2 王太子の視察
おまけにサイドストーリがあります。
一話にまとめきれなくてSSにしました。
「私も見に行きたいが、駄目かな?」
「コンラッドだけならトニーがいるから護衛は十分だけど、ブライアン兄上が行くとなるとそれなりの人数の護衛が必要になるから駄目ですよ」
興味津々のブライアン伯父上に、護衛問題で外出禁止を食らっていたサミュエル叔父がきっぱりと拒絶した。
「父上!お時間があるのでしたら露天風呂の横でもサーフィンができますからご覧になられますか?」
サイラスが代替案を口にすると、ああ、とブライアン伯父上が頷いた。
よかった。
シーナがラウンドール王国王太子をぶん投げる事態は避けられるようだ。
「サイラス殿下とコンラッド殿下は同室で休まれるのですからお二人が入れ変わるのは明日の朝がよろしいのではありませんか?」
シーナの提案に、そうですね、とサイラスとコンラッドは頷いた。
「ここでの護衛騎士の名前と性格と癖の強さを覚えておかないで入れ変わったらすぐにバレますね」
サイラスの言葉に僕達は頷いた。
「コンラッド兄上!とりあえず、バーニーだけはしっかりと覚えていてください。頭の毛が父上の指毛ほどしかなかったのに今はフサフサです!」
セドリックの例えに出されたブライアン伯父上は両手の甲を見て首を傾げた。
「そこまで薄いわけなかろう」
「ブライアン兄上はフサフサになったバーニー頭を見てしまったから以前のバーニーを想像できないのは仕方ない。側頭部にはそれなりの毛量があったけれど頭頂部はパンに生えたカビの菌糸より儚い毛がポヤポヤと生えているだけでしたよ」
サミュエル叔父の露骨な例えに僕達は吹き出した。
「頭頂部の髪が痩せておでこが広がっていただけですよ!」
「そうだよ!バーニーは毛根が生きていたからすぐにフサフサになったんだよ」
「言い過ぎです叔父上!」
サミュエルと僕とセドリックは薄毛の家系に生まれたバーニーの半生を聞いていたので気の毒に思いバーニーのつるっぱげ説を否定した。
「わかった。バーニーの話は寝る前に詳しく聞かせてくれ」
コンラッドは砦の騎士達の情報の擦り合わせを先送りにするようにサイラスに言った。
一旦、入れ変わる前の偽サイラスとして騎士達に会うのならそれでいいだろう。
「立ち入り禁止の扉の前でノンが待っています。待たせているからやきもきしていますよ」
シーナの言葉に促されて僕達は足を進めた。
扉を開けるとバーニーに抱かれていたノンが僕の胸に飛び込んできた。
バーニーは相当な勢いでノンに腹部を蹴られたのにもかかわらず王太子の訪問に背筋を伸ばして敬礼をした。
「出迎えご苦労。本日は奇襲とそれに続いた不審者の侵入を即座に制圧した諸君らを労いに来た!所望していた乳製品をたくさん差し入れとして持参した!」
護衛騎士達は、乳製品、と聞くと晴れやかな笑顔になった。
「遅ればせながらサイラスを騎士見習いとして砦に派遣する。当面はコンラッドと同室でコンラッドに同行するから護衛態勢はそのままでいい」
ブライアン伯父上の説明に、奇襲の後の王族をまとめておく作戦だと判断した護衛騎士達は、はいわかりました!と声を揃えた。
「だが、本日は遅れて合流したサイラスにトニーが特別稽古をつける事になった。トニーがいるから他の護衛騎士はつけない」
はいわかりました!と護衛騎士達が威勢のいい声を出した。
「療養所の裏庭からトニー殿とサイラス殿下を飛ばします。私が迎えに行くので他の騎士達の随行は不要です」
シーナの発言に護衛騎士達は動揺を隠せなかったが、ブライアン伯父上とサミュエル叔父とトニーが頷いているので、一呼吸遅れて、はいわかりました、と言った。
絶対に何かおかしいと思っているのに上の命令は絶対なので騎士達はトニーとシーナと偽サイラスを交互に見ているだけだった。
突然の王太子の来訪に砦の騎士達は騒然となったが、当のブライアン伯父上は飄々と受け答えをして騎士達に労いの言葉をかけ、抜き打ちの視察ではなく慰労訪問だと知らしめた。
前回の訪問では転移の部から執務室までしか見ていなかったブライアン伯父上は、いたるところに植物が増えた砦内に驚き、よくやった、と褒め称えた。
療養所の裏庭の畑は収穫時を迎えた野菜や新たに開拓した畑の苗を育てるエリアを見たブライアン伯父上は、素晴らしい!と傷痍騎士達に声をかけた。
「なるほど、砦周辺の開拓に傷痍騎士達の再雇用をする案は実現可能なようだな」
傷痍騎士達は誇らしげに頷いた。
ブライアン伯父上はコンラッドのために砦に来たのにしっかり仕事を熟している。
「それではサイラス殿下、髪の毛を一本下さい」
一通り畑を見て回るとトニーが偽サイラスのコンラッドに声をかけた。
おんぶ紐の魔術具の設定をコンラッドに変えないとトニーが魔力を流したら僕がトニーに背負われてしまうのだ。
偽サイラスのコンラッドが前髪をブチブチと引っこ抜くと、もうフサフサなのにバーニーの頬が引きつった。
トニーは受け取った髪の毛を握ったまま収納ポーチに手を突っ込むとおんぶ紐を取り出した。おんぶ紐は偽サイラスのコンラッドのお尻に張り付きすコンラッドをくいげるようにトニーの背中に引き寄せた。
「それではいきますよ!サイラス殿下、口を閉じていてください」
うわぁ、と声を上げていた偽サイラスのコンラッドにシーナは声をかけると、トニーのベルトと右手の脇に手をかけて二人を持ち上げた。
おおおおお!と傷痍騎士達から声が上がり、ブライアン伯父上はただ目を丸くした。
「行ってらっしゃい!」
本物のサイラスがコンラッドに手を振るとシーナは二人を勢いよく投げ飛ばした。
轟音を響かせて飛んでいった二人は綺羅星のようにあっという間に小さくなり空の向こうに消えてしまった。
ずいぶん高速で投げ飛ばされたな。
「報告書で読んでいたから砦の外から見張り塔の頭頂部までトニーを投げ飛ばしてシーナ殿が飛び乗った事は知っていたが、これまたとんでもない速度だ!」
シーナはトニーに飛び乗っていない。
ベルトを掴んで一緒に飛んだだけだ。
投げ飛ばしたサーフボードに飛び乗って大聖堂島に行った時の話がブライアン伯父上の頭の中でごちゃ混ぜになっている。
そしていつもより高速で長男が飛ばされているのにブライアン伯父上はコンラッドを全く心配していない。
あの高速飛行にコンラッドが耐えられると信じているのか、はたまた、トニーとシーナへの信頼が厚いからなのかは不明だ。
「いい方向に飛んでいったな!砦の守りの結界と国境の魔術具の守りの魔術具の結界との境目あたりか。どっちの見張り塔からも見えないな」
サミュエル叔父が感心している横で、さすがシーナ様!とサイラスは嬉しそうに頷いた。
シーナのファンだったら自分がシーナに投げ飛ばされたいと思わないのかな?
まあ、投げ飛ばされたら迎えが来るまでシーナと離れてしまうなら飛ばされない方がいいのかな?
新しい巣箱を台車に載せたローラさんが診療所の建物の陰から困惑したようにこっちを見ていた。
「ブライアン兄上!作業の邪魔になっていますよ!」
サミュエル叔父が小声で指摘した。
「ああ、すまない、邪魔をしたな。これからも励むように」
王太子に認められた面々は自信を持って頷いた。
「父上、僕達のサーフィンを見てください!」
セドリックがブライアン伯父上に囁いた。
「おお、そうだったな。では、大浴場に行くとするか」
僕達は大浴場に移動した。
サイラスは露天風呂のお湯を魔法でくみ上げると外出禁止中の僕達が訓練していたスペースにザブンと流し波を作った。
「見事なものだ!」
「私はまだ、ゆったりとした波しか作り出せませんが温泉水だと魔力の使用量が少なく、波を操りながら攻撃魔法を出す事も可能だと思います」
「なるほど。秘密裏に特訓しなければあれと入れ変われないわけだ」
ブライアン伯父上はバーニーに頼ることなく自分で波を操作するサイラスを見て呟いた。
本物のコンラッドは今頃、トニーの指導のもと、猛特訓をしているに違いない。
「なるほどね。灰の道を走れる馬がいないなら荷車を人力で引けばいいのだな」
「ええ。魔法が効きやすい温泉水の効能が薄れると消費魔力量が変わるかもしれないが、そのころまでに街道を整備すればいいだけの話だ」
サミュエル叔父の説明にブライアン伯父上は頷いた。
「そうなると、この運搬方法は砦の周辺に限って有効なのか」
「食料などの物資の運搬に有効だろう。温泉水の効能は距離とともに薄れてしまうけれど、ここで生産された作物の効能は距離とともに薄れてしまうと思うかい?ブライアン兄上」
サミュエル叔父の言葉にブライアン伯父上はにんまりと笑った。
「ああ、そうだな。そこのところを調査してみるべきだろうな」
「父上!父上もサーフィンをしてみませんか?」
セドリックの誘いに、ああ、とブライアン伯父上は答えた。
「サミュエルはもう波に乗れるのかい?」
「私は甥っ子たちの前で無様な姿を披露したくないので、まだチャレンジしていません。内緒でコッソリ練習しますよ」
サミュエル叔父の回答に、ブライアン伯父上はガハハと笑った。
「なんだ。初めての事に転ぶなんてあたりまえじゃないか、二人で無様な姿を晒しに行こう!」
ブライアン伯父上の提案にサミュエル叔父は眉を顰めた。
「アダムより先に乗りこなしたいだろう?」
ブライアン伯父上のささやきにサミュエル叔父は小さく頷いた。
私はコンラッド。
双子の弟と入れ変わり王都で留学試験対策をしている。
騎士見習いとして弟のサイラスが新領土の砦に出向いている功績は、王太子長子コンラッドとして私の評価になり、弟のコンラッドは王都でぬくぬくしていたと評価されることになるだろう。
私がラウンドール王国への短期留学で実績を残せば、ゆくゆくは国益になるのだから双子の弟の功績を奪ってしまう事については気にしないようにしていた。
そんな私に罰が下った。
治療院の裏庭で魔法剣士トニーが収納ポーチから取り出したひも上の魔術具が臀部に当たると足の力が抜けた。
胃が浮くような感覚がしてうわぁ、と声を上げると、トニーの背中に張り付いていた。
「それではいきますよ!サイラス殿下、口を閉じていてください」
サイラスにと入れ替わっている私にシーナ様が声をかけた。言われるがまま口を閉じると、シーナ様は私を負ぶっているトニーごと担ぎ上げた!
見た目こそ王家の変装の魔術具で中年男性だがシーナ様はうら若き細身の美女なのだ。
いくら身体強化をしているとはいっても、最強の騎士がこんなに簡単に軽々と持ち上げられてしまっていいのか!
「行ってらっしゃい!」
本物のサイラスの言葉が終わる前に、私とトニーはシーナ様に力いっぱい投げ飛ばされていた。
紐にすくい上げられた時よりも強烈な負担が体にかかった。
「コンラッド殿下。唾をのんで耳抜きをしてください。風魔法で風圧を防いでいますから目を開けても大丈夫です」
歯を食いしばって目を瞑っていたことが見えないはずのトニーのバレていた。
唾液を何度も飲んで耳が詰まった感覚を直すと、自分が雲の上にいる事に気付いた。
とんでもない距離を飛ばされている!
「間もなく目的地間近です。下降を始まますから、唾液を飲んで耳の調子を整えてください」
トニーがそう言うと、私達は雲の中に突入した。
バリバリと稲妻が雲と雲の間を走った。
下降による耳の詰まりなのか爆音に耳がやられてしまったのかわからない。
すさまじい音とともに横に走る青光りに肩が竦んだ。
「危険な積乱雲の層を抜けるまでの辛抱です。稲妻は私達には当たりません!」
トニーの言葉通り、私達はトニーの風魔法の繭に包まれているので、稲妻の欠片は私達の周りに飛んできても、するりと後方に抜けていった。
「飲み込む唾が出なくても嚥下の真似をしていてください」
トニーの言葉に従って空気をゴクンゴクンと飲んで耳の詰まりを解消させた。
「間もなく着陸です!」
降下と共にともに速度は落ちていたが、地面すれすれのところで、バフンと柔らかい何かに包まれるように受け止められ、大きな衝撃もなく着地した。
トニーはおんぶ紐を外すと、温泉水の入った水筒を私に手渡した。
温泉水を飲むと胸やけと耳の痛さが取れた。
「発達した積乱雲の層があったことは想定外でした。怖くなかったですか?」
「シーナ様にぶん投げられた事実の方が衝撃で、怖いと思う間もありませんでした。積乱雲の中では風が頬に当たらなかったように稲妻も当たらない、と確信していたので怖いと思うより、とても綺麗だと感動しました」
雲の中の稲光が綺麗だと思ったのは事実だけど、恐怖心が湧きおこらなかったのは、サイラスが笑顔で、行ってらっしゃい、と送り出してくれたからだ。
ああ、私はサイラスを全面的に信頼している。
サイラスはいつも私が不利になるようなことはしない。
「そうですか。シーナが言っていた通りですね。コンラッド殿下はサイラス殿下に依存しすぎている。サイラス殿下はコンラッド殿下とは違う人格を持つ一人の少年です」
そんなことはわかっている。
トニーは何を言っているんだ?
「サイラス殿下はシーナに投げ飛ばされた事はありません。まして、投げ飛ばされた先に発達した積乱雲があることを予知していませんでした。コンラッド殿下がどんなひどい目に遭うかなんて考えずに、手っ取り早く入れ替わりを解消する方法を選択したのです。今日のサイラス殿下限ってはコンラッド殿下を気遣う余裕はありませんでした」
えっ!?
サイラスはシーナ様に投げ飛ばされた事がないのに私にやらせたのか!
トニーは残念な子を見る目で私を見た。
「サイラス殿下は諦める事が当たり前で生きていらしたから、サイラス殿下の決断でコンラッド殿下が迷惑をこうむったことが一度のなかったのでしょうね。兄弟間で自分の都合を優先しようとする事はよくある事なんですよ。サイラス殿下はできるだけさり気なくシーナの側にいる事を優先させたのですよ」
サイラスの人生が諦める事が当たり前だったって、どういう事だ!?
いや、私は知っている……。
サイラスをいないかのように扱う祖父。
サイラスを目立たぬように嘲る使用人達。
両親が使用人達を入れ替えていても、王太子離宮内になんとなく私を持ち上げる雰囲気はなかったと言い切れない。
そういった雰囲気は静かに王太子離宮内に蔓延し、サイラスを侮っていない使用人を祖父の息のかかった使用人が嫌ったら、いつの間にかその使用人は離宮からいなくなっていたではないか。
ああ、サイラスは何も言わずに諦める事が当たり前だったから、私に何の不平も言わなかったのだろう。
「……ええ、そうですね。サイラスが笑顔で送り出してくれたのだから、大したことはないだろう、と高をくくっていました」
「砦に来たばかりの頃のサミュエル殿下にも護衛たちがいるのだから大丈夫だ、といった雰囲気がありましたよ」
トニーの口ぶりからすると今のサミュエルにはそんな甘ったれた思考はないのだろう。
「サーフィンの練習をしながら私から見たサミュエル殿下の変化をお話しましょう」
トニーは木の葉のような形をした大きな板と水筒を収納ポーチから取り出した。
「死んでもいい、と考えている親族と密室にいる緊張感を想像できますか?」
トニーが語り出したサイラスの話は私が想像したこともなかった、王太子のスペアとして生きる苦悩を目の当たりにしたサイラスの姿だった。




