25 神々の気まぐれ、あるいは水飴の余波
「何がどうなっているの?」
突然の転移に僕はカカシに尋ねた。
「儂も訳がわからんのじゃが……」
「ここは上級精霊様の亜空間です。それ以外のことはわかりません」
カカシの顔のそばに姿を現したカカシの中級精霊もぼくたち同様に首を傾げた。
「村で危険な事なんかあった?」
「そんな予兆があったら村人ごと儂の中級精霊の亜空間に避難させるよ」
僕の疑問をカカシが即座に否定した。
「誰かがシーナみたいにやり直しをさせられているとか、ないかな?」
「上級精霊様が現在なされて事は太陽柱に映像がありませんからわかりかねます」
僕達の周りを漂っている精霊達も不安げに淡い光を揺らした。
中級精霊でもわからない事は亜空間を漂っている精霊達にもわからないだろう。
「とりあえず亜空間にいる間は現実世界の時間は経過しないのだから、のんびりしましょう。アル。新しい衣装の刺繍を見せて」
上級精霊に何度もループさせられた経験のあるシーナは一人呑気に言った。
僕は刺繍がよく見えるように両手を広げると、動揺していたカカシとニーナもそばに寄ってきた。
「なんて綺麗な刺繍なんでしょう!」
「うわぁ。体表面温度管理の魔法陣も刺繍されているから、いつでもどこでも着れるわね」
「普段着にするには華美だけど普段着仕様の魔法陣じゃな」
シーナとカカシはアオザイの裾を手に取ると魔力を流して魔法陣を確認した。
「体表面温度管理の魔法陣が施されていても今のアルの魔力循環方法じゃ衣装に魔力が流れないぞ」
トニーの突っ込みに、うーん、とカカシとシーナが唸った。
掌だけ魔力が漏れている状態なんだから……。
そうだ!
刺繡糸にだけ僕の魔力を流し込んでおけばいいんじゃないのかな。
精霊達に刺繍糸の魔力を取られないように糸に流し込む魔力を練り飴みたいによく練って……。
親指と人差し指に魔力を集めて練り飴を練るようにグルグルと手を動かすと、トニーとシーナとカカシが爆笑した。
「アハハハハ。いきなり始めるんじゃな。精霊達から聞いていたが、目の前で見られるとは思っていなかったよ」
「今回はわかりやすい動作をしているけれど、魔力循環をしながら身体強化をしたり、魔力漏れを防いだ時なんて、世間話の最中だったからしばらく気付かなかったわ」
シーナの言葉にトニーは頷いた。
「少量の魔力を練って今度は何をするんだい?」
「シーナがお爺さんの魔術具を壊そうとしたやり方を応用してみようかな、と思ったんだ」
僕は練りあげた魔力が細いチューブになるようにイメージすると魔法陣の刺繍糸に被さるように魔力を流し込んだ。
僕の意図を理解した三人と一体と一匹は、納得した表情になった。
「アル様は何をしているのですか?」
「アルは、普段、魔力循環で体から漏れ出る魔力を抑えているから、本来、着るだけで快適の温度になる魔法陣に魔力が流れないんだ。だから、自分の魔力を練り上げて刺繍糸に魔力を馴染ませているんだけど、精霊達に魔力を盗まれないように魔力に硬さを持たせたんだよ」
ただ一人、僕の動作を理解できずにいたニーナにシーナが説明した。
「ああ、上手くいった。けれど、この亜空間が快適な温度だから効果を実感しにくいな」
僕の感想に、ハハハと全員が笑った。
「今流した魔力でどれくらいの時間、効果があるのかの検証は地上に戻ってからだな」
「私のローブの魔法陣より無駄のない魔法陣だから、あまり魔力を使用しないと思うな」
トニーとシーナは僕に張り付いて魔法陣を矯めつ眇めつ眺めた。
「こっちに汚れ防止の魔法陣がある。こっちにも魔力を流して」
シーナの指摘に僕は背中に手を回した。
トニーは、洗濯いらずか!と感激し、後で魔法陣を買い取ろう!とホクホク笑顔になった。洗浄の魔法を使うより汚れない服の方が便利だもんね。
「精霊達に魔力を抜かれていないようだし、上出来じゃな」
魔法陣にだけ魔力を充填する方法はカカシが太鼓判を押す出来栄えだった。
「待たせてすまなかったな」
いきなり上級精霊様が現れるとニーナは腰が引けたまま固まってしまった。
わかるよ。この世のものとは思えない美貌と圧倒的な存在感だもん。
「アルは時間を有効に使っていたようだな」
「はい。新しい衣装に上手く魔力を流せました」
「今日はどういった事でこの亜空間に招待されたのでしょうか?」
カカシが上級精霊様に尋ねると、上級精霊様は言いにくそうに小首を傾げた。
「……現状を共有しておこうと考えたのだ。カカシもシーナも精霊達の報告では現状を把握できておらんだろう?」
上級精霊様の問いにカカシとシーナは頷いた。
「ラウンドール王国では火山の噴火。シャオ王国では王権交代。何がどうなってこうなったかの詳細まで把握していません」
シーナの報告に僕とトニーは青ざめた。
「ラウンドール王国の火山噴火の被害は噴石と火砕流は人里に影響ない範囲にとどまり、王国北西部に雪解けによる泥流が発生したが砂防ダムにより被害は最小限に食い止められた」
上級精霊様の言葉にトニーと僕は安堵した。
「人的被害が大きかったのは……」
僕とトニーが息をのむと、上級精霊様は優しく微笑んだ。
「ラウンドール王国の隣国に火山灰が広範囲に降り注いだ」
もしかしてラウンドール王国と紛争中の国かな?
「ああ、そうだ。広範囲に大量の火山灰が数日間も降り注いだことで農作物に壊滅的な被害が出た。今年は餓死者を出さないためには穀倉地帯の多いラウンドール王国から食料の買い付けをしなければ凌げまい」
「戦争どころではなくなってしまったのですね」
「ああ。全面降伏で、被害に遭った一帯をラウンドール王国に差し出している」
あちゃー。
ラウンドール王国国王の僕の祖父は、領土拡大の意思はない、とトニーが言っていたのに、被災地を獲得するなんて割に合わない。
「……あの火山が噴火すると被害はラウンドール王国側に多く出るはずなのですか……」
トニーが首を傾げて呟くと、上級精霊様の頬が少し上がった。
「偶々、風向きが敵国側に吹いた。ラウンドール公国側の被害は死霊系魔獣が跋扈する樹海だけにとどまり、大量の灰やガスが隣国に降り注いだだけだ」
偶々? そんなことあるのか!?
神様案件、とシーナが呟くと、うむ、と上級精霊様が小さく頷いた。
「死霊系魔獣が大型化した事に気を揉まれた山の神を気遣い、火の神が力を貸したところに、風の神が小うるさい騒ぎを続けている地域に強風を吹き付けた。神々の気まぐれが重なっただけだ」
火の神様と風の神様は協力関係にあったわけではなく、偶々、噴火で火砕流が死霊系魔獣を焼き払い、灰とガスだけが長年ラウンドール王国に戦争を仕掛けてくる騒がしい隣国に降り注いだ。
風の神様の気まぐれがラウンドール王国にとってミラクル神風になったのか!
「……教会での解釈は創造神の神罰ではなく、各神の神罰となるでしょうね」
シーナの推測に上級精霊様は頷いた。
「神々の気まぐれは強欲な人間達への神々の裁きと見えるだろう。被災地で生きのこった人間は誰もいない。ラウンドール王国王太子が被災地で発生した死霊系魔獣を討伐している最中だ」
少し待てば全面解決ってこういう事だったのか、とシーナは小声で呟いた。
被害に遭った隣国の一般市民たちには申し訳ないが、ラウンドール王国としては養わなければいけない民のいない開拓地を手に入れたのか。
あれ?上級精霊様のなさる事は太陽柱には映らないって中級精霊は言っていた。シーナが少し待てば全面解決、なんて呟くという事は、その情報源はシーナを慕う精霊達ではなく上級精霊様?
あまりにもラウンドール王国にとって都合のいい『偶々起こった神々の気まぐれ』とは、神々の僕の上級精霊様が実行した……なんてね。
「察しのいい子は嫌いじゃないよ」
上級精霊様の言葉に、口に出しません、と僕は静かに頷いた。
「ラウンドール王国側の混乱の現状は理解しました。シャオ王国の方はどうなっているのでしょうか?」
僕は話題の方向を変えた。
「そっちの神々の気まぐれは現在、保留中だ」
保留とは?と僕達は首を傾げた。
「病魔の神が気まぐれを起こす前に、美の神と料理の神が病魔の神に喧嘩を仕掛けた。その間に、シャオ王国国王が自身の健康問題を理由に王国王太子に譲位した」
「シャオ王国国王、祖父が危篤という訳ではないのですね」
「ああ。彼は魔力枯渇以外の健康上の問題はない。メリーアンにご加護を与えていた美の神と、アルの考案したリンゴと蜂蜜のカレーライスを気に入った料理の神が、病魔の神がシャオ王国の国土を荒らすことを懸念して、現在、口喧嘩をされている」
「美の神様と料理の神様が負けてしまうと、シャオ王国は流行り病が蔓延してしまうのですね!」
メラニーとアデルやお世話になった商会の人達が暮らすシャオ王国で病魔が神の気まぐれが発動したら大変だ!
「そうなんだ。保留になっている気まぐれが発動するとシャオ王国は滅亡するかもしれない」
僕とトニーが言葉をなくすと上級精霊様は引きつった笑顔をした。
「神々はアルフレッドへの過剰なご加護を数多く保留にしている」
過剰なご加護が数多く!と僕達は顔を引きつらせた。
「人間が飲めない味の水を使用した水飴の一件以来、アルフレッドとトニーとシーナは神々の注目を集めている」
人間の飲めない水の味って、カカシの水の原液はどれほど酷い味なんだ!
あれ?シーナが持っていた族長の水はアンナが改良した物なのに、どうしてアンナではなくニーナが上級精霊様の亜空間に招待されたのだろう?
水飴の関係者以外がいる事に気付いた僕達がニーナを見ると、急に注目を浴びて訳がわからないニーナはおろおろした。
「アンナの希釈水くらいならかつて成し得た者がいたから、人間が我慢できる味にした功績はアンナではないという事でしょうか?」
カカシの疑問に上級精霊様は頷いた。
「まあ、そうなんだが、今日は水飴の関係者を呼んだわけではなく、神々の興味を引いた人の子らとその保護者同然を呼んだのだ」
僕の保護者同然がトニーとシーナとノンで、ニーナの保護者同然としてカカシが呼ばれたのか。
神々の興味を引いた人の子らの中に自分が含まれていることに気付いたニーナは青くなって震えだした。
「ニーナはどうして神々の興味を引いたのでしょう?」
カカシの疑問に上級精霊様はニーナを見遣った。
「ニーナは可哀想な子として女神達の興味を引いたのだ」
女系一族の子に女神様達が興味を示すのはあり得る、と僕とトニーとノンは納得したが、シーナとカカシは首を傾げた。ニーナは青ざめたまま震えている。
「少女らしい潔癖さで、まだ見ぬアルフレッドを嫌悪していたのに、鬼ごっこであっさりアルフレッドに首ったけになったニーナが、アルフレッドの呪文が上達するたびに別れ予兆として寂しさに心揺らすさまを、女神たちはたいそう気に入ったのだよ」
女神様達はツンデレがお好きだったのですか!
いや、ツンの記憶はあってもニーナがデレた記憶がない。
もしかして、ニーナはシーナたちの説教を食らってから僕に礼儀正しく接していたからわからなかったのか!
僕達はそんな甘酸っぱい関係になっていたのか!?
ニーナは首まで真っ赤になるとカカシに飛びつき顔を隠して震えている。




