6 広大な魔術具
「追ってこられないようなところに転移してしまったらどうだろう?メラニーの顔を見に行くなんてどうかな?」
シャオ王国王太子の離宮なんて老人も妖精も行ったことがないだろうから、きっと追ってこられない。
メラニーと少し遊んでから大猪の森にでも転移して旅のルートを変更してしまえば、もう二度と出会うことはないだろう。
僕の提案に、いいね、とトニーとシーナは頷いた。
「ちょっと待ってください!本当に助けてください!このままでは集落は水不足で干上がるか、水泥棒がバレて隣接領地と戦争になるかの二択しかないのです!」
妖精と老人は地面に頭を擦りつけながら必死になって頼み込んだ。
ようやく本題を話したか、と僕達は呆れ顔になった。
「僕達が集落を訪れると水不足が解決するの?」
「水飴を作った功績で、アルは多くの神々のお気に入りになっているのよ。その中に水の神様がいらっしゃるから、アルがお風呂に入りたい、と言うだけで枯れた井戸から水が溢れ出るわよ」
シーナの言葉に地面に両手をつけていた老人の瞳から涙が溢れ出た。
まだ僕は行くとは言っていないのに、老人は希望に満ちた表情になってしまった。
「……僕がお爺さんの集落を訪ねたら、お風呂に入れるのか」
野営が続くと魔法で体を綺麗にできるけれど湯船につかれない。風呂に入れるのは魅力的だ。
「今は水の節約で大浴場は閉鎖しているけれど、再び集落で水が湧き出るなら、大浴場を再開できます!」
妖精は両手を広げて飛び上がりプレゼンを再開した。
「またそうやって、自分達に都合のいい未来ばかり先に見るんだから。私達がこのままの状態で集落を訪問したら、私たちが持ち込むばい菌で集落が感染症に流行して、多くの犠牲者が出る場合もあるでしょう!」
腕を組んだシーナは妖精を叱責した。
「言葉が全く通じないほど外部との接触がない集落に僕達が行くと、僕達にはちょっと喉が痛む程度の軽い風邪でも、集落の人達には未知の病原体だから免疫がなくて大変なことになるんだね」
僕がトニーにわかりやすいように補足説明をするとシーナは頷いた。
「そういえば、戦争が病気を運んだりすることがあるな」
トニーも納得すると、妖精は狼狽えた。
「でも、そんな病気が蔓延しない未来があるじゃないか!」
自分に都合のいい映像を見たのか妖精は不貞腐れたように頬を膨らませた。
「あのね。それは集落に入る前に私たちが清掃の魔法で身の回りを綺麗にし、水飴、美味しくない方よ、を食べて、自分達が気付いていない体の不調を直してから訪問したら、防げるの。自分でよくよく調べなさい!」
妖精は斜め上をボウっと眺めると、ああ、あった!と感染症予防の映像を確認した。
「美味しくない方の水飴か……」
トニーは自覚症状のない感染症のために水飴を食べることは嫌なのか、言葉を濁した。
トニーが拒否する未来を見つけたのか、どうぞよろしくお願いします、と妖精は再び地面に頭をつけて懇願した。
「お爺さんの集落を訪ねる事による僕達の利点は?」
「面白い魔法が見れるね」
妖精が顔を上げて口を開く前にシーナが簡潔に答えた。
「「ほう!」」
僕だけでなくトニーも食いついた。
「このまま滅びてしまうから失われてしまう技術を見られる事が最大の利点、かな?」
「「滅びてしまうの決定事項なのか!!」」
シーナは集落が滅びる前提で話を続けるので、僕とトニーが突っ込んだ。
妖精と老人は青ざめている。
「この世界が滅びるより先に集落が滅びてしまうのは間違いないと思うわ。そもそも無理があるのよ。限界が来ているのよね」
「じゃあ、滅びてしまう前に行ってみる?」
僕が軽いノリで言うと妖精の顔が文字通り光り輝いた。
「私達が集落を訪問すると、集落の限界が延長するわけではないわ。私が助言するにしても、引っ越しの準備を始めなさい、と言うのが一番親切な助言ね」
「あの凄い建物が崩落するの!?」
「数年後ではないにしろ、百年後には確実に崩壊しているでしょうね」
どうやら僕達が生きている間くらいは持ちそうだ。
「うーん。そんなに凄い建物や魔法があるのなら、見てみたいな」
トニーは前向きに検討し始めた。
「メラニーにいいお土産話ができるかな?」
「間違いなく、面白い話ができそうよ」
僕達に都合が悪ければいつでも転移魔法で脱出できるのか?とシーナに暗に尋ねると、シーナは小さく頷きながら話を合わせた。
「じゃあ、行ってみようか!」
僕の言葉にトニーとシーナが頷くと、妖精は小躍りして喜び、老人は何度も地面にひれ伏して感謝の意を表した。
清掃魔法と美味しくない水飴を食べて僕達が準備を終えると、妖精の転移魔法で僕達は老人の集落を訪問した。
あのね。美味しくない方の水飴は、どんなに甘くてもえぐみのある苦さは消えていなかったよ。
これでもだいぶマシになったんだ、とトニーが呟くと、シーナも頷いた。
族長の水を希釈した原液だけは絶対に味見したくない。
転移魔法の閃光が収まると、目の前に広がる光景は別世界のようだった。
大きな竹にならない筍のような塔が七つ聳え立ち、そのうちの五つの塔が円を描くように外周を囲み、残る二つの塔が中心部に近い場所に立っていた。
七大神の祠の立ち位置だ。
塔と塔を繋ぐように球体の建物が数珠つなぎに繋がっている。
巨大な筍にポン〇リングが突き刺さっているみたいだ。
下からは確認できないが、それが五層になっていて、その間に疑似太陽のような輝く物があり、各層で牧場や畑や果樹園などになっている、と妖精が説明した。
「……これは、たまげたね」
「圧巻だね。一つ一つはアルの寝室くらいの大きさの魔術具で、繋ぎ合わせてここまで大きな大きな魔術具になっているようだね」
巨大な魔術具に僕達が圧倒されていると妖精は得意気な表情をした。
「そうだよ。空いている部屋がいっぱいあるから、三人ともここに住んだらいいんだよ」
シーナと妖精の言葉だけ理解できる老人が、うんうん、と頷いた。
「あと、三世代も経ったら崩れてしまう建物に移住しようとは思わないよ。自分の曾孫達世代だって安心して暮らせないと」
僕の言葉にトニーとシーナが頷いた。
「これが崩れてしまうなんて、もったいないな」
「うん。もったいないけれど仕方ないよ。神罰の時代の前の教会の護りの結界のいいところに建っているから教会の魔力を盗用できていたけれど、新時代の教会の結界が強固に保管されるたびに、古い方の結界に魔力が流れなくなっていったの。それなのに、この集落はどんどん上に魔術具を広げてしまったのよ」
シーナの言葉に老人は項垂れた。
「古い結界に残る魔力を利用できたのは、ひとえに神々が面白がったからよ。老人と妖精が蟻の巣みたいにポコポコと魔術具で魔法の部屋を作り出して繋げるんだもの。でもねぇ、ある程度発展してしまうと、目新しさがなくなって、神々の興味が薄れてしまったの」
自由研究の蟻の巣キッドを夏休みが終わったら庭の片隅に放置してしまうように、この集落は神々の関心を失ってしまったのか。
「七大神の塔はもう完成しているし、住民たちは毎日七大神に祈っている!この集落は神々に見捨てられていないよ!」
妖精がシーナに向かって拳を振り上げながら主張した。
「あのね。世界中で大勢の人々が神々に祈りを捧げているのよ。神々がその全員にご利益を施すと思うの?この集落は見捨てられていないけれど、忘れられているわね」
シーナの言葉に、老人と妖精は項垂れた。
「まあ、いずれお引越ししなければならなくても、この村の集落の人たちが考えればいいことなんだからひとまず置いておいて、ここで、僕がお風呂に入りたい!と水の神様に祈ればいいの?」
「水の神の塔で魔力奉納をすれば水の神様が気付いてくださり、枯れている噴水からどっと水が溢れ出るわね。一階層は牧場でしょう。家畜小屋に水が浸入しないように先に対策を立てた方がいいわ」
シーナの言葉に老人が何やら喚くと噴水の方角と思われる方向に向かって走り出した。
「お前は案内役だからここに残これ!」
トニーは老人の後を追おうと向きを変えて飛んだ妖精を素早く捕まえた。
「お爺さんだけで大丈夫なの?」
「壊れた配管を直すだけだから、爺さん一人で何とかなるよ。爺さんは日がな一日この建物を修理している管理人みたいな者ね」
「えっ!建国者なのに、王様とか村長とか、そんな地位にいるんじゃないの!?」
「うちの主は魔術具を作らせたら天才的なんだけれど、大勢の前に出ると赤面してしまうので、一度も代表者になった事がない。住人たちは自分たちで自治会を立ち上げて選挙で代表者を選んでいるよ」
赤面症の魔術具の天才か。
それでも、僕達の前では赤面せずに必死に訴えかけていたんだから、そうとう気合が入っていたのだろう。
「住人たちに出会う前に、噴水を復活させて井戸の水を出した方がいいわ。私達は集落の人たちが、ない、信じている外の世界の人間だから、私達に会うと大パニックを起こしてしまうの」
「それならいっそ、神々の使者と誤解された方が上手く事が運ぶんだね」
シーナの助言に妖精は斜め上を見ながら最善の未来の映像を探したようだ。
「神々の使者か……。乗り気はしないけれど、僕達は言葉も通じない初めて見る異邦人なんだから、仕方ないか」
住人が生活している階層も見てみたいなら、快く僕達を受け入れてもらえるよう気を使うべきだな。
「それじゃあ、まず先に水の神の塔に案内するね!」
妖精がふわふわと飛ぶと、ア゛っとシーナが僕の足元を見て奇声を発した。
白い兎が足元で僕を見上げていた。
イノチノオンジンカンシャエイエン……。
つぶらな瞳がそう告げているようだ。
いや。
ほんのちょっと可哀想だと思っただけの行為だったんだ。僕にずっとついてこなくていいよ。
「こいつがばい菌を持っている可能性は?」
「ないわけじゃないわ」
トニーとシーナは現実的な心配をした。
「ねえ、この集落の人達は兎を食べる習慣があるかい?」
「ないよ。野兎は一階層に入ってくることはあっても、畑のある二階層までは上がってこられないから、兎による食害はないんだ。住人達は兎を滅多に目にすることがないから、連れて行ったら喜ぶよ」
可愛い兎で住人たちの感情が和むのなら、僕達にも利点がある。
「アップウ!」
シーナの呪文で精霊達は兎を丸洗いした。
「でもね。体内にばい菌があるから、この水飴を舐めないと連れて行くわけにはいかないわよ」
シーナが水飴の瓶を取り出すと兎は僕の足を前足て掴んでブルブルと震えた。
可愛い。
僕が兎を抱き上げると兎は僕のお腹に顔を埋めた。
温かいし、可愛い。
「美味しくないけれど、体の調子がよくなるよ。それに、これから出会う人たちに病気をうつしたらいけないだろう?」
兎は僕の言葉を理解したのか顔を上げてシーナを見た。
「アルの言葉を理解しているのか!もしかして、兎は爺さんより賢いのか?」
トニーの言葉に僕達が笑うと兎はニヤッと笑った。
「間違いなく理解しているわね。ほんの少しでいいから舐めてごらん」
シーナは楊枝に一滴水飴をつけると兎に差し出した。
兎は差し出された楊枝にパクっと食いつくと、ブルっと身を震わせた。
「いい子だね」
フワフワな兎の背中を撫でると兎は嬉しそうに目を細めた。
可愛い。




