第三章 1 僕と伯父さん
ラウンドール王国死霊系魔獣討伐隊の本隊が温泉地に到着し、癒やしの湯に浸かると、重症者がいなかったこともあり全員が回復して帰還の速度が上がった。
ラウンドール王国の女子の出生率は他国ほど低くなく女性騎士は珍しくないようだが、前線ではなく後方支援を担当するので、死霊系魔獣討伐隊にはいなかった。
初回の鎮魂の儀式で元聖女の美しい姿を見た隊員以外、シーナは似非占い師のおっさんのような元聖女に見えているようで、あんなのが元聖女様か、と陰口をたたく者もいたが、真実を知る人達は、自分達だけが元聖女様の美しさを知っている、と優越感に浸っている節があり、誰も訂正しなかった。
どうやらシーナを極端に神聖視する者達が牽制しあっているようで、本人に接近する人はただ一人を除いていなかった。
「カカシ様は今頃なにをされているでしょうかねぇ」
王太子ブライアンは自分の天幕に昼食が用意されているのにもかかわらず、僕達のテントの食卓テーブルについていた。
「カカシ様は今頃、一族の次の滞在予定地の候補先を回られているでしょうね」
「お米かー。いいなぁ。でも、うちの国で少し栽培してるけど、こういうのじゃないんだよね」
あやしい箸使いでしっかり焼いた牛カルビをタレにたっぷり浸して白いご飯に載せた王太子ブライアンは大口を開けてお肉と白米を搔っ込んだ。
伯父上からお行儀を学ぶのは無理そうだ。
「美味いね。うーん。この粘り気がいいんだけど、うちの国の米は肉汁を吸ってもパサついていてモソモソするんだ。米とはそんなものだと思っていたから、気にした事がなかった」
「それはそれで、違う調理をしたら美味しいでしょうね。王都に到着したら売ってください」
パエリアとかピラフにしてみたい。
「それにしても、こんなに早く伯父上と合流してしまったから、海路の旅がふいになってしまった。新鮮な海の幸に出会えなかったなぁ」
僕が嘆くと、トニーとシーナが笑った。
王城に到着するまではトニーとシーナに王子様扱いを止めてもらっている。騎士団に合流しても僕達は今まで通り徒歩で移動し、いつものテントで休んでいる。
王太子ブライアンと馬車に乗るように勧められたが、訓練の一環だ、と主張したら認められた。
僕のラウンドール王国での立場を考えると、姫なら外交上の切り札になるが、王子なら実力を示さないとただの極潰しだ。
男児はつらいよ。なんてね。
その実、トニーに憧れる騎士志望の少年、としておいた方が王太子妃への印象がいいだろう、という打算と、馬車の中で伯父上にウザがらみされたくない、という本音が先立っただけだ。
騎馬隊にも後れを取らない身体強化での歩行は騎士達にとてもウケた。一部に騎士達が僕達と一緒に歩き出したのは追加の護衛というより、特訓に付き合いたい有志たちによる行動だった。
それでも、休憩時には王子様扱いになってしまい、僕に直接話しかけてくる騎士はいない。
そして、休憩時には王族の馬車から降りた伯父上が付きまとう。
「海かぁ。ラウンドール王国に海はないな。しっかし、遠征の帰還時に、こんなに美味しい昼食にありつけるとは、甥っ子が美食家に育ってくれて、伯父さんは嬉しいよ」
伯父上は自らお肉を焼くホットプレート焼肉を気に入り、牛肉ばかり自分の前で焼いている。
僕はそっと猪の肉を伯父上の方に寄せた。
このテーブルでは無礼講という事になっているが、トニーもシーナも大人しい。
「生命を維持するだけのために食べるのではなく、生きている喜びを実感するために食べる方が幸せに暮らせるでしょう?食べる行為は同じでも、美味しく食べる方が心の活力になります」
「うわぁ。いいね、その考え方。……そうだなぁ、私の直轄部隊だけでも、食の改善を検討しようかな?」
伯父上の護衛達の目が輝き、遠巻きに見ている騎士達が羨ましそうに一部の騎士達を見ている。
王太子の立場で迂闊なことを口にしたら騎士団の中で内部分裂が起こるぞ!
「殿下」
トニーは小声で呼びかけるだけでそれ以上何も言わなかったが、伯父上には通じたようで、ああ、と頷いた。
トニーは現在騎士団に所属しているわけではなく、僕の専属の護衛という事になっている。それでも、国宝の魔法剣を国王から賜っているので、国王が招集したら馳せ参じなければならない。
魔法剣はトニー以外が使用しても魔法を行使できない。王宮にあってもただのお飾りでしかないのでトニーが所持しているらしい。
王宮にはそういった使用者を魔術具が選ぶ国宝が多々あって、使用者が決まると貸与するらしい。
トニーは侯爵家の三男で親の爵位は継がなかったが、個人で騎士爵位を賜っている。騎士団の階級ではそれほど上位ではないのだが、魔法剣士、という特別な地位らしい。
ラウンドール王国を長く離れていても、偽物の活火山のトニーを前線に配置して敵を牽制する作戦があったので、トニーは現在も騎士団に影響力がある。どうやら伯父上にも通用するようだ。
「ふむ。実はな、ちょっとばかり遠回りをしなければならない事になったんだ」
伯父上は昼食をたかりに来たのではなく連絡事項があったのか。
伯父上の護衛の一人が僕達の背後で魔術具を設置した。
「ああ。あれは消音の魔術具だ。これで、後ろの連中を気にせず、気軽に何でも話せようになった」
伯父上の失言前に設置してくれたらよかったのに、と思いつつ僕は頷いた。
「始めに言っておくが、私は側室もいないし、夫婦仲は円満だ、と思っている」
内緒話は家族の話か。
「夫婦仲はいいんだが、私は舅が嫌いなんだ。私達夫婦には三人の男児と一人の女児がいる。みんないい子だが、跡継ぎを決めるのはまだ先でいい、と考えているのに、舅が長男に以上に執着していて、面倒なんだ」
はいはい。嫡男問題ですね。
「長男と言っても、上の二人は双子なんだ。ほんの少し先に母親のお腹から出た長男に肩入れするなんて、おかしいだろう?それに、どっちが優秀かなんて幼少期に比べるべきじゃない。なんなら、三男や娘の方が優秀かもしれないだろう?」
僕は素直に頷いた。
「ラウンドール王国は、魔力の多い優秀な人物が頂点に立つべきだ、という実力主義だ。だから、トニーは騎士爵でしかないが魔法剣士として尊敬されている。その地位のまま外国に出向していた。守るべき人物が外国にいたからだよ」
トニーは僕を見て頷いた。
伯父上は、ほどよく焼けた猪の肉をたっぷりとタレにからめてご飯に載せた。
「牛だろうと猪だろうと美味しければ最高だろう?」
僕が頷くと伯父上はガハハハッと豪快に笑い、口いっぱいにほうばった。
「……。人材登用の間口は広いんだが、王家だけは守りの魔法陣の秘密を維持するために血族主義だ」
口の中を空にしてから話を続けた伯父上は豪快だけど食べ方が綺麗だ。
「妻と私は、国王の重責を熟せる人物に子ども達を育てなくてはいけない。将来、国王になるのは一人だが、他の三人は用なしではない。王家の秘密の魔法を後世に残すべく、それぞれがそれぞれの立場て活躍する子になってほしい」
年上の女性に弱いけれど妻を裏切るつもりはない伯父上は子育ても真っ当な考えを持っているようだ。
そうですね、と僕は頷いた。
「アルの祖父の国王陛下は現在、体調不良で公務を休んでいる。そして私は長きにわたる隣国との戦争を完全に終結して戦後処理までして凱旋する。つまり、私は今、次期国国王としてメチャメチャ期待されているんだよ」
そうですね、としか言いようがない。
「私の手腕を持ってしたら、国政を安定させるなんてできるに決まっているのだけど、次の王太子を早期に決めるように舅がうるさく言ってくることが明白だ」
自信過剰な口調でも、舅の制御ができない事はあっさり認めるんだ。
「そこでだ、王都に帰還する前に、舅の脇腹を殴っておこうと思うんだ」
遠回りする理由って、舅の領地を抜き打ちで視察して領地経営の粗を突いてその対応に手一杯にさせて、王太子家への干渉を防ぐのか。
「いいですね。遠回りと言ってもそこまで遠くないですから、僕は歩けますよ」
「いや、現地では王族の馬車に乗ってほしい。うちの三男のふりをしてほしいんだ。変装の必要はないよ。うちの騎士達には王子としか呼ばせない。向こうが勝手に勘違いするだろうから、庭先でトニーや騎士達と少し稽古していてくれるだけでいいんだ」
僕とトニーとノンは、そんなのでいいのか?と声に出さず顔を見合わせた。
「人間の価値は地位じゃない。何をなし得るかなんだ。たとえ、大成しなくても私と妻の子として生まれてきてくれて、私達に幸せをもたらしてくれた。それだけひとまずうちの子たちはいい子たちだ。舅の考え方は、舅がこの世に存在しているだけで長男以外の子ども達を傷つける」
伯父上の考え方は共感できるが、舅への毛嫌いが半端じゃないな。
「アルの抜群な身体強化を披露して、子ども達には一人一人違う可能性があることを見せつけてくれないだろうか?」
「そういう事だったらかまいません」
先方が勝手に勘違いするだけで、伯父上の三男に成り代わるわけではないのだからいいだろう。
トニーもノンも頷いた。
「よかった。あの糞爺が長男以外と面会しないから、他の孫の顔もわかっちゃいないからできる事なんだ」
「そうですか。僕は横っ腹を殴ると聞いて、てっきり領地の不正会計や領地の騎士団の不正疑惑でも暴露しに行くのかと思いました」
ハハハハハ、と伯父上は軽く笑い飛ばしたが、シーナは斜め上を見て小さく頷いた。
伯父上はきっとそれもやるのだろう。




