3 それぞれの原動力
当初こそへっぴり腰だったサミュエル叔父は自分で魔法で波を作ると安定して乗りこなせるようになった。
「なかなか楽しいな」
「やってみて良かっただろう?」
おじさんさん二人がゆったりした波に乗りご満悦だ。
二人のおじさんの頭の中は捕らぬ狸の皮算用でいっぱいなのに無邪気にはしゃいでいるように見える。
「露天風呂の片隅で練習するのでは狭いな」
「砦の外のカモミール畑辺りを拡張するかい?」
「人の出入りが激しいと蜂達が嫌がる。それに牧草地を広げる事を子ども達が楽しみにしている」
サミュエル叔父の言葉に僕達は頷いた。
「ミルクティーを飲むたびに苺のケーキやハニートーストを食べ損なった騎士達から無言の圧力を感じます。父上も食べてみればわかりますよ。ここで牛を飼わなければ騎士達の不満が解消されません」
サイラスの突っ込みにブライアン伯父上は、そんなにか?と首を傾げた。
「娯楽が何にもない辺境の砦だもん。みんなの楽しみと言えば食べることくらいだよ。アルコールの醸造でも始めたら騎士達の甘い物への執着が薄れるかもしれないね」
僕の提案に護衛騎士達の頬が上がった。
掌の精霊達も喜んでいるのか、淡く二回光った。
あれ?
精霊達はお酒が好きなのかな?
「確かに、趣向品は心の栄養だな」
「開拓が進んでいないのに酒用の穀物を植えるなんてもってのほかだよ」
ブライアン伯父上が肯定的だったが、薔薇園が延期になっているサミュエル叔父は否定的な意見だった。
精霊達がブライアン伯父上の方に寄っていく気配がする。
なるほどね。こうやって精霊達は自分達の都合がいい方に話をつけてくれそうな権力者の方に寄っていくのか。
掌の精霊達が同胞の振る舞いに恥ずかしそうに淡く二回光った。
是が非でも酒造りをしてほしいんだね。
でも僕は酒造りに関しては葡萄を放置したら発酵するくらいの知識しかない。
「シーナに相談してみようよ」
ここの植物の種はほとんどシーナに頼りきりなのだからシーナに聞いてみるのが一番だ、とみんなの意見が一致した。
「お酒を造りたいのですって?そんなの簡単よ。ローラ、蜂蜜を分けてもらえるかしら?」
風呂上がりに食堂で合流したシーナは話を聞くなり即答した。
王太子の存在に気後れして隅っこに隠れようとしていたローラさんは蜂蜜酒の話になると目が光った。
「蜂蜜酒ですか!ここは水が美味しいですから美味しいミードができそうですね」
「料理長!厨房を借りてもいいですか?」
「もちろんです!お酒の在庫は少ないので助かります。ここでは料理酒もなかなか手に入りませんから」
ブライアン伯父上のために生クリームを泡立てていた料理長は大喜びした。
精霊達が厨房に集まってくる気配がする。
精霊たちのお目当ては蜂蜜酒だったのか。
「殿下もご見学なさいますか?」
シーナは僕の頭を押さえながらブライアン伯父上に尋ねた。
「ああ、もちろんだ。子ども達も参加するのか?」
「ええ、魔法の杖を使えば植物や髪の毛が急成長できるのですから、発酵だって早くなるでしょう」
という事で、人口密度より精霊密度が高そうな厨房で蜂蜜酒作りが始まった。
「まずは、子ども用と大人用の二つの瓶を用意して、殺菌する」
シーナは料理長が用意した大瓶を清掃魔法で丸洗いした。
「水と蜂蜜は三対一ぐらいでいいです。お水は煮沸した方がいいですね。ぬるま湯位に冷めてから……」
ローラさんが説明している間にシーナは水を沸騰させるのも冷ますのも魔法で済ませてしまった。
精霊達が張り切っているのでシーナの喉が少し動いただけで精霊魔法が発動している。
アップウの呪文が言い終わらないうちにできるのなら、もはやこれは無詠唱魔法ではなかろうか?
「温泉のお湯よりぬるいくらいでちょうどいいです。ここに蜂蜜を溶かします。風味をよくするのに果物やスパイスを入れてもいいですね」
ローラさんの説明に料理長は苺果汁を煮詰めた。
シーナは魔法でほど良く果汁を冷ますとローラさんに渡した。
「酸っぱい果汁を使う時は量に気を付けないと上手く発酵しません。本当は重さをはかった方がいいのですが、私は勘だけで作ります」
全身に精霊達を身に纏っているローラさんが蜂蜜酒の醸造に失敗するとは思えない。
もちろん今は厨房一杯にいる精霊達が見守っているからローラさんの勘はいつも以上に冴えわたっているだろう。
料理長はローラさんに張り付いてローラさんが入れた酵母やスパイスの分量をメモに取っていた。
「こんな感じで全部水に溶かして容器に詰めて蓋をするだけです。蓋をがっちり閉めてしまうと瓶が破裂するので注意してください」
「よし!子ども達の出番ですよ。美味しい蜂蜜酒ができるようにお酒の神様と料理の神様に祈ってください!」
シーナの掛け声に僕は魔法少女の杖を取り出してポーズをきめた。
「美味しいお酒になーれ!」
精霊素に、おいでおいで、と呼びかけると二つの瓶の精霊素が集まる気配がした。
サイラスとセドリックは二つの瓶を見つめながら、神様お願いします!と口にした。
ほどなくすると、まるで僕達の祈りに答えるように二つの瓶の蓋が同時にカポっと持ち上がった。
「あら、やっぱり速攻で発酵していますね」
ローラさんが瓶の蓋を開けてかき混ぜるとほんのりとお酒の匂いがした。
「完全に発酵してしまうと甘みがなくなるから、子供たち用はここで発酵を止めましょう。こっちは火入れをするから大人用の蜂蜜酒の成功を祈っていてください」
シーナは子ども用の蜂蜜酒を鍋に移し替えた。
僕達が再び祈り続けると再び大人用の瓶がカポっと持ち上がった。ローラさんが瓶の中身をかき混ぜて閉めると僕達はまた祈った。
それを数回繰り返した。
シーナの鍋から甘い匂いが広がり精霊達が厨房内をグルグルと飛び回っている気配を感じた。
「ローラさん。完全に発酵すると蜂蜜酒でも甘みがなくなるの?」
「そうですよ、辛口のお酒になります」
ローラさんの説明にブライアン伯父上の目がきらりと輝いた。精霊達は甘いお酒の方が好みのようで一斉にブライアン伯父上から離れて行く気配がした。
「少し甘みが残っている方がいいだろう」
精霊達は甘党のサミュエル叔父の方に集まってきた。
「そうか?」
「初回だからこそ蜂蜜らしさ甘さがあった方がいい。今後、蜂蜜が安定して採取できるようになってからいろいろ試してみればいい」
「それは、そうだな」
薔薇園を作るまで花畑を増やすつもりのサミュエル叔父の口車にブライアン伯父上はまんまと乗せられた。
「それではこっちも火入れをしますね」
「ああ、そっちはローラに任せていいかな?私はサイラス殿下を迎えにいってきます!」
シーナがエプロンを外すと本物のサイラスが声を上げた。
「シーナ様が飛ぶところを見に行ってもいいですか?」
「お手伝いいただきたい箇所は終わりましたから、後はローラと料理長にお任せして大丈夫です。夕食時に味見できますよ」
「私もシーナ殿が飛ぶところが見たい」
ブライアン伯父上も見学を希望したので、結局、みんなでシーナが飛び立つところ見送ることになった。
「たいしたことをするわけじゃないよですよ。この板を投げて飛び乗るだけです」
シーナは一見するとさっきまで遊んでいたサーフボードと変わらないボードをブライアン伯父上に見せた。
「板が浮かぶわけではなく、この板を投げ飛ばし、これに乗って飛ぶのか。興味深いな」
「シーナ様は紙のように軽いのです」
「そんのことないです」
サイラスの呟きにセドリックが突っ込むとノンは頷いた。
「それではいってまいりま……」
言い終わる前にサーフボードをぶん投げたシーナは即座にボードに飛び乗って、綺羅星のように小さくなって空の彼方に消えてしまった。
「……腕力と魔法の合わせ技か。シーナ殿でなくてはできないだろう」
ブライアン伯父上の言葉に僕達は頷いた。
「飛ばなくてもいいから、あのサーフボードを量産できたら砦の物流が改善するだろうなぁ」
「量産できるかは、トニーとシーナに相談してください」
サーフボードの元になったひっくり返らないビート板の魔術具の扱いがどうなっているのかわからないのでトニーとシーナに丸投げした。
僕達が広いサーフボードの練習場がほしいことなどを話していると、ほどなくして空からコンラッドを背負ったトニーが落ちてきた。
着陸前に速度を落としているはずなのに結構な速さで地面近くまで飛んできた二人はふわりと風に包まれてストンと着地した。
「これはまた見事な着地だな」
「ただいま戻りました父上!」
トニーにおんぶ紐を外してもらった偽サイラスは晴れやかな笑顔でブライアン伯父上に挨拶した。
本物のサイラスが見上げている方向にボードに乗ったシーナがおり、空に見えない波があるかのように滑らかに地上に滑り下りた。
サイラスの口が、さすがシーナ様、と動いた。
「荒野の果てで、いい勉強ができました」
「それはよかった。こっちはみんなで蜂蜜酒を作ったぞ」
ブライアン伯父上は見ていただけなのに、さも自分も手伝ったかのように言った。
「本当にちょっと目を離している間に何かしているんですね」
偽サイラスのコンラッドの言葉にトニーは頷いた。
「シーナの服から酒の匂いがしたので、昼から酒をふるまっていたのかと思ったら、醸造していたのですか……」
「神様にお祈りしたからいいお酒ができたはずだよ」
「子どもたちの蜂蜜酒はアルコールを飛ばしてあります」
僕とシーナの言葉に、そこじゃないんだよな、とトニーは呟いた。
「アルフレッド殿下が美味しいものを思いついたら行動に移さないはずがないですね」
お酒を飲まない僕がお酒を醸造しようと思いついたのは、生クリームに執着する騎士達の興味を逸らすためだった。
いや、騎士達のモチベーションを上げるために頑張ったんだけど、結果として美味しいお子様用のノンアル蜂蜜酒が出来上がったんだ。
これも僕が食いしん坊だからこうなったことになるのかな?
私はコンラッド。
砦の礼拝室での話は精神的にきつかった。
私はサミュエル叔父上を一方的にヘンタイだと決めつけていたが静かに努力を続けてきた人なのだと考えを改めた。
「重心の取り方はばっちりです。少し波を高くしますからそのまま波に乗って移動してください」
一面灰だらけの荒野を水たまりの波が滑る。流れに乗れないとボードだけ波に乗って私は後方に置いていかれてしまう。
私は高くなったなにの動きに集中した。
「このくらいできていたらいいでしょう」
「いや、これではまだ、波に乗せられているだけだ。もう少し……」
「コンラッド殿下。殿下はできることとできない事を把握したら、後はできているふりでいいのです。有事の際にできない事をしないようにすればいいのです」
トニーは私の言葉に被せて厳しい表情で言った。
「波乗りが得意なのは本物のサイラス殿下です。明日以降、後から来たサイラス殿下がコンラッド殿下より上達が早くても、それがサイラス殿下です」
トニーはサイラスがいつも僕よりできないようにと手を抜いていることを知っているかのように言った。
「……ああ、そうだね。長男だからといって何もかもが一番じゃないといけないわけじゃない。私は私なりに成長するという姿勢を、私がサイラスに示さなければならないのだな」
トニーは私の言葉に首を傾げた。
「それはちょっと見当が違います。サイラス殿下はコンラッド殿下の双子の弟らしくしていることをもうすでにやめています」
それはサイラスが精神的に成長したという事だろうか?
「明日以降、お二人が入れ替わって、今までずっと砦にいたコンラッド殿下として、コンラッド殿下がサミュエル殿下の振る舞いの真似をする必要はないと思います。おそらくそれは苦痛です」
サイラスの真似をするのが苦痛になる?
「サイラス殿下は一日中をシーナの事を褒め称え、視線の先にはシーナがいるのですよ」
ああ、それは無理だ……。
「多少の違和感を残しても、そこまでサイラス殿下を真似する必要はないでしょう?それよりコンラッド殿下は卵白の泡立て方も知らないし畑仕事もしていないでしょう。シーナの事を気にしているより、何をどうするかをアルフレッド殿下やセドリック殿下の動作から学ぶしかありません」
トニーの言葉に素直に頷いた。
「私はアルフレッド殿下と離れている間に、子ども達は今度は何をやっているのだろうかと考えてしまいます」
トニーは私に付き合うよりアルフレッド様のことが気がかりなようだ。
いや、アルフレッド様の専属護衛騎士を私が独占ている事がおかしいのだ。
いつも譲られるのが当たり前だからそんな事にも気づいていなかった。
波乗りが全くできなければ、私がコンラッドだという事自体がおかしいが、少しでも乗れたら後は誤魔化せばいいだけだ。
「わかりました。お付き合いくださりありがとうございました」
「ああ、ちょうど迎えが来たようですね」
私が頭を下げようとすると、トニーは空を指さした。
ボードに乗ったシーナ殿が滑らかに降下し、私達の前に着陸した。
なぜ私は気付かなかったのだろう!
シーナ殿は美しい!
王家の変装のマントで中年男性に見えるがシーナ殿は存在そのものが美しいではないか!
「コンラッド殿下、よろしいですか?」
収納ポーチに手を突っ込んだトニーの言葉に頷いた。
おんぶ紐にお尻をすくわれると、うわぁ、と声が出てしまった。
何度も同じ反応をしてしまうなんて不甲斐ない。
私は口を閉じてシーナ殿に頷いた。
「では、行きます……」
シーナ殿の声が最後まで聞こえないうちに空高く放り投げられていた。
帰路は積乱雲もなく、地上の様子を見る余裕もあった。灰だらけの荒野にぽつんと緑があるところ、あれが砦だ。
あの緑をアルフレッド様とサイラス達が育てたんだ。
私が成すべき事はサイラスがした事を継続するだけじゃなく、砦の事業が本格化するために必要なことを円滑に回るようにする事じゃないかな。
サイラスがした事はサイラスが継続するのだから私が横取りしてはいけない。
砦に帰還するとサイラス達は蜂蜜酒を作っていた。
アルフレッド様と離れていると何かをしている、とトニーが言ったのは本当だった。




