閑話 2 強欲どものなれの果て ~乳母兼護衛アデルの見聞
「またアブゥかい。今日もメラニーはご機嫌だね」
王太子に抱かれて、アブゥアブゥ、と繰り返すメラニー姫は、たかいたかいをされてキャッキャッと笑った。
毎晩、王太子が真夜中にメラニー姫の寝室に来るからメラニー姫はすっかりこの時間帯にご機嫌になる習慣がついてしまった。
お忙しい王太子がメラニー姫と触れ合える貴重な時間だとはいえ、メラニー姫の健全な発育のために夜はぐっすり眠れるように配慮してほしい。
「メラニー、アルフィー兄はね、追手を警戒しているのか、今日も山の中を移動していたんだって。そしてねぇ、兎さんとお友達になったようだよ」
かくいう私も王太子が東の魔女から仕入れたアルフィー王子の情報を聞くこの時間を楽しみにしている。
「兎さんと大きなお風呂に入ったんだって。楽しそうだね」
メラニー姫は小さな手で王太子の頬をべしべし叩きながらアブゥアブゥと返事をするように話しかけている。
「ハハハハハ。大きなお風呂ならもうじきメラニーも入れるようになるよ。フハハハハ」
シャオ王国王城にはこの離宮にはない大浴場があるけれど、国王がご壮健なうちにメラニー姫が王宮の大浴場を利用することなどないだろう。
このお方は一体何を企んでいるのやら……。
「明日には、いや、もう今日か。役者が揃うんだよ。いけないことをした人達はそれがいけない事だと理解する事から始めてもらわないとね」
王太子殿下はそう言うと私にメラニー姫を託した。
それが、怒涛の一日の始まりだった。
その日は元王太子であるメラニー姫の伯父の東方連合国戦勝報告が王宮で行われる日だった。
朝から王太子離宮は慌ただしかった。
アルフィー王子に毒を盛り離宮の一室に隔離されていた側室が久しぶりに公の席に出るのだ。王太子殿下が国際会議に出席中に起こった家庭内の食中毒、と側室の実家が強く主張し、国王がそれを支持していたから側室は隔離されるだけの処置だった。
本妻である亡きメリーアン妃の直属の部下で二人のお子様の乳母兼護衛の私は当然その処置に納得していなかった。
だけど、私の役目はアルフィー王子とメラニー姫の成長を見守り、不当な扱いを受けたら本国に連れ帰ることなので、悪党の処置に不満を持つより、メラニー姫に危険が及ばなくなったことを歓迎すべきなのだ。
事実上監禁されている側室の使用人たちはすでに全員解雇されており、戦勝報告会の後のパーティーに出席する側室の身支度をできる者がおらず、ドレスの着付けがわからない、と急遽駆り出されたメイドがメラニー姫の部屋まで応援要請に来た。
詳しく話を聞けば、染み抜きの魔法が得意で離宮で働いている下級貴族の娘が、側室の実家が王太子妃の格式のドレスを送ってよこしたのに、サイズが全く合わず自分では手に負えないとのことだった。
「ああ。こんなところに来ていたのですか。あのドレスは送り返したから問題ない。出席するのは戦勝報告会の後の懇談であって、パーティーには出席しないから宮中訪問のドレスコードでいいんだ。殿下はエスコートなさらないから格式もほどほどでいい」
王太子の執事が手助けを求めに来たメイドを連れ戻しに来た。なるほど、正妻に格上げになる、と誤解されるようなドレスではなく古いドレスのシミ抜きにこの娘は呼ばれたのか。
「それでしたら、下着に詰め物をすれば何とかなりそうです」
側室は監禁生活で痩せてしまいドレスのサイズが合わなくなったのか。
フン。
アルフレッド殿下はお前が嫌がらせでちょくちょく食事に毒を盛るから食が細くなり偏食気味になったんだ。
毒のない食事があたるだけでも十分だろうに。
メラニー姫の使用人たちは側室と顔を合わせずに済むことになり、胸をなでおろした。
ほどなくして王宮に向かう馬車に乗り込む側室を廊下から見たが、メイドの努力の甲斐あって痩せてやつれていたが、上級貴族の娘らしいドレスを着こなしていた。
側室は背後に立つ王太子の執事におびえたようなそぶりを見せるも、瞳の奥に不穏当な光があった。
公の場に出れば実家の支援があるとでも考えているのだろう。
だが、そうはいくまい。
王太子は、役者が揃った、と言ったのだ。
側室は元婚約者の元王太子と対面し、そこで何らかの断罪をされるだろう。
ざまぁみろの展開になるだろうから、私は王宮内に放った密偵からの情報を楽しみに待っていよう。
密偵からの報告を聞く前に事の次第を知ることができた。
離宮の応接間に呼ばれた私は家令とともに戦勝報告会後の出来事を執事から聞くことができた。
結論だけ簡潔に言うと、国王は王太子に王座を譲位、側室の実家は御家お取りつぶし、元王太子と側室は東の砦に島流しになった。
言葉をなくした家令に執事は冷たく言い放った。
「陛下が居住を王宮に移される。そうまもなく貴方は空っぽのこの離宮のただの管理人になります」
王太子一家の家族を守るのではなく王太子の居住地の離宮の体裁を守っていた家令にふさわしい処遇だ。
「アデル殿は王宮のメラニー姫の部屋の改装の責任者になっていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」
はい、と快諾した。
護衛の観点から王宮内のどの部屋を割り当てられるのかも交渉しなければならないので即断した。
執事は心得たもので王宮の図面をテーブルに広げると具体的な話をし出した。
私は一体いつから政権交代の計画が始まっていたのかと訝しく思いつつも、円滑に王宮に引っ越すために余計な質問は一切しなかった。
メラニー姫のお昼寝を見守っていると密偵の報告書の入った魔術具が届いた。
一通り戦勝報告会が終了すると、国王が退出する直前に当時の王太子が側室の産んだ子の実の父に親権放棄をするよう申し立てをしたのだ。
側室の不倫は私も把握していたが、側室の子は髪の色も目の色も王太子と同じ王家の色で王太子も元王太子も同じ色だから断定できなかった。それでも出産の時期がおかしいから極めて真っ黒だと考えていた。
報告書を読み、ハハハと笑い声が漏れたが、メラニー姫の健やかな眠りを妨げぬように声を押し殺し腹筋を揺らした。
『一度も褥を共にしたことのない側室から生まれた子どもが王家の色を持って生まれたならば、現状で父親になる可能性があるのは二人しかいない』
当時の王太子の言い分にさぞかし当時の国王は驚いただろう。
当時の国王には正妃と三人の側室がいたが、存命している妃は一人もいない。息子の側室をつまみ食いした疑惑をかけられた当時の国王は、自分の子でないからかまわない、と即答した。
側室の実父はただ混乱していた。
娘から誰の子か聞いていなかったのだろう。
娘の子どもは確実に王家の血を引いている。当時の王太子が、側室と致したことがない、と明言し、当時の国王が否定したのなら、元王太子の子なのは明白だ。
だが、当時の王太子は側室の子の実父に親権放棄を要求している。
元王太子が、実子として引き取るのか、不義の子として王籍に入れずに放逐するかで自分の処遇が変わってしまうが、この場では何も言い出せず震えていた。
自分が父だと名乗らないが状況証拠は揃っている元王太子は頑なに口を割らなかった。
『それぞれが、それぞれの責任を果たすべきだと考えているが、これから健やかに育っていかなければならない子に親の罪を被せたくない。兄上が自身の子だと主張できない子に、兄上が万が一でも親権を主張できないようにきちんとしていただきたい』
当時の王太子は元王太子に親権放棄の書類にサインさせると、震えている側室にも書かせた。
それで、その場が収まったような雰囲気に一旦なった。
『さあ、これでラズの親権者は私以外いない』
側室の実父は震えが止まり口角が緩やかに上がった。
『私は、後継者を王家の色にはこだわらないつもりだ』
側室の実父の口角が下がった。アルフィー王子を仕留め損ねたことを悔やんでいるのだろう。
『父上、ご兄弟を亡くされての国の運営はさぞかし大変だったでしょう?』
当時の王太子の言葉に元王太子は、自分への断罪が軽くなる予兆だ、と思い違いをしたようで頬が僅かに上がった。
『ああ、ですが、国の隅々まで魔力が行き渡らず、ずいぶんと私と私の家族に負担をかけましたね』
元国王は首を小さく横に振った。
『そうですか。でしたら、ご自身の魔力にまだまだ余裕があるのですね。でしたらこちらをお使いください』
当時の国王の護衛が反応するよりも先に玉座に移動した当時の王太子は当時の国王の首に魔術具のチョーカーをつけたのだ。
『慌てずとも問題ない。これは、この国の地方の守りの魔法陣に直接魔力を転送する王族しか使用してはいけない魔術具だ。ご自身のご兄弟を守れなかった陛下は、ご自身のご兄弟の分も国土に魔力を納める必要があるのです』
正論すぎて居合わせた人々は誰も当時の王太子に不服を申し立てることができなかった。
『ああ、こんなに顔色を悪くされるなんて、これでは国を護る魔法陣に魔力を奉納できませんね』
当時の王太子はそう言うと王族専用の礼拝室に向かい、国の守りの魔法陣を自身の魔力で満たし、事実上の国王となったのだ。
当時の国王が玉座に戻るまで、戦勝報告会の会場は当時の王太子の直属部下たちによって封鎖されていた。
彼らは新国王に忠誠を誓う精鋭達でシャオ王国国内での地位はそれほど高くなかったが、その実力たるやラウンドール王国の親衛隊に勝るとも劣らない魔力量と技術を持っており簡単にその場を制圧した。
玉座に戻った新国王は元国王に静養をするように言い渡し離れに連行させた。
貝のように押し黙っていた側室に新国王は微笑みかけた。
『真実の愛の行き着く先まで案内しよう』
その言葉が合図だったようで新国王の部下に側室はブレスレッドを装着させられた。
「兄上と色違いにしてありますよ』
元王太子にもブレスレッドが装着された。
『あなた方二人の愛の棲み処は東海の外れの小島です。誰も二人の愛を邪魔しない楽園にご案内しますよ』
『この魔力を吸い取るふざけたブレスレッドは何なんだ!』
『二人の愛を象徴し、この先の二人の暮らしを支えてくれる大切な物ですよ。東の砦に魔力を奉納する傍らで、じゃんじゃん子どもを産んで私に預けてくださいね。この国には守りの魔法陣に魔力を奉納できる人員が圧倒的に不足しているのです。二人の子以外にも王家の末裔で魔力の多い子どもがいたらどんどん私に託してください。必ずや鍛えぬいて立派な王族にしてみせましょう!』
新国王は、王家の色を持って生まれた子以外も後継者候補にする、と明言していたので会場にいた高位貴族の面々は色めきだった。
『私は王位争いから逃れるために王位継承権を破棄した王族たちの復権を検討しています。王家の子ども達を必ず取り戻す!』
アルフィー王子の出奔を知っているのは当事者しかいないので、会場内は旧王族の復権に湧きたったが、新国王の宣言はアルフィー王子を近日中に王宮に迎え入れるという宣言に他ならなかった。
「あの方が、メリーアン様のお子様を手放すなんて考えられませんね」
メリーアン妃の留学先でも護衛兼ご学友として付き添った私は二人の大恋愛を間近で見てきたから確信している。
二人の愛の結晶をこの先危険に晒すのを避けるために、王家の血を引く子どもたちを集める奇策に出たのだ。
視線を感じて報告書から目を上げるとメラニー姫が可愛らしいお目目をぱっちりと開けて黙って私を見ていた。
「あらあら、お目覚めでしたのね。姫のお父上はとんでもないことをしでかしたので、しばらく騒がしくなりますよ」
メラニー姫は私に笑いかけながらアブゥと返事をした。




