5 蜂蜜酒の余波
体調不良でしばらくお休みしていましたが、再開します!
無理のない範囲で更新していく予定です。
蜂蜜酒の影響力は凄まじかった。
砦で本格的に蜂蜜酒の醸造が始まれば毎日お酒が飲める、と期待した騎士達は以前にもまして張り切った。
花畑は生鮮野菜の自給率を上げてから増やす方向だったのに、騎士達は休憩時間に畑作りをする者が続出した。砦の周辺では死霊系魔獣が出没しないのをいいことに夜間に畑作りをしているのではないか?と疑いたくなるほどだった。
ほどなくして、砦の周辺は草花だらけになった。
花畑が増えるとローサさんの蜂達は分蜂のシーズンを過ぎていたのにもかかわらず、新しい女王蜂が誕生していくつかのコロニーに分蜂した。
ローラさんと料理長はスパイスや発酵具合を変えて様々な蜂蜜酒を醸造するとさらに騎士達が張り切る循環が出来上がった。
蜂達を邪魔しないように砦の外の北側の一角だけがサーフィンの練習場になった。
騎士達用のサーフボードも次第に数が揃うとみんな積極的に練習した。
そうなると、腰から紐で小舟を繋いで物資を運搬する体制が整い、砦で収穫した野菜の一部を旧国境沿いの領に売却し肉や乳製品を購入して戻ってくる計画がいつの間にか動き出していた。
砦の外に販売したことで一つの事実が発覚した。
砦の野菜を食べると初級回復薬程度の癒しの効果があったらしい。
温泉に毎日入り飲料水として毎日飲んでいる僕達は健康そのものなので気付かなかったが、砦の野菜を食べた人達は擦りや傷鼻風邪程度なら翌日には治ってしまうらしい。
いやいや。
そもそもそんな症状だったら健康な人だったら一日で治ってしまうんじゃないかな、と軽く考えていた。
ブライアン伯父上も砦の野菜を持ち帰っていたが、温泉水もたっぷり持ち帰っていたので、ブライアン伯父上のお土産を食べる人達は当然温泉水の恩恵を受けており、比較対象にならなかった。
そんな中、注目されたのが蜂蜜酒だった。
蜂蜜酒は日持ちがする上に、ちょっとした手土産に重宝したのか贈答品として遠方まで流通した。瓶に偽造品防止のため製品番号を入れていたので追跡調査ができたのだ。
その結果、温泉水なら汲み上げた時間と移動距離であからさまに効能が下がったが、蜂蜜酒は出荷時期も移動距離も関係なくほどほどの効能を保っていたようだ。
常習性のある酒というところがまた良かった。
症状の重い人達が常飲すると、ほどほどでは済まない効果を上げてしまったらしい。
そうなるとほかの野菜にも注目が集まるようになり砦農地化計画に特別予算が組まれてしまった。
僕達の砦の日常は、早朝の稽古、朝風呂、砦の守りの魔術具に魔力奉納、朝食、苗の成長の促進、畑の手入れ、地政学の勉強(ここで野菜の売り上げを聞く)昼食、蜂蜜酒の発酵のお手伝い、夕食までは自由時間、サーフィンに出かけたり、護衛騎士達や非番の騎士達から個人的な話を聞き出して書き留めたりして、就寝前に入浴と、健全な生活を送っていた。
サイラスは、(偽)コンラッドがしていた事に興味がある、と厨房に入り浸り、パティシエか!と突っ込みたくなるほど毎食デザートを作った。
砦の生活になじみがないコンラッドは偽コンラッドだったサイラスの行動を踏襲しつつ、できない事は、サイラスがやってみたらいいよ、とサイラスに丸投げする事で難を逃れた。
護衛騎士達の一部は、あれ?と思うところがあっても追及する事はなかった。
そんな日常に変化が生じたのは、宿舎の部屋替えがあり、女性騎士専用の一角が用意されてからだった。部屋を移ったシーナとローラさんの部屋が僕達の部屋から遠くなってしまった。
シーナ専用の工房ができたので相談事がある時はそっちに行くようになった。
これはいよいよ砦に祖母かブリジット伯母のどちらかが保養に来るのかと思いきや、砦にやってきたのはイザベラだった。
「蜂蜜酒の評判が上がり過ぎてしまって、私のお友達では購入できない価格になってしまったのです」
男装したイザベラは男装した護衛騎士達を引き連れて、王族のみ使用可能な転移の部屋からではなく正規のルートで砦にやってきた。
いや、厳密にはイザベラの来たルートは正規のルートとは言えない。
イザベラは自身のコネで旧国境の領まで騎士団の転移魔法を使用し、砦の騎士を王都の手土産で買収し、彼らが非番の時にサーフィンの牽引で男装の学友を連れて砦に乗り込んできたのだ。
「今ではねぇ、砦で生産された子ども用の蜂蜜酒を一瓶買うくらいなら、ここに直接来る旅費の方が安いのですよ!」
各方面で買収したであろう金額を考えると相当高額になっているはずなのに砦の蜂蜜酒の方が高価なのか!
転売ヤーに買い占めされていたりするんだろうか?
掌の精霊達が淡く二回光った。
シーナとローラさんは眉を顰めた。
そんな高額な旅費を出してもイザベラはここに来なくてはいけない理由があった。
「蜂蜜酒の入手にこだわらずベリンダ嬢をお連れして砦までいらしたのは大正解ですよ」
シーナはイザベラの連れを見て安心させるように柔和な浮かべて笑顔で言った。
フードを目深に被り真っ白な仮面をつけたベリンダはシーナの言葉に仮面の奥の涙を拭った。
幼いころ実家の失火で火傷を負った子爵家の末娘のベリンダは治癒魔法で一命を取り留めた。人目に晒せない容姿になってしまったが洗礼式で魔力量が多いと判定されたため、フードと仮面を身に着けて魔法学校に通っているらしい。
今すぐ命の危険があるわけではないけれどベリンダが後遺症に苦しんでいることを知ったイザベラはブライアン伯父上からもらった蜂蜜酒や温泉水をベリンダに分けてあげていた。
「癒しの魔法で火傷を治しても、皮膚の細胞の数が少なくなっているから、ただでさえ過敏な傷跡の皮膚が成長すると薄く伸ばされた状態になってしまいピリピリ痛むし、肉割れしてしまうのです」
精霊達に聞いて知った事をさも問診だけで察したかのようなシーナの言葉にベリンダは頷いた。
「イザベラから入手した温泉水を皮膚に塗るとしばらくは突っ張るような痛みがなくなっても、根本的に皮膚が少ない事には変わらないから、常に温泉水が必要なのですね。子ども用の蜂蜜酒で同じような効果を得られたのに、見る見るうちに高騰してとても買えない値段になってしまったのですか。お気の毒に」
コンラッドの言葉にイザベラは頷いた。
「長期休暇の間だけでもここで湯治ができたら、新学期から体調不良による欠席が減って中級魔法学校卒業相当まで履修出来そうな優等生です。私の予算内でできるのだったら砦に来てもかまわない、と陛下から許可をいただいたのです」
「ありがたいことです」
「それでしたら、もっと長期滞在も検討してみてください。サミュエル殿下とアダムさんの研究によると傷跡が薄くなると体毛が生えそろってくる事例が確認されました。ベリンダ嬢も一日二回入浴していれば体の成長に合わせて皮膚が再生するかもしれません。魔法学校には必要最小限の単位を取りに行くだけにして生活の拠点をここに移したらどうでしょう?」
禿頭の騎士達は毛根が死滅していなかったのかみんな順調に毛が生えそろったので、毛根の研究は体中に傷跡がある騎士達を対象に傷跡が消えたら毛根が再生するのかの検証に移っていた。
シーナの提案にイザベラは晴れやかな笑みで、そうしましょうよ、と声をかけたが、仮面の少女は体を小刻みに震わせた。
「……イザベラ殿下にこれ以上費用のご負担をしていただくのは……」
「私の助手として砦に滞在したら滞在費用は私が負担いたします。この砦は人手不足ですから王子殿下みなさんできる範囲内で魔力提供しています。なんなら兎だってそれなりに働いていますよ。」
シーナの言葉に僕達は頷き、ノンは得意気な表情をした。
イザベラとベリンダはノンを凝視した。
ノンは砦のマスコット的存在で砦のどこにでも顔を出す。精霊達を引き連れて歩き回るノンがいると魔法の行使が楽になる、と騎士達の間で噂になっていた。
「ノンは可愛いだけでなく魔力が豊富な魔獣兎なのでいるだけで働いている状態になるのです」
僕の説明に、そうなのですか、とノンを見ながらベリンダは首を傾げた。
こんな説明じゃあ半信半疑になるのも仕方ない。
「お金の心配はいりませんから、ここにゆっくり滞在しましょう」
イザベラの言葉にベリンダは言葉に詰まった。
「私の助手と言っても、正確に記録を取るだけの簡単の仕事だから難しく考えないで引き受けてもらえないでしょうか?」
ベリンダが答える前に、はい!と返事をしたのはサイラスとコンラッドだった。
ベリンダが即答できなかったのは二人の王子の羨ましそうな視線が圧力になっていたのかな?
掌の精霊達が淡く二回光った。
「ええっと、私が今調合しているお薬は女性専用の薬ですから、研究中は男子禁制です!」
シーナの言葉にベリンダが、ええ!とサイラスとコンラッドが残念そうな声を上げ、ベリンダは驚きの声を上げた。
「あれ?シーナ様は女性ですよ。私、言ってなかったかしら?」
イザベラの言葉に男装の護衛騎士達は頷いた。
ベリンダの驚きはシーナとイザベラの護衛騎士達のと男装のレベルの差、いや、男装の質の違いによるものだろう。
イザベラの護衛騎士達は女性歌劇団の男役のように顔採用なのか、と疑いたくらるほどのいわゆる男装の美青年だが、シーナの場合は本当に胡散臭そうな雰囲気のイケメン似非占い師そのものだから、事前に女性だと聞いていても、あれはまちがいなく男性だ、と脳が受け付けなかったのだろう。
「「女性専用の薬かぁ……。それじゃあ治験を兼ねた研究には立ち会えないですね」」
サイラスとコンラッドが同時に嘆いた。
シーナに首ったけなのはサイラスだけで、コンラッドはサイラスの真似をしているだけだと思っていたのに、二人揃って本気で嘆いているように聞こえた。
あれ?
ブライアン伯父上の熟、いや、年上の女性好きって、遺伝するものなのかな?
セドリックが無言で首を横に振ると、ノンが訳知り顔で、クククっと笑った。
はい。遺伝ではなく、あの二人の個人的趣向ですね。




