30 死霊系魔獣との対決とご褒美のおかわり
その後、五回転移を繰り返して数を熟した鎮魂の儀式は手慣れてしまい魔力奉納の時間はどんどん短縮していった。
魔力圧縮に手古摺ったのはニーナだけで、僕達はそれぞれの圧縮方法を試してみた。結果、僕の方法とトニーの方法を掛け合わせるのが一番効率がよかった。
「私の魔力奉納が少なくて魔力の全体のバランスが悪くならないのですか?」
「……東の砦から少し拝借しているから問題ない」
伸び悩むニーナが心配すると、シーナは小声で呟いた。
それって、世界を護る結界の要所の一つから魔力を盗用しているんじゃありませんか!?
「教会の護りの魔法陣と繋がっているところから少し多めに流れ出ただけじゃよ。東の魔女を東の砦に留めておくのに丁度いいんじゃ」
カカシは、たいしたことじゃない、と笑った。
「シャオ王国の王太子が東の魔女に協力を仰ぎましたが、東の魔女の本意は、アルフレッドをシャオ王国の未来の国王にするより東の砦に囲いたいのです。教会の総本山の大聖堂島でアルを保護させる方向に話を持っていくでしょう。だから、今、原因不明で東の砦の魔力が減れば調査のために東の魔女は東の砦を離れられなくなります」
カカシの中級精霊は涼しい顔で、東の魔女対策です、と言い切った。
わあぉ。僕は東の魔女にも狙われているのか!
みんな僕の魔力が目当て。
王族の存在意義が守りの結界の維持なんだからそりゃあそうだ。
「アルの洗礼式を大聖堂島で執り行う根回しをする時間を奪うのですね」
確認するように尋ねたトニーにカカシの中級精霊は頷いた。
「本日は初回でラウンドール王国の騎士団にご挨拶しましたが、その後は騎士団のいない場所で鎮魂の儀式をしました。明日は騎士団もこちらの動きを予測して動くでしょうから、ラウンドール王国王太子にご挨拶した方がいいでしょう」
「元聖女が火山灰の被災地の惨状を嘆いて自主的に鎮魂の儀式を執り行ったから、謝礼は教会への寄付という形にしてほしい、と言えばいいんだよね」
僕は今日、ラウンドール王国王太子に遭遇したら言うはずだったセリフを確認した。
鎮魂の儀式を待ち望んでいた精霊達に魔力を提供していたらやたらと多く集まり過ぎた、という設定で僕がアップウの呪文で精霊達を使役できることは秘密にする事になっている。
「夕食は一族の村に戻るのですか?」
傾く西日を見たニーナの疑問にシーナとカカシは首を横に振った。
「あれだけ大騒ぎしてみんなに見送られたのに、終わりませんでした、と帰るのはバツが悪いわ」
「命の神のご加護が残っているんじゃから、野営しても死霊系魔獣に襲われない」
僕達が傾国の美男美女に見えてしまう水の神のご加護が残っている時に緑の一族の村に戻ると面倒事が起こるのだろう。
ちなみに、今日僕達を目撃した騎士団員達には、精霊達が集まり過ぎて僕達がツヤツヤピカピカに見えただけ、と押し切る予定だ。
シーナはちらほらと下草が生えた灰の上に球体の魔術具の部屋を収納ポーチから取り出した。
危ない魔法陣が誤作動するのはきっと僕の死後くらいだから今日明日使うには問題ないのだろう。
トニーが無言でテントを出すと僕とノンはトニーのそばに行った。
男女で別れた方がいいもんね。
「アル様と師匠とノン様がテントで私達が魔術具の部屋だなんておかしいです!」
「「おかしくない」」
僕とトニーは即答した。
「フカフカな床材は寝るには気持ちいいんだけど、歩きにくいし、本物の空が見える方がいいんだ」
「俺はもう少し硬い方が寝やすい」
……アルがいる方がいい。
ノンはそう言うと思ったよ。
妖精と老人の集落で羨ましいなと思ったのは大浴場だけだ。
ニーナは実際に魔術具の部屋に入ると、寝心地は良さそうですが不便です、と納得した。
夕食は精霊達と調理したカレーライスだ。
僕とニーナはリンゴと蜂蜜入りの甘いカレーで、トニーとカカシとシーナはかなり辛いカレーを堪能した。
カカシはもちもちの食感のお米を気に入り、次の開拓は水田の作れる場所がいいな、と呟いた。
美味しいお米をたくさん作ってほしい僕は、お米ができたら必ず買う!と約束した。
空には一番星が輝いていた。大掛かりの鎮魂の儀式を行ったおかげで教会の護りの魔法陣が発動しており、ここでは死霊系魔獣の心配もない。
お茶のお湯を沸かす卓上コンロの炎を競技場での燃える蔦の松明に見立てた精霊達が踊りながら回っている。
凄まじい一日だったが、なんだかんだで楽しんでしまった。
翌日は死霊系魔獣と遭遇しないように日が昇ってから鎮魂の儀式を行うことを確認して眠りについた。
翌朝は早朝からカカシにダメ押しのプレゼンをするためにお米を出し惜しみせずにご飯を炊いておにぎりをたくさん作った。
カカシとシーナは何か企んでいるのか、作ったお握りをどんどん食材収納爆にしまい込んでいくので朝ご飯は普通の食事量になった。
「今日でご利益を使い切りたいから、ちょっと危険な地域も回ろうと思うの」
鮭のお握りと豚汁を食べながらシーナが切り出した。
「死霊系魔獣ごと浄化してしまうのかい?」
察しのいいトニーがあたりをつけるとカカシとシーナは頷いた。
「トニーの火炎魔法に私がアップウの呪文で光魔法を重ね掛けしてしまえば、被災地の死霊系魔獣問題が解決するのよね」
「俺が活躍しすぎるとアルの地位が爆上がりしてしまう問題はどうするんだ?」
「「目撃者がいないうちにやってしまえばいいじゃないか」」
カカシとシーナが含み笑いをしながら声を揃えるとニーナが申し訳なさそうに俯いた。
たぶん、ニーナが眠ってからカカシとシーナが相談して決めたのだろう。心当たりのある僕はニーナに、気にしていない、と微笑みかけた。
「実際、鎮魂の儀式を繰り返したら死霊系魔獣が弱体化する。多少、時間に齟齬があるだけで結果は変わらないわ」
「辻褄合わせはラウンドール王国王太子がするじゃろう」
昨日の今日で打ち合わせの内容が変わる、という事は東の魔女に動きがあったのかな?
「昨晩、シャオ王国新国王が息子の庇護を求めて教会に多額の寄付をした」
なるほど、と僕とトニーは頷いた。
中級精霊達は互いに相手が今何をしているのか見えないから、太陽柱に結果が出たら、即、対策を立てている状態なのだろう。
「急ぐ必要があるのは理解した。大規模魔法を行使して俺たちのご利益を使い切り、ラウンドール王国王太子殿下にいち早く保護していただかなければならないのか」
「正午までに大聖堂島に寄付をしなければ、ラウンドール王国は出遅れてしまうわ。王太子殿下の個人資産を使ってでも即決してもらう必要があるの」
人目に触れずに死霊系魔獣を討伐して、その功績をラウンドール王国王太子に丸ッと譲り、僕の最大の後ろ盾になってもらう作戦だな。
「やりましょう!」
即決する僕にトニーとノンは頷いた。
転移する前から防御の魔法陣をガッツリ作動させて、僕達は死霊系魔獣が発生している被災地に転移した。
朝日を浴びて消えかけている死霊系魔獣にシーナの光魔法が組み込まれたトニーの火炎砲が襲い掛かる。
魔法剣から伸びる炎は、分裂して逃げようとする死霊系魔獣の全てに襲い掛かり、さらに分裂して逃れようとすると風魔法で欠片が一所に集められ、死霊系魔獣は大きな火達磨になった。
手早く作戦が進み、ここに生息していた全ての生き物を合体させたグロテスクな風貌の死霊系魔獣の姿を僕とニーナは直視せずに済んだ。
カカシの中級精霊が風魔法で邪気を吸い取る闇素材の植物の種をばらまき、僕がアップウの呪文で発芽した植物の芽を焼き尽くした。
アップウの呪文で光の神に仕える精霊達の力を借りているので、僕の呪文でも浄化できるのだ。
「……死霊系魔獣ってこんなに簡単に討伐できるものじゃありませんよね」
サクサクと作戦が成功してしまう様子を守りの魔法陣の真ん中で見ていたニーナが呟くと、ノンが頷いた。
「よし!いけるわ!全員配置について!」
シーナの掛け声に僕達は鎮魂の儀式の配置についた。
トニーは魔法剣を右手で構えて炎を出しながら膝をつき左手を地面につけた。
僕は両手を広げるが精霊達は邪気を焼き尽くすために散らばっており、両手の間に集まってこない。
これでいいのだ。
シーナが祝詞を唱えるとカカシの中級精霊が風魔法でシーナの声を拡散した。
死地となったこの地から去ってしまった精霊達を呼び集めているのだ。
遠方から精霊達が集まって来る流れが朝焼けの空に見えた。
僕の掌の間に精霊達が集まり、密集して大きな元〇玉のようになる。
精霊達が僕を通過する光の柱になり、天と地に魔法陣が広がるとトニーの握る魔法剣から炎が消えた。
死霊系魔獣を殲滅したようだ。
その後はすっかり手慣れた鎮魂の儀式を続けた。こうして苦しみながら死んでしまった生物が天界の門を潜れずに死霊系魔獣に取り込まれてしまった姿を目撃してしまうと、昨日より真摯に祈る気持ちが昂る。
精霊達の巨大な魔法陣が解ける直前で大地が激しく揺れると、間欠泉が噴き出した。
妖精と老人の集落の時の湧き出た噴水とは違い、蒸気を伴った間欠泉の粒が頬に当たるとほど良く温かい。
……きっと頑張った、ご褒美だよ!
鎮魂の儀式を終えて僕の胸に飛び込んできたノンがつぶらな瞳をキラキラと輝かせた。
まあ、確かに、魔術具の部屋を見た時に、大浴場が恋しいな、とチラッと脳裏をよぎったよ。
「……被災地全ての精霊達が協力したので……すべての死霊系魔獣が壊滅しました!」
狼狽えたように声を揺らした中級精霊の言葉に、僕達は素直に、やったー!と歓喜の声を上げた。
『七大神からのご褒美でこの地に温泉が湧き出た。波乗りの板でも出して存分に遊ぶと良い』
上級精霊様の言葉が脳内に響くと、神々のご褒美のおかわりに喜びより微妙な感情が湧いた。
お礼の魔力奉納がまだまだ続くんだよね。
ハハハハハと上級精霊様は笑った。
『軽い切り傷ならば治る治癒の湯、美肌の湯、疲労軽減の湯、飲料可能な湯、と各種、湧いてくるから命の神のご加護の印象が薄まるはずだ。昼前にラウンドール王国王太子一行が到着する。一行が湯に浸かれば神々のご利益にあずかれるだろう』
ああ。死霊系魔獣の討伐に関わった全員がほんのりと輝いてしまえば僕達が悪目立ちしない、という神々の配慮なのか。
カカシの中級精霊は、信じられない!と呟くと、何度も首を横に振った。
神々は通常、こんなにご利益を大盤振る舞いしないのだろう。
「偶々なんだけど、村の人達に見せるために妖精と爺さんの集落から水着をもらってきたんだよね」
「儂は着ない!」
カカシはパレオビキニの着用を即座に拒否した。齢二百歳越えのパレオビキニのお披露目は恥ずかしいよね。
「偶々だけど、ドレスタイプの水着の試作品が出来上がっているのよね」
カカシは渋い表情で頑なに首を横に振っていたが、僕とノンとニーナが波乗りを始めると着替えをするために魔術具の部屋に入った。
生命の水のお陰で少し若返ったんだから、カカシも楽しんだらいいよ。




