4 精霊達と蜂蜜酒
ブライアン伯父上は偽サイラスのコンラッドが砦に戻ってくると王都に帰還した。
料理長はブライアン伯父上に出来立ての蜂蜜酒と苺のケーキを手土産にしてしまった。
手土産は一人分とはいかないので人数分用意していたケーキが足りなくなくなってしまった。
立ち入り禁止の扉の前で見送った騎士達の表情がどことなく恨めしそうに見える。
子ども用の蜂蜜酒の味見をしようと厨房に立ち寄ると料理長が、何でケーキを多めに作っておかなかったんだ、と騎士達に責められていた。
「小さめにカットしたら、全員にあたるんじゃないかな?」
「アルフレッド殿下。始めの方にカットしたケーキと後からカットしたケーキで大きさが違うと、食堂内で小競り合いどころか戦争がはじまります!」
僕の助言は、的外れだったようで、調理当番の騎士に即座に否定された。
ブライアン伯父上の乳製品の差し入れに料理長が張り切ってケーキを仕込んでいる事をみんな知っているから、一人分の量に差があれば争奪戦が起こるのは目に見えているか。
「材料はまだあるんだから、急ぎで作ってしまえばいいじゃないですか」
偽コンラッドのサイラスは厨房に入り材料の計量を始めた。
急いで焼き上げればデザートは最後に食べるから間に合うかな。
「どうしてコンラッドがケーキを作るのですか?」
「卵白を泡立てる魔術具を作ったのはコンラッド兄上でメレンゲ作りが得意だからです」
セドリックの返答に偽サイラスは苦笑した。
明日、二人が入れ変わったら本物のコンラッドがメレンゲ作りを特技にしなくてはならないもんね。
「何かお手伝いする事がありますか?」
シーナが料理長に尋ねると、助かります!と料理長は額に滲んでいた汗を拭った。
「スポンジの焼き上がりの時間短縮と冷やす時間が短縮できればありがたいのです」
「冷ます方は何とかできそうですが、焼き上がりの時間短縮は……」
「無理ですか」
料理長ががっくりと項垂れると、シーナは僕を見て首を傾げた。
精霊素を集めたら何とかなるんだね。
掌の精霊達が淡く二回光った。
「殿下達の応援があればなんとかなりそうです。料理長!殿下達に子ども用の蜂蜜酒の味見をお願いしてください」
もちろんです!と料理長は食料保管庫にしまい込んである蜂蜜酒を助手に持ってこさせた。
「ああ、大人用も持ってきてくださいましたか。神々にお願いして出来上がった蜂蜜酒ですから、まずは神々にお供えしなくてはいけませんね」
僕達の背後にサミュエル叔父がいるから見学だけのサミュエル叔父にも味見用の蜂蜜酒を用意するしかなかったのだろう。
シーナは厨房の片隅に祭壇を用意して二本の蜂蜜酒の瓶を供えた。
ごにょごにょと祝詞を唱えるシーナの背後で僕とセドリックが頭を下げてお祈りしていると偽サイラスのコンラッドは僕達の真似をした。
本物のサイラスは必死になってメレンゲを仕上げている。
料理の神様にお祈りしているのだから、サイラスのケーキがもっと美味しくなーれ!とついでにお祈りした。
祭壇の周りには精霊達が密集している気配がする。
きっといいことがあるに違いない。
祝詞を唱え終えたシーナが蜂蜜酒の瓶の栓を抜くと祭壇に集まっていた精霊達が一斉に色とりどりに点滅した。
「アッ……!神々は蜂蜜酒をたいそうお喜びになられたようです」
アップウの呪文を織り交ぜたシーナの言葉に精霊達は光りを消した。
「さすがシーナ様です」
偽コンラッドのサイラスが泡だて器を止めずに呟くと、シーナ様は素晴らしい!と料理当番の騎士達が口々に言った。
偽サイラスのコンラッドまでシーナを心酔しているかのような眼差しをして、さすがです!と口にした。
長年入れ替わりをしていただけに、入れ替わり直前に本物のサイラスに寄せて行くコンラッドは適応能力が高いなぁ。
シーナが小さなコップに味見用の蜂蜜酒をそそぐと精霊達が小さなコップに群がっている気配がした。
「これが魔法で発酵を早めた蜂蜜酒ですか」
コップの中の淡い琥珀色の液体を見た偽サイラスのコンラッドがそう言いながらコップに手を伸ばすと、精霊達はコンラッドのコップから離れ本物のサイラスの方に寄っていった。
そうだよね。
一緒に味見をするのは偽サイラスのコンラッドではなく、蜂蜜酒の成功を一緒に祈った本物のサイラスとするべきだよね。
料理長がそのことに気付いたのか、角が立つまで泡立てたメレンゲが入ったボールに手をかけ、偽コンラッドのサイラスから受け取った。
「メレンゲを中途半端にできなくてお礼のお祈りに参加できなかったから、今してもいいでしょうか?」
「ええ。料理の神様ならご理解いただけるでしょう」
シーナの言葉に頷いた偽コンラッドのサイラスは祭壇に向かって頭を下げた。
偽サイラスのコンラッドは神妙な表情でその様子を見守ると、蜂蜜酒のコップから手を離した。
僕達に合流した偽コンラッドのサイラスが蜂蜜酒のコップを手に取ると偽サイラスのコンラッドはコップに手をかけた。
「美味しそうな香りです。お酒の匂いはしませんね」
「ええ、シーナ姉様の火入れの加減が絶妙で香りを残してお酒を飛ばしてくれました」
ローラさんの説明に料理長は頷いた。
「未成年でも安心して飲める蜂蜜酒です」
「こっちは複雑なお酒の香りがする。スパイスが違うからだな」
「ええ、そうです。それでは神々に感謝していただきましょう」
シーナがコップを祭壇に向けると僕達も真似をした。
蜂蜜酒に口をつけた双子とセドリックの頬が上がった。
サミュエル叔父は満足そうに頷いた。
コップに群がっていた精霊達はコップが顔に近づくとパッと散っていく気配がしたので、飲み込まれていないようだ。
安心した僕も蜂蜜酒を飲んだ。
ほんのりと苺の香りのする蜂蜜酒はほど良い甘みで喉越しがよく、病みつきになりそうな美味しさだった。
「……。これは美味しい」
僕の言葉にローラさんと料理長が笑顔になった。
「飲み干してしまうのがもったいないです」
セドリックは舐めるようにちびちびと蜂蜜酒を飲んでいる。
「スポンジ生地の準備ができました。シーナ様!よろしくお願いします」
「みなさん!応援よろしくお願いいたします!」
オーブンの前でスポンジ生地の入った型を持った料理当番の騎士がシーナを呼ぶと、シーナは僕達を振り返って声をかけた。
僕達はぞろぞろとシーナの後に続いてオーブンの前に移動した。
急ぎで焼いたスポンジは蜂蜜酒の大成功に浮かれているのか精霊達がこぞって協力してくれたので、あっという間にふっくらと焼き上がり、オーブンから取り出すとすぐに冷めた。
「これが一番おいしい焼き上がりです!軽くてフワフワの食感です!」
端っこを味見した料理長が甲高い声を上げた。
僕達も小さな欠片をもらって味見をすると、サクッと軽い歯ごたえなのに口の中で溶けるような食感だった。
「中心部まで均一に焼けていますね」
クリームを挟むためにスポンジを三層に切り分けた料理当番の騎士が嬉しそうに報告した。
「後は、我々で何とかなります。ご協力ありがとうございました」
「いえいえ、美味しいものができて何よりです。苺のケーキが仕上がったら祭壇に祀ってください」
シーナの言葉に、はいわかりました!と威勢よく料理長は答えた。
そうして迎えた夕食の時間、食堂は大いに盛り上がった。
最後に焼き上げた苺のケーキの味が格別に美味しい、と噂になったので、先に焼いていたケーキを選ぶとほんの少しだけど蜂蜜酒を付ける事になったからだ。
かつてないほどの滑らかな食感のケーキを選ぶか、はたまた、いつものケーキと出来立ての蜂蜜酒を選ぶか、騎士達は頭を抱えていた。
サミュエル叔父は食感滑らかなケーキを選び青年アダムは蜂蜜酒を選んだ。
僕達は手伝った人特典で、味見の時より少し多い蜂蜜酒と食感滑らかなケーキの両方ともあたった。
トニーは手伝っていないので特典はなく、迷わず蜂蜜酒を選んだ。
「普通の苺のケーキで十分美味しいですからね。迷う事はありません」
トニーの言葉に蜂蜜酒を選ぶ騎士達が増えた。
「一口食べてみますか?」
手伝った人特典で食感滑らかケーキと蜂蜜酒の両方ともあたっているシーナがフォークで苺のケーキをフォークで切り分けると、トニーは即座に頷いた。
シーナはケーキの皿をトニーの方に渡すのではなくフォークに刺したケーキをトニーの口元に向けた。
パクッと食べたトニーは目を丸くした。
「うわ!これは凄い!なんて軽い口当たりだ!口の中でとろけた!」
そうでしょそうでしょ、と僕とセドリックとサミュエル叔父は頷いたが、サイラスとセドリックは目を見開いてトニーを凝視した。
そうだよね。
サイラスが憧れているシーナにトニーは、あーん、をしてもらったんだもんね。
青年アダムが物欲しそうにサミュエル叔父を見ていると、サミュエル叔父も青年アダムに、あーん、をした。
その様子を見たトニーは、いちゃらぶの行為だったと気付き、赤面して頬を押さえた。
当のシーナは気にするなよ、というかのようにトニーの肩をバンバン叩いた。
たぶん、トニーは、あーん、をしてもらうなんて、離乳食以来だったんじゃないかなぁ。




