りるわけにはいかない、と断るシーナに、王宮で保管していても市中にお忍びでナンパに出かけようとする王族に持ち出されるだけだからかまわない、と祖父も軽口で応じた。
「シーナが使う方がこのマントも魔術具冥利に尽きるでしょう?」
固辞するシーナに軽口で説得を試みると、しぶしぶシーナは頷いた。話を先に進めるためには受けるしかなかったのだろう。
「これをシーナ様に受け取っていただけないと、魔法剣士トニーとの釣り合いが取れないんだ」
祖父に話を向けられたトニーは目を見開いた。これ以上、伝説の魔術具を賜りたくないのだろう
「魔法剣士トニーも褒賞を断る気質だが、どうにもこれは褒賞と言うよりいささか厄介事を押し付ける形になるかもしれない」
祖父は率直に話を切り出した。
「此度の割譲した土地はしばらく王家の直轄地になるが、温泉の湧き出た場所をトニー殿一代限りとして治めてほしいのだ」
話の大きさにトニーは顎を引いて目を丸くした。
「私はメリーアン王女殿下亡き後も魔法剣を賜っているだけで十分でございます!」
「いや、なに。魔法剣士の名声を利用して直轄地の代官になってほしいのだ。あの温泉地は、今はまだ臍をかんでいる隣国だけでなく、近隣諸国と同盟を組んででも手に入れたい、と考える国がいるだろう。無敵の魔法剣士トニーが代官で、緑の一族が時折立ち寄る温泉地を支配下に置きたい勢力の牽制になればいいんだ」
「ぶちゃけてしまうと、国土が広がった直後は国全体の守りの魔法陣を構築し直さなければならないから、脆弱な箇所が狙われやすいんだ」
効能あらたかな温泉の噂が広まればそこを巡って更なる戦争の火種になりかねない上に、国を護る魔法陣を描きかえている最中ならなおさら狙われやすいだろう。
活火山のトニーが在中しているとなれば迂闊に攻め込んでくる国はいない、という算段か。
国王陛下の勅命が下ればトニーは断れるのだろうか?
命からがら逃げてきた可愛い孫の最強の護衛を奪わないで!と目を潤ませて祖父母を見上げた。
祖父母と伯父上夫妻は僕の無言の懇願に心配したように眉間にしわが寄り、ヘンタイサディスト未満の叔父は僕をじっと見た。
「陛下、シャオ王国暫定国王からアルフレッド王子の身柄引き渡し請求が来ていましたよね。そんな中、出生時からの護衛を引き離すようなことがあっては、暫定国王からアルフレッド王子への虐待を疑われかねません」
ヘンタイサディスト未満の叔父が口を挟んだ。
「いや、アルフレッド王子とトニーを引き離すつもりはない。公爵領はアルフレッドが行かなくても魔力は足りている。アルフレッドがトニーと温泉地に滞在するだけで、王族のみが起動できる簡易の守りの魔術具を使用できる」
なんだ。僕もトニーと一緒に温泉地に行けるのなら、話は変わる。
伯父上の離宮暮らしは快適で楽しいけれど、ラウンドール王国の王座に興味のない僕は王太子離宮でこれ以上優秀さをひけらかしたくない。
今はまだ、旅の苦労で賢くなった外国生まれの王子キャラでいらるけれど、人生二周目の僕は未成年のうちはどうしたってアドバンテージが高すぎる。
コンラッドとサイラスより優秀だなんて言われるようになると、僕が王位に就くことを期待する勢力が現れるだろう。
そうなる前に王都から脱出して田舎の魔法学校に引き籠ってしまうのもいいかなと考えていた。
今一時、神童扱いされたって、しょせんアップウの呪文が使えるとはいえ僕は二十歳過ぎたらただの人になって長生きするつもりだ。
王都で悪目立ちする前にトニーと温泉地に行けるのなら望むところだ。
「国の守りの魔法陣が施工されるまでの期間でしたら私が行きますよ。王族が起動させられる簡易の守りの魔術具に魔力を提供するのなら、洗礼式前のアルフレッド王子より私の方が適役でしょう」
ヘンタイサディスト未満の叔父の叔父が物凄く真っ当なことを言うと、祖母と叔母が眉をピクっとさせた。
あれ?これは、僕とトニーにかこつけて女性達は温泉地に保養目的で押し掛ける算段だったのかな?
「死霊系魔獣の危機は去ったとはいえ、再び戦地になりかねない場所は其方には不向きな任地ではないか」
確かに、芸術を愛する文系の王子が赴く先ではない。
「それを言い出したら、洗礼式前のアルフレッド王子が行くところでもないでしょう。大丈夫ですよ。私が動けば教会側が動きます。被災地の新たな教会の設置に教会の上層部が動くので、私が行く先で紛争を起こそうとすれば、その国に派遣されている司祭たちの格を落とすぐらい簡単にできます」
教皇猊下が直接取り仕切っているから被災地に実力のある教会関係者が集結するはずだけど、教会に籍を置いていたヘンタイサディスト未満の叔父の叔父が赴いたら、教会での叔父の権威があるように見えるだろう。
なかなか強かな提案だ。
シーナはやや顎を引いて少しだけ首を傾げた。
叔父の提案を精霊達は予測していなかったのだろうか?
掌の精霊達が淡く二回点滅した。
掴みどころがない人物の未来予測は難しいのだろう。
いや、教会側の動きに上級精霊様がかかわっているから温泉地の動向を精霊達には予測できないのかな。
僕が叔父とかかわらないようにするためには、温泉地で遊び暮らす生活は諦めた方がよさそうだ。
「叔父様がそうおっしゃって暮らさるのでしたら、僕は……」
「いや。新たな領地に基盤を敷くのに教会頼みの印象を醸し出すのは危険だ」
祖父が僕の言葉を封じた。
これでは事実上の勅命ではないか!
「教会側もあの温泉地を聖地にしたいでしょうから惜しみなく人材を派遣するでしょうね」
シーナはラウンドール王国が教会での影響力が増すのではなく教会がラウンドール王国に強く出られる足がかりになるかのように含みのある言い方をした。
詠唱魔法を独占する教会と魔法学校を取り仕切っている貴族社会は対抗意識が強いんだっけ。
「魔法剣士トニーは状況が落ち着けば代官の代理を立てればいいので、此度の褒賞としてこの話を受けてくれないだろうか?」
「……検討させてください」
即決を避けたトニーに祖父は頷いた。
「アルフレッドへの褒美はお小遣いの増額でいいかい?」
祖父の言葉に、はい、と笑顔で即決した。
「ノン殿には、レースをふんだんにしようした新しい衣装をあつらえてあげますわ。アルフレッドとお揃いよ」
僕とお揃いという祖母の言葉にノンも即座に頷いた。
「勲章だけでなく褒美があることを事前に教えてくれてもよかったじゃないですか!」
帰りの馬車で伯父上夫婦に食って掛かると、二人は苦笑した。
「だって、アルはお小遣いなら受取るだろうけど、トニーとシーナは断るだろう?王家としては二人に名誉以外の物を与えたかったんだよ」
「だって、アルとトニーが温泉地に行くのなら、私達も時間を作って遊びに行けるでしょう」
ブリジット妃はやっぱり温泉目的だった。
いや、王太子一家が温泉地に滞在するために、と予算を回してくれるための口実だろう。
「温泉で灰を波にしていた魔法をもう一度見たいな。あれは緑の一族の族長の魔法だったのかい?」
おや?叔父上。ブリジット妃の前でカカシの話をしてもいいのかな?
「あれは、とある秘密の村に立ち寄った時にもらった魔術具で遊んでいると、大人達も遊びたくなったから土魔法と水魔法の組み合わせで波を作って遊んでいたのですよ」
アップウの呪文については伯父上一家にも内緒だからシーナの魔法という事にしていこう。
「見てみないと、いったいなんのことなのかさっぱりわからないのですが、シーナ様は凄いのですね♡ 」
なるほど。ブリジット妃の新たな推しのシーナの話題を多くしてほしい、という伯父上の配慮か。
温泉地に行ったら何がしたいか、を話しているうちに馬車は離宮に到着した。
「トニーとシーナは第二王子からお茶会の招待状を受け取ったの!」
僕達の馬車が出た後、自分たちの乗る馬車を待っていたトニーとシーナは追いかけてきた第二王子に捕まったらしい。
「従者たちの様子から鑑みると、第二王子殿下はその場の思い付きで行動に出たようです。アルフレッド殿下にお伺いしてから返事をします、と保留にしています」
「うーん。面倒くさいな。熱を出したことにして断れないかな?」
「そうすると第二王子は見舞いに来るね」
シーナの言葉に、だよねー、と僕は頭を抱えた。
「第二王子殿下との面会が嫌なら、王太子殿下に頼めば確実にお断りしてもらえますよ」
「もしかして、母に会いに来た叔父上をブライアン伯父上が追い返していたの?」
僕の疑問にトニーは頷いた。
「いきなり僕を監禁することはないだろうから、お茶会くらいいいかな、とも思うんだよね」
どういった心境の変化か?とトニーとシーナは僕を凝視した。
「精霊達の情報で、叔父に執着されると監禁されて死を選ぶことになるって話だったけど、たぶん未来が変わっている、と思うんだ」
斜め上を見たシーナは頷いた。
「未来は確かに変わっているけれど、その路線がないわけではないわ」
「うーん。そうか。ほら、ニーナが僕に会う前に精霊達からの情報で僕のことをヘンタイだと勘違いしていたけれど、会ったら誤解が解けたじゃない。……なんかね、言いにくいんだけど、僕の親戚ってみんな癖が強いから全員、見方によってはヘンタイなんじゃないかと……」
王族がヘンタイだらけだ、という言葉に同意できないトニーは目を細めて唇をかみしめた。




