11 精霊達のやらかし
母がお膳立てした逃走計画にはラウンドール王国の密偵たちが多く携わっている。
このまま母が生前行きたかった土地を訪問し続けたら、ラウンドール王国側に僕達の行動が筒抜けになるだろう。
彼らの助けがあってシャオ王国から出国できたのに、彼らの中にもこの先裏切者がでる可能性があるのか。
「なるほどね。だから、トニーが万全な状態じゃないと切り抜けられないのですね」
「ああ、そうなんだ。誰だって裏切る可能性がある。相手が親しいほど見極めが難しくなる。誰が裏切ろうとも、トニーが瞬時に最強になれば心配いらない。おっと、今、何を考えたのかな?」
サッサッとトニーのトニーを復活させることができれば、問題ないのではないか?と思ったら、シーナが反応した。
「私の一物は本当に少しも反応しないので、その路線は検討しないでください!」
ぼくが回答する前に赤面したトニーが先手を打った。
だけど、トニーの周りの精霊達が激しく点滅しているから、トニーのトニーが元気になれば何とかなるような気がする。
「精霊達は、やってみなければわからない、と言っている」
トニーの周りの精霊達は楽しそうに弾みながら点滅し、僕の周りの精霊達が動揺したように光りを揺らした。
「うーん。前世の記憶があるアルフィーが考えると、とんでもなくヘンタイ的な発想が出てくるから気を付けろ!と精霊達が警告している。……何を考えているんだい?幼い外見に惑わされるけれど、成人男性の記憶がるんだよなぁ」
テーブルを人差し指でコツコツ叩きながらシーナは首を傾げて僕の顔を覗き込んだ。
冤罪だ!
僕はまだ何も具体的なことは考えていないぞ!
「あのね、前世の僕がヘンタイだったのではなく、極度に情報化された社会で成人だったら誰でも男性が興奮する情報に触れる機会があっただけなの!実際の僕は病弱だったから男性機能をちゃんと使用した経験はないよ!」
両手を顔の前でひらひらさせて、前世は童貞でした、と告白するとシーナは胡散臭そうな目つきをしたが、トニーは安堵の表情を浮かべた。
「トニーに大人のお店で練習したらどうかなんて、提案するつもりもないよ。それより、初恋の思い出に拘らず、人生を楽しむ気持ちで、心動く物を探してみるのがいいと思うんだ」
忍ぶ恋は尊いけれど、トニーはもっと人生を謳歌してもいいはずだ。
高潔な騎士道を学んでいる最中の多感な年ごろに高嶺の花に恋に落ち、欲情を究極に押し殺してしまった心理的な問題で男性機能不全に陥っているような気がする。
トニーの周りの精霊達が、正解!と二回点滅した。
堅物のトニーでも、いろいろな女性と接する機会があれば、好意の手前の好ましさを経験するうちに、ほんのりとでも反応が出る気がする。
いや、トニーはウブっぽいから、ちょっとした『おかず本』があれば何らかの反応を得られるかもしれない。
「艶っぽい女性の絵や刺激的な物語の本なんてないの?」
「「ない!」」
トニーとシーナは即座に否定した。
「かつてはあったらしいね。文字と言葉を失った時代を経て、ようやく世界共通の言語と文字が普及した段階だから、文字は聖職者と貴族が管理している。色っぽいものは皆無だよ」
そんなの、一部の上位者が知識を独占する弊害じゃないか!
いやいや、それでも、人類がエロを記録していないはずがない。
「色っぽい本はね、どこかここかにあるはずなんだ。そういった風俗は絶滅するはずがない!」
お上からエロを禁止された江戸時代に擬人化した猫で遊郭を表現したように、社会風俗からエロがなくなることはない。
ぼくの思考を精霊達がシーナに伝えたのか、シーナは僕の頭を両手で掴んで揺さぶった。
「精霊達がヘンタイになると言っているのは、こういった発想がポンポン飛び出すからなのか……」
シーナは僕の頭の中には破廉恥な発想の元がたくさん詰めっているかのような疑惑の籠もった視線を向けた。
ぼくの護衛のトニーはシーナの狼藉を止めもせず、僕が口にした、風俗、という言葉にいやいやするように小さく首を横に振った。
しまった!初恋の人の面影がある忘れ形見が、下品な発言をしてはいけない。
「本当に、事実の記録以外に文字を残す習慣が廃れてしまったんだ。教会の方針が、神話以外の物語の類を記載したものを残すことを推奨していない」
僕の頭を放したシーナはこの世界の現実を淡々と語った。
えっ!フィンクション作品がないだと!
「どんな事情があろうとも、人間が社会風俗にまつわる創作活動を止めてしまうなんて考えられない!絶対にどこかにあるはずなんだよね」
こぶしを握って力説すると、ああ、社会風俗ね、と二人は顔を見合わせて頷いた。
「そういったものは口伝で残っています。地域の誇張した昔話を面白おかしく継承して語ったり、それを芝居にして公演する旅一座がありますね」
やっぱり、どんな世界でも、人類が娯楽を捨てるはずがなかった。
「そういった話は教訓話が多いね。書籍化はしていないはずだ。紙は高価だし、文字は高尚なものとされているから、風俗事情を書き連ねていたら、教会だけでなく為政者たちにも叱責されるだろう」
神々を表す記号を用いて魔法陣を構築し魔法を発動させるこの世界では教会の権威が強く、為政者は貴族階級なのだから一般市民の伝承を記録しないのは仕方ないのか。
「貴族階級で観劇する歌や踊りやお芝居も神々に捧げるものです。庶民の間では労働歌や民話もあるけれど、最後は神々の感謝する言葉で締めくくられます」
男社会の騎士団に所属していたトニーなら、猥談ぐらい知っていそうなのに、神々の話しかしない。
「なるほど。わかった!何を記録するにしても、最後は神々に感謝したらいいんだね!」
ポンと手を叩いた僕の周りで精霊達が激しく点滅し、シーナは頭を抱えた。
「今の話から、どうしてそういう発想になるのですか!もう、私の下の話は忘れてください!」
僕がトニーのトニーを元気にすることを諦めていない、と悟ったトニーは恥ずかしそうな表情をして額の汗を拭い、申し訳なさそうにシーナを見た。
「なに、私に事は気にするな。私は離婚経験があるから、男性の生態や生理現象くらい知っている。そう恥ずかしがらなくていい」
既婚歴があったのか、と僕とトニーは目を丸くすると、シーナは鼻で笑った。
「商家に嫁いだが、商売が繁盛すると元夫は女を囲いだしたから、女に元夫をくれてやったんだよ。うちの一族との取引が一切停止してしまうと、数年で元夫の商家は落ちぶれたけれど、知ったこっちゃないね」
シーナの打ち明け話に、妻を大事にしない男に同情の余地なし!と僕達は頷いた。
ふと脳内に、シーナの元夫と思しき商家の若旦那風の人物がお胸の大きな女性にネックレスをプレゼントする映像が浮かんだ。
おっと!これがシーナの過去ならば、これは精霊達が僕の脳に直接語りかけている状態なのだろう。
「柔らかくて大きなお胸は魅力的だけど、妻が稼いだお金で愛人に貢ぐなんてサイテーな夫だね」
僕の言葉にシーナは僕の周りの精霊達を睨みつけた。
「いたいけな子どもにどんな情報を与えているんだ!まったくもう、人の過去を暴き立てるのなら、協力しないからね!」
僕達の過去を精霊達から散々聞いていたシーナが、自分のこととなると精霊達を叱り飛ばすなんて、なんだかお門違いだ。
ぼくの主張に賛同するかのように、僕とトニーの周りの精霊達が一斉に点滅した。
僕の冷めた視線を受け止めたシーナは、ヘヘ、と誤魔化すように笑った。
「私の場合は、今後の旅路の危険回避の説明のためだからいいのよ!まあ、そうは言っても、アルフィーやトニーの過去をむやみに暴きたいわけじゃないから、余計なことを聞かないように気を付けているんだよ」
シーナなりにプライバシーの配慮をしているけれど、井戸端会議の噂が自然と耳に入るようについ聞こえてしまう状態なのかな。
そういえばシーナは、僕達と旅をすることで修行になる、と言っていたな。
「僕は精霊の声が聞こえたのではなく、話の流れからシーナの元夫っぽい人と女性の映像が脳裏に浮かんだだけだよ」
「私は何も脳裏に思い浮かばなかった」
僕と同じように精霊達に囲まれているトニーは何の情報も得られなかったようだ。
「アルフィーは情報を言葉としてより映像のまま理解してしまったようだね。トニーはまだ何も情報を受取れる状態じゃない、と精霊達は言っている」
下着姿の女性の胸元に大きな宝石を飾る男の映像は、純情なトニーには刺激が強すぎるから伝えられなかったわけではなさそうだ。
写真の知識がある僕は精霊達が伝えようとした情報を映像で理解したのだろうか?
僕とトニーの周りでピカピカと光りながらクルクルと回るお祭り騒ぎのように浮かれている精霊達を睨めつけたシーナは、大きくため息をつきこめかみに手を当てた。
「お前たち!やめなさい!もしかしたらこの件は私の手には負えず、族長を呼ぶことになりかねないんだよ」
シーナの一喝で精霊達はピタリと動きを止めた。
「幼い精霊達が集まるとろくなことにならない、と聞いてはいたが、本当だったな。精霊達と情報交換をする手段を、精霊言語、というのだが、これを取得した人間は万物の声が聞こえるようになる。だが、そうなった人間は情報量が多すぎて気が触れてしまうことが多いんだ」
僕とトニーは驚いて精霊達を見た。
「私の場合は生まれつきだったから、族長が私が誕生する前から手を打ってくれたので事なきを得た。精霊以外の情報を得ないようにしてくれたから、無事に過ごせている。映像で情報を得るアルフィーは精霊達以外と言葉を交わすことはないかもしれないけれど、精霊言語の覚醒者になる可能性が高いに違いない。ただでさえ、問題の多い旅路なのに、これ以上問題を増やすな!」
シーナの説教に精霊達は弱々しく点滅した。
「アルフィー殿下に映像を送れると気付いた精霊達が一斉にアルフィー殿下に映像を送り付けていたのですか?」
トニーの推測にシーナは頷き、精霊達は反省しているかのように弱々しく二回点滅した。
「今はこうしてしおらしくしているけれど、精霊達にしたらアルフィーが精霊言語を取得する事は良い事だから、再びアルフィーにちょっかいをかけるに違いない。精霊達のやらかしの後始末のためにも、この旅に同行させてくれないかい?私がアルフィーの側にいたら、万が一覚醒した時に強制的に精霊言語を遮断させることができる。その後は、精霊言語を使いこなせるように訓練するために族長の世話にならなくてはいけない」
シーナの提案に僕とトニーは顔を見合わせた。
精霊達のやらかしで僕が精神に異常をきたす可能性が出てきたのだから、精霊の知識があるシーナに助けを乞わなければいけなくなってしまった。
「こうなってしまっては、シーナさんに頼むほかはないでしょう」
「そうだね」
「それじゃあ、さっそく、冒険者登録をしてくるから、依頼書を冒険者ギルドに出してくれ」
「そうですね。危険察知役を主とした護衛として雇うことにしよう。報酬は……」
トニーとシーナは具体的な金額について話し出した。
「前払い、中間報酬、後払いとすれば宿のグレードに対応した必要経費を算出できる。そこに、アルフィーのお小遣いを上乗せすれば、これからの出費の融通が利くようになる」
お小遣い、という単語に頬があがった僕を見たトニーは頷いた。
「そうですね。アルフィー殿下の自由になるお金はあった方がいいでしょう」
雇用契約内容はシーナの言い分が全て通った形で納まった。
シーナが立ち上がると精霊達は姿を消した。
「親爺!ごちそうさま。これで在庫がすっからかんになったなら、羊の干し肉を多めに仕入れて東方連合国に戻りなよ。北東戦線の帰還兵たちが、懐かしい味だ、と喜んで購入するよ!」
ガラガラ声のシーナに話かけられた屋台の親爺は、精霊達がいた事など全く気付いていた様子はなく、あらたな儲け話にほくほくの笑みになった。
「まいどあり。それはいい話を聞いた。さっそく多めに仕入れるよ!」
気をよくして僕達に手を振る屋台の親爺に、ごちそうさま、と声をかけて僕達は席を立った。




