13 奇怪な集落
たくさんあった丸焼きのお肉を体格のいい住民達は猛烈な勢いで減らしている。そのうえ猪の焼肉も堪能し、エールの樽が空く。
見事な食いっぷりだ。
偽物の空は日没後、煌々と満月が照らしていたので、薄暗い程度の明度だった。
シーナ曰く、この月は毎日満月らしい。
夜でもパレオ一枚で過ごせる快適な気温。死霊系魔獣におびえることなく夜更けまで疑似野外で宴会できる安全な集落。男女ともにたわわなおっぱいになる余裕のある食生活。
これまで旅をしてきたどの地域より暮らしやすい生活だろう。
世界中の秩序が破綻した時代、大聖堂島に向かう大量の物資を運んでいた空飛ぶ岩が墜落した地が、教会の護りの魔法陣の拠点だったから土地の資源や魔力が豊富だった。
そんな土地にいた妖精が、偶々見つけた不遇の天才魔術師が地上の楽園を作る可能性を見出して契約したらしい。
「爺さんは次々と魔術具を作り続ける事しか興味がない。この集落ができた頃の住民達は爺さんの親族か弟子達だったから、爺さんは人間関係に気を使わなくても何とかなっていたが、不老不死なのは爺さんだけなので、住民達の世代が変わっていくと、好き勝手をする爺さんを止められる人間がいなくなっていったんだろうね」
自分のお腹が満たされると席を立とうとする老人をマーサが肩を椅子に押し付けて着席させてはエールを飲ませていた。
老人は酔いが回ったのかだいぶ大人しくなった。
「彼女は何度も妖精に、宴会が終わらないと私たちが宿泊する最上の部屋を出せない事を私達に説明するように、と頼んでいるのに妖精は知らんぷりしている」
シーナはマーサの名を呼ばずに現状を説明した。
「妖精の関心は、爺さんがどんな魔術具を作るのか?という事に終始しているのかな?」
「さあね。ただ、あいつは何か企んでいるから気を付けるように、と族長の精霊達が言っているわ」
「そうなのか?」
トニーの問いに、心配いらない、とシーナは言った。
「この宴会が長引けば長引くほど私達に有利になるわ。アル。ノンと一緒に子ども達の方に行ってみようか?トニーは爺さんにもう少しエールを飲ませて。つまみを出したら目覚めるはずよ」
シーナはウトウトしている老人にもっと酔わせようとしている。
妖精と老人に明日の出立を邪魔されないように二日酔いにさせておく作戦なのだろうか?
シーナはマーサに僕と子ども達のテーブルとを交互に指さして合流する事を伝えた。
マーサが席を立つと、任せとけ、と言ったトニーは老人の隣に座った。
老人の肩を叩いたトニーが左手の中指の指輪を見せると、老人はシャキッとした。
トニーは笑いながらデキャンタを手に取ると、老人のコップになみなみとエールを注いだ。
老人はトニーの中指を捕まえると、指輪の魔石を月光に透かし、ハァーと溜息をつき、エールをゴクゴク飲んだ。
トニーは追加の食べ物を出さずに指輪の魔術具で老人の関心を引いたようだ。
僕はノンを抱っこしてマーサの案内で子ども達のテーブルに向かった。
言葉が通じない子ども達とどうやって交流を図ったのか?
その答は、お互いの言葉を教え合った。
美幼女二人が僕のことを他の子ども達に話していたのか、子ども達のテーブルに行くと子ども達は僕のことを恐れおののくというより、好奇心に瞳を輝かせていた。
混浴でサーフィンごっこ、なんて話を聞いたら誰だって興味を持つよね。
お腹が満たされた子ども達を誘って噴水脇で体を使った遊びをした。
あたま、かた、ひざを順番に叩いて最後は手を打つ遊び歌を互いの言葉で交互に歌った。
子ども達は自分たちと違う発音が同じ意味を持つことに驚きつつ、僕の言葉を少しずつ理解できるようになっていくことを喜んだ。
喋れないノンも一緒に体を動かしたので、子ども達に大人気になった。
狩りに出ない子ども達は兎の存在を知らず、白くて小さい豚、と呼んだので僕とシーナは笑った。
鳴き真似で一階層にいる動物の名前を聞き出すと、牛は茶色い大きな豚だったので、この集落で呼ばれている豚は四つ足の動物全ての総称ではないか?と気付いた。
だって一階層にいた牧羊犬の、わんわん、の鳴き真似で、小さいうるさい豚、と答えたんだよ!
固有名詞が少ないと物の名前が説明文のように長くなってしまうだろう。
だから、集落の人達はまくしたてるように話すのかな?
精霊達が、そうかもね、と言うかのようにてんでばらばらに二回点滅すると、子ども達は精霊達を捕まえようと手を伸ばした。
それ、僕もやったな。
「子どものあしらいが上手いな」
「僕も子どもだからね」
あらかた食べつくしたのか、大人達は宴会場の端の方の席から片付けを始めていた。
イスとテーブルを運ぶワゴンは自動で動く魔術具で僕とシーナは興味津々に見ていたが、子ども達は見慣れているのか、興味を示さず精霊達を追いかけたり、順番にノンを撫でたりしていた。
「お年寄りはどこでご飯を食べたんだろうね?」
男女ともに住民達はよく働くが、腰の曲がった高齢者はいなかった。高齢者施設でもあるのだろうか?
「……さあね。ここの住人達は長生きしないのかもしれないよ」
精霊達に聞けばわかるはずなのに、シーナは小首を傾げただけだった。
ふくよかだと健康リスクが高いのかな?
まあ、明日の朝にはここを出るのに細かいことを気にすることもないか。
「私達も祭壇を片付けに行こうか」
シーナの言葉に僕は頷いた。
トニーと老人は七つの塔を交互に指さしながら魔法理論を身振り手振りで語り合っていた。
言語が違うと言っても、元の言語は同じなので慣れてくると何を言っているのかだいたい推測できるようになるのだ。
行くよ!とトニーに声をかけると、トニーだけじゃなく老人も頷いた。
祭壇は老人の工房のところにあるので、トニーと老人は肩を組んで歩き出した。
老人はだいぶ千鳥足だったが、トニーが腰を支えていたので何とか工房の玄関に辿り着いた。
「おやすみなさい!」
ご機嫌な老人を工房に押し込んだトニーは祭壇の片付けに加わった。
僕達が宴会場に戻ると、ちぎったポ〇デリングみたいな居住部の一つが噴水の横に浮かんでいた。
客室は単体で浮かぶのか!
マーサが大きな球体に触れると壁に穴が開き、穴から縄梯子が降りてきた。
一瞬だけ、ミルクを運んできた魔術具みたいに上部がパカッと開くのかも、と思ったけれど、そんなわけなかった。
入り口の穴はいかにも魔法世界な仕様でカッコいいのけど、縄梯子はちょっと残念な仕様だ。
「入っていいのだろうか?」
住人の手でしか開閉できないのなら、閉じ込められてしまう。
マーサは笑顔で腕を大きく振って中に入れと促している。住人達は大きな球体を囲んで僕達を見ている。
きっと僕達が入るまでここで見守るつもりだろう。
精霊達がわらわらと中に入り穴からひょっこり出てくると、大丈夫!と二回点滅した。
シーナが口を挟まなかったのは、住民達に老人と共にいる小さな妖精より数が多い精霊達の存在感を見せつける事が必要だったのだろう。
片手にノンを抱いた僕は縄梯子に足をかけると振り返り、おやすみなさい!と見守る子ども達に手を振った。
両足を縄梯子に乗せると縄梯子が上昇し開口部に到着した。
穴の中は平面な床になっていて足がすぐ届いた。丸くなっている意味がわからない構造た。
一歩足を踏み入れると床はフカフカで寝っ転がると気持ちよさそうだった。
シーナは縄梯子で昇ってきたが、トニーは待ちきれなかったのか跳躍で飛び込んできた。着地した足場が柔らかすぎて姿勢を崩したトニーは前転して決めポーズをした。
精霊達が拍手をするように点滅する。
シーナが外の住人達に手を振って開口部の横の壁に手を触れると穴が閉じた。
「寝ぼけで壁を叩いたら、穴が開いて落ちたりしないかな?」
「そう思うなら触るなよ!」
壁を触ろうとした僕の手をトニーはサッとつかまえた。
「開口部の目印は換気口がないところだよ」
球体の壁には格子状の換気口なような柵がぐるりとあり、開口部だったところだけツルンとした壁になっていた。
「触って、今、開けたら、何事か!と住人が騒ぐだろうから、もう少ししてから試そうね」
シーナの言葉に僕とトニーは頷いた。格子の隙間から外を見ると住民達は居住部に帰り始めていたが、まだ結構残っている。
僕達は真ん中に集まってゴロンと横になった。
フカフカの床は立っているより寝っ転がった方が気持ちよく、うつ伏せのノンは平べったくなっている。
天井は疑似空でプラネタリウムのように星が煌めいていた。
いつでも眠れる気がする。
「本当に寝るだけの部屋だな」
「奇怪な集落だよ。私は緑の一族出身だから一般的な育ち方ではなかったけど、ここほど奇怪な習慣じゃなかったわ。緑の一族は独立民族だけど、教会に登録していたから市民カードのポイントを通貨として利用していた。教会に未登録のこの集落では、びっくりしたことに通貨がないのよ!」
えっ!と僕とトニーは顔を上げたが、ノンはもう寝息を立てている。
「物々交換?」
「いや、全ての物品が共同所有だ」
究極の社会主義か!と思ったが口に出すのをグッと堪えた。トニーに説明するのが面倒臭い。
「ここに滞在を続けたら身ぐるみを剥がされそうな気がする」
指輪を外さなくてよかった、と言うかのようにトニーは左手の指輪を右手で撫でた。
「いや、そうはならない。いつでも使える、という感覚だよ」
大浴場ではアップウの呪文で精霊達に貴重品の見張りをしていてもらっていたが、個人で所有するのではなくみんなで使う物という意識なら盗難なんて起こらないだろう。
必要な時に勝手に使うだけだ。
「俺の物はお前の物、お前の物は俺の物、っていう感じ?」
「そうね。ああ、男女の関係は違うみたい。でも、正式な婚姻、というより、同棲カップルのような感じかな。くっついたり別れたり、簡単にパートナーを変えることもあるみたいね」
「考え方が違い過ぎて、俺にはまったく理解できない!」
「まあ、明日すぐにここを出るからいいじゃない」
「簡単に出られるかな?」
僕の疑問にシーナはニヤリと笑った。
「何かあるけれど、勝算しかないから安心して寝ていいよ」
シーナの言葉に精霊達は二回点滅した。
快適な室温とフカフカな床に沈み込んでいると瞼が重くなる。
……ちょっと待った!
勢いよく僕が身を起こすと、トニーは飛び起きた。
「トイレって、どこだろう?」
トニーは安堵したように笑い、シーナは精霊達が集まっている壁を指さした。
「触ってみる?」
格子の隙間を除いた僕とトニーは住人達が解散していることを確認してから頷いた。
シーナが精霊達が示す壁に手を触れると、フカフカの床の一部が凹んで階段が現れた。
下の階はトイレと洗面所だった。
おねしょの心配がなくなった僕は安堵してくっすりと眠った。




