閑話1 強欲どもの行きつく先 2
子ども達のいる東棟に行く前に北棟の半地下に足を運んだ。
魔法制限のかかっている北棟の半地下では灯の魔術具が使用できない。
燭台を左手で掲げ行き先を照らし、真っ暗な廊下にわざと靴音を響かせると、真横を歩く執事が、性格が悪いですね、と言いたげに眉を顰めた。
私は浅い眠りしかできない女を起こすためにあえて音を響かせている。
こんな時間に様子を見に行かなければならない状況にした家令が悪いだけで、私は一人孤独に耐えている女に面会する時間をわざわざ作っているのだから、私の性格は悪くない。
足音を殺して扉の前に先行した執事は鍵束を取り出すと小さな鍵を迷わず選んだ。
女の部屋の鍵ではなく扉についている小窓の鍵を取り出す時点で執事だって性格が悪い。
音を立てず小窓の鍵を開けると、私が扉の前に立つ前に執事は小窓を静かに開けた。
ダンっと、大きな音を立てて小窓から細い女の手が飛び出すと、執事は音もなく体を捩じって腕をかわした。
コワイ、コワイ、と執事は声を出さずに口だけ動かした。
「なんだ。私が扉の前に来るまで待ちきれなかったのか」
ギャウギャウギャウ、とよく聞き取れない言葉を女は発しながら片手で小窓を掴みながら反対側の手で内扉をバンバンと叩いた。
「こんな夜更けに元気がいいな。魔法陣の作用をもう少し強化してもいいかもしれない」
私は両手を扉につけると二重になっている魔法陣の全てを起動させた。
ギャっと短い悲鳴を上げると女は大人しくなった。
「夜明け前に着替えと食事を持ってくるよ。その時も暴れるようならもう半日放置するからな」
……ナンデ……コンナメニ……。
女の呟きがかすかに聞こえた。
「お前の強欲が招いた結果だ。兄上の子を俺の子だと偽って王太子側室の予算を増額させ、挙句の果てに私の子と兄上の子をすり替えアルフレッドの個人資産に手を付けようとしたからじゃないか」
……チガウ……チガウ……コレニハ……ワケガ……。
「神々の前で誓えない言葉に何の意味がある?」
女は黙り込んだ。
「大丈夫だ。一生このままこの部屋で過ごす事にはならないはずだ。君の王子様が迎えに来たらこの部屋の扉を開けてあげるよ」
執事が胡散臭そうな目で私を見た。
「楽しみだね。もうじき君の王子様が来るよ。東方連合国軍事境界線の完全和解の締結が目前なんだ。そうなれば兄上はお役御免で、一時帰国ではなく本当に王宮に帰ってくるんだよ」
不義密通は一人ではできないから、断罪は両者が揃っている時にすべきだ。
「二人が真に愛し合っているのなら、国王陛下から恩赦があるかもしれない、とか考えている?……まあ、希望があった方が魔力が湧いてくるから、頑張ってね」
魔力が湧いてくる、と言う言葉に私が女を煽る理由を理解した執事はしたり顔になった。
この部屋に仕込まれた魔法陣は部屋にいる人物から強制的に魔力を引き出す物だ。
二重になっているもう一つの魔法陣を起動させたので、女が死なないギリギリまで魔力を引き出すだろう。
東の砦の魔法陣だから間違って対象者を死なせてしまう事はない。
興奮したり、希望を持ったりすると体の魔力循環がよくなる。
女には適度に希望を持たせて魔力の代謝を上げておくのだ。
自業自得だ。
お前の魔力量はお前が追いだした幼いアルフレッドが毎日魔力奉納をしていた分にまだ届かない。
執事は無言で頷くと小窓の扉を閉めて鍵をかけた。
東棟のアルフレッドの部屋の前に行くと寝ずの番の護衛はメリーアンの臣下ではない離宮の護衛兵だった。
扉の前の椅子から立ち上がろうとする護衛兵に、そのままでよい、と手で合図した。
アルフレッドの部屋の扉を開けると天蓋で閉じられたベッドの中に男児が眠っているんが見えた。
「お休み、ラズ。姿かたちを偽ってもお前はラズなんだよ」
かつらを被り認識疎外のブレスレッドを装着したまま眠っている甥に小声で話しかけた。
アルフレッドの洗礼式でシャオ王国とラウンドール王国で二重登録することが認められた後で、ラズの洗礼式で本当の親を公開し、その上で兄がラズを否定するなら養子にする予定だった。
天蓋をめくってラズの頭を撫でかけた手を止めた。
眠っているアルフレッドを撫でるのが習慣化していたからつい手が伸びたが、ラズはアルフレッドではない。
『子供に罪はないでしょう』
ああ、そうだね。メリーアン。
ラズだって庇護されるべき存在だ。
だけど、今はアルフレッドを撫でてあげたい気分なのに、ラズで代償行為をするような事をしたくない。
「もうすぐ役者がそろう。それまでしばし辛抱してくれ」
親の罪で愛情を受けることができない甥を気の毒に思うが、そもそも私は父が息子にどういった愛情表現をするか知らない。
兄なら知っているのだろうか?
今はただ、思う存分、自分の子どもを抱きしめたい。
私はアルフレッドの部屋を後にしてメラニーの部屋に向かった。
メラニーの部屋の寝ずの番はメリーアンの臣下の男だった。
アルフレッドが入れ変わってからメリーアンの臣下はすべてメラニー付きに人事異動していた。
アルフレッドの筆頭護衛のトニーは離宮の庭園と外壁を焦がしたため、私が外遊から帰国した時には家令が解雇していた。
家令にはメリーアンの臣下を解雇する権限はない。
トニーやメリーアンの臣下はラウンドール王国のアルフレッドとメラニーの護衛なのだ。
離宮の経費にトニーへの謝礼金が計上されているのは、離宮の防御の魔法陣にトニーが開発したものを使用しているからであって、私がトニーを雇っているわけではない。
アルフレッドとトニーが離宮から脱出した時、私は東方連合国諸国会議の公式晩餐会に出席している最中で、裏庭の塀を越えるアルフレッドとトニーの魔力を感知した。
トニーは、転移魔法で国外脱出をすると中継地点で私の手の者に捕らえられる、と恐れたのか緊急脱出用の魔法陣を使用しなかった。
私を目にした寝ずの番の男が起立するのを手で制したが、男は立ち上がった。
「メラニーは起きているんだね」
寝ずの番の男が頷く前に、メラニーの部屋の扉が開いた。
「殿下がいらっしゃるのをお待ちしていたかのように、メラニー姫はお目ざめになられました」
男物の寝間着の上にガウンを羽織ったメラニーの乳母が私をメラニーの部屋に招き入れた。
ベビーベッドの柵を齧っていたメラニーは私を目にするとにっこり笑った。
「抱っこしてもいいだろうか、メラニー」
メラニーに近寄るとメラニーは私に両手を差し出した。
抱き上げると肩の飾りに齧りついたメラニーの柔らかい髪の毛が私の頬をくすぐった。
「ああ、メラニー。アルフィー兄は元気に旅を楽しんでいるよ」
私の言葉にアデルはハッとした表情になり、執事は、喋りすぎだ、と言いたげに眉を顰めた。
「いや、アデルも聞いてほしい。私は東方連合国諸国会議で東の魔女に謁見し、アルフレッドとメラニーの保護を願い出た」
アデルは真顔で顎を引き、執事は、その話ならば、と言いたげに頷いた。
「シャオ王国は国土こそ小さいけれど、東の砦を護る一族の末裔の国家だ。私はかつて東の砦の守護者候補であったように、アルフレッドとメラニーも東の砦の守護者候補たり得るので、二人が成人して人生の選択を自分で決断するまで国籍を決めないように、東の魔女に後ろ盾になってもらうことにしたのだ」
ラウンドール王国国王陛下と父との取り決めの本契約までに、本人の意思を尊重する、という文言を入れることができた。
「東の魔女様の後ろ盾、ですか?」
襟の飾りを齧ることに飽きたメラニーが伸ばした手を触りながらアデルは呟いた。
「東の魔女は東の砦の守護者を導く存在だ。魔力量が豊富なアルフレッドとメラニーの保護を約束してくださった」
東方連合国で生まれた魔力豊富な子どもを東の魔女はみすみすラウンドール王国に渡さないだろう、と気付いたアデルは表情を誤魔化すかのように曖昧に微笑むと、手を伸ばすメラニーを私から受け取った。
「東の魔女は、過去、現在起こっていることを正確に認識することができるお方だ。アルフレッドの様子を詳しく報告してくださる」
アデルはメラニーに微笑みかけた頬を硬直させ、執事は、そこまで言うのですか!と目で私を叱責した。
「アデルには知っていてほしい。東の魔女はアルフレッドとメラニーに害をなすことはない。次世代の東の砦を維持していくための貴重な人材として健やかに育っていくのを見守ってくれている、と考えてくれ」
アデルは頬を硬直させたまま小さく頷いた。
「メラニーはもう少し起きていていいのかい?アルフィー兄の話をしてあげたい」
「殿下がお話になっている間に私がこうして抱っこしていれば、姫は心地よくお休みになられると思います」
「そうか、じゃあ、アルフィー兄の大冒険を語って聞かせよう」
アデルは嬉しそうに頬を少し上げるとメラニーの顔が私に見えるように姿勢を変えた。
「城を抜け出したアルフィー兄は、王族の森に入り、ご神木の下にテントを張って一晩過ごしたんだよ。夜明け前に美味しそうなミルクスープをトニーに作らせてモリモリ朝食を食べたらしい。なんと、乾燥パセリも食べたんだぞ!」
食が細く偏食家のアルフレッドがモリモリ食べた、と聞いたアデルと執事が目を丸くした。
「街に降りたアルフィー兄は美味しいパンを仕込むために三日も王都に留まり、食材を買いあさって、いろいろな料理を作らせていたらしいよ」
アデルの口が、信じられない、と動くと執事は頷いた。
「アルフィー兄を苛めた連中は必死になって王都の城壁の門をしらみつぶしに探していたのに、アルフィー兄は満足するまで美味しい物を作り続けていたんだよ。最近、メラニーのパン粥が美味しくなったのなら、アルフィー兄のお陰だよ」
私がメラニーに顔を寄せると、メラニーはキャッキャと笑った。
「かつての私の同僚が、アルフィー兄を苛めている黒幕を突き止めているから、アルフィー兄が帰ってくる頃にはどこかにいなくなっているからね」
メラニーはキャハーと笑い声をあげたが、メラニーを抱くアデルは神妙な表情になった。
私が側室の実家が派遣している離宮の従業員を一掃できる、とは信じられないのだろう。
私と共に死線をくぐり抜けた兵士たちは王家ではなく私に忠誠を誓っている。
人数こそ少ないがそれぞれの得意分野で活躍してくれている。
「ねえ、メラニー。万事、大団円を迎えるまで、アルフィー兄には大冒険を続けてもらおうね」
強欲どもの本丸を仕留めるにはまだ時間がかかる。
「旅をすると人間は成長をするらしいんだが、アルフィー兄はとんでもない大成長をしているらしいよ。さてさて、どうなっちゃうんだろうね」
アデルと執事は、大成長、と言う言葉に眉間にしわを寄せた。
「アデルは緑の一族って、知っているかい?」
アデルは頷いたが、執事は首を傾げた。
緑の一族については国や地方の中枢に関わっていなければ、富をもたらす流浪の民、くらいの認識しかないだろう。
「緑の一族の族長候補の女性と出会ったアルフィー兄は、なんとその女性の弟子になったみたいだよ」
アデルの口が、精霊使い、と動いた。
東の魔女からの報告には精霊使いの記述はなかったが、緑の一族には精霊使いがいるのか?
「トニーと緑の一族の女性と一緒に旅をしているアルフィー兄は、ほぼほぼ世界一の警備態勢で旅をしているようなものだ、と東の魔女は言っていた。安心だね。アルフィー兄を苛める連中も、盗賊も魔獣も全部蹴散らしてくれるらしいよ」
メラニーは、アブゥ、アブゥ、としきりと私に何か訴えかけるように声を上げた。
「ハハハ。アルフィー兄もメラニーも健やかに育って、やりたいことをやりなさい。父は全力で応援するからね」
このまま強欲どもがシャオ王国を支配するのなら、アルフレッドもメラニーも王族だからといってシャオ王国に拘らなくていい。
でも、せめて成人するまでは私の側で育ってほしい。
それくらい望んでいいだろう?メリーアン。
だから、……シャオ王国国内にのさばる強欲どもの行きつく先の舞台を整えようじゃないか。
次話から第二章を更新する予定です!
引き続きご愛読宜しくお願い致します。




