29 ご加護のご利用は計画的に!
食堂でアオザイを制作してくれた女性達が拍手で褒め称えられている。
女性達の後ろに下がっていた僕とノンは、もっとよく衣装を見せて、とはしゃぐ女性達に前に出るよう促された。
生命の水を飲んだ僕とノンはお肌や体毛がツルツルツヤツヤになっている。
ホゥと観客は溜息をついて僕とノンを見た。
美しいとか、神々しい、と囁く声が上がった。
僕の斜め後ろにいるトニーや観客の中にいるシーナやニーナも肌艶がよくなり、そして、皺皺のお婆さんだったカカシまでがそれなりに肌のハリやツヤが整い、白髪が美しく潤いを保って輝いているんだけど、まだみんなは気付いていない。
カカシがすくっと立ち上がった。
カカシ様がなんだか綺麗、若返った?と囁く声が上がったが、カカシは真面目な表情で辺りを見回した。
「たった今、天啓が下った!シーナ。元聖女として大陸東北部火山噴火の被災地に行き犠牲者達の彷徨える魂を天界の門に導く一助を果たせ!」
カカシの突然の宣告にもかかわらずシーナは慌てることなく姿勢を正し胸に手を当てて一礼した。
「案内役はアルフレッド殿下、トニー殿、ノン殿。儂とニーナはシーナの助手として被災地に赴く!」
なんですと!
他人事だと思っていた僕とノンは顔を見合わせた。
畏まりました、と一礼したトニーは僕とノンの背後に来た。
これは、断ってはいけない案件なんだ、と察した僕とノンは凛々しい表情で、ウム、と頷いた。
出立の支度を、とカミルさんに促された僕達は訳がわからないまま食堂を出た。
「族長の天啓は神々の僕たる中級精霊が神々から賜る使命です。可及的速やかに実行しなければならないのです!」
力強く説明するカミルさんの言葉にシーナは頷いた。
「ちょっぴり事情があって食堂で名指しされたメンバーは命の神様からの多大なるご加護をいただいてしまったから、それを今すぐ使ってしまわなくてはならない状況になってしまったのよ!」
亜空間の競技場でカカシとシーナが上級精霊様の持つ水瓶から目を逸らしたのは、族長の水を精霊達の安息地から持ち出した疚しさからではなく、生命の水を飲んだ後のミッションを心配していたからなのか!
鬼ごっこの褒賞に付随して新たなミッションがあるなんて、とんだ罰ゲー……。
……余計なことは考えるな!
ノンに思考を止められてしまった。
この世界の神罰は突然雷に打たれたり、火山灰に生き埋めにされたりと、とんでもない事が起こってしまう。
余計なことを考えずに、いただいたご利益はサッサと使ってしまわなければならないのね。
僕達は各自の部屋に戻り私物を片付けると食堂に再集合した。
「みなさん。大変お世話になりました!」
別れの言葉もそこそこになったのは亜空間の競技場からついてきた案内役の精霊が、早くしろ!と激しく点滅したからだ。僕達はカカシの中級精霊の転移魔法で火山灰の被災地に転移した。
被災地は大量の火山灰の堆積で町も森林も見渡す限り全て灰の下に埋もれていた。
「戦勝国なのに割譲した土地に大量の魔力を使用して死霊系魔獣を討伐しないといけないなんて、大変だね」
死霊系魔獣を討伐する魔術具を設置しているラウンドール王国騎士団の中に突如、現れた少年の言葉に騎士達が、そうだね、何ていう訳がなく、僕達は騎士達に取り囲まれた。
「ああ、ファビオじゃないか!ご苦労様。死霊系魔獣の発生防止にアルフレッド殿下をお連れしたんだが、部隊長に話を通してくれないか!」
「活火山のトニーか!」
トニーが知り合いの騎士に声をかけると居合わせた騎士たちが騒然となった。
火山灰被災地の後始末に活火山のトニーが駆けつけるって、なんだかなぁ、となるかと思いきや、騎士たちは僕に向かって一斉に敬礼した。
そっか、僕は洗礼式をラウンドール王国で行えばラウンドール王国の王族になるんだった。
「こちらは、上級魔術師にして上級魔導士同等の元聖女のシーナ様、緑の一族の族長のカカシ様、シーナ様とカカシ様の助手のニーナだ。アルフレッド殿下の兎ノンも手伝うことになっている」
トニーは畏まる騎士たちが反応する前に淡々と説明を続けた。
「とある事情があって、アルフレッド殿下が緑の一族の村に招待されたところ、カカシ殿に天啓が下った。我々は命の神様のご加護を賜ったので神々に感謝の祈りを捧げなくてはならない。精霊達の導きで我々はこの地に転移した」
トニーの言葉に合わせて僕が両手を広げると精霊達が集まり白く光る球体になった。
今回のシナリオではカカシの中級精霊は陰から介入するけれど姿を現す予定はない。
上級精霊のように人間の大きさになれるのなら威厳があるけれど、お人形のように小さい中級精霊では説得力に欠けるから精霊達の集合体の方が見栄えがいい、という事になったのだ。
「見ての通り我々は人間には過分なご加護をいただいてしまったので早急に行動を起こす必要がある」
ツヤツヤピカピカに輝く僕達はトニーの言葉を体現していた。
生命の水のお陰で肉体改造もできているから、本当はご加護の効果を保ったままでもいいのだが、それに伴う人間の嫉妬の方が怖いらしく、早々に効果を使い切らなくてはならない、とシーナとカカシに力説されたのだ。
『邪神に魂を売って手に入れた美貌』と陰口を叩かれたり、好みでもない権力者や金持ちの爺に付きまとわれたりするから、僕達はご加護を早々に使い切らないと、僕達は『傾国の美男美女』になってしまうらしい。
「王太子殿下に拝謁を願い出る時間がないので、部隊長に説明をよろしく頼む!」
トニーはまだ会ってもいない部隊長に丸投げ発言すると、僕達は会釈をして踵を返した。
僕とシーナを真ん中に、北側をトニー、南側をノン、西側をカカシ、東側をニーナが、僕とシーナを四角く取り囲んだ。
聖女服姿のシーナが歌うように祝詞を唱えると、トニーとノンとカカシとニーナが地面に両手をついた。
四人は大地にダイレクトに魔力奉納をするのだ。
僕は両掌の間に集まった精霊達を頭上に高々と掲げた。
精霊達の光の玉は僕を貫通する光の柱になり天と地に広がっていった。
キラキラと流れる精霊達の光の柱は天と地で横に広がり、大きな二つの魔法陣を形成した。
僕は全身から魔力を搾り取られる感覚がしたが、不思議と辛くなかった。
あっ!神々に奉納した魔力が戻ってきている!
体の中心から体中に広がる魔力は生命の水を飲んだ時に溢れてきた魔力に似ていた。
これなら、いくら魔力を搾り取られても、全然気にならない訳だ!
僕は全身から搾り取られる魔力の流れが加速するイメージをした。
灰の下に埋まってしまった多くの命が天界の門を潜り、魂の練成を経て新たな命に生まれ変われますように。
搾り取られ湧き上がる魔力の流れが速くなった。
この灰色一色になってしまった大地に新たな息吹が芽吹きますように……。
魔力の流れがさらに加速した。
ああ、トニーやノンの魔力を感じる!
シーナとカカシとニーナの気配も混ざっている。
魔力の流れがさらに加速したのはみんなが魔法陣への魔力の流れの循環に気付き意識して流れを加速したからだろう。
僕達の魔力の流れが緩やかになると、天と地で魔法陣を形成していた精霊達が解けて空中を漂った。
シーナは想定外に早く終わった魔力奉納に祝詞の詠唱が終わらず、祝詞のテンポが速まった。
精霊達は速まった祝詞に合わせてゆらゆらと光りを揺らし幻想的な光景になった。
魔力奉納が終わったトニーとノンとカカシとニーナは立ち上がり幻想的な光景を楽しんだ。
精霊達が踊るように輝くその下で灰色の地面にポツポツと緑色の下草が生えてきた。
緑の一族の民族衣装を着た僕とカカシを騎士達が交互に見ている。
こんな奇跡は、いかにも緑の一族がもたらすのに相応しい。
ああ。上級精霊様が、偶々、と言っていたのはこういう事だったのか!
僕が緑の一族の衣装を着ているのは、男児の着せ替えをしてみたかった女性達の思い付きで、豪華な刺繍が施されたのは彼女たちの興が乗ったからだ。
思いのほか豪華になった衣装に僕の着心地がいいように施された体表面温度管理の魔法陣で保護者同然参加版鬼ごっこを無双できた。
ラウンドール王国とシャオ王国の間で僕の親権が問題になっている最中、緑の一族の民族衣装を着てラウンドール王国の新領地に来ることで、僕は国籍が曖昧なままラウンドール王国国王に保護してもらえるだろう。
神々の気まぐれの偶々が僕の波乱万丈な異世界生活を大団円の方向へと導いてくれている。
シーナの祝詞が終わると精霊達は姿を消した。
見守っていた騎士たちから大きな歓声が上がった。
「私たちは次の場所に移動して鎮魂の儀式を続けます」
シーナの言葉に僕達は頷いた。
大きな魔法陣に魔力奉納をしたというより魔力循環をした僕達は、まだまだツヤツヤピカピカのままなのだ。
もしかしたら、儀式の前より輝いているかもしれない。
曲がっていたカカシの腰が真っすぐになっているもん!
当初からカカシとシーナは一度の魔力奉納ではご利益を使い切らないと踏んでいて、被災地の町の跡地を回る予定でいた。
これなら数日かけて町どころか村々の跡地まで回らなければ治まらないかもしれない。
伝令を出します!という騎士たちを放置して僕達は次の町の跡地に転移していた。
次の転移先はまだ騎士団が到着していない町の跡地だった。
「誰もいませんが、勝手にやってしまっていいのでしょうか?」
ニーナが不安げに上目遣いにシーナとカカシを見た。
「いいんじゃ。儂ら緑の一族は国家間の問題にかかわらないように土地の魔力を整えるんじゃ」
「今回は、思いっきり教会の護りの魔法陣を活用しちゃったから、また、大聖堂島に言い訳しに行かなきゃならないわ」
カカシはシーナの言葉に眉を顰めた。
「このまま鎮魂の儀式を続けてもご利益が残るようなら、大聖堂島で魔力奉納をしなくてはいけなくなるんじゃないか!」
精霊使い狩りの兆しを作らないために教会を避けていたのに、大聖堂島なんて教会の総本山に乗り込みたくない!
「上級精霊様は、日々、魔力を圧縮し魔力量を増やしなさい、とおっしゃっていたから、魔力圧縮を続ければ俺たちのツヤも落ち着くんじゃないのか?」
トニーの提案に僕とニーナは希望の籠もった眼差しをカカシに向けた。
ノンは僕達がツヤツヤピカピカの方がいいのか首を傾げている。
「可能性があるならやってみよう。何しろ神々のご利益にまつわることは精霊達には予測できない。結果として起こる騒動の片鱗が見えるだけじゃ。まだまだ、近い未来の混乱が収まる気配がない」
「大きな町の跡地を先に回ってご利益を使用してしまう計画はそのままでいいのでしょうか?」
シーナは鎮魂の儀式でより若返ったように見えるカカシに尋ねた。
「ああ、その方針でいいはずだ。魔力奉納の時間が短縮された分、魔力圧縮の練習時間に充てられる。これはそういった天啓なのかもしれんな」
あれ?
カカシに下る天啓って、かくかくしかじかのようにせよ!と明言されるのではなく、ぼんやりと、鎮魂の儀式に魔力を使ってね、というような感じなのか?
カカシは僕を見て小さく頷いた。




