16 一石三鳥は非常識
「体中の魔力をグルグル高速で回して体から漏れ出る魔力を少なくしようとしていたら、身体強化もできちゃったみたい」
精霊達の干渉を防ごうと模索しているうちにそうなったのだから嘘ではない。
「精霊達と遊んでいたら魔力の扱いが上手になるなんてよくある事だよ」
そんな事はない、と言いたげなギョッとした目でトニーはシーナを見た。
精霊たちと遊んでいたつもりは微塵もなかった僕は首を傾げた。
「精霊達はアルと遊んでいるつもりで、アルから漏れ出てくる魔力を少しでもかぎ取ろうとすると、アルが必死になって抑え込む事を繰り返していたようだね。総じてアルの魔力の扱いが上達した」
シーナの説明に精霊達が、そうだよ!と言うかのように淡く点滅した。
「それにしても、体から漏れ出る魔力を抑えながら身体強化をするのは、上級魔法学校の卒業生でも身についていない者は多い」
たまげたな、とトニーは感心した。
「魔法学校は魔法の基礎を教わるのにはいいところだけど、通っている生徒たちも教師陣も頭が固い。まあ、家格によって魔力量が多い、と決めてかかっているから、魔力を節約する魔法を研究する者を小馬鹿にする」
シーナの指摘に、ああ、とトニーは残念がった。
「実戦で魔力切れを起こしたら命にかかわる。恥も外聞も気にせず省魔力に励むようになるのは騎士団に入団してからだな。それができなきゃ死ぬだけだ」
「じゃあ、今から練習していても、問題ないね!」
「いや、待て!身体強化の練習なら俺も洗礼式前からしていたが、魔力漏れ、気配を押さえる鍛錬は魔法学校に入学してからだった。両方同時にする危険性がわからない」
トニーが僕の成長を気遣って慎重になるのは理解できるが、過保護だと思う。
「いいんじゃないかな。魔力漏れを押さえる、と言っても要は、魔力操作の練習の副産物だ。トニーだって魔力操作の練習は洗礼式前からしていただろう?」
「ああ。だけど、魔力操作の練習と身体強化を同時にしていたわけじゃない」
「あのね、トニー。たぶん大丈夫。体の外に魔力を出していないから、ちっとも疲れないんだよね。ほら、あれ、口の中に唾液を溜めていても別に疲れないし、何なら気にならないでしょう?それより、口が渇く方が気になるじゃない」
僕の例えにトニーはキョトンとしたが、シーナは手を叩いて爆笑した。
「魔力を唾液に例えるなんて面白いねぇ。ああ、でも、今のアルの状態はそれに近いな。トニー、酒と酢を間違って口に入れた、と想像してごらん」
シーナはトニーに酸っぱい物を想像させて唾液腺を刺激させたいのだろうが、僕は霧吹きのように噴き出して咽る方を想像してしまった。
神妙な表情をしたトニーは、ややしばらくして、ハッとした。
「魔力が湧いてくる!?」
半分正解!と言うかのように精霊達は弱々しい光を揺らめかせた。
視界が歪むから止めてほしい。
「ああ。今さっき、アルの体内で魔力が湧いていたのは、間違いない」
シーナの指摘に僕が驚いた。
僕が魔力を唾液に例えたのは、体内にあって当たり前の物が当たり前の状態にあるから問題ない、と言いたかっただけだ。
僕の魔力が増えたって、一体どういうことだ!
「どうしてそうなったのかがまだわからない。アル。もう一回、さっきの魔力の循環と身体強化を同時にやってくれないかい?」
「ちょっとだけなら大丈夫だろう!」
謎の解明に興味津々なのか、シーナの提案にトニーも乗った。
頷いた僕は体の中の魔力をブンブン振り回し、体から漏れ出ないように皮膚の表面に魔力を固めつつ、ズンズンと早歩きをした。
トニーとシーナは僕の両脇にぴったりと張り付きながら僕の一挙手一投足を観察した。
「体から漏れ出る魔力を極度に抑えながら効率のいい身体強化をしているけれど、魔力が増えているようには見えない」
「口の中にどれだけ唾液がたまったかなんて他人がわかるか!まして、ここまで漏れ出る魔力を抑えたら、アルがどうやって魔力を循環させているかさえわからないだろう!」
シーナの突っ込みに精霊達は、そうだそうだと、と二回弱く点滅した。
当の本人にも魔力が増えているようには感じない。
ただ、体が凄く軽く、いつまでもこの状態をキープできる感じがする。
「なるほどね。わかった。私の感覚としては、瀉血に似た状態だ」
「瀉血?」
「瀉血か!」
「ああ、だけど、瀉血とは違って実際には体から魔力は出ていないから、体内の魔力が増えたんだ」
シーナは一人納得が言ったようだが、僕とトニーは漫画で言うなら頭に疑問符がついている状態だ。
「瀉血とは病気の治療としてわざと皮膚を切って血を流し、悪い血を流すことで血の入れ替えを図るんだろう?体内から血が失われた事で補うように新しい血液が作られて健康になる。だが、今回はアルの魔力は失われていないってどういうことだ!?」
トニーが疑問を口にすると、物の例えだ、とシーナは言い直した。
「アルの魔力は体内を循環しているだけで、失われていない。だけど、アルは魔力が漏れ出るのを極端に防ごうとして、全身に自分の魔力の服のようなものを作り上げている。その上、身体強化で一部魔力が滞っているから、一時的に体内の魔力が少ない状態になって、魔力回復機能が働いたんだ」
ほうほう。
僕は魔力循環の練習で魔力漏れを押さえる効果を得ながら、ついでに楽して身体強化をする方法を覚え、おまけに魔力も増やしてしまったのか!
魔力循環の練習は一石三鳥で凄くお得だ!
僕はホクホク笑顔になったが、トニーはせわしなく首を傾げた。
「ああ、わからないことだらけだ!身体強化は魔力を消耗する行為だろう!どうして、身体強化をして魔力を消費しないんだ!」
ああそうだ。身体強化で魔力を消費しない事がそもそもおかしい!
「それはね。アルの身体強化がトニーの知る身体強化と違うからだよ」
シーナの追加情報にトニーはますます混乱した表情になった。
「やれ、騎士だの兵士だの冒険者だのといった連中は、思考が筋肉に直結しているから、魔力を消費しない身体強化、という発想がないんだよ」
シーナは常識人っぽいトニーを脳筋枠にしてしまった。
「うーん。魔力の使い方を本人に追及するのは野暮な行為だが、教えてほしい。魔力を消費しない身体強化ってどうなっているんだ?」
魔法の情報が制限されている世界で、それぞれが編み出した魔法の方法を聞き出してはいけない慣習があるのだろう。
それでも、トニーはシーナに頭を下げた。
「うーん。自分の身体強化の仕方を分析したらわかるはずだ。アルはそれをしていないだけだよ」
「……身体強化をする部位の筋肉、骨、皮膚に魔力をグッと揉めて肉体改造をする!」
いかにも脳筋のやりそうな方法だ。
「そんなに頑張っていない。身体強化をしたい部位が温かくなって呼吸が楽になるだけだよ」
僕の言葉にシーナは頷いた。
「トニーはまず筋力を強化してそれに耐えられるように骨や皮膚を強化している。そんな事をしなくても身体強化はできるんだよ」
シーナの言葉にトニーは頭を抱えた。
「アルの身体強化の方法でも格闘技でもするように全身に身体強化を使用したら、それなりに魔力を使用する。だけど、ただ早歩きするくらいではほとんど魔力を使用しないよ」
どうやら僕の方法でも使い方次第では魔力を消耗するようだ。
シャドーボクシングよろしく拳を握りしめてシュッシュと打ち込むと、思いがけないほど高速の連打ができた。
えっ!
これだけ魔力の漏れを押さえているのに精霊達に干渉された!?
いや、体中が温かいから自力でできたのかな?
「ああ、筋肉を強化していないのに身体強化ができている!」
僕の動作を見たトニーは髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら天を仰いだ。
「緑の一族は皆このやり方で身体強化をしているから筋肉モリモリではない」
「あれ!じゃあ、このやり方をしていたら、僕はシーナみたいに細身になっちゃうのか!せっかく健康体なんだからトニーみたいに体格よくなりたかったのに!」
「身体強化とは別に筋肉を育てる訓練をしたらいいだろう。魔力のない人間はそうやっているじゃないか」
そうか。成長に合わせて普通に筋トレすればいいのか。
目指せ!高身長のマッチョマン!
せっかく剣と魔法の世界なんだから大きな剣を振るうのが似合う逞しい肉体が欲しい。
「筋肉に魔力を込めて身体強化をしなくても、俺のやり方と同じくらいの身体強化ができるのか……」
トニーはまだ脳筋を否定された衝撃から抜け出せないのか項垂れている。
「ああ、私くらいの細身の女が簡単に大木を引っこ抜いて移植するよ」
「「それが緑の一族の常識なのか!」」
女性だけで開拓できる緑の一族ならではのエピソードに僕とトニーは驚いた。
「でも、筋肉に魔力を込める意義はそれなりにあるんでしょう?」
僕は動揺し続けているトニーを復活させるべくシーナに尋ねた。
「……見た目が強そうになる効果があるな。ほら、全身に魔力をみなぎらせると闘志あふれる感じがするだろう」
「それって、魔力を無駄に消費しているんじゃないのかな?」
「そうだな」
僕とシーナのやり取りに一度は首を持ち上げて復活しかけたトニーを、僕が即座に突っ込んでしまい、さらに落ち込ませる結果になった。
「でも、ほら、相手を威嚇する効果がありそうだね」
「……戦う前にイキっている奴はだいたいたいしたことない……」
シーナが止めの一言を小さな声で言った。
うん、まあ、そうだね。
本当に強い人はイキって魔力を消費するようなことはないと思う。
「俺は根本的に魔力の使用方法を間違えて覚えてしまったのだろうか……」
「常識を疑う柔軟性がなかっただけだよ」
シーナに本当の止めの一言を刺されたトニーは悔しそうに膝を叩いた。




