14 シーナの作戦の続き
目が覚めたのは天井の空が明るくなったからだった。
フカフカの床は自重をいい感じに分散させるので気持ち良すぎて目を開けたくない。
偽物の太陽がさんさんと輝いているから脳は覚醒すべきだと主張するので目覚めてはいる。
それでも、もう少し微睡んでいたくてうつ伏せになり目を隠すと、ノンが僕の体を何度もジャンプで往復した。
タタタタッ、バフン。タタタタッ、バフン。……。
はいはい。いぎたないね。もう起きますよ。
身を起こすとノンは僕の胸に飛び込んできた。トニーとシーナは換気口の格子の隙間から外の様子を窺っていた。
「おはよう」
「おはよう。もう部屋の外では朝食の準備をしているよ」
「えっ!朝食も外で、いや、一応建物の中だったね。昨日の歓迎会の会場みたいになっているの?」
僕は四つん這いで壁際に行くと、ノンは嬉しそうに僕の後ろをぴょんぴょん跳ねながらついてきた。
僕も隙間から外を覗くと、住民達は昨晩と同じ規模でテーブルと椅子を並べていた。
「今朝のメニューは何だろう?」
「焼いたベーコンと野菜スープと昨日の薄いパンだな」
「昨日の残りの豚骨と鶏ガラで出汁を取っているのなら美味しいかもね」
「やめとけ。食べたら私達も食材を提供なければならなくなる」
僕とノンはキョトンとした顔でシーナを見た。
「集落に水をもたらした恩人なのに、また食材を提供しなきゃダメなの?」
昨晩の猪の肉は神々に捧げた供物のおさがりをみんなで分かち合う神事的意味合いがあったが、これ以上この集落の住民達に僕達の旅の食糧を提供する義理はない。
「私達の収納ポーチにある物は自分たちの物、という価値観だからね。振舞ってもらって当然だと考えているんだよ」
シーナの説明に、トニーは無言で頷いた。
僕が寝ている間に二人は何か話し合っていたのかな?
「俺達は三人分しか食べないのに、住民たち全員に食料を提供する筋合いはない。サッサと集落を出よう」
「この魔術具の部屋を出たら目の前が朝食会場なのに、どうやって食事を断るの?縄梯子のある闇の神の塔まで走って住人達を振り切るの?」
「いや。神々の御使いらしく、威厳たっぷりに振り切るのよ!」
自信たっぷりの笑顔をみせるシーナにトニーは真顔で頷いた。
フワフワパンのハムサンドで軽い朝食を済ませた僕達は小芝居の衣装に着替えた。
準備が済むと、精霊達は壁の一部に集まって触れば穴が開く場所を教えてくれた。
シーナがそこに触れると開口部の穴が開き、住人達が一斉に僕達を見上げた。
真っ白い聖女の衣装を身に纏ったシーナとラウンドール王国近衛隊の制服を身に纏ったトニーの間に挟まれた僕は青いリボンを首に巻いたノンを抱いて頷いた。
僕がラウンドール王国の王子様の装いを選んだのは、シャオ王国の貴族服は刺繍を多用したデザインだが、ラウンドール王国はレースやフリルを多用したデザインだから、見た目の派手さが勝っていたからだ。
清楚系と精鋭系とゴージャス系の衣装で登場した僕達は、縄梯子で降りるのではカッコ付かない、という事で、シーナが祝詞を唱えると地面のタイルが剥がれて浮かび上がった。
この建物は浮かぶ石を素材にしているから一部拝借して浮かせてみよう、とトニーとシーナは昨晩実験していたらしい。
この集落に立ち寄った理由が知的好奇心を満たすことだったので、二人は密かに目的を達したようだ。
トニーが優雅にタイルに飛び乗ると僕とシーナに手を差し出した。
僕とシーナはしなやかな動作でトニーの手を取りタイルの飛び乗ると、タイルはゆっくり剝がれた場所へと戻った。
呆気に取られている住人達を押しのけたマーサが僕達の元に駆け寄った。
マーサが身振りで朝食の席に着くようにと僕達に促すと、シーナは無言で首を横に振り、七つの神の塔を順番に指さした。
マーサも住人達も昨晩の老人の工房前での儀式に参加していたので、僕達が朝一番に神々に魔力奉納をしたいのだろう、とすぐに伝わった。
見た目を整えるだけで威厳が出るので、余計な説明をせずに闇の神の塔の縄梯子まで案内された。
裾が広がるスカートのシーナを先頭にノンを抱いた僕、トニーの順番に一階層まで下りた。
魔力奉納は七大神の塔すべて余すことなくした方がいい、とシーナが主張したので僕達は昨日の順番で魔力奉納をした。
一階層では十数頭の牧羊犬が牛や羊や豚や鶏をそれぞれの種族ごとにまとまって放牧するように誘導していた。
昨日とは打って変わって噴水から清水が湧き上がり人口の小川が牧草地に流れていた。
住人達が七つの塔の縄梯子から続々と降りてきて魔力奉納の列を作っているのも昨日とは違う光景だった。
僕はこの魔術具の建物も見納めだと思ってキョロキョロしながら魔力奉納の道のりをのんびり楽しんだ。
昨日大騒ぎした水の神の塔で最後の魔力奉納を済ませると、トニーが僕の顔色をじっくりと観察していた。
「体調は大丈夫だよ。昨日、七つの塔と五階層の特設祭壇とで二回も魔力奉納をしたせいか、今朝はそんなに魔力を奉納しなくて済んだんだよね」
この集落でどれだけ魔力奉納をしても市民カードにポイントが付かないから正確にはわからないけれど、七つの塔で魔力奉納をしても、そんなに魔力を抜き取られた感覚がしなかった。
僕の言葉にノンは頷き、トニーとシーナが顔を見合わせた。
「あまりいい状況じゃないようだな」
「負け筋は全部潰してあるわ。今回はトニーが頑張る番よ」
僕が眠りに落ちてから二人の間にどんな打ち合わせがあったのか知らないが、何らかの計画が進行中なようだ。
僕達が水の神の塔を出ると、老人と老人の肩に乗った妖精が待ち構えていた。
お別れの言葉を口にしようとした瞬間、真っ白な閃光に包まれた。
このタイミングで転移か!と、思いきや、真っ白な亜空間にいた。
遠方でオレンジ色の炎と青い稲妻がぶつかり合っていた。
「うーん。トニーはよく頑張っている、と言うべきか、もうはや呼んだのか、と言うべきか迷うな」
小さく何度も首を横に振るシーナの言葉に、僕はトニーが横にいないことに気付いた。
目を凝らすと、炎と稲妻の戦いはトニーと老人が両手から魔法攻撃を繰り出して激闘している姿だった。
「どうなっているの?」
僕とノンがシーナを見上げた。
「あのね。妖精と老人はトニーを単独で亜空間に閉じ込めたら、私達に懐いている精霊達を分断できるから、トニーに勝てると踏んだのよ」
「じゃあ、トニーは僕達より先にこの亜空間に来て戦闘を開始していたの!?」
「そうよ。トニーが最初から帯刀していたのは妖精がトニーの魔力に干渉して収納ポーチを開けられないようにする事への対策だったのだけど、妖精はトニーの抜刀を防いだようね」
「シーナの作戦は失敗したの?」
「いいえ。まだそれも作戦の内よ。あの魔法剣は敵の人数が多いときに猛威を振るうけれど妖精使いの魔法使いとの一対一の対決には向いていないわ」
そうだね。一頭千断の魔法剣でも敵が一人ならちょっと場違いだ。
「魔法剣はトニーを慕う精霊達が敵の魔力を利用して効果を倍増するけど、爺さんの魔力は妖精が完全に制御しているから魔法剣を使用するとトニーの魔力の消費が激しくなるの」
僕は読み違えていたようだ。
「戦況は、トニーは魔法剣士としてではなく上級魔術師として、爺さんは妖精に魔力を制御させて古代魔法使いとして戦っているわ。古代魔法使いは詠唱魔法と魔法陣の組み合わせを即座に構成できるから、上級魔導士の方が不利ね。でも、爺さんの魔力が切れた頃合いにトニーが魔法剣を抜けば即座に勝負が決まるわ。亜空間では妖精も他の生物や人間から魔力を盗むことができないの。だから若くて精悍なトニーの方が有利よ」
「……でも、お爺さんの魔力が底をつきそうには見えないよ」
「だから、私達が合流したのよ。昨晩、爺さんをたらふく飲ませたのは爺さんが使用している魔力を貯蔵する魔術具の修理を手古摺らせるためだったの。でも、まあ、爺さんだって回復薬で酔い覚ましをする。それも想定済みよ」
トニーと老人がバチバチと文字通り火花を上げて激闘しているのに、シーナは表情を変えることなく淡々と説明した。
「お酒を楽しむ人はね、ほろ酔い状態を身体異常ではなく心地いいと感じるの。だから、回復薬で酔いを醒ましても、ちょっと血行が良くなって気分がいい状態で、酔いが醒めたと体が反応してしまうのよ」
「酔っぱらいは、自分は酔っていない、と言いがちだよね」
アハハ、とシーナは笑った。
「そうよ。判断が曖昧な状態まで泥酔してしまえば平常値が狂うの。だから、中途半端な修理で完全に直ったと勘違いしてしまうように誘導したのよ」
なるほどね、と僕とノンは頷いた。
「でも、何でトニーが優勢じゃないの?」
入れ代わり立ち代わり攻防を続けるトニーと老人の戦いはまだ拮抗している。
「爺さんの魔力が私の予想以上にあったようね。私の小細工が発動するまでの間に少しでもトニーに不安な要素があったら亜空間に私とアルを召喚するように族長の精霊に頼んでいたの。アルが七大神の塔で奉納した魔力が少ない、と聞いた時から戦闘の途中で召喚されることを覚悟したわ」
「どうしてそう思ったの?」
「七大神への魔力奉納は戦いに向かう前に行うと、通常より少ない魔力奉納になるの。これから魔力を大量に使う人間から神々は魔力を大量に引き出したりしないのよ」
なるほどね。
それで、僕の魔力が必要な状態になる、とシーナとトニーは覚悟したのか。
「とりあえず、拮抗している状況で私達の助力が必要だったのは……魔力ではなく、呪文の方ね」
シーナの言葉にノンが首が千切れるかと思うほど激しく頷いた。
トニーの魔力はまだ大丈夫でも……。ああ、あれか!
このままではトニーの体の一部に限界が来るのだろう。
「トニーを慕う精霊はトニーに助力したいのだろうけれど、どうしてあそこに集まるんだろうね」
視力強化で確認するとトニーの下半身が白抜き状態に輝いている。
「戦闘中に魔力練成を行なうトニーの戦い方だと、トニーの魔力を借用しずらくて、ほとぼしる本能であそこが立派だった時にそこから搾り取ることで大規模魔法が成功したから、今でもそこに拘っているんじゃないか、と族長の精霊は言っている」
戦闘中に精霊達がトニーの股間に集結して魔力を搾り取ろうと圧をかけながら輝いている。
「アップウの呪文で精霊達を散らさないとトニーの魔力が尽きる前にトニーの一物に問題が起こるんだね」
僕達が戦闘が終わる前に亜空間に呼ばれた理由が残念過ぎて、僕は項垂れた。
「問題は、戦闘時にあそこに圧がかかっている状態がトニーにとって通常だから、精霊達を蹴散らした後、トニーの魔力制御が若干狂ってしまう事なの」
拮抗を保つ二人の戦闘状況にトニーに不利になるような事はしたくない。
「アップウの呪文で精霊達を散らす時にお爺さんに攻撃ができれば、トニーは自分の魔力を制御する時間を稼げるよね」
攻撃は最大の防御だ!と提案するとシーナとノンはいい笑顔で頷いた。




