閑話3 姉妹の手紙は推し愛に溢れる ~とある魔法学校の少女の嘆き
『拝啓 姉さま。先日のお手紙の内容を忘れてください』
書き始めは時候の挨拶でしょうに、まだまだ幼いわね。
前回の手紙は精霊達に唆された大袈裟な内容だと考えていたから返信をもらうまで忘れていたわ。
手紙の主、姉妹契約をする予定の妹候補のニーナは一族の中でも特殊な少女だ。
シーナ様に次ぐ精霊言語の取得者になるのではないかと期待されている少女で、本人もたいそうな努力家だ。文字を覚えると読書でみるみる知識をつけ、洗礼式前の年齢とは思えないほど賢い子に育っている。
自身の才覚に驕ることのないように、と姉妹候補に魔法学校の成績上位者が推薦され、私もその中に含まれた。当のニーナはシーナ様の一人娘のアンナに入れ込んでおり、これまでは私がウザがらみされることはなかった。
そんなニーナが魔法学校の寮に一族秘伝の速達便を使って送ってきた手紙は、精霊達から聞いた情報だった。
ありとあらゆるものの声が聞こえる精霊言語を取得していなくても精霊達の強い干渉で精霊達の声が聞こえるニーナは、族長のカカシから、精霊達から聞いたことをむやみに話してはいけない、と注意されているのにもかかわらず精霊達の言葉を手紙に書き連ねていた。
精霊達の救世主と自称する少年が村にやってきて一族の常識を変えてしまうので、カカシ様に抗議するから、カカシ様のお気に入りの私にとりなしてほしい、とのことだった。
洗礼式前の少年なのに女性の胸をじろじろ見るヘンタイだ、とニーナは主張しているがニーナが村の外の世界を知らなすぎるだけだ、と軽く考えていた。
世界中で女児の出生率が下がっているのだから、少年が母以外の女性を見る機会はほとんどないはずだ。
女性独特の体つきに目がいってしまうのは当然で、ヘンタイなんて決めてかかるものじゃないわ。
賢くても幼いニーナの幼少期独特の正義感の暴走だ、と考えて、カカシ様の言いつけに従うように、とだけ速達で返信していた。
「正気に戻ったのなら良いことね」
正義感が強すぎると魔法学校に入学してから苦労する事になる。
世の中、理不尽なことだらけなんだもの。
私は共同研究という名の下で押し付けられた解析しなければならない資料をテーブルの上にドサッと置き、手紙の続きを読んだ。
『銀髪にアメジストのような瞳のアルフレッド王子殿下は、まるで陶磁器のお人形のように美しく、生きる奇跡のような方でした。それなのにとても身体強化に長けていて、鬼ごっこの勝負で華麗なる回転技を披露して私は完敗でした』
ラウンドール王国の美姫と名高かったメリーアン妃の容貌を受け継いだなら、さぞかし美少年だろう。
妃の二人の護衛の実力も名高かった。二人から教授された身体強化でコテンパンにされたなら、ニーナにはいい勉強になっただろう。
『アルフレッド王子殿下に暴言を吐いた私は伝説の説教部屋送りになりました。そこで、アルフレッド王子殿下がどれほど人い目に遭い、お城から逃げてきたのかを知りました。精霊の言葉を信じて暴言を吐いた私はとんでもない思い違いをしていました』
伝説の説教部屋送りだなんて、ニーナはどんだけの非礼を働いたのかしら?
それでもニーナがこんなに王子様に心酔するのは、不遇の美少年、しかも王子様、とキャラが濃すぎるぎるからなのかな。
まあ、男の子何てろくでもない!と魔法学校に来てから幻滅する前に、絶対に手が届かない王子様に淡い恋心が芽生えるのはアリかもしれないわね。
本当に、魔法学校の男子たちはろくでもない連中ばかりなんだもん!ここにいたら男性不審になりそうよ!
『私を唆していた精霊の言うがままになっていたら、自分が妖精を誕生させていたかもしれないとカカシ様に指摘され、背筋が凍る思いがしました。お姉さま、妖精は危険な存在です』
妖精はそこら辺の精霊よりずっと使える魔法が多い分振り回されてしまうと被害が大きくなる。
王子様への非礼な行為で説教部屋送りになったのではなく、精霊達の思惑通りに動いてしまったニーナに事の危険性を知らしめるためにそうなったのね。
『アルフレッド王子殿下は私と同じように精霊達に干渉されやすい状態なのに、精霊達の過干渉を抑え込んでいるので、私はアルフレッド王子殿下から精霊達の干渉を防ぐために魔力循環を習うことになりました♡ 』
精霊達の干渉を防ぐために魔力循環?
具体的な内容を明かせないから、あえてわかりにくく書いているのかしら?
『とても難しくてなかなか上達しませんが、アルフレッド王子殿下はどんどんご自身の課題を達成なさるので、村中のほとんどの精霊達はアルフレッド王子殿下に心酔してしまいました』
ほう。
ニーナを唆した精霊達の予想通りに一族を慕う精霊達を虜にしてしまうなんて、緑の一族だけが精霊達に愛される一族だと考える村人の常識を一変させてしまったのね。
流浪の民である緑の一族の子ども達は魔法学校に進学すると寮に入る。そこで、立場の弱い移民の子扱いをされると、他の民族がほとんど見ない精霊達の存在を折に触れて見られることに優越感を抱いてしまう。
村に婿に来た人たちもいつの間にか村に染まって、緑の一族であることを過剰に誇りに思ってしまう。
私が大っ嫌いな貴族の子弟たちだって、彼らの存在意義は守りの結界の魔力供給源だし、もっと身分の高い人達は世界の変化に合わせて守りの結界を作り変えることだ。
世界中の土地の魔力を整える緑の一族の役割はとても意義のある尊いことだが、この血筋に生まれた存在意義は大っ嫌いな貴族たちと大差ない。
カカシ様が王子様を村に招待したのは、一族の誇りに村人たちが奢らないようにするのに丁度よかったのね。
『アルフレッド王子殿下の素晴らしさは神々も認めるほどだったのです!』
何々?心酔しすぎておかしくなったのかな?
神々!?
どうして神々に行きつくんだ!?
『私とアルフレッド王子殿下とカカシ様とシーナ様と師匠トニー様、兎のノン様は上級精霊様の亜空間に招待されて、保護者同然参加版鬼ごっこをする事になったのです!』
じょ、上級精霊様!!!!!
もはや、精霊と呼ぶより天使様、とお呼びした方が相応しい、上級精霊様の亜空間に招待されたなんて!
スーハー、スーハースー……。
駄目ね。息を吸い過ぎてしまっているわ。
首を横に振って呼吸を整えると、天井を見上げて頭を掻きむしった。
駄目だ。
落ち着くなんてできない。
頬をパンパン叩くと、思わず机に放り投げてしまった手紙を手に取り、私はベッドに横たわった。
『シーナ様とアルフレッド王子殿下は上級精霊様の亜空間に招待されたことがあったので、アルフレッド王子殿下は慌てることなく、上級精霊様の亜空間で体から漏れ出る魔力を抑えても体表面温度管理の魔法陣に魔力を満たす方法を開発なさっていました。本当の天才児ですわ♡ 』
ああ、大聖堂島で修行されたシーナ様は大聖堂島の上級精霊様と面識があったのですね。
さすが!万能の元聖女♡ シーナ様♡
『上級精霊様にお会いすると、まるで自分がすでに天界の門を潜りこの世ならざる存在にお会いしているのかと思いました!だって、お姉さま!この世の中にあのように美しい男性が存在するはずがないのです!アルフレッド王子殿下は確かにお美しいですが、可愛らしいところがあって、同じ人間だ、と思えるのですが、上級精霊様は人間の姿をしていますが、とても高貴な存在すぎて、ありえない、としか言いようがないのです!』
語彙の多い子だと思っていたっけれど、上級精霊様を描写する言葉が、ありえない、だけだなんて……。
そうよね。天使のような上級精霊様に私がお会いしたら私も言葉を失ってしまうでしょうね。
『ありえない、と思ったことはもっと続きました。神々が、アルフレッド王子殿下に授けるご利益の規模が大きすぎて火山が噴火してラウンドール王国の敵国に大々的な被害を与えたり、病魔の神が張り切ってシャオ王国内のアルフレッド王子殿下の敵を殲滅させようとしていたりしたのです』
神々のご利益は個人で授かるには過分すぎる、と聞いていたけど事実のようね。
『それもこれもアルフレッド王子殿下とシーナ様と師匠が族長の水から常用できる味の薬を作ったことに神々がご興味を示したからだそうです』
神々もシーナ様の素晴らしさに注目なさったのね!
シーナ様はやはり最高なお姉さまなのよ♡
『多くの神々がアルフレッド王子殿下にご利益やご加護を授けようとなさりすぎるので、私もおこぼれを授かりました。お別れしてしまえば身分が違い過ぎて二度とお声掛けさえできないアルフレッド王子殿下に、一緒に過ごした時間を忘れない、とおっしゃっていただいたのです!♡ お姉さま!もう、私は心臓がバクバクしすぎて、その後どうして巨大な円形競技場で多くの精霊達が見守る中保護者同然参加版鬼ごっこをする事になったのかさっぱりわかりません』
読んでいる方も何で保護者同然と組んでニーナが鬼ごっこをしなくてはならないのかわからない。
『私はカカシ様とチームを組んでアルフレッド王子殿下と師匠と対決することになりました。カカシ様は私はなるべく長く逃げて時間を作り、私が鬼役の時にアルフレッド王子殿下を捕まえるのは無理があるから、アルフレッド王子殿下をカカシ様の中級精霊が私のそばまで引っ張って来る作戦を立てられました』
作戦の説明が雑だけど、私にはカカシ様の中級精霊の得意の蔦の鞭だと想像できたので、たとえ王子様と謝意強の護衛だろうと絶対に逃れられず、カカシ様達が秒殺するだろうと思った。
『攻防の作戦はどちらも失敗に終わりました。師匠の最強魔法は聞きしに勝る炎の勢いでカカシ様の中級精霊の魔法と互角に戦えていた上に、アルフレッド王子殿下が精霊達を使役できるシーナ様の呪文を使いこなしたので私達は完敗してしまいました』
おいおい。王子様が精霊魔法を使えるなんて機密情報を漏らすなよ!
……でも、やっぱりこれもシーナ様の魔法なのですね♡
いやいやいや。呪文なんて、中級以上の魔導士しか使えないはずでしょう!
あれ?精霊魔法の存在は将来起こる精霊使い狩りを避けるために隠匿すべき魔法で……まあ、上級精霊様の亜空間でなら使用してもいいのかしら。
でも、神学の誓約をしないで詠唱魔法を行使するなんてあり得ない上に、高度な呪文を使いこなしたの!?
脳味噌が爆発しそうになるわ。
『アルフレッド王子殿下が円形競技場に来ていた全ての精霊達に呼びかけてカカシ様のどんなところからも相手の魔力を奪って成長する蔦を全て焼き払ってしまったのです。そしてアルフレッド王子殿下は集まった精霊達を凝縮させて巨大な閃光を作り出すと、カカシ様とカカシ様の中級精霊は全面降参をしたのです』
この王子様は何をしようとしたからカカシ様を降参させたのかしら?
新たな中級精霊を誕生させようとしたのかしら?
『とても面白い試合だったと神々はお喜びになり、ご褒美として特別な水を参加者全員が賜りました。それはどんな回復薬でもなし得ない、魔力や怪我の治癒だけでなく、体の全てがツヤツヤピカピカになる不思議な水でした』
世界中の全女性が欲しがりそうな貴重な水ね。
『命の神と美の神のが利益が多すぎて、私達は傾国の美男美女になりかねない、という事でご利益を使い切るために、火山の被災地で鎮魂の儀式を行うことになりました』
正しい手順で葬儀を行なえず彷徨える魂となった被害者たちのために神事を行うなんて、素晴らしいですシーナ様♡
『シャオ王国側の事情で私達は鎮魂の儀式だけでなく死霊系魔獣も討伐する事になり、明け方に死霊系魔獣に奇襲をかけ、そのまま鎮魂の儀式をすると、被災地の精霊達の協力があってすべての死霊系魔獣と邪気の浄化ができてしまいました』
できてしまいました、ってこんな説明では何が起こったのかわからないわ!
『神々からのご褒美として各種効能がある五色の湯が湧きだし、アルフレッド王子殿下は大きな浴槽や豪華な温泉の噴き出し口を作り一緒に入浴するという、とんでもない事が起こりました♡ 』
ご褒美のご褒美!?
ちょっと待った!何しれっと王子様と混浴しているのよ!
『アルフレッド王子殿下は一面灰だらけの荒野に僅かな水で波を作り板に乗って滑りまわる遊びを披露してくださいました♡ そして私に板の魔術具での波乗りを教えてくださり、私も小さな波なら乗り熟せるようになりました』
それはちょっと楽しそうね。
『シーナ様と師匠はご自身の魔法で板を作り波を起こしていましたが、私はそんなことはできないので魔術具の板でアルフレッド王子殿下がお作りになった小波で遊んでいたのです』
やだ。何てことよ!シーナ様も一緒に入浴されたの!
絶世の美女で才女のシーナ様と王子が一緒に入浴するなんて!
……エッチ!ヘンタイ少年!
『賜った神々の水と温泉の効能なのか、カカシ様が少し若返ってしまい、私達を探しに来たラウンドール王国王太子が見惚れてしまう椿事がありました』
一体全体どういう事かしら!?
齢二百歳越えのカカシ様が少し若返ったとしても百歳代を下らないでしょうに、そんな老婆の入浴シーンに見惚れる王太子って……。
ヘンタイ王子の伯父はヘンタイってことなのかしら?
『私とカカシ様はラウンドール王国王太子にアルフレッド王子殿下を託してササッと村に帰りました。お別れは切なかったですが、シーナ様からこれからのアルフレッド王子殿下の話を聞けると思うとうれしくてたまりません』
ええ!王子を伯父に託したんだったらシーナ様のお仕事はお終いでしょう!なんで、まだ護衛しなくちゃいけないのよ!
シーナ様がヘンタイの巣窟に行くなんて、ニーナは心配じゃないのかしら!
あんなにシーナ様を推していたのに、初恋に情熱を持っていかれてしまったのね。
『女神様達は私がアルフレッド王子殿下に恋をしたと勘違いなさっていたけれど、この思いは恋ではなく、尊敬と敬愛です。私はアルフレッド殿下の熱烈な信者になっただけです』
ニーナよ、世間はその思いを、恋心、と呼ぶのよ。
「長いお手紙になりましたが、お読みくださりありがとうございます。これから暑い季節になりますがお勉強ばかりでなくご自愛ください。 敬具』
シーナ様推しが共通のニーナと姉妹契約を結ぶつもりでいたのに!
この、裏切り者め!




