12 歓迎会
「ごめんね。やることがいっぱいあったからマーサに任せちゃった」
分が悪い、と気付いた妖精はシーナの前に飛んで来ると揉み手をしながら謝った。
妖精が精霊言語ではなく僕達の言葉で話したのは、老人やマーサに謝罪の言葉を理解させたくなかったからだろう。
「……どんな魔術具を作ろうが私たちは一晩でこの集落を去るよ」
シーナが素っ気なく言うと妖精は眉を顰めた。
「アルフレッドは子どもたちと仲良くなったじゃないか。年頃の子ども達ともっと交流を持つことは良いことだよ」
妖精はもっともらしいことを言ったが、僕に干渉しようとしたのか僕の掌が光った。
トニーが妖精を睨みつけると妖精は、おおこわい、と呟いて両手を上げた。そう言いつつも妖精は余裕のある生意気そうな表情だった。
マーサが老人の顎に人差し指を当てて喚いた。老人が僕達を放置して工房に引き籠ってしまったことを叱責しているように見えた。
何を言っているのかはぜんぜんわからないけど、マーサの口調で老人を責めているのがわかる。
「あのね。水の神様に願った時に一緒にいたくせに、御礼の品を献上する儀式にいないなんて、どんな面白い魔術具を作っても神々にまた見捨てられちゃうよ」
僕の言葉が刺さったのか妖精は天を仰いだ。
「ご飯に戻ろうよ」
祭壇の供物を収納したトニーが宴会場の方を指さすとマーサは頷いた。
「七大神の祭壇も片付けて!そうしないと、毎日住民たちが夕食前に工房の周りを集団でグルグル回り出すことになる!」
「なるほどね。私達が明日の夕方もここに滞在して夕食前に魔力奉納をしなければ、住民達の夕方の礼拝が習慣化しない未来を見たんだね。却下!神々に感謝して毎日礼拝すればいいじゃないか」
シーナは妖精がふてぶてしく僕達を引き留めようとした理由を暴露した。
「祭壇は夕食後に片付けるよ。みんなで楽しくご飯を食べるところまで神事だからね」
こんなに極端に自分の関心がある特定の未来しか見ない妖精が神々の僕を名乗るなんておこがましい。
シーナの言葉で大人しくなった妖精はマーサに背後を取られた老人の肩に戻った。
噴水脇の宴会場に戻ると、全粒粉のトルティーヤのような薄いパンに丸焼きのお肉と野菜を載せた料理が振る舞われた。
主賓の僕が口にしないと誰も食べられないような雰囲気だったので、シーナを見遣ると、頷いた。
毒も食中毒も心配ないようだ。
「いただきます」
大きな声で言ってから、大きく口を開けてかぶりついた。
強烈な塩味の強いお肉を新鮮な野菜で中和したトルティーヤサンドは美味しかった。
僕が笑顔で、美味しいです、と言うと、意味が通じたようで住人達は笑顔になった。
次に僕の前の席に座る老人がクルクルと巻いたトルティーヤサンドにかぶりつくと、マーサや僕達を接待してくれた女性達がかぶりついた。
集落の代表者がマーサでも、やっぱり老人の方が偉いようだ。
トニーとシーナもかぶりつくと、笑顔で頷いた。ノンは野菜だけだったが満足そうに頷いた。
新鮮な食材を丁寧に料理した物が美味しくないはずがない、だがしかし、物足りなく感じてしまうのは僕だけではなくトニーもシーナも同様だったようで笑顔が堅い。
ぼくたちのお口は昼間に仕込んだ焼き肉を期待している。
すりおろし大蒜や玉葱、高級なお酒を効かせた醤油ダレの匂いが脳内に漂っている。
住人達はせわしなく丸焼きのお肉を解体してどんどんトルティーヤサンドのおかわりを作っている。
これは、僕達が食べ終えたらわんこそば状態で次の皿が出てくるだろう。
トニーはシーナに目で合図するとシーナは頷いた。
エールのおかわりを注ごうとする女性に、コップに手を被せて断る仕草をしたトニーは、テーブルの上の皿を端に寄せると焼肉用の特性コンロを収納ポーチから取り出した。
森で狩りをするようになってから焼肉をする機会が多かったので、シーナがフライパンを魔改造してホットプレートを作ってくれていたのだ。
シーナと僕は収納ポーチから小皿や箸や食材を取り出すと、アップウ!の呪文で精霊達に焼肉の支度を任せた。
テーブルの上に姿を現した色とりどりの精霊達が、下味がしみ込んだ鷲や猪の肉をほど良く熱せられたホットプレートの上に並べると、ジュゥっといい音がした。
いいねぇ、この香り!
肉の焼ける匂いより強烈なタレが焼ける匂いに、口の中に涎が溢れた。
精霊達が小皿につけダレを注いでくれたので肉が焼けるのを待てずに、トルティーヤサンドにちょっぴり醤油ダレをつけて齧りついた。
劇的に美味しさがアップした。
これこれ、と僕が頷く前にトニーとシーナも真似をして醤油ダレつきのトルティーヤサンドにかぶりついて、うんうん、と頷いた。
ノンの野菜にタレをかけるわけにはいかないので、ノンの皿に人参を載せるとノンは笑顔で、これこれ、と頷いた。
マーサがシーナに、自分も味見がしたい、とジェスチャーで示すと、精霊達はマーサの皿に少しだけ醤油ダレを注いだ。
住民たちが手を止めてマーサの動作に注目した。
マーサは皿に顔を近づけて匂いを嗅ぐと隣に座る老人の肩を叩いた。老人もマーサの皿に顔を近づけ匂いを嗅ぐと頷いた。
老人は人差し指を醤油ダレに浸すとペロッと舐めると、ハッとした。
マーサ達がガヤガヤと何か言っているのは、美味しいかどうか老人に訊いているのだろう。老人は無言でトルティーヤサンドに醤油ダレをつけてかぶりついた。
かぶりついてはタレにつけ、またかぶりつく動作が老人の速さとは思えないほど速く、好みの味だったことが推測できた。
いやいや。
住民達に味の説明をしろよ、と思っていると、精霊達がマーサのために小皿に醤油ダレを注ぎマーサのそばに運んだ。
気が利く精霊達だ!と思っていると、僕の隣の席のシーナが真顔だった。
無言でアップの呪文を連発しているようだ。
ホットプレートの上のお肉をひっくり返したり、塩ダレを用意したり、やることが多いからだろう。
僕も手伝おう!
住民全員にタレの味見をしてもらうほどタレがないから各テーブルに一皿ずつ配ればいいかな。
小皿の数が足りないのでお肉を切り分けているテーブルから拝借して……。
僕は口元に手を当てて隠しながらアップウ!を連発した。
精霊達はお肉を切り分けているテーブルにわらわらと出現し、テーブルの数だけ皿を宙に浮かせた。
タレの入った壺から適量のタレが飛び出し空中に浮かんだ皿に載った。
皿は必要もないのにクルクル回りながら各テーブルへと飛んでいった。
僕の呪文はまだ制御が甘いな。
醤油ダレを味見したマーサは立ち上がると僕とトニーとシーナに手を伸ばして握手を求めた。
どうやらとても美味しかったようだ。
各テーブルに配られたタレは量が少なかったからみんな指につけて舐める程度しかできなかったけれど、各テーブルから嬉しそうな声が上がった。
言葉はわからなくても、言葉に載る感情がわかり、美味しさを分かち合った僕達は嬉しくなった。
僕達のテーブルの上では美味しそうに焼けた鷲の肉がホットプレートから飛び出し、僕とトニーとシーナの皿の上に載った。
そうそう。これこれ。
僕にとっての本日のメイン!
ノンの仇の鷲肉を舞茸もどきのエキスで柔らかくした、僕が初めて仕留めたお肉!
まずは下味だけでタレをつけずに食べてみよう。
箸を握ると心の中で、いただきます!と言った。
お肉は下味の臭み消しが効いていて口に入れても野性味が気にならない。
噛むと弾力があるのに柔らかく、舞茸もどきはいい仕事をしたようだ。
脂身の少ない肉は噛みしめると野性味が残っていたが、それがまた、僕が仕留めた獲物だ!と実感して美味しく感じられた。
トニーとシーナは辛みそをつけて鷲肉を口に入れ、うんうん、と頷いている。
それは何だ!と老人が指をさしているが、この爺さんは味を誰にも説明しないから味見役はマーサの方が適任だ。
シーナは偽物の空を指さしてから両掌を横に広げ鳥の羽ばたきのジェスチャーをすると、マーサは鶏肉のトルティーヤサンドを指さした。
まずは鳥肉であることが伝わると、シーナは僕を指さした後、偽物の空を指さし、指で鳥の羽ばたきを大きく表現した後、刀で切り落とすジェスチャーをした。
僕が狩った野鳥だ、と伝わったかな?
そうか、と納得したように頷いたマーサの口から出た言葉は、トルティーヤサンドを指さして鶏肉と言った言葉と発音が同じだった。
僕が絞めた鶏だと思っているのかな?
シーナはホットプレートの上のお肉を物欲しそうに見ている老人と老人の肩にいる妖精を睨んだ。
「言葉を作ったのが、あの爺さんだからこの集落の言葉は鳥類はみんな同じ一つの単語しかない。集落の鶏でも、野鳥でも、鳥は鳥としか言いようがない。野鳥が空を飛ぶ鳥で、後は大きい鳥小さい鳥とか色で区別している」
僕とトニーは唖然とした表情で老人を見た。
自分が興味のない物には固有名詞さえつくらなかったのか!
「魔法陣は細部まで几帳面に設計しているのに、言葉は祝詞以外はテキトーに作ったようだね」
シーナの説明に、あちゃー、と僕とトニーは項垂れた。
「もしかして、集落の人たちが枯渇した噴水が湧き上がった現場にいた僕達を見て、水を湧かせた、と思うより先に水泥棒を疑ったのは、語彙が少なくて短絡的思考しかできなかったからかな?」
「いや、この爺さんが自分勝手な思考ばかりしているように、集落の人達も思考に偏りがあるのかもしれない」
僕の疑問にトニーは辛辣な意見を出した。
まあ、接待を受ける人がどう感じるかより、自分たちの好みを押し付けてきたのは、集落の住人は外の世界の人間に接したことがないのだから仕方ない。
「それにしても、閉鎖された集落で、よそから来る人間は泥棒だ、と即座に考える素地は何なんだろう?」
僕の疑問に小さく首を傾げたシーナは妖精を一瞥した。
「倫理観が違う、と言ってしまえばそれまでだけど、明日にはここを離れるのだから、追及しないでおこう」
シーナの言葉に僕とトニーは頷いた。
「猪の肉ならたくさんあるから、みんなに振る舞っても大丈夫かな?」
せっかく神々に捧げた食事なのだからみんなで楽しく過ごした思い出になるようにしよう、と提案するとトニーは頷いた。
「じゃあ。猪の肉をじゃんじゃん焼くよ!」
僕の言葉に僕達のテーブルの精霊達が反応して淡い光を点滅させた。
シーナが呪文を唱えたのか、焼きあがった猪のお肉が宙を舞い、マーサと女性陣の皿と老人の皿にも載った。
シーナが鼻先を押し上げると手で前足を表現し、プギッと猪の鳴き真似をすると、住人達は豚のトルティーヤサンドを指さした。
シーナが外を指さしてプギップギッと鳴くと、トニーと対決した男性達が、ブゴ、ブゴ、と猪の鳴き真似をした。
豚ではなく野生の猪だとみんなに通じたようで、ドっと笑いが起こった。
野鳥より馴染みのある食材だったようで振舞った猪のお肉を住人達全員が喜んで食べた。
僕達は老人と妖精に腹に一物思うところがあったが、住人達と楽しく食事をするいい歓迎会になった。




