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僕の異世界生活はどうにも波瀾万丈なようです。  作者: 有木苫占
第一章 僕と最強の護衛

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22 トニーの長い夜

 結局、その日の夕食は宿で提供されたステーキが一番おいしかった。



 僕達の部屋は宿で一番上等な部屋で、キングサイズのベッドが角に置かれ、窓際にテーブルと二脚の椅子と一脚の丸椅子が寄せてあり、空いたスペースに無理やりシングルベッドが押し込めれていた。


「本当に一緒の部屋でよかったの?」


 他の人達には男性に見えているとはいえ、僕達はシーナの素顔が見えている。本物の美女と同室で宿泊する事に抵抗を感じてシーナに尋ねた。


「隣の部屋が空いているから今からでも借りれるよ」


 トニーもシーナを気遣った。


「私は危険予知兼護衛だから同室でいい」


 シーナは僕達が男性で自分が女性だという事を意識していない口調だ。


「町で一番いい宿を取ったのに、押し込み強盗でも来るのか?」

「まあ、宿に滞在中は襲ってこないが、アルを狙っている糞野郎どもがいるから警戒しているよ」

「ああ、あれか」


 トニーとシーナは僕が気が付かないうちに狙われていたことを当然の事実のように話した。

 不審者なんてどこにいたんだろう?


「連中はシャオ王国の追手とは関係ない、身代金目当ての連中だ、と踏んだのだが、本当のところはどうなんだい?」


「身代金目当ての奴ら一組と、人身売買目的の奴ら二組だ。身代金目当ての方は宿の下働きに内通者がいて、私達が部屋を引き払う予定時間を実行犯に知らせた。人身売買目的の連中は、アルを隣町の遊郭に売り払うつもりで、身代金目当ての連中がアルを誘拐したところを襲撃する予定だ。もう一組の方は、どんな状況であっても、私達が町を出たところを襲う予定だ」


「そんなにお金持ちアピールをしたわけでもないのに、どうして目を付けられたんだろう?」


 今朝、別の町で爆買いをしたが、この町に入ってからの僕達の行動は、いい宿に宿泊すれど、祠巡りをして屋台で食べ物を買っただけだ。


「こぎれいな服を着た余所者だってだけだよ。この町自体がここら近辺の誘拐事件の元締めの本拠地になっているからな」


 シーナの発言にトニーも目を見開いた。


「ラウンドール王国の密偵たちも掴んでいない情報だ!」

「そりゃあねぇ。この町で誘拐事件が発生しているわけではなく、この町の近辺で発生しているから、いくらラウンドール王国の密偵でも末端の拠点くらいしか把握していないだろうね」


 精霊達からの情報ですでにシーナはこの町の悪の組織の全貌を把握したようだ。


「この町はここの領主の出身地で代々後ろ暗い取引をしながらも、表向きは不作の地区の租税を免除したり、商業活動が活発化するように助成金を出したりして慈悲深い領主として勢力を拡大し、現在の領都に移転したが、手下の犯罪組織の拠点は未だこの町にある」


 おうおう。ここは悪徳領主の納める領地だったのか!


「軍用魔術具の裏取引といった後ろ暗い噂は知っていたが、人身売買にまで手を染めていたのか……」


「奴隷制度は教会が世界中で禁止しているけれど、人身売買の連中は強制力の高い労働契約を断れない状業で結ばせ、事実上の奴隷労働をさせている。炭坑作業員や娼婦で労働期間の定めがない契約のほとんどが奴隷労働だね。まあ、商業ギルドを通じた、()()()()()()()()もしているから、表立つことはまずないだろう」


 蛇の道は蛇。ラウンドール王国の密偵だってその道に通じているはずなのに、一見まともな職業斡旋の方の胡散臭さに引っ掛かり、その先の情報まで辿り着いていないかのようにシーナは言った。


「終身雇用契約を悪用して人身売買をしているんだな」

「ああ。使用人を丁寧に扱わない雇用主は往々にしている、といった態だよ。奴隷契約ではなく、あくまで個人間の契約で雇用者から解除する項目がなく、雇用主は第三者に労働契約書を売ることができるだけだ」


 甲と乙の契約で乙に契約破棄の権利がないのに、甲は第三者の丙に乙との契約書を売れるって、どういうことだ?甲の名義を丙に変更しなくても成立する契約なのか?

 無茶苦茶だな。


 僕も攫われたら奴隷の子として売られてしまうのだろうか?

 まあ、トニーとシーナがいるのに誘拐が成功するとは思えない。


「身代金目的の連中は町のごろつきで、それに乗じて誘拐を企む連中が二組いるけれど、どちらも大本を辿れば領主に行きつくのか。事を起こすのは面倒だから開門と同時に町を出て、逃げ切るのが順当だろうな」


 今の僕なら全力を出せば自力で走って逃げることができそうだ。

 ……けどねぇ。

 育ちの良さそうなお子様を有無を言わせず誘拐しようとする連中が野放しになっているなんて、面白くない。


 ……世の中は理不尽な事柄が溢れている。


 僕の中の幼心が目の前の正義を求めても、前世の記憶と融合して中二病を卒業した精神年齢の僕は、王子様の社会的地位を持ち出して水戸のご隠居様のような世直しの旅をしたいわけではない。


 キングサイズのベッドに横たわった僕はじっと手を見た。

 精霊達が掌にまとわりついてすりすりしている。


 そうか。

 僕が関わらなければいいのか!


「上手くいくかわからないけれど、部屋のドアの前に水飴を少し載せた皿を出しておいて、悪い人たちが寄ってきませんように、とお願いしたら、この土地の精霊達が悪い人たちを懲らしめてくれないかな?」


 思いつくまま口にすると、トニーは吹き出し、シーナは爆笑した。


「……やり過ぎるだろうな」

「ああ、やらかすね。壮大にやらかす!そんなざっくりとした願いだったら精霊達は自分たちの都合のいいように解釈して悪徳組織の拠点で大暴れしてしまう。大きな願い事は大いなる力、つまり、神々に祈る方がいい」


 トニーとシーナは僕の思い付きを子どもっぽいお(まじな)いと笑ったのではなく、精霊達のやらかしを想像した反応だったようだ。


「祠巡りじゃなく、教会に行く方がいいのか!」

「祠でも教会でもいいのだが、今回は教会で水飴を寄進した方がいいだろう。神々の覚えめでたい実力のある精霊が不自然さのない程度の精霊罰を下すだろう」


 ニヤリとしたシーナは胡散臭くてとても元聖女には見えない。


「明日は朝一番で町を出るより、教会に参拝してからにした方がいいのか?」

「いいや、当初の予定を変更しないだけでいい。宿を引き払い、屋台で朝食を食べた後、祠巡りをしてから町を出る。教会はよほどの金額の寄進をしない限り一般人を礼拝所に入れない。元聖女の私が予約なしにいきなり早朝礼拝に参加する方が話が通じる」


 そうなんだ、やっぱりどの組織もお金と権威に弱いよね。


 誘拐犯がたむろしている町中で僕とトニーは予定通りの行動してかまわないらしい。


「夜明けの鐘の時に教会関係者達がする神事に元聖女が参加するとすぐご利益が得られるのかぁ」


 半信半疑のトニーの言葉にシーナは笑った。


「元聖女として神々に願い乞うても、そんなに簡単にご利益は得られない。ただ、教会にたむろしている精霊達に水飴の効果があるだけだ」


 そっちだよなぁ、と僕とトニーは合点がいった。 


「それでだ。教会に寄進する用の水飴を今から作りたいのだけど、アルのレシピを私が使っても構わないかい?」

「もちろんいいよ!僕の身の安全のためだもん」


「ああ、それでだ。素材のでんぷんと蕪を提供してもらいたい」

「いいぞ」


 トニーは即答すると収納ポーチからでんぷんと蕪と水筒を取り出した。


「水はいらない。私の水魔法の水と族長のとっておきの水を使った二種類の水飴を作るつもりだ」

「「族長のとっておきの水?」!!」


 僕は疑問符のつく言い方だったのに、トニーは、とんでもない素材だ、というかのように驚いた。


 シーナはニヤリと笑った。


「族長のとっておきの水は量が少ないうえに、出来上がりが糞マズい仕上がりになる事が確定しているから、美味しい水飴と二種類作る。まずは、人間でも食べられる方……」


 窓際のテーブルにトニーが用意していた器具を使用してシーナは普通の水飴を作った。

 精霊達が張り切ってお手伝いをするので、あっという間に仕上がった。


 味見をすると、普通に美味しかった。

 精霊達が味見をした僕とトニーの口の周りに張り付いて光った。僕達はお互いに指をさして笑いあうくらい和やかな雰囲気だった。


「さて、ここからは、トニーに協力してもらいたい」

 いきなりシーナに指名されたトニーは、できることなら、と予防線を張った。


「トニーは想像がついているようだが、族長のとっておきの水、は緑の一族の万能回復薬の素材だ」

「緑の一族の万能回復薬って本当に存在するんだ!」


 トニーは顎を引いて両手で口元を押さえると、まじまじとシーナを見た。


「四肢がばらばらになっても胴体から切り離された直後なら完全にくっつく、と噂されている回復薬の話は本当だ。ただ、助からない方がいいほどの欠損でもそれなりに生きていける程度に体の組織を復元するから、使用してよい場合なのかの判断が難しく、おいそれと市場に出せない代物なんだ」


「そんな素材で水飴を作ったら、とんでもない回復薬の効能を持った水飴になってしまう!」

「だから、トニーに協力してほしいんだ。効能がそこまでない程度の水飴にしたいから、味見役を担当してほしい」


 トニーは簡単に引き受けていいかどうか迷い、首を傾げると、トニーの周りの精霊達がピカピカと光り出した。

 これは、やっちゃえ!やっちゃえ!とけしかけているよね。


「副作用は体調がすこぶるよくなるだけだから、是非、協力してほしい!」


 さわやかな笑顔でシーナは言った。

 いいことしか言わない人間は信用してはいけない気がする。


「シーナが味見をしない理由は何だい?」


 トニーの質問に、あー、と声を上げたシーナは天井を見上げると、ゆっくりと頭を下げ、こめかみを押さえた。


「私は族長の水の試験をしすぎて、どんなに希釈しても元の味しかしないんだ」


 これは、良薬口に苦し、のパターンだな。


「苦いんだね」

「うん。凄く苦い。なまじっか原液の味を知っているから、どんなに希釈しても脳が拒否してしまい、原液の味がしてしまうんだ」


 マズい薬は飲む前から口の中にマズい薬の味が広がってしまう事なら僕にも身に覚えがある。


「そういう事なら、協力しよう」

「いよ!男前!」


 即答したトニーに僕が囃し立てると精霊達もキラキラ輝いた。




「……でぁぁぁぁ……ア゛!」


 爪楊枝の先についた滴をコップ一杯の水で希釈した薄い族長の水を一滴口にしたトニーは、体を丸めて苦痛の声を上げると、よろめいてシングルベッドに突っ伏した。


 おいおいおい!

 物凄い破壊力のある味だな!


「大男が背中を丸めで尻を突き出してよがっても、それは痛みじゃない。(マズいだけ)ほら、本当はよくなっているんだ。わかるだろう?ほらほら、体は素直だろう?こことか、ここ。絶対に気持ちよくなっているよな」


 無様な声を出さないように枕に顔を埋めて悶えているトニーの肩や腰をシーナは軽く叩いた。

 そういえば、昼間トニーは首をポキポキ鳴らしていたから、絶対に肩が凝っていたはずだ。


 万能回復薬の素材なんだから肩こり腰痛なんて一発で治るだろう。


 トニーは枕に突っ伏したまま頷いた。


「トニーは素直ないい子だね。枕から顔を上げて、こっちを見てごらん」


 シーナは希釈したコップの水を一匙すくい、さらに大きなコップの水で希釈してスプーンですくうと、静かに微笑んだ。


 激マズの衝撃から立ち直ったトニーが振り返って顔を上げるとスプーン一杯の水の量に驚き、ヒェッと喉を鳴らした。


「大丈夫だよ。今度のはもっと体の奥がよくなる」

「……そんなに、おおぃ、の……ムリ!」


 顔面蒼白で小さく震えるトニーに、シーナはさらに希釈した、と薄めたコップを見せた。


「今晩はとことん付き合うって約束したよね」


 シーナが詰め寄るとトニーは、グッと顎を引いた。


「まあ、夜は長いんだから、ゆっくり味わえばいいか」


 シーナはスプーンの水をコップに戻した。

 僕は爪楊枝で水飴をすくうと、ガックリと項垂れているトニーに差し出した。


「ああ、おいしい。これをもっとたくさんくれないか」

「ダメ。こっちを受け入れてからなら良いよ」


 トニーは頬をバンバン叩いて気合を入れた。

 シーナがスプーンですくった水を口に含むと、グフッとなったが、何とか堪えて嚥下した。


「……ああ、まだキツイ」

「これが甘くなっても……」

「えげつない味になるだけだ」

「体はどう?肩こり腰痛だけでなく、内臓機能も良好になるはずなんだけど」


 トニーはお腹を擦ると、胃もたれがなくなった、と答えた。


 なるほどね、と呟いたシーナはノートになにやら記録を取った。


「もう少し付き合ってくれるよね」


 シーナの言葉にトニーは力なく頷いた。


 苦痛の時間は長く感じるんだよね。

 今夜はトニーにとって長い夜になりそうだ。

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