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僕の異世界生活はどうにも波瀾万丈なようです。  作者: 有木苫占
第一章 僕と最強の護衛

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23 水飴の効果



「昨夜はお盛んでしたね」

「ああ?……ああ。うるさくしてすまなかったね」


 チェックアウトを受け付けた男性従業員が、小さいお子様がいるのに、と小声でこぼした。

 昨夜トニーが騒がしく悶絶したのは事実だが、僕が困る状況は何もなかった。


 どんな誤解をしているのかな?

 ……かまととぶりらなければ心当たりがある。


 宿の従業員たちは僕達の部屋から漏れた声を聞いて、早々に僕を寝かしつけたトニーとシーナがキングサイズのベッドでにゃんにゃんしていた、とでも疑っているのだろう。


 あの流れなら、トニーが受けなのか!?


 トニーは爽やかな笑顔で、行こうか、と僕に声をかけた。

 トニーは心が清らかだから、精力のつく屋台料理を二品も持ち込んで夜遅くまで喘いでいたのに、宿の従業員達が自分を見る視線に(よこしま)な感情があることに気付いていない。


 まあ、二度と会うことのない人にトニーが誤解されたかなんて気にしなくていいよね。


 僕が起床する前に教会へ出かけてしまったシーナを待つことなく僕達は宿を後にした。



 中央広場では夜明けの鐘が鳴るとすぐに屋台が出ていたのか、すでに立ち食いで朝食を食べる人達が多くいた。

 光と闇の神の祠前には仕事前に魔力奉納したポイントでちょっとしたお小遣いを稼ぐつもりの人々が並んでいた。


「先に食事にしようか」

「うん!」


 口をもぐもぐさせていたのかトニーは僕の心情を言い当てた。

 腹ごしらえは大事だもん。


 必ず追いつくから予定通りに行動してくれ、とシーナが言っていたので、僕達はシーナの事を気にせず、ホットドッグのような物を売る屋台の行列に並んだ。


 グリルで焼かれた熱々の大きなソーセージのよこに薄っぺらいナンのようなパンが積み置かれている。ソーセージをパンにくるむだけで提供されるので、すぐに僕達の順番になった。


 三個購入した僕達は水がコンコンと湧き出ているだけの噴水の側で立ち食いをした。


 素手で受け取り素手で食べる衛生面について考えてはいけない。


 パンは冷めていたが熱々のソーセージでほんのりと温まり、歯を立てるとパリッと皮が裂けたソーセージから溢れる肉汁を受け止めたので、手を汚さずに済んだ。

 熱々のソーセージをフーフーして少し冷めたのを確認してから本格的にガブリとかぶりつく。

 油を吸って柔らかくなったパンにしょっぱいソーセージの味が噛むごとに口の中でなじむ。

 美味しい。


 屋台料理は、こんなのでいいんだ。


 まだシーナが合流する気配がなかったので、先に一個目を食べ終えたトニーが二個目にかぶりつくと、屋台のグリルで焼かれていたソーセージの一つが、パンっと爆ぜた。


 屋台に並んでいた客の一人に爆ぜたソーセージの脂がかかったのか、あっちぃ!という声が聞こえた。


 脂がかかった小柄な男が大袈裟に肘を振り回すと、後ろに並んでいた客のみぞおちに肘が入った。

 不意打ちでエルボーを食らった男の小脇に挟まれていた鞄がスルリと押し出され宙に飛んだ。なぜか鞄の蓋が開き、飛び出した書類がグリルで焼かれているソーセージの上に散らばった。


「ちょっとした災難だね」

「ああ」


 僕達が、気の毒だねぇ、と言っていると、グリルの上のソーセージが次々に爆ぜて気の毒な男がへっぴり腰で搔き集めていた書類に脂がかかった。網の下に落ちた脂から炎が上がりあっという間に男の持つ書類を燃やしてしまった。


 焼け焦げた書類の端っこを持たまま両手を火傷をした男は奇声のような悲鳴を上げ、地面を転げまわった。


「この男は勝手に炎が上がっている網の上に手を出したんだ!みんな!見ていただろう!」

 屋台の親爺の第一声は、自分は無実だ、と主張する内容だった。


 ああ、そうだ、と賛同する声がそこら中から上がった。

 ……酒屋の親爺を騙して娘を娼館落ちさせた奴だろ、と言う声も聞こえた。

 ……肉屋の娘だろ?

 ……左官屋の娘だろ?


 火傷をした男を助ける人がいないのも、ソーセージに切れ込みを入れずに焼いた屋台の親爺を責める声が上がらないのも、被害者当人が真っ黒い疑惑の人だからなのだろう。


 僕達の斜め後ろにいた男たちが、大丈夫ですか!旦那!と駆け寄ると、屋台のそばにいた人々が波が引くように下がった。


「あいつらの中に昨日から俺達を付け回していた男がいる」


 僕を庇うように肩を包み込んだトニーが耳元で囁いた。


 誘拐犯の一味なら燃えた書類は事実上奴隷契約の内容の労働契約書だったりしてね。


 関わり合いにならないようにトニーは僕をそっと押しながら光の神の祠の方に誘導した。


 コンコンと水が湧き出ている噴水の中で、下がった人々に押し出された男がずぶ濡れになった上着のポケットから取り出した紙を見て、何やら叫んでいた。


「契約書のインクが滲んで文字が消えたようだな」

「偶然だよね」

「そうだな」


 契約書なんてそうそう持ち歩く物ではないのになぜ持ち歩いているのか?とか、そんなに簡単に滲むインクを大事な契約書に使用したのだろうか?という事は考えない方がいい。


 騒然とする中央広場のあちこちで、この二件以外のちょっとした騒動が起こっているのは、たぶん、シーナ特製の水飴を喜んだ教会の精霊達のいたずらだろう。


 光り輝いて騒動を起こしていないので、偶々(たまたま)運が悪かっただけのように見える。


 僕とトニーは早歩きで町を一回りして七大神の祠巡りをしていると、町中のいたるところで騒動が起こっていた。

 壁が吹っ飛ぶほどの爆発が起こった建物はきっと悪い奴らの拠点だろう。


 教会の精霊達は仕事が早いなぁ。


 中央広場に戻って闇の神の祠に魔力奉納を済ましても、まだシーナと合流できなかった。

 中央広場の少し先にある教会に寄ってみたかったが、教会への人の出入りが殊の外多かったので、追いつく、というシーナの言葉を信じて町を出ることにした。


 門番の検問はチラッと手荷物を見ただけで素っ気なかった。

 町中が騒がしかった事についてトニーが質問したのに、今日はそそっかしい連中が多い、という頓珍漢な回答を門番はした。

「町を出たら襲ってくる連中から鼻薬でももらっているから俺たちに素っ気ないのかもしれんな」

 小声でトニーが呟いた。


 町を出て身体強化で歩く。

 少し控えめな速度にしているのに襲撃者が追ってくる気配も待ち伏せしている気配もしなかった。


「教会の早朝礼拝は夜明けを迎える感謝の祈りで、儀式が終わると日の出の鐘が鳴る。教会の精霊達は夜明けと同時にいたずらをしかけ始めたのだとしたら、襲ってくる予定だった連中はとっくに成敗されてしまっているのかもしれんな」


「僕達が町中で見た災難に遭った人たちは実行犯ではなく、元締めの方だったのかな?」

「どうなんだろう?」


 早くシーナと合流して事の経緯を聞きたい。


 不意に背後にシーナの気配がした。


 うわぁ、と驚きながらトニーは咄嗟に僕を抱き上げた。


「どうやったらそこまで気配を消して追いつけるんだ!」

「ちょっと待った!私も今、猛烈に驚いているんだ!」


 トニーの質問にシーナは左右に首を傾げた。


「追いついた本人がどうやったかわからないの?」

「いや、移動方法は分かっている。けれど、水飴で誘い出した精霊が思いのほか大物すぎて、これが現実の出来事とは思えない」

「一発ビンタしてもいいか?」


 昨晩の人体実験を耐え抜いたトニーならシーナを一発殴ってもいい……そんな訳ない。元ラウンドール王国王族護衛騎士が女性を殴るなよ!


「昨日の事ならトニーも気持ちよくなったんだから、水に流していいじゃないか!」


 シーナの言い方が宿の従業員達に誤解を招く原因になったんだな。


「昨夜のことは恨んでいない。むしろ感謝している」


 トニーの会話もなんか変だ。いや、実験で体の不調が全て治ったのだから、当然か。


 シーナは昨夜水飴を作る準備段階で、万能回復薬の元になる族長の水を普通の薬として使用できるようにする実験をトニーでしていたのだ。


「古傷の疼きも、あれやこれやの不調も解消された」


 あれだけ希釈しても、やっぱりまだ強力なようだ。

 ……あれやこれや不調の解消って、もしかして朝からトニーのトニーがむっくりして……。

 掌の周りに集まっていた精霊達が弱々しく一回点滅した。

 ……無理だったのか。


 万能回復薬の素材でも心の問題はどうしようもないのだろう。


「そういえば、あれだけ苦労した水飴は、人間が食べられる物になったの?」


 途中で寝てしまった僕は結果を知らなかった。


「何とかトニーから及第点をもらったよ」

「いや、途中から味覚が正常だったかどうか、今となっては判断ができない」

「私としては今までで一番まともな味の回復薬になったと思うよ」


「「シーナが味見をしたの!」」


 トニーに任せきりだと思っていた。


「教会に寄進する品だからな。味も効能も自分で最終確認をしたよ。まともな教会なら寄進された品は教会関係者や市民に下げ渡される。毒みたいな味の物を世間にばらまくわけにはいかないだろう」


 まともな教会なら、と言うシーナの言葉で、まともでない教会なら下げ渡しをしないで教会の上層部が懐に入れてしまう事が想像できた。


「人間の味覚は人それぞれだから、まあ、いいとして、精霊達には評判がよかったんだろう?俺たちを襲ってくるはずの連中と一回も接触しなかったぞ」


「ああ、私を待ち構えて到着と同時に開門をしてくれるくらい精霊達に評判がよかった」


 シーナ曰く、薄明の時刻に宿を出て教会に向かう道中から町中の精霊達を行列のように従えて教会に向かうことになったのだ。

 小川のように筋になって群がる精霊達と教会に到着すると夜勤の門番を呼び出すベルを鳴らす前に待ちわびていた教会の精霊達が柵を開き正面玄関の扉を開けた。


「驚いて飛び出してきた司祭達に、緑の一族に伝わる秘伝の素材を使った最高傑作の回復薬が昨晩で来たので朝一番に神々に奉納したい!と申し出たら、そのまま早朝礼拝に参加できた」


「元聖女の名乗りをしなくても早朝礼拝に参加できたのなら、僕も行ってみたかったな」


「うん。参加することはできただろうね。でもね、アルとトニーと教会関係者の考え方が違うから気分を害したと思うよ」


 そうなのか?と僕達が呟くと、精霊達が淡く二回光った。

 教会と僕達は相性が悪いらしい。


「教会に居つく精霊達は多いのに、精霊達を見たことがある教会関係者は凄く少ない。喜び勇んで開錠した教会の精霊達も私が引き連れていた精霊達も、誰も何も見えないんだ。つまり、扉が勝手に開いたのは神々の意向、という事になるんだ」


 じゃあ、これは何なんだ?!と僕とトニーは僕達の周りの精霊達を見回した。


「アルとトニーは素直に精霊達の存在を認めたろう?」


 僕達は頷いた。


「魔法を行使する時に神々の記号や神々を崇める言葉を使うから人間が神々の威光を直接ちょうだいしている、と魔法学校関係者や教会関係者は思い込んでいる。けれど、精霊達は神々の(しもべ)、だから、魔法を行使する際に精霊の関与がいくばくかある。それを受け入れない人間の前に精霊達はよほどのことがない限り姿を現さない」


「だから、精霊の目撃情報は魔法教育を受けたことがない地方の平民や子ども達に多いのか!」


「そう。アルは無垢だったから、トニーはアルを守るためならあらゆる事実を受け止める気概があったから、精霊達は姿を現した」


 なるほどね、魔法を熟知している者ほど精霊達に拒絶されるのか。


「まあ、水飴に喜んだ精霊達は早朝礼拝の祭壇に奉納された水飴に集団で群がった。どんどん群がり圧縮された精霊達によって礼拝の途中で祭壇が燦然と輝いちゃったんだ」


 僕とトニーがくすっと笑うと、嬉しかったんだから仕方ないでしょう、と言うかのようにいくつかの精霊達がフルフルと揺れながら光った。


 またしてもシーナは教会から新顔の精霊達を引き連れてきてしまったようだ。


「司祭達は、神々の祝福だ!と大騒ぎになったから、便乗して名乗りを上げたんだよ。我こそは大聖堂島で上級魔導士同等と認められし元聖女シーナなり!この町への祝福は町の安寧を願う!ってね」


 フウッとシーナは大きく一息ついた。


「教会に集まり過ぎている精霊達に、報酬をもらったのなら町の悪い奴らを精霊達の仕業だとわからないように懲らしめろ、と精霊言語で同時に声をかけたんだ。けどね……」


 シーナは再び大きなため息をついた。


「大聖堂島の上級精霊が来ちゃうなんて、私に懐いている精霊達では予想できなかったのよ!」


 大聖堂島の上級精霊?


 物凄い大物なんだろうけれど、僕とトニーには大聖堂島の上級精霊がどれだけすごい大物なのかさっぱりわからなかった。

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