26 愛の告白
乙女心を暴露された……、とカカシとシーナはニーナを気遣い声を出さずに口だけ動かした。
上級精霊様は嘘をつけないから、間違いなく僕とニーナは甘酸っぱい関係みたいな事をしていたんだろう。
当の僕はニーナの僕への評価がクルクル反転している事には気付いていたが、初恋の予兆は全く気付いていなかった。
前世では休んだ日のプリントを届けてくれる女の子に淡い恋心を抱いていたが、僕から声をかけることもなく、その子が成長して綺麗になっていくのを眺めていられるだけで幸せだった。
レンアイナンテワカリマセン。
「神々はお気に入りのアルフレッドが育つ国での懸念材料を排除しようと気まぐれで人間界に干渉なさるし、女神達は、今、アルフレッドが緑の一族の村を去るとニーナと再会する事がない、と猛烈に嘆いている」
僕の懸念材料を排除しようとして火山が噴火したり、疫病を流行らせようとしたりするんですか!
うーん。神様のスケールと価値観の違いに眩暈がする。
「女神様達はアルが緑の一族に残る事を期待されているのでしょうか?」
桁違いの災いになりかねない神々の気まぐれを警戒したように声を震わせたトニーは女神達の意向を上級精霊に尋ねた。
「そこは、意見が割れている。……このままアルに二度と会えない切ない思いを胸に秘めたまま成長するニーナに悶える女神達と、鬼ごっこで再勝負をしてニーナの淡い恋心を粉砕してしまう方が美しい物語だと主張される女神達とに分かれている」
恥ずかしさに見悶えていたニーナは顔を上げると、ア゛ア゛ア゛、と奇声を発した。
どっちにしてもアルとニーナは二度と会えないのか、とシーナが小声で突っ込んだ。
「神々の僕として、私は神々が望まれるように事を運ぶ必要がある。だがしかし、過剰な神々のご加護は人間界には災厄となる。手控えていただくために、こうして当人と関係者たちを亜空間に招待したのだ」
「僕とニーナはどうすべきなのでしょうか?」
「ああ、女神達が荒ぶっている。二人は気にしなくていい。人間に神々の意向を組むことなどかなわぬ。今までアルフレッドに生き残るための行動を最優先しなさい、と言っていたが、今回は心の赴くままに行動しなさい。本人たちが決めた行動なら女神達も納得がいくだろう」
ひょっとして、上級精霊様は僕とニーナに丸投げするつもりなのか!
「……僕とニーナの行動で過剰なご加護の濫発の内容が変わるのですよね」
僕の発言に事の深刻さに気付いたニーナはゴクンと生唾を飲んだ。
「緑の一族へのご加護は大地の神が制御されているから問題ない。……ああ、女神達が病魔の神の後頭部を襲撃した。シャオ王国での流行り病はしばしの間抑えられたな」
上級精霊様の語る、しばしの間って、きっと、そうとう長い期間なんだろう。
どの女神様かわからないが、背後からの奇襲、ありがとうございます。
僕達全員が安堵するように肩をおろした。首をぐるんと回すとニーナと目が合うとニーナは恥ずかしそうに目を逸らした。
もうすぐお別れなのに、なんだか距離を置かれそうで嫌だな。
「……僕はニーナの真面目で一生懸命なところが好きだよ」
俯いたニーナは再び耳まで真っ赤になってしまった。
ああ、この好きは、甘酸っぱい初恋とかじゃないんだけど、何て言えばいいんだろう。
「……ヘンタイだ、と罵倒された時は精霊達に吹き込まれたのだろうと推測できたから怒りよりも、どうしよう?と思ったんだ。得意気な表情でアンナを慕う姿は可愛かったし、多才なシーナを尊敬するところも、将来への夢いっぱいの女の子らしくて可愛いと思ったよ」
否定的な言葉を使わずに、恋愛感情じゃない、と言いたいがこんな言葉しか出てこない。
ニーナは真っ赤な顔で口をパクパクさせると両手で口を覆った。
「ゆっくり息を吸って、吐いてー」
ニーナが落ち着くようにカカシはニーナに深呼吸をするように促した。
「僕は年の近い子と一緒に魔法や魔力操作の練習をするのは初めてで、楽しかったよ。現実的なことを考えたら、僕はもう二度と緑の一族の村を訪れることはないだろう。でもね、ニーナ達と過ごした時間を僕は忘れないよ」
一期一会だよ。
洗礼式前の幼児期に精霊達の干渉が強い子どもの二人が出会い、一時の交流を持ち、別れる。
大人びた言葉遣いをするニーナでも出会いと別れの瞬間を楽しむ感覚は理解できないだろう。だから、僕の素直な気持ちを淡々と口にした。
「……わ、私もアル様のことを忘れません!」
呼吸を整えたニーナが真っすぐ僕を見て言った。
もう二度と会うことがない別れを受け入れてくれた、と思っていたら、真っ白な亜空間がぐらぐらと揺れた。
僕は動揺するニーナの肩を押さえると、ノンが僕の頭に飛びつき、その上を両手を広げたトニーが覆った。
上級精霊様の亜空間に干渉できるなんて神々以外にいない、と僕達は咄嗟に悟っていたが、身を寄せ合うしかできなかった。
「うーん。戦いの神を眷属神に持つ火の神様の主張が他の神々の主張に勝ってしまったようだ」
上級精霊様の言葉を聞き、揺れが収まってもギュッと身を寄せ合ったいた僕達は緊張を緩め辺りを見回した。
真っ白い亜空間は円形競技場に変わっており僕達はその真ん中にいた。
観客席にはおびただしい数の精霊達が色とりどりの光を点滅させていた。
「……誰と誰が戦うことを神々はお望みなのでしょうか?」
トニーの問いに上級精霊様は首を傾げた。
「まだ……揉めている。アルフレッドとニーナの鬼ごっこの決着を望む女神達に火の神様が応えたてこうなったのだが、実力の差ありすぎる事に難癖が付いた。ニーナとシーナで一組にする案や、保護者同然対決でカカシ対トニーを希望される神々もいる」
カカシ対トニーの対決は面白そう。だけど、中級精霊と契約している本物の精霊使いのカカシと精霊達の干渉で最強の騎士と謳われたトニーの対決なのに、トニーが男性機能不全なので今は精霊達が干渉できない。
「火の神様がトニーを推して荒ぶっておられる」
上級精霊様の言葉にカカシとシーナは項垂れて小さく首を横に振った。七大神の一柱が荒ぶっているなんて空恐ろしい。
トニーは申し訳なさそうに自分の股間をじっと見ている。
ニーナはカカシとトニーを交互に見て首を横に振った。
ノンがつぶらな瞳で僕をじっと見ている。
……やれるよ。
何がやれるんだい?
……アップウの呪文だよ。
アップウの呪文で僕が精霊達にトニーの魔法を強化するように命令しても、カカシは中級精霊に精霊言語で命じられるんだよ!
これだけたくさんの精霊達が集まっているのだから、普通の精霊達でも中級精霊に勝てるかもしれない。けれど、命令伝達の速度が僕を経由する分遅くなるから難しいんじゃないのかな?
……勝てないと思うから勝てないんだよ。
つぶらな瞳でノンは脳筋的な発想を……、いや。ノンの言う通りだ。
シーナの作戦ではトニーと老人の対決が長引いてしまい、結局、老人の魔術具を破壊したのはノンだ。
ただ、無鉄砲にカカシと中級精霊に挑んでも勝てない。ノンは妖精と老人が完全に油断していた時を狙いすまして身体強化で魔術具を蹴り飛ばした。
僕に何ができるだろう?
ノンと目で会話していた僕はトニーを見た。
大切な人を守るために最強の護衛騎士になったトニー。
最愛の人を失い、最強の魔法が発動しなくなっても最愛の人の遺児を守り続けるトニー。
未使用なのに精霊達が魔力を搾り取るために圧がかかり元気を失ってしまったトニーの一物。
大勢の精霊達を従わせたとしても、今までトニーを最強にしていた精霊達の方がトニーの魔法を熟知しているだろう。
トニーの一物に負担をかけず中級精霊に負けない速度で最強魔法を発動させなくてはいけない。
「トニーの最強魔法はトニーが愛する人を守るために使用するんだよね?」
「ああ、そうだよ」
僕は姿勢を正し真っすぐトニーを見つめて言った。
「トニーは僕を愛しているよね」
トニーは踵を揃えて姿勢を正すと真顔で言った。
「はい。アルフレッド殿下を敬愛しています。そして、妃殿下の遺児としてでなく、アルとして、慈しみ愛しています」
直立不動で真顔だったがトニーの瞳に優しさが見えた。
「僕もトニーを愛している。僕がトニーを最強にするから僕を信じてくれるかな」
トニーの瞳の輝きが驚くように揺れた。
「はい。信じます!私はアルフレッド殿下のために最強になります。殿下も私を信じてください」
「おいおい。突然、愛の告白を始めるなんて、儂とトニーの対決にアルが参戦するのか!」
カカシが僕達の間に割って入った。
「カカシ様は師匠との対決の結果を知っているのですか!」
ニーナの質問にカカシは首を横に振った。
「上級精霊様の亜空間での出来事など精霊達には見えない。まして、火の神様がかかわっている亜空間でどんな魔法が使えるかなぞ全くわからない」
カカシの言葉に中級精霊とシーナが頷いた。
「……揉めていた神々は、アルフレッドの決断を支持する声が集まっている。……いや、中級精霊対一般精霊達の対決になるから、カカシはニーナと組むべきだ、という声が多数派になった」
上級精霊様の言葉にニーナは顔面蒼白になった。
「そうでしたら、私がアルとトニーの組に入りましょうか?」
僕とトニーの戦力の底上げをしてニーナを外すようにとシーナが名乗りを上げると、上級精霊様は首を横に振った。
「いや。神々はこの対戦でアルフレッドがシーナの補助なしに呪文を使いこなす訓練になるとお考えだ」
いつもは人目を気にして大規模魔法は使えなかったが、円形競技場で思い切り精霊魔法を使ってみるのは楽しそうだ。
「ハハハハハ。アルフレッドはこんな状況を楽しめるだな」
「はい。二度目の人生、いえ、魂の練成を経て剣と魔法の世界に来たのですから、命を取りあうような危険な戦いではない条件で、魔法の使用が禁止されている洗礼式前に大きな魔法を使えるなんて、信じられない僥倖です!」
ついさっきまで動揺が走っていたみんなは僕の言葉で笑顔になった。
たかだか、鬼ごっこなんだもん。楽しまないとね。
「儂とニーナ、トニーとアルで精霊魔法を駆使した鬼ごっこをするだけか。ルールを決めれば、安全にかつ大胆な魔法を使用できそうじゃな」
カカシの言葉にトニーは頷いた。
「鬼役の保護者同然が捕縛の魔法を使用したり、逃げる役の保護者同然が攻撃魔法を使用したりするのでしょうか?」
「そんなのでいいだろう」
シーナの提案に上級精霊様はあっさりと同意した。
僕達はノリノリで細かいところまで話し合い、保護者同然参加版の鬼ごっこのルールが決まった。




