6 白百合の一行
「……女の子っていいですね。いるだけで砦が華やかになりました」
バーニーの感想に僕達は頷いた。
全員男装しているイザベラ一行が食堂にいる。
女性騎士達のお喋りを耳を傾け男性騎士達は彼女たちの華やかな声に目尻が下がりっぱなしだった。
男装の騎士達が黄色い声を上げているのは温泉の効果でツルツルツヤツヤになった肌と髪を喜ぶ声だった。
「イザベラ殿下が私的に女性護衛騎士を募っていると知った時にはもうすでに凄い倍率だったから無理かと思ったのですが、ここに来れて良かったです!」
ほっぺを触りながらにっこりする男装の騎士達に食堂の騎士達は頬が緩みっぱなしだ。
「みなさんは採用試験は総当たり戦で勝ち抜いた実力者です。女湯の警備体制の確認も皆さんの仕事の一環です。私は温泉も楽しみにしていましたが、何と言っても本当に楽しみにしていたのはこれです!生乳を持ち込めば作っていただけるとの事でしたから、魔術具に詰め込めるだけ入れてきました」
イザベラは目の前に運ばれたデザートに目を輝かせた。
楽しみにしていたのはイザベラだけではない。
夕方の早い時間から食堂が混雑しているのは男装の騎士達を見に来た浮ついた騎士達だけでなく、王族が砦を訪問すると乳製品の差し入れがあると信じ切っていた騎士達が、仕事を片付けると一目散にやってきたからだ。
「これが噂のハニートーストですか。これをサイラスお兄様がお作りになったのですか?」
「私はこのアイスクリームしか作っていないよ。融けてしまう前にお食べなさい」
イザベラは大きなハニートーストを切り分けると男装の騎士達に取り分けた。
温かくて冷たくて甘くておいしい、と男装の騎士達に大評判だった。
体を動かす仕事の彼女達はスタイルを気にすることくハイカロリーなハニートーストをパクパク食べた。
気分のいい食べっぷりにつられて、僕達も自分達の分を取り分けてモリモリ食べた。
あんなにぽっちゃりだったセドリックも今ではすっかり引き締まっているので食事制限は全くしていない。
「ベリンダ嬢の夕食はどうなっているのでしょうか?」
食堂にいない仮面の少女ベリンダを心配をするとイザベラはハニートーストを食べる手を止めた。
「ベリンダはまだシーナ様と温泉に入っていますから、後でお一人分の食事をお部屋にお持ちする事になっています」
火傷の跡が残っているからみんなとずらして入浴したのか、シーナの治療が長引いているのかだろう。
フルフェイスの仮面をつけたまま食事ができないから後で部屋で一人で食べるのか。
「一人分って、ハニートーストまるまる一つですか!」
セドリックの突っ込みにサイラスは笑いながら否定した。
「違いますよ。料理長が小さいのも作っているはずですよ」
僕達もハハハと笑った。
僕とサイラスとコンラッドとセドリックで食べて満足できる大きさのハニートーストを小柄なベリンダが一人で食べるとは考えられないよ。
「早く良くなってみんなで食事ができるようになるといいね」
自分と青年アダムの分を取り分けると護衛騎士達のテーブルにハニートーストを運んだサミュエル叔父の言葉に僕達は頷いた。
「私やアルフレッド殿下がお手伝いしたくても女湯に押し掛けて祝詞を唱えるわけにはいきませんから、シーナ様の魔法で皮膚の再生が早まるといいのですが」
青年アダムの言葉に僕は頷いた。
「詠唱魔法で温泉水の効果が高まる魔法はアルフレッド様とシーナ様とアダムさんしかできないのですか?」
イザベラの疑問にサミュエル叔父は頷いた。
「魔力の属性のバランスの問題があるのか、私が魔法の杖を振っても温泉の効果をを増幅させられないんだ」
「「私達にも無理でした」」
サイラスとコンラッドがサミュエル叔父に続いて言うと、そうですか、とイザベラは残念そうに項垂れた。
「ベリンダは砦に滞在中だけでも症状が改善する事だけを期待して砦に来ましたが、私はここでベリンダが完治できるのではと期待して年度の予算の大半をつぎ込んでまいりましたのよ」
やっぱりイザベラは無理を押して何とかやりくりしていたんだ。
「ベリンダ嬢が完治できるかどうかは、何とも言えないが、つぎ込んだ資金の回収なら心配いらないよ、イザベラ」
サミュエル叔父は不敵な笑みを浮かべてイザベラに言った。
「騎士団の若手の精鋭達をこの砦に次世代の王族が引き連れてきた事に意義がある。ああ、イザベラが行動に移すのが蜂蜜酒が流通する前だったのが、また良かった」
サミュエル叔父の言葉にハニートーストで沸き立っていた騎士達まで聞き耳を立てる気配がした。
「はい。私は蜂蜜酒が流通する前からベリンダを湯治に連れて行くことを検討していました」
ベリンダの症状をイザベラが気にかけていたのなら温泉水の効能が発覚した時から検討していて当然だ。
サミュエル叔父はアイスが融けてひたひたになった食パンをフォークで突いた。
「大叔父たちが機が熟すまで待ち、横から掻っ攫ったなら、それは一番おいしいかもしれないけれど、今回は王太子一家が騎士団の精鋭達を新世代がすでに全員押さえてしまったから横槍さえ入れられない」
若禿の騎士達が砦に大集結しているだけかと思っていたが、新進気鋭の精鋭達なのか。
食堂内の騎士達はサミュエル叔父の評価に嬉しそうに頷き、掌の精霊達は淡く二回光った。
今、最も人気の任地の砦の代表者のトニーが騎士団中から選び放題な状態だったら実力者から選ぶだろうから、それも当然か。
「新国境から若干離れているこの砦は最前線には立ちたくないのに重要拠点を押さえておきたい貴族達には垂涎の的だ。陛下はここにどこの派閥にも所属していないアルフレッドの護衛騎士のトニーを頭に据えた。長らく外国にいたトニーが派閥を気にせず騎士達を選考すると、大叔父たちの息のかかった老騎士達は排除される。女性騎士達もイザベラとブリジット王太子妃殿下が抑えてしまったらあの老獪たちが付け入る隙がなくなった」
中堅と若手騎士達のいいところをトニーが押さえ女性騎士達まで王太子家で押さえてしまったから祖父の兄弟の親族の息のかかった騎士達を排除できたらしい。
王族が多いと国の魔力は充実するけれど揉め事の種が多くなる。
「シーナ殿なら蜂蜜酒のように温泉水から新しい皮膚治療薬を開発してくれるだろう。治験にベリンダ嬢が参加してくれることで開発が早まるから見込みのある投資だろう?」
「シーナ様の利益を横取りするつもりはありませんわ」
「シーナ様は利益を独占しないでしょう。それに、ベリンダ嬢はイザベラに借りを返そうとするでしょう。私とサイラスはここで開発した魔術具を買い取りたいという話をもらっているからイザベラの援助ができますよ」
「ありがとうございますお兄様」
サイラスとコンラッドはこの砦で開発したハンドミキサーや冷却ボールの魔術具を共同研究として権利を折半する事にしていた。
普及したらなかなかの利益担うだろう。
僕とセドリックは畑を拡張した傷痍騎士達と同様に野菜や蜂蜜酒の売り上げの一部を市民カードのポイントで分配してもらっている。
美味しいものを食べるために頑張っている騎士達にも分配されているので、砦のみんなと一緒にできる仕事をするだけでイザベラの懐も潤うと思うよ。
「みなさんお食事を済ませたのですか?」
食堂に入ってきたシーナの言葉に僕達はお金の話を止めた。
「ベリンダさんの仮面が半分になっています!」
セドリックの大きな声に恥ずかしくなったのかシーナの後ろに隠れるように引っ込んだベリンダの陶磁器のような真っ白なフルフェイスマスクの下半分がなくなっていた。
「源泉かけ流しのお湯が効いたようで、傷跡が薄くなり肌のツッパリが取れたので仮面を小さくして見ました」
「はい。全ての痛みがなくなりました。ですが、物心がついたころからずっと人前では仮面をつけていたので半分になってしまうと、なんだか恥ずかしいです」
食堂中の視線を集めたことでベリンダは仮面の下半分の素顔が真っ赤になっていた。
「髪の毛の長さは揃うまでまだフードを着用した方がいいですね。仮面を外すタイミングはご自身でお決めになればよろしいですよ」
シーナの言葉で頭部の火傷跡に髪の毛が生えてきたことが窺えた。
イザベラの目に涙が滲んでいる。
苦労してベリンダを連れてきて初日に治療効果が出たら、うれし涙が出ちゃうよね。
「人前で食事をするのは初めてなので緊張します」
「騎士団の食堂では食べ物を粗末にしない限りマナーで咎められることはありません」
サミュエル叔父の言葉に食堂にいた全員が頷いた。
このテーブルにはやたらと王族がいるが、ここは社交界デビューの場ではないし、実力だけで集められた騎士達の中には平民出身者だっている。
「さあ、ベリンダお嬢様。こちらにおかけになってください」
シーナはイザベラの正面の椅子を引きベリンダ手を取ってエスコートした。
超悪似非占い師の男が少女を誑かしているような絵面だ。
ベリンダと男装の騎士達がうっとりとした目でシーナを見ている。
なんでだろう。
男ばかりの砦に来た王女様と女性騎士達の御一行はフサフサになって男前度が上がった騎士達には目もくれず、魔術具のマントを脱げば美女になるシーナに女性達の視線が釘付けだ。
元の薄毛を知っているとフサフサになっても興味を引かないのだろうか?
それとも、ラウンドール王国の女性騎士達は百合の要素が強いのかな?
ハニートーストを食べ終えた男装の騎士達がシーナとベリンダの食事を運んだ。
ベビーリーフのサラダを一口食べたベリンダの頬が上がった。
「美味しいでしょう?」
イザベラの問いにベリンダは頷いた。
「はい。新鮮な新芽の野菜が美味しいのはもちろんですが、このドレッシングがコクがあるのにさっぱりしていてとても美味しいです!」
ベリンダの感想に女性騎士達も頷いている。
はい。それはマヨネーズです。
物流革新で新鮮な鶏卵も入手できるようになりハンドミキサーがあるのだから作ってみたくなるじゃありませんか!
「お父様は砦のデザートの話ばかりしていましたからスイーツをすっごく楽しみにしていたのですが、ここの食堂で食べる物が全て美味しくって、帰りたくなくなりますわ」
イザベラの言葉に全員が頷いた。
王太子離宮でも公爵領でも料理長に頼めば何でも作ってもらえたけれど、気兼ねなく厨房に出入りできる砦の暮らしは楽しい。
ノンも、そうそう、と頷いた。
「イザベラ殿下はお食事は済んだのですか?」
トニーとハイアット分隊長が食堂に来ると、ご挨拶が遅くなりました、と二人はイザベラに詫びた。
「お二人はお仕事で砦を離れていたと伺っています。シーナ様に飛ばしてもらったのですか?」
「いえいえ、サーフィンで行きました。ハイアットの風魔法の実力ですと、目的地に着陸する際に地面にめり込んでしまいます」
トニーの言葉にハイアットは頷き、騎士達から爆笑が起こった。
「からかうつもりはなかったのです。素朴な疑問なのですが、シーナ様のようにトニー様を放り投げて飛び乗ったり、トニー様のようにシーナ様に放り投げられて飛行する事は、お二人以外はできないのでしょうか?」
イザベラの質問に食堂内は静まり返った。
「トニーの体格の男性を持ち上げて放り投げる事なら他の騎士達にもできるだろうが、あの速度で投げる事ができる騎士達はいまい。まして、その速度で放り投げられてのまま目的地まで飛行してほど良い速度に減速して着地するなど、死を覚悟しないと検証できない」
サミュエル叔父の言葉に騎士達は頷いた。
「シーナ様のようにはできない私達が騎士達を放り投げて鍛錬する事は可能でしょうか?」
男装騎士のからの疑問にサミュエル叔父は爆笑し、食堂内の騎士達は仰け反った。
トニーをぶん投げてベルトに捕まって飛行するシーナの話を聞いて、何だかとんでもない想像をしているのだろうか?
掌がほんのりと光ると男装の子騎士達が砦の騎士達を放り投げる映像が脳裏に浮かんだ。
これは男装の騎士達の願望なのか、それともこの先起こりうる未来なのか……。
シーナが困ったように首を傾げた。
両方なんだろうか。
掌が淡く二回光った。
なんてこった!
僕は勝手に百合の御一行様だと勘違いしていたが、イザベラ率いる男装の騎士達は神罰の時代を経て失われた飛行魔法を成功させた偉人としてシーナを尊敬の眼差しで見ていたのか。
自分達をぶん投げる気満々で砦に乗り込んできただ、と気付いたバーニーは身震いをして男装の騎士達から視線を逸らした。




