5 僕とノンとセドリック
「セドリック。いい勉強になっただろう?」
「はい。父上。アルフレッド様は私と体の使い方が全く違っていました!」
朝食室でトーストとベーコンエッグを頬張っていてもいまだ興奮が覚めないセドリックの言葉に子ども達が頷いた。
「「全身の身体強化がほぼ均一なのかと思うほど身体強化をしている部分がわかりませんでした」」
声を揃えるコンラッドとサイラスに僕は微笑だ。
セドリックの身体強化は筋肉に魔力を込める昔のトニーのやり方で、双子達も身体強化のやり方はその方法しか知らないのだろう。
「そうですね。鬼ごっこの場合はどんな態勢でも反応できるように全身に身体強化をかけています」
「それにしてもしなやかな身体強化でしたわ。私も見習いたいです」
「イザベラ様も護身術をされているのですか?」
「私は女性騎士を目指していないので、万が一のために受け身を中心に訓練しています。アルフレッド様の全身の身体強化は、私が二地経生活で苦手な方が至近距離に来た時に着い身を引いてしまう癖を直せそうなので、是非、身につけたいです」
イザベラは斜め上の目的で身体強化を使用したいと言うと、王太子一家は、イザベラに不快感を与える奴は誰だ!と色めきだった。
「ちょっと嫌みの強い方の側にいると強張ってしまうだけですわ。どんなときにも動じないメリーアン王女様のような淑女になりたいだけです」
「立派な心掛けですわね」
ブリジット妃は言葉に王太子一家は笑みを浮かべたが、王族スマイルの目元は笑っていなかった。ブリジット妃の実家の侯爵家に、時期を見計らってがさ入れしたように、イザベラを不快にさせた人物は洗いざらい調べられ何らかの処置がされるのだろう。
母の元親衛隊のブリジット妃の影響で王太子一家は僕に好意的だが、敵に回ると怖そうだ。
ラウンドール王国での僕の後ろ盾の一家だからこのまま仲良くしていたいものだ。
「公の場に出る時に身体強化で姿勢を保つのはいいですね。イザベラ様が先生のお行儀の授業の時にやってみましょうか?」
「まあ、それはいいですね。初回の授業は是非見学したいので……そう、午後のお茶の時間なら都合がつくようですわ」
ブリジット妃付きのメイドが話の途中で妃のスケジュールを妃の背後で囁くと、妃は即座に予定を入れ替えた。
双子達もメイド達に何やら囁いている。きっと見学するつもりだ。
「私は公務が立て込んでいるから、残念ながら無理そうだ。晩餐で様子を教えておくれ。ああ、見送りはいらない。それぞれゆっくり食べてくれ」
伯父上はそう言うと、食後のお茶もそこそこに退出した。
「アルフレッド王子殿下、正解です。セドリック様は半数ほど正解です。全部正解するまで解き直してください」
セドリックの家庭教師は二ケタの足し算で苦戦するセドリックに丁寧に教え直した。
人間人生二回目の僕は四則演算なんて楽勝だから、セドリックの訂正を待つ間、ノンに計算を教えていた。
ノンは僕が教えなくても数の概念があったので、もっぱら苦戦しているのは二本の前足でチョークを持って机の上の黒板に答えを書く作業だった。
「ねえ、シーナ。木刀みたいにアンクレットの魔術具で足首にチョークを固定できないかな?」
「できます」
僕の護衛としてセドリックの勉強部屋の隅でノンの学習を見守っていたシーナに声をかけると、シーナは即答した。
十の位と一の位をひっくり返して足してしまう癖を直していたセドリックと指導していた家庭教師の首が伸びた。
シーナは収納ポーチから粘土のような物を取り出すとチョークの下半分に取り付けた。口元を隠して詠唱魔法をかけると粘土はうっすらと光って固まった。
セドリックと家庭教師だけでなく僕とトニーとノンもシーナの手元に釘付けになった。
「「詠唱魔法は初めて見ました!」」
セドリックと家庭教師の声が揃った。
「これは、粘土を硬化させる魔法と魔法陣を刻みつける魔法を同時に行っているようですね。いくつかの呪文を組み合わせた詠唱魔法で、上級魔導師でも一部の人しかできない特殊な魔法です」
トニーの説明にシーナは頷いた。
「簡単な魔術具ならこれでできるけれど、耐久性がないから後でしっかりした物に作り直してあげましょう。とりあえず、これをアンクレットに装着すれば……」
シーナがノンの右前足のアンクレットに装着するとチョークがアンクレットの中に消えた。
「収納魔法の応用ですか!」
「違います。収納するというより形を変えているだけです。ほら、デザインが左右で変わったでしょう?」
シーナの説明にノンはアンクレットがよく見えるように両前足を伸ばした。
チョークが収納された右前足のアンクレットの方が豪華なデザインになっている事を確認した僕達は、ホゥと声を上げた。
トニーは小さく首を横に振った。
「これは凶器発見用の魔術具の検査をすり抜けてしまう装備です!」
「うん、だから、武器としてはお粗末な素材しか使用できないようにしてありますよ」
「居眠りしている生徒をチョークで攻撃するのかい?」
セドリックの突っ込みに僕達は声を上げて笑った。
「私は殿下にチョークを投げつけませんが、間違いが直るまで算数の時間は終わりませんよ」
家庭教師が話を戻すとセドリックは項垂れた。
ノンが右前足をシャキーンと伸ばしてポーズを決めると、飛び出したチョークが足首に固定され、ノンはすらすらと回答を机の上の黒板に書き始めた。
「ノン様。正解です」
兎に負けた!とセドリックは悔しそうに声を上げると、指を数えて間違いを探し始めた。
それからノンとセドリックが計算の競争を始めたので、セドリックの計算能力が一気に向上した。
計算基礎は脳筋よろしくで反復練習を繰り返すと習得が早いんだよね。
「まあ、それではセドリックの数字の桁が入れ変わる癖はすっかり治ってしまったのですか!?」
お行儀の授業を兼ねたお茶の席で教師役のイザベラが大きな声を出してしまい、ブリジット妃の左眉がピクッと震えた。
「歓談が進んで声が大きくなる事もあるでしょうが、貴方の立場なら、フフフ、と微笑む程度に抑えましょうね」
「「「はい」」」」
イザベラと僕とセドリックは同時に返答した。
「まあ、家族ばかりのお茶の席ですから、弟の成長を喜んでしまうのは仕方ありません」
「あの、セドリックが一日で計算の悪い癖が取れたと聞けば、僕も声が出そうになりました」
午前中も一緒にいたかった、とお茶の席で合流したコンラッドとサイラスが嘆いた。
「ノン様でしたら、そのうちカトラリーも自在に扱いそうですわね」
子ども椅子に座り水の入ったカップに顔を寄せてちびちびと水を舐めていたノンは顔を上げるとイザベラを見て首を横に振った。
「いえ、ノン様はそのままで十分愛らしいですから、フォークで人参を食べる必要はありませんわ」
ブリジット妃の言葉にノンは頷いた。
「アル様も、セドリックもテーブルに向かう姿勢は合格です。アル様はお話の内容に頷くときに少し顎を引いて頬の上のお肉を目元に近づけるように微笑まれると完璧になります」
ブリジット妃から完璧な王族スマイルの指導が入った。
頬の上の筋肉を意識すると顔が引きつりそうになる。
「まぁ!素晴らしい角度ですわ♡ 柔和でいて知的な微笑です。セドリックは顎を引いてはいけません。首のお肉がぷにょんとしているのは一部の人間には可愛らしく見えますが、だらしない微笑に見えてしまいます。顎を引くのではなく、首の後ろを持ち上げるようにすると……そうです。首回りがすっきり見えますよ」
二十顎の指摘が入ったセドリックがうなじを上げると顎のお肉が潰れずに顔がやや下向き加減になった。
「はい、その姿勢のままゆっくり魔力循環をしてください。今の姿勢で力が入っている箇所を魔力に覚えてもらいましょう」
シーナが王族スマイルを保っている僕の代わりに説明した。
全員無言になり魔力循環と身体強化を同時に行うことに集中していた。
僕はお喋りしながらでもできるけれど、ニーナが魔力循環に苦戦していたことを参考にして一度にたくさんのことを求めず、僕も初心者のように振舞いお手本に徹することにしたのだ。
一石二鳥どころか三鳥も四鳥も効果のある魔力循環の効果の身体強化だけ王太子一家に伝授するのは、今後ともよろしくお願いします、という下心がある。
常時、上手に魔力循環をするようになれば魔力漏れが防げることや、魔力圧縮が楽にできたり魔力が増加したりする事は自分たちで発見してほしい。
「ブリジット妃殿下は完璧です。全身に魔力が循環した状態でほど良く身体強化ができています。コンラッド王子殿下とサイラス王子殿下はもう一歩です。体毛の先まで魔力を循環させてください。そうです。身体強化は強すぎです。筋肉に魔力を揉めようとせずに、魔力を流すと筋肉が活性化するようなイメージで……そうです。お二人とも上手です」
トニーが個別に指導をしても魔力循環による身体強化に集中している王太子一家は返答ができない。
「イザベラ殿下は魔力循環に集中してください。身体強化は次第にできるようになります。そうです、頭からつま先までグルグルと魔力を循環させてください。毛先まで意識するのはもう少し上達してからでいいですよ」
シーナがイザベラに付っきりで指導をすると、身体強化で姿勢と表情を保っているブリジット妃殿下は微動だにしなかったが瞳の輝きは、羨ましい!と叫んでいた。
イザベラにはシーナが似非占い師に見えているのか個人的に入れあげているようには見えず、必死に魔力住管の練習に励んでいる。
だからこそシーナが付きっきりになっているのだろう。
「セドリック王子殿下は上手に魔力を動かしていますよ。洗礼式前の年でここまで上手に魔力を循環させるなんて、アルフレッド殿下以外見たことがありません」
トニーの言葉に表情筋の身体強化ができないセドリックは王族スマイルを崩した満面の笑みになった。
プププ、と僕が噴き出すと、全員が魔力循環を止めて声を上げて笑った。
「セドリックとアル様が可愛らしすぎて、お行儀の授業どころではありませんわ」
ブリジット妃の言葉に子ども達は頷いた。
愛され末っ子のセドリックと同じように愛されている実感が湧き、僕の胸にくすぐったいような喜びがじんわりとにじんだ。
家族愛っていいな。メラニーに会いたいな。
……ノンも家族だよ。
うん。ノンも家族だね。
僕とノンはしばし見つめ合った。
それからは、トニーとシーナを交えて魔力循環の講義を受けつつお茶とお菓子を楽しむ席になった。
「これで、わかったでしょう?アル様は上手に魔力操作ができるから変装して冒険者ギルドに行っても、王族だと露呈することはまずありません」
ブリジット妃の言葉にコンラッドとサイラスは頷いた。
双子達は契約更新のために冒険者ギルドに行く予定になっている僕達についていきたかったのだろう。
ブリジット妃は魔力操作の実力の差を二人に見せつけて二人を納得させた。
「どうして、アルフレッド様だけ市中に降りてもいいのですか?」
セドリックの素朴な疑問にブリジット妃は丁寧に説明した。
「自分の魔力を丁寧に抑えることができないと、王家、いえ、上位貴族だと、見破られてしまうからですよ。誘拐される危険もありますが、奔放な行動をする人物だと誤解されてしまいます。私達は自分たちの行動に細心の注意を払う必要があるけれど、アル様はそれができるから、必要な手続きをしに市中へ降りてもいいのです」
魔力を抑える……、とブツブツ呟いたセドリックは首を傾げた。たぶんブリジット妃の話の半分も理解していないだろう。
「戦勝パレードの日はアルフレッド様もセドリックも離宮でお留守番ですよ」
イザベラの言葉にセドリックはグヌヌと唸った。
「僕達はパレードに参加する父上を王城のバルコニーから見る事が公務なんだよ」
「セドリックとアルフレッド様はまだ洗礼式前だからお留守番なんだよ」
コンラッドとサイラスの説明に僕とノンとセドリックは素直に頷いた。




