4 僕と祖父母とセドリック
あまりの祖父母の年の差に僕がドン引きすると、祖母が笑った。
「私があなたくらいの年の頃に私達の婚約が内定したのよ。もちろん、正式に婚約したのは洗礼式の後だったわ。この人は二十七歳で私が七歳よ。当時、この人に恋人がいたのわざわざ知らせてくれる友人がいたけれど、私はその関係が汚らわしいとは思えなかったのよ」
祖母の話に祖父は申し訳なさそうな表情になった。
僕の祖父はロリコンじゃなくて、政略結婚の相手が幼女だったのか。
「公爵家の魔法陣を王家が必要としていたのは特殊な勉強を始めたことで理解したけど、二人の恋路を邪魔しているのは幼い私だと自覚があったのよ。だから、当時のこの人の恋人をお茶会に招待したら、結婚なんてあり得ない、とその方がきっぱり否定したからかしら」
そんなときから面通ししていたの?と祖父が突っ込んだ。
「貴方は顔はハンサムだし、性格も女性には優しいしでしょう。だから、乙女なら王子様に夢中になったりしないのか?と尋ねたら、恋人候補として集められた女性のうち自分が一番無難な地位だったから選ばれただけなので『真実の愛だ』と勘違いするほど頭が足りなくない、とその方は答えたのよ」
儂の魅力に惹かれたとでも言っておいてくれたらいいのに、と祖父はこぼした。
「私が成人するまでその方を拘束することになっては申し訳ないと思って、人生を台無しにしてしまいますよ、と声をかけると、関係が終わったらお手当てがもらえます、と返答されたから、安心したのかしら」
ハンサムで人柄もいいのに結婚の見込みのない王子様との関係は恋心よりお金が先に立つのね。
「まあ、女性関係は誠実そうだし、私が成人するまでハンサムのままおじさんっぽくならないなら婚約してもいい、と条件を出したのよ。七歳の頃の約束だけどいまだに守ってくれているわ」
「なるほど。お祖父様の健康上の理由の大半が過労の反動で老け込んだという事だったんですね」
「ああ、そうだよ。まだしばらく王座は譲らん」
「でもね、不穏分子を排除するまで小芝居を続ける必要があるから、公式な面会はもうちょっと待ってちょうだい」
「わかりました。でも、こうして公の場じゃないところで面会できたので、気さくに話を伺うことができてうれしかったです」
僕の言葉に祖父母は満面の笑みになった。
それからしばらく、伯父上一家の話をしたり、メラニーの話をして、楽しい一時はあっという間に過ぎてしまい、家令に促されて僕達は部屋に戻った。
晩餐には伯父上も帰宅していたが、子ども達の話をニコニコ聞くと食事もそこそこに王宮へと戻ってしまった。
元気なのに静養中の国王に変わってしなければならない仕事が山済みのようだ。
朝食は起きた順番に朝食室でとる習慣のようで、朝、家族全員が顔を合わせる事が滅多にないので、伯父上はよほどのことがない限り帰宅して夕食は家族でとるらしい。
国王夫妻ががちがちの政略結婚だったので、子ども達にはある程度の制約があってもなるべく恋愛結婚できるように配慮されたようで、伯父上は婚約者候補の中から一番気の合う女性を選んだら、妹の親衛隊員だったらしい。
それでも、伯父上が食卓にいる間は一日の出来事を子ども達から聞き出すサポート役に徹していたブリジット妃は伯父上が退席するとマシンガントークで母上との思い出を語り出した。
子ども達は聞き慣れているのか、笑顔で相槌を打っている。
「メリーアン様の校外実習の護衛はメリーアン様が視界に入っても魔法操作に揺らぎがない者達が選ばれましたのよ」
「それは難しいですわね。メリーアン王女様のお姿を拝見したら、誰だって手を止めて見入ってしまいますわ」
メリーアン王女様の警護ができたお母様が羨ましい、とイザベラが言うと子ども達は頷いた。
ブリジット妃の洗脳教育がいきすぎている。
「アルフレッド様は王都の魔法学校に進学するのですか?」
「それとも、初級魔法学校は侯爵領で進学するのですか?」
双子のコンラッドとサイラスが滑らかに質問を繋げた。
「まだ、何も決めていません。トニーとシーナは初級魔法学校は基礎中の基礎だから初級魔法学校在学中に中級魔法学校に飛び級することを念頭に置いて学校を選んだ方がいい、と言っていました」
「「そうですね。父上のお話ですと、身体強化に長けてらっしゃるようだから基礎魔法課程はすぐに終了できますよ!」」
コンラッドとサイラスの声が綺麗にシンクロした。
「私も来年度は中級魔法を学ぶことになりますの。王都の魔法学校の方が教師陣も各種資料も充実しているので、是非、王都も魔法学校にいらしてください♡ 」
イザベラの言葉にセドリックが力強く頷いた。
「王族が同じ学年だと何かと比較されて嫌な気分になるかもしれませんよ」
僕がセドリックの心配するとブリジット妃は鈴を転がすような高い声でフフフと笑った。
「子ども達の成績に優劣が付くのは当然です。一人一人得意なことが違っているのが当たり前なのです。それぞれに活躍する分野が違うだけですよ。私の実家にお立ち寄りになられたから、いろいろと気になさっているのでしょうが、あれは我が家の方針ではありません」
伯父上と同じ考え方のブリジット妃の言葉に子ども達が頷いた。
僕の杞憂とはちょっとズレている。
母の容姿を礼賛する一家なのにぼっちゃり体系のセドリックと僕が同じ学校に通うと、セドリックがどれだけか揶揄われるかを心配しているんだ。
王族だと不敬罪に相当するからぼっちゃり体形で誹謗中傷されないのかな?
掌の精霊達がほんのりと、違う、と点滅した。
だよね。子どもって結構残酷だから、悪意なく見たまんまのことを口にするし、親の派閥の関係で最初から悪意を持って接してくる子もいるだろう。
「アルフレッド様と比較されてセドリックが劣等感を持つようでしたら、それは、セドリックの鍛錬が足りないのですわ!」
イザベラの言葉に全員が頷いた。
王太子家は脳筋一家ですか!
子どもの発育は個人差が大きいのに、鍛錬が足りない!の一言で済ませてしまったら、劣等感を育ててしまうよ!
「いえ、僕はシャオ王国では病弱でしたし、旅の間は自由気ままに過ごしていましたから、お行儀や常識に欠けています。ここに滞在中にセドリック様と一緒にお勉強ができれば自信がつくのですが……」
小首をかしげて、自分は王都の魔法学校のレベルではない、と不安げな表情をすると、王太子一家の面々は、一瞬、固まった。
「そんなことはありませんわ!テーブルマナーも上品ですし、受け答えもしっかりされていますわ」
「「いえ、いくらメリーアン王女様の祖国とはいえ、生れてはじめてラウンドール王国にいらしたアルフレッド様が不安になるのは致し方ないでしょう!」」
「母上!私はアルフレッド様と一緒に勉強がしたいです」
子ども達が口々に話し出したが、セドリックの言葉に上の三人がキッとセドリックを見遣った。
「それはいい考えですね。私もセドリックのお勉強の進捗具合を確認しなくてはいけません……」
ブリジット妃の言葉が終わる前に家令がブリジット妃の耳元で、ご公務があります、と囁いた。
「「魔法学校の上級生として僕達が家庭教師になってあげましょう!」」
「私はお行儀の先生になりますわ!」
子ども達の背後で給仕を担当しているメイド達が、自主課題の進捗状況が……と囁いた。
「とりあえず、明日の早朝、僕とトニーの訓練をセドリックと一緒にするところを皆さんで見学なされば、全員が参加できるのではないでしょうか」
それぞれ多忙な王太子一家も早朝ならば公務も魔法学校の課題も問題ないだろう、と提案すると一家の瞳が輝いた。
それがいい、と話がまとまり、僕はほくそ笑んだ。
セドリックのダイエットと僕の礼儀作法の強化との一石二鳥を狙ったお勉強会のスタートだ。
「アルフレッド様と一緒に訓練できると考えると、ワクワクして眠れませんでした」
鼻の穴を膨らませて荒い息を吐くセドリックに王太子一家が笑った。
早朝にしたのが功を奏して、伯父上も見学している。
「ここは魔法練習所なのでよほどのことがない限り設備は壊れませんが、今日は寝不足という事も踏まえて身体強化の時間は短くして体感を鍛える練習を中心にしましょう」
トニーの提案に僕とセドリックとノンは頷いた。
まずは身体強化抜きで柔軟体操をすると、セドリックは動けるぽっちゃり坊やで、体が柔らかく体幹もしっかりしていた。
セドリックは雑巾がけレースでは僕とノンに後れを取ったが、ケンケンパではY字バランスを披露して見学者を沸かせた。
セドリックの問題点は、何でもパパっとそれなりにできてしまう一方、飽きっぽいところがあってすぐにやめてしまい、寝不足の悪条件を差し引いても持続力がなかった。
初回だからこんなもんでいいかな、と考えているとトニーは頷いた。
「最後は身体強化を使っていいですよ。制限時間内にアルフレッド殿下を捕まえたらセドリック殿下の勝ちです」
少しバテ気味だったセドリックは、捕まえるだけなら簡単だ、と頷いた。
「ちょっとすまない!セドリックの息が上がっているから、子ども用の回復薬を飲ませてやりたい。アルはお前たちが考えているよりずっと身体強化が上手だ。体調不良を言い訳にしないようにしっかり回復しておきなさい」
伯父上の言葉にセドリックのメイドが小瓶をセドリックに手渡した。
小瓶を受取ったセドリックは蓋を取ると匂いを嗅いで顔を顰めたが、ためらいなく一気に喉に流し込んだ。
「味は悪くないです」
「子ども用の滋養強壮剤だから飲みやすいんだよ」
強力な回復薬ではなさそうだ。
「位置について、始め!」
トニーの開始の合図の直後、セドリックは僕に向かって突進してきたが、僕は高く跳躍してかわした。
捻りは一回転しか入れていないのに拍手が沸き起こる。
セドリックはニーナのように猪突猛進して僕を捕まえようとするのではなく、走りに緩急をつけ自身の体の大きさを活かし両手を広げて僕の覆いかぶさるように跳びかかった。
僕はセドリックの股の間をスライディングで抜けるとセドリックの背後に立った。
セドリックは僕に股抜けされるとすぐさま下半身の筋肉を強化して踏みとどまり、片足を伸ばして蹴りで僕に触れようとした。
伯父上は、セドリックは身体強化が得意ではない、と言っていたが、この年齢でこれだけの動きができるのは相当上手な部類だろう。
伯父上の比較する相手が騎士団員達の子ども達だったなら、セドリックはまだまだ及第点なのかもしれない。
僕はセドリックの蹴りを身を反らしてかわすと高く跳躍した。
天井や壁を蹴ることで床に降りずに終了時間まで時間を稼ぐことにすると、セドリックは僕の動線を邪魔するように手を伸ばしてジャンプした。
「はい、時間いっぱいです!」
トニーの終了の言葉を聞いてから僕は床に降り立った。
「……まいり……ました。……凄い……身体……強化……です」
息が上がったセドリックは床に膝をつきながらキラキラした目で僕を見上げた。
「楽しかったね!毎朝やろうよ!」
セドリックは満面の笑みで頷いた。
徐々に鬼ごっこの時間を伸ばしていけば、きっとセドリックはすぐにスリムな体形になるだろう。




