10 この先生きのこるためにどうすべきか
「未来予測ができるシーナさんが協力してくれるのなら、アルフィー殿下の死亡率が低下するのは理解できました」
トニーの言葉に、シーナが仲間になればそこは間違いないだろう、と僕は頷いた。
「願わくばラウンドール王国の喫緊の問題についてどう回避するのかお聞かせくださいませんか?」
トニーは仲間にするかどうかを判断する前に情報を聞き出そうとした。
「喫緊の危機は、国際情勢が絡んでいる」
心当たりがあるのかトニーは下唇を噛んだ。
「妃殿下がラウンドール王国におられていた頃からの紛争ですね。商人達からの情報では落ち着いているとのことでしたが、そうでもないのですか?」
「まあ、そういうことになっている。アルフィーにもわかりやすいようざっくり説明するよ。トニーは王家に絡むことを迂闊に言えないだろう。私の説明が間違っていたらテーブルをコツンと指で叩いてくれ」
シーナの言葉にトニーは頷いた。
「ラウンドール王国は中央大陸北西部の穀倉地帯の王国で、比較的土地の魔力も安定していて収穫量も多く豊かな国の部類に入る」
トニーが頷くと同時に僕とトニーの周りの精霊達が、いい国だ、と言うかのように点滅した。
「まあ、そうなると妬ましくなるのが隣の国で、長年、なにかと言いがかりをつけてきては小競り合いを起こす。ラウンドール王国の豊かさは王族の魔力が多いから、土地の守りも土地の魔力も充実していることに起因する。隣国は王家の姫を嫁にくれるのなら矛先を納めよう、となることが多いんだ。近隣諸国は政略結婚の果て、どこもかしこも血縁だらけ、つまり、親戚が因縁をつけて諍いを起こしているんだ」
幼い僕にもわかりやすいように単純化したシーナの話の先が読めた。
「母上を嫁に欲しかった隣国は母上が遠方に嫁いでしまったから紛争を止めるきっかけを失って、泥沼の交戦状態に陥っているのですか?」
「察しがいいな。無駄な消耗戦にけりをつけるために、現在、ラウンドール王国王太子殿下が派遣され、敵将を人質に取り、有利に交渉を進めている。まあ、相手国も簡単に頷けないから、些細なことに因縁をつけて交渉を長引かせている」
メリーアン妃殿下の同母お兄様です、とトニーはシーナの説明の補足をした。
「ラウンドール王国としては、交渉が長引いてはいても、直接、国土を荒らされることがなくなったので、悪くはない状況だ。あの王太子はよくやっているよ。だけど、国王陛下が体調を崩して、メリーアン妃の異母兄弟の次男が執務代行をしてから城内の様相が一変した」
国王陛下の体調不良、というシーナの言葉にトニーの顔面は蒼白になった。
「国王陛下は紛争で荒れた地域の魔力が低下しないように魔力奉納を絶えず続けていた事によって、加齢による体調不良を誤魔化せなくなり、公の場に出られないだけだ」
シーナは僕とトニーが必要以上に心配しないように、年寄りによくあることで今すぐ命にかかわることではない、と笑いながら言った。
「ラウンドール王国内の混乱は時間がかかっても王太子殿下が終息させることになるから心配ない。問題は、今、アルフィーがラウンドール王国に入国する事なんだ」
「国王陛下の目が届かない時に王太子殿下が不在となれば、多忙になるお婆様と異母兄弟の伯父上に僕の庇護は頼めない、ということなんだね」
「……あいつねぇ、ラウンドール王国第二皇子。頭が切れて、実務においては優秀だけど、人としておかしい奴だ。今、アルフィーがラウンドール王国王城に直行すると、王妃殿下が陛下の看病にかまけている間に、トニーを誘拐犯に仕立て上げて、アルフィーを幽閉しようとするだろう」
シーナの言葉に、あの方ならやりかねない、とトニーは小声で呟いた。
「嗜虐趣味の噂がある奴だ。若い女性より少女、少女より、美少年をいたぶる趣味があるらしい。メリーアン妃を慕っていた精霊たちが、気持ち悪い奴だ、と強く主張している」
王族批判になるのにもかかわらず、トニーは小さく頷いた。
「可愛い顔のアルフィーを苦痛で歪めさせることを楽しみ始めてしまうだろう。そうなると、アルフィーは生に執着しなくなるから、コロッと死んでしまう」
これが、最短の僕の死亡ルートか。
ショタのサディストに捕まって苦しんでまで長生きしたくないな。
僕が即座に頷くと、諦めるなよ、と言うかのように僕の周りの精霊達が僕に何度もぶつかってきた。
母方の伯父がヘンタイサディストだから、僕もそうなると精霊達に疑われていたのかな?
自分が痛いのだけでなく、他人が痛がっているのを見ると、自分も痛く感じてしまう僕はどんなに趣向が変わってもサディストにはならないよ。
「ああ、今、この話を聞いたトニーがラウンドール王国王城に行く前に対策を立てるから、その未来の映像は消えたようだね」
僕にぶつかっていた精霊達が歓喜の踊りのように弾みながら僕の周りをクルクル回った。
サディストの伯父に拘束されるルートを回避できそうな事にトニーは安堵の表情を浮かた。
「見ての通りに、精霊達は、異世界の記憶を持ち王族の魔力を持つアルフィーに世界の流れを変えることを期待している」
おいおい。異世界の記憶があるとはいえ、前世で入退院を繰り返していた僕は社会人としてのスキルなんてない。精霊達の救世主になるなんて想像できない。
「ああ、それは無理だろう、と私も思うよ」
シーナは僕の心を読んだかのように即座に突っ込んだ。
「世界が緩やかに悪い方向に流れて行くのを変えるなんて、一人間にできることじゃない。精霊達は、何世代にもわたる長期間の変化を、明日起こるかのような感覚で伝えてくる。そう気難しく考えなくていい。アルフィーが思うままに生き、成し遂げるささやかな事が、次世代に受け継がれていけばいい。」
ハハハ、とシーナは軽快に笑った。
次世代に受け継ぐ、ということは僕は結婚して子供を残さなくてはいけなんだな。
「この世界は魔力持ちが知識を独占している。人間の及び知らない神々の都合で言語や魔法陣が使用できなくなるのだから、能力のある知識人が管理する、という事に私は反対しない」
シーナの言葉にトニーは頷いた。
神罰の恐ろしさはトニーから聞いている。
だけど、知識を一部の上流階級が独占していると上流階級優位に社会が治まってしまい、社会的下位層に生まれてしまうと厳しい人生になるだろう。
芸術や文化だって上流階級の物だけが素晴らしいわけじゃない。
幅広い階層の人達がいろいろな事を創意工夫して革新技術が生まれるのではないのかな?
だから、この世界は魔法を使って産業革命でも起こせばいいのに、人々の暮らしが中世辺りで止まっているのだろうか?
「何か偉大なことを成し遂げなくていいんだ。アルフィーの感性がこの世界に少しだけ何らかの形で影響を残し、それが引き継がれていけばいい」
今すぐ僕に精霊達の救世主になれ、ということではないのか。
それなら……気にしないでおこう。
聖霊達が、大正解!と言うかのように点滅した。
「次の問題は、アルフィーはシャオ王国国内で魔力奉納をしていたが、ラウンドール王国で魔力奉納をしていないのに王族としての特権を享受している、と反感を持つ勢力がいて、王城で孤立させようとする動きが出るだろう」
母の遺産を使う時に僕もチラッと脳裏をよぎった。
「だけど、アルフィーが相続した領地は、メリーアン妃の魔法陣に守られている地域で、アルフィーが将来時代に合わせて改良する責任があるのだから、まだ未成年のうちに魔力奉納をせず、特権を享受しても問題ない。ちなみにアルフィーに魔力奉納の義務があるのはシャオ王国とラウンドール王国だけだから、シャオ王国を出国してからの魔力奉納にはお小遣いみたいにポイントが付いているよ」
胸元の市民カードを引っ張り出してみると、四列に文字や数字のようなものが記載されていたが、モザイク加工されていたが、一番下の列だけ四ケタの数字がしっかりと刻まれていた。
「上の段の数字が隠れているのは、身お金持ちが身元を隠す時によくする呪いだよ。アルフィーの場合は妃殿下の呪いが重ね掛けしてある。そのため、本人の名前、両親の名前も愛称で記載されている。その下の数字が家族で共有して使用できるポイントだよ。本当は凄い額だろうね。一番下の数字がアルの個人ポイントだ。出国した六日間でもう四ケタになっているなんて、洗礼式前の子どもとしてはあり得ないほどの量を魔力奉納している。さすが王族だね」
市民カードを引っ張り出して覗き込むと、一番下の数字が増えていることに気付いた。
「これは僕が項目を気にせず自由に使えるお小遣いになるんだね」
そうだよ、と精霊達が二回点滅した。
子どもらしく、お小遣いだ!と喜ぶ僕を見たトニーとシーナが微笑んだ。
「ラウンドール王国に入国後の魔力奉納は場所を慎重に選ばなければならない」
シーナの言葉に精霊達が一斉に点滅した。
「ラウンドール王国で魔力奉納をすると嗜虐趣味のある伯父上に僕の居場所がバレてしまうの?」
「それもあるけれど、アルフィーの魔力が魅力的過ぎるんだ。十分な魔力がないのに領主一族の長子というだけで領主になった領地がラウンドール王国内にいくつかある。魔力が少ない領主が治める土地には十分な魔力行き渡らない。そんなところでアルフィーが魔力奉納すると、魔力奉納の謝礼として支払うポイントがないのに大量の魔力が供給されるから、自領に王族がいることが領主にバレてしまう。教会に仮登録しかしていないアルフィーを監禁してしまえば、洗礼式をしないことになり、七歳からのアルフィーは、存在していない人間という扱いになってしまう。監禁した領主はアルフィーが死ぬまで魔力を搾り取り、魔力に困らずに領地経営ができてしまうんだよ」
シーナの説明にトニーは両手でこめかみを押さえて渋い表情をした。
「貴族は魔力に困窮していても誰もそれを口にしない。トニーの知人が不意に出来心を起こしてアルフィーを監禁する未来もある。ああ、だからといって、トニーの知人を誰も頼るな、というわけではない。アルフィーの成長を促すいい出会いもたくさんある。だが、切羽詰まった人間は衝動的に罪を犯す事もあるだけだ」
トニーはテーブルに肘をついて頭を抱えた。
僕の行く先は問題だらけじゃないか!
危ない土地に近づかないために、シーナを仲間にすることが、この先生きのこるためには必須な気がしてきた。
言い訳。
『この先生きのこるため』は誤字ではありません。
前作『ぼくの異世界転生はどうにも前途多難です。』の仮タイトルが『この先生きのこるためには』で、wordのファイル名を最終回までそのままにして執筆を続けた思い入れがあるからです。
先生と呼ばれる仕事を辞めて、何か初めてのことをしようと決意し、書き出した物語が書籍化し、なんだか縁起がいい言葉なので、本作にも紛れ込ませました。
関係者に身バレしても、あの先生こんなところで生きのこっているんだ、とくすっと笑ってもらえたらいいな、と……まあ、のろいのはばかだ(ノロいのは馬鹿だ、呪いの墓場だ)のような、おやじギャグを兼ねた、ぎなた読みを狙いました。
そもそも、誤字脱字が多い書き手が言葉遊びをすると読みにくいかもしれませんが、よろしくお願いいたします。




