閑話6 ラウンドール王家の双子
私はコンラッド。
ラウンドール王国王太子の長男。
とはいっても双子の弟サイラスよりほんの少しだけ早く誕生しただけだ。
兄弟の中で一番魔力の多い子に父の跡を継がせる、と物心つく前から両親にきつく言われて育ったので慢心してはいない。
ただ、母方の祖父が長子至上主義で、面会時に双子の弟のサイラスをまるでそこにいないかのように振る舞っていた。
母上がどれほど叱責しても軍事魔術具で大儲けしている祖父は行動を改めなかった。
両親は王太子離宮の使用人達に兄弟間の格差をつけないよう通達していた。
それでも、祖父の派閥の息のかかった使用人達は祖父の顔色を窺っているのか弟妹達へ遠巻きな嫌味を言った。
魔法学校に進学すると学友達もの中にもサイラスを私より下に扱う連中がいた。
そんな連中を付け上がらせたのはサイラス自身が主要科目で少しだけ手を抜くようになっていたからだ。
「そんな気遣いはいらない!」
「こんな私に負けるようならコンラッドが父上の跡継ぎになれないだけだ」
サイラスは私の言葉を聞く耳を持たなかった。
飛び級して専攻が分かれると、継ぎの王太子候補としての王道の専攻を選ばなかったサイラスに距離を置く学友達もいた。
「これでいいんだよ、コンラッド。祖父の派閥を敵に回さずに気楽に魔法学校生活を送れる」
確かに、王道を外れたサイラスの学友達はサイラスに擦り寄り卒業後のコネを得ようとする下心がなく、純粋に魔法学の話や趣味の話ができる気さくな関係だった。
サイラスは私に譲る事で忌憚のない意見の言える友を得て魔法学校生活を楽しんでいた。
「コンラッド。競っているのは私とではない。ちゃんとイザベラに負けない成績を取らないと父上の跡継ぎにふさわしいとは言えないよ。まあ、セドリックがどうなるかはこれからだけどね」
サイラスの言う通りだ。
二つ下のイザベラは魔法、座学、騎士課程の全てで学年一位だった。
末っ子のセドリックは家族みんなに甘やかされてちょっとぽっちゃりしている今は伸び代しかない状況だ。
「コンラッド。私は自分の選択を後悔していないけれど、コンラッドやイザベラに万が一の事があった時のためにコンラッドの選択した授業も受けてみたい。偶に入れ変わろうよ」
私達は王太子離宮では何度も入れ変わった事がある。魔法学校でもいけるだろう。
サイラスの提案を私は受け入れた。
サイラスと入れ替わって過ごす魔法学校生活は、次期王太子候補の筆頭として振る舞う必要がなく、多少の嫌味を耳にしても快適だった。
サイラスが私の授業に出ると私より優秀なところがあり、気を引き締めなくてはならなくなった。
サイラスと入れ替わった事で私は気付いた。
私は王太子家の長子として生まれただけなのに、どこか慢心していた。サイラスはそれをずっと前から私に忠告していたんだ。
私の授業でサイラスに負けないようにするのだけでなく、サイラスの授業で私はサイラスに負けたくなないと思うようになった。
私達はお互いが本当にライバルになった。
「留学先はどこの国にするつもりだい?」
「そんな先の話、まだ考えていないよ」
他国の魔法学のレベルを探るために王族はだいたい上級魔法学校で国外留学をする。国際状況が目まぐるしく変わるから今は留学先を決める段階ではない。
「私はね。中級魔法学校で短期留学をしようと考えているんだ」
「中級魔法学校では他国の魔法学レベルがろくにわからないじゃないか!」
いつも悠々としているサイラスが珍しく驚いた。
「北の砦を守るガンガイル王家のお姫様と顔なじみになっておきたいんだ」
「ああ、メリーアン王女殿下は上級魔法学校で留学してから縁を結ぼうとしていたガンガイル王国の王族にはすでに婚約者がいたんだったね」
「うん。ガンガイル王国のお姫様は金髪碧眼の美少女らしい。中級魔法学校で顔なじみになってから、王女が上級魔法学校で留学する時に再び出会えば、運命の二人みたいな演出ができるでしょう?」
サイラスは残念な子を見る目で私を見た。
「同じ顔をしておいて言うのも何なんだけど、コンラッドは王太子の長男で美形という以外、なんだろう、こう、とりたてて物凄く秀でているところがないんだよね。一度お会いしたことがある王子様、くらいの印象しか残さないよ」
耳が痛いサイラスの言葉は、不思議と腑に落ちた。
私は学年一位を取れているが歴代学年一位より秀でているわけでもなく、王子様だからさぞいい家庭教師がついているのでしょうね、と嫌味を言われるサイラスとあまり変わらない点数なのだ。
「そっかぁ。このレベルの顔は王族ならごろごろいるか」
「ガンガイル王国は超大国ではないけれど、建国以来、無敗で領土を拡張している無敵の国だよ。しかも、北の砦を守る一族のお姫様を狙うんだったら、王子様の地位なんて魅力的には見えないよ。お姫様を一人の女の子にさせるくらいの魅力をアピールできないと印象を残せないね」
サイラスは辛辣な言い方だが、その通りだ。
稀代の美姫と謳われ親衛隊までいたメリーアン叔母上が中央大陸の東の端の小国の第二王子と恋に落ちが、この王子は親衛隊に、メリーアン王女殿下が認めた人物、と言わしめる傑物だった。
初陣が十三歳で、わずか三十人の兵を率いて東方連合国の激戦地で大勝利を挙げて帰還した事は、当時親衛隊の一人だった母上から耳に胼胝ができるほど聞かされてきた。
三年後の私がでそんな事をできるわけがないし、できそうに見せる事さえできない。
「……無理か」
「諦めるのが早すぎるよ。留学試験でとんでもない点数を叩き出せば、魔法学校で話題になるだろうね。コンラッドが王女様の好みかどうかはさておいて、ガンガイル王国でコンラッドが噂になれば、他国の上級魔法学校で王女様は再会した時に覚えていてくれると思うよ」
「そうだな。私が王女様に好かれるかともかくとして、ガンガイル王国の王家に好印象を残しておくことは大事だな」
「応援するから、頑張りなよ」
サイラスの言葉に私は頷いた。
ラウンドール王家は広い穀倉地帯があり繊維業で栄える豊かな国だが、まだ男女の出生率が六対四くらいで、男子が多い。
まだ、国の魔力が足りていない証拠だ。
長く続いた戦争が完全終結し、少しは改善するかもしれない。でも、豊かな国は常に他国に狙われるので、平時の今こそ、この国の魔力を整える時期なのだ。
サイラスもそれに気付いているから、魔力豊富な北の砦を守る一族の美姫を得ようとする私を応援してくれるのだろう。
私が猛勉強を始めてから数日後、離宮内が慌ただしくなった。
メリーアン叔母上の長子アルフレッド王子が、新領土で戦後処理をしていた父上の元に保護を求めてやってきたらしい。
王太子離宮内の元親衛隊隊員達はメリーアン叔母上の遺児を引き取ろうと躍起になった。
「我が家にアルフレッド王子様をお迎えできることになったのよ!」
「お母様!まだ、一時滞在としか決まっていませんわ。気を抜いてはなりません!」
満面の笑みを浮かべた母上と、絵姿しか見たことがないのにメリーアン叔母上に入れあげているイザベラが母上を諫めつつも小躍りしていた。
母を亡くしシャオ王国で命を狙われたアルフレッド様に優しくしてあげなけよう。
弟が一人増えるようなものだ、とその時はそう思った。
実物のアルフレッド様は弟というには尊すぎる存在だった。
美しすぎる容姿は絵画では表現できないのに、母上はアルフレッド様の様子を呼び寄せた絵師にスケッチさせていた。
話す声は可愛らしいのに内容はとても賢く、それでいて気さくで、とても六歳とは思えなかった。
同い年のセドリックが幼稚なわけではない。
アルフレッド様が優秀過ぎるのだ。
身体強化があり得ないほど上手でまともに鬼ごっこをしたら私はアルフレッド様を捕まえることはできないだろう。
たぶん、兎も捕まえられないだろう。
アルフレッド様は勉強も四則計算がスラスラでき、セドリックは兎に負けていたらしい。
行儀作法でようやくセドリックと肩を並べるくらいで、そこがまた愛らしい。
アルフレッド様から常識外れの身体強化の方法を教わると、私は気付いた。
頭一つ跳びぬけている才能とはアルフレッド様のような才能なのだ。
母方の祖父がアルフレッド様に嫌がらせをしなければいい、と思った時には父上がすでに片を付けていた。
私は父上のようによくよく情報を集めて適時に政敵を叩けるようにならなければいけない。
戦勝パレードでシーナ殿の素顔を見たサイラスが固まった。
まさか?初恋?
父上の初恋相手が行儀作法の家庭教師だったと聞いたことがある。
年上好みは遺伝するのかな?
シーナ殿は美しくて優秀な方だと思うが私は心を奪われるような感じはしない。
私達はそっくりな双子でも女性の好みは違うようだ。
戦勝パレードでアルフレッド様の代役をした少年が攫われそうになった。
主犯の男はサミュエル叔父上の情夫だと噂のある男だった。
アルフレッド様は王族間の不和を心配したのか男の減軽を父上に求めたようだ。
私が集めた情報によるとサミュエル叔父上は嫉妬深い情夫に嫌気がさしていたらしい。だから、厳しく罪を追及しても問題ないのに、と思っていたら、どうやらアルフレッド様が二人のこじれた仲を取り持ったらしい。
そうだった。側室に殺されかけたアルフレッド様は、生さぬ仲のはずの父上とサミュエル叔父がそれなりにお互いを気遣っている関係が素晴らしく見えたのだろう。
ああ、でも、サミュエル叔父上には真っ黒い噂がある……。
なんてこった!サミュエル叔父がトニーが赴任する新領土に魔術具を設置する役を買って出てしまい、もう王都を出発してしまった!
騎士団員見習いとしてアルフレッド様を追いかけて、悪しき趣味のあるサミュエル叔父上から守ってあげたい!
「それ、私が代わりに行こうかい?」
「心の声が口に出ていたのかい!?」
「いや、無言で頭を掻きむしっていたから、察した。コンラッドは受験勉強があるから騎士見習いとしてアルフレッド様を追いかけて行けないだろう?代わりに私が行くから、父上の了承を取るのはコンラッドがやってね」
私は即座に頷いた。
「うむ。わかった。コンラッドと称したサイラスが騎士見習いとして行くのだろう?」
「父上!ご存じだったのですか?」
「時々、お前たちが入れ変わっているのは知っていた。いつまでやるのか、と観察していたんだ。俺が指摘してしまったらお前たちは止めてしまうだろう?」
父上の言葉に私は頷いた。
「親族に困った奴がいたからお前たちにも苦労を掛けたな。まあ、敵は味方でもあるし見方は敵にもなる。ほどほどにしか罰せないのも理解してくれ」
母方の祖父母の事だと思い、私は頷いた。
「しかしなぁ、サイラスに任せていいのか?アルフレッドについていったら楽しそうだぞ」
「取り立てて才覚のない私は人並み以上の努力をしなくてはならないのです」
「まあ、そんなに思い詰めなくても、アルフレッドは王太子候補にはならないぞ」
「いいえ、アルフレッド様の才能に恐れをなしているのではなく、ガンガイル王国の美姫を得るためです」
ガハハハハ、と父上は豪快に笑った。
「それはそうだな、お前が並外れた努力をしなければ私はガンガイル王国に縁談の話を持ち込めない!」
父上は、頑張れよ、と私の背中を叩いた。
「父上!砦の異変は何だったのですか!」
「ああ、不審者が一人侵入したが、既に拘束されていた。あっちは何の問題もないが、コンラッド、お前は砦に急いで行くべきだ。サイラスが一皮むけたように精神的に成長した顔をしておった。今ならお前と全く別人だと誰にでも見抜けるぞ!」
詳しく父上から話を聞くと、どうやら、サイラスはアルフレッド殿下と共に過ごすことで便利な魔術具を自力で開発したり、砦が賊に攻撃された時に礼拝室にいたりしたことで精神的にも成長したらしい。
「お前に必要なのは机に向かって勉強する事ではなく現場に行くことだ。国王陛下に相談するから転移魔法の部屋を使って砦に行きなさい」
思いがけずアルフレッド様と再会できるのが早まって喜んでいたが、おんぶ紐でトニー殿に背負われてシーナ殿にぶん投げられるなんて、この時は全く想像できなかった。
いや、そんなことは誰にも想像できないぞ!




